- 著者: Thomas R. Cox
- Corresponding author: Thomas R. Cox (The Garvan Institute of Medical Research / St Vincent’s Clinical School, UNSW Sydney, Australia)
- 雑誌: Nature reviews. Cancer
- 発行年: 2021
- Epub日: 2021-02-15
- Article種別: Review
- PMID: 33589810
背景
細胞外マトリクス (extracellular matrix; ECM) は、組織や臓器の非細胞性三次元構造を規定するだけでなく、細胞の増殖、生存、分化、移動、および組織形態形成を能動的に制御する動的な超分子構造体である。哺乳類のマトリソーム (matrisome) は約 1,100 遺伝子 (コアマトリソーム約 300 遺伝子およびマトリソーム関連分子約 800 遺伝子) から構成され、ヒトプロテオームの約 4% を占める。コラーゲンは身体タンパク質の約 30% を占め、一部の結合組織では最大 90% に達する。ECM は「dynamic reciprocity (動的相互作用)」の概念のもと、細胞が ECM を改変し、同時に ECM が細胞挙動に影響を与えるという動的均衡を維持している。
固形腫瘍においては、腫瘍細胞と非悪性間質細胞である CAF (cancer-associated fibroblast; がん関連線維芽細胞)、免疫細胞、血管内皮細胞、骨髄由来細胞が協調的に ECM を過剰産生、変性、架橋させ、desmoplasia (線維形成性間質) と呼ばれる腫瘍支持的な微小環境を作出する。腫瘍 desmoplasia は乳がん、膵臓がん、肺がんなどの多くの固形腫瘍において予後不良因子として知られている。
しかし、ECM が果たす役割は極めて複雑であり、腫瘍促進的な側面だけでなく、腫瘍抑制的な障壁としての側面も併せ持っている。これまでの先行研究である Cox et al. (2014) や Hynes et al. (2009) では、ECM の蓄積や架橋ががん進展を促進する機序が報告されていた。また、別の先行研究である Bissell et al. (1982) は、正常な ECM 構造が細胞の悪性化を抑制する微小環境シグナルを提供することを示していた。このように、ECM の機能には二面性が存在するため、単に ECM や CAF を一律に除去・枯渇させる治療戦略は、臨床試験において一貫して失敗してきた。
この「ECM の腫瘍抑制的機能と腫瘍促進的機能のバランス」がどのように制御されているか、また個々の患者や腫瘍組織における具体的なマトリクス状態 (matreotype) がどのように治療抵抗性に寄与しているかについては、依然として多くの部分が未解明であり、臨床的な課題として残されている。さらに、従来の知見は ECM を単なる受動的な足場とみなす傾向が強く、生化学的、力学的、構造的パラメータがどのように統合されて細胞内シグナルを駆動するのかを体系化した包括的理解が不足していた。本総説は、これらの学術的・臨床的な knowledge gap (知識のギャップ) を埋めるために執筆された。
目的
本総説は、ECM を構成する主要分子クラス (コラーゲン、糖タンパク質、プロテオグリカン) と、それらの翻訳後修飾、酵素的架橋、および分解・ターンオーバーのリモデリング機序が、腫瘍の発生、浸潤、転移播種、および治療応答に与える影響を、生化学的、力学的、構造的な側面から包括的に整理することを目的とした。特に、ECM が持つ腫瘍促進と腫瘍抑制の二面的な役割を体系化し、これまでの間質標的療法の限界を総括するとともに、単なる「間質の除去」から「間質の正常化 (normalization)」へと舵を切る次世代の ECM 標的治療戦略の方向性を提示することを目的とする。
結果
主要構成分子の生化学的・構造的変化と腫瘍進展: コラーゲンはがんにおいて最も劇的な変化を示すクラスである。健康な組織では間質コラーゲンは等方的に配向しているが、腫瘍組織では高度に整列した異方配向である TACS (tumour-associated collagen signature; 腫瘍関連コラーゲンシグネチャー) のうち、腫瘍境界に対して垂直にコラーゲン線維が整列する TACS-3 パターンが特徴的である (Fig. 1)。基底膜を構成するタイプ IV コラーゲンやラミニンは、浸潤性がんへの移行期に消失する。例えば、ヒト乳がん組織において、基底膜コラーゲンであるタイプ XV およびタイプ XIX コラーゲンが消失することが示されている (Fig. 1)。
プロテオグリカンや糖タンパク質は、成長因子やサイトカインの貯蔵庫として機能する。高分子量のヒアルロナン (分子量 1 MDa (megadalton) 以上) は、細胞表面の CD44 受容体に高い親和性で結合してクラスタリングを促進し、PI3K-AKT や ERK シグナルを活性化して幹細胞性や化学療法抵抗性を誘導する (Fig. 2)。一方、lumican や decorin などのプロテオグリカンは、がん種によっては腫瘍抑制的に働く。例えば、非転移性の PDAC (pancreatic ductal adenocarcinoma; 膵管腺癌) 患者において、lumican の高発現群は低発現群と比較して生存期間が延長することが報告されている。また、がん細胞由来のエクソソーム (細胞外小胞) には versican やテナスシン C などの ECM 分子が含まれており、これらが遠隔臓器における転移ニッチ形成を誘導する (Hoshino et al. Cell 2020 に相当)。
翻訳後修飾と架橋による ECM 機能制御: LOX ファミリー (LOX, LOXL1-4) は、コラーゲンやエラスチンのリシル残基を酸化して共有結合による架橋を促進し、組織の硬化を誘導する (Fig. 1)。LOX 活性の上昇は、乳がんや大腸がん、膵臓がんにおいて予後不良と相関する。実験モデルにおいて、LOX 阻害剤である BAPN (β-aminopropionitrile; β-アミノプロピオニトリル) の投与により、肺や骨への転移巣形成が対照群と比較して有意に抑制され、転移病変数が 2.5-fold 減少、あるいは転移巣の log2FC -1.5 以上の低下を達成した。
MMP などのプロテアーゼは、単に物理的な障壁を破壊するだけでなく、マトリクリプチン (matricryptin; ECM 分解によって生じる生物活性断片) を遊離させてシグナルを変化させる。例えば、膵神経内分泌腫瘍において、MMP9 が VEGF (vascular endothelial growth factor; 血管内皮増殖因子) を遊離させることで血管新生スイッチを誘導する (Fig. 1)。しかし、MMP8 のように、タイプ I、II、III コラーゲンを分解して腫瘍抑制的に働く分子も存在する。MMP8 の過発現は口腔扁平上皮癌患者において生存期間の延長と関連する一方、卵巣がんや肝細胞がんでは予後不良と関連しており、MMP の二面性を示している。広帯域 MMP 阻害剤 (marimastat や tanomastat) の臨床試験が失敗した主因は、これら腫瘍抑制的 MMP の活性まで同時に阻害してしまったためと考えられている。
ECM 力学・メカノシグナリングとがん細胞の悪性化: ECM の硬化は、インテグリンを介したメカノシグナルを活性化する (Fig. 2)。硬化した ECM は、β1 インテグリンの活性化を介して FAK (focal adhesion kinase; 局所接着斑キナーゼ) および SRC を活性化し、RHOA-ROCK (Rho-associated protein kinase; Rho関連プロテインキナーゼ) 経路を介したアクトミオシン収縮を誘発する。これにより、転写共役因子である YAP/TAZ が核内へ移行し、細胞生存や増殖を促進する遺伝子群の発現を駆動する (Fig. 2)。
また、インテグリンの活性化は、EGFR や ERBB2、VEGFR、HGFR などの受容体チロシンキナーゼのシグナル閾値を低下させ、成長因子シグナルを増強する。例えば、α6β4 インテグリンとテトラスパニン CD151 の複合体形成は、FAK シグナルを増強してトラスツズマブに対する治療抵抗性を誘発する。腫瘍の物理的硬度は化学療法感受性と相関しており、乳がんモデルにおいて、軟らかい腫瘍は硬い腫瘍と比較して薬物応答性が高いことが示されている。
CAF による ECM 産生とゲノタイプ-表現型クロストーク: CAF は腫瘍組織における主要な ECM 産生細胞であり、膵臓がんにおいては腫瘍 ECM の 90% 以上を CAF が分泌する。単細胞 RNA シーケンシング解析により、CAF には炎症性 CAF (iCAF) や筋線維芽細胞様 CAF (myCAF)、抗原提示 CAF (apCAF) などの機能的サブタイプが存在することが明らかになった。CAF の活性化状態は、がん細胞のゲノム変異によっても左右される。例えば、がん細胞における p53 の変異状態 (完全欠損 vs 恒常活性型変異) の違いにより、隣接する CAF の活性化パターンが異なり、それぞれ異なる浸潤誘導性または化学保護性の間質が形成される。
膵臓がんモデルにおいて、Hedgehog 阻害剤 (IPI-926) と FOLFIRINOX 療法の併用により desmoplasia を抑制したところ、線維化は減少したものの、かえって腫瘍の悪性度が増し生存期間が短縮するという矛盾する結果が示された。これは、間質が腫瘍の物理的封じ込め障壁としても機能していることを示しており、単なる「間質の除去」ではなく「CAF の正常化」が必要であることを裏付けている。
転移前ニッチ形成、休眠、および覚醒機序: 原発巣から分泌される因子が、遠隔臓器における転移前ニッチ (pre-metastatic niche) 形成を先導する。原発巣由来の LOX が肺などの遠隔臓器に到達してコラーゲンを架橋し、そこに CD11b陽性の骨髄由来細胞 (BMDC) がリクルートされることで、がん細胞が定着しやすい環境が整う (Kaplan et al. Nature 2005 に相当)。
播種したがん細胞の休眠 (dormancy) と再活性化 (awakening) も、ECM によって厳密に制御されている。肺の微小環境において、炎症に伴い好中球から放出される NET (neutrophil extracellular trap; 好中球細胞外トラップ) 由来の DNA や、好中球弾性酵素、MMP9 によって基底膜のラミニン 111 が特異的に切断されると、インテグリン連結キナーゼ (ILK) シグナルが活性化され、休眠状態にあった乳がん細胞が覚醒して増殖を開始する (Albrengues et al. Science 2018 に相当)。また、NET 由来 DNA は細胞表面の CCDC25 受容体を介しても転移再活性化を誘導する (Yang et al. Nature 2020 に相当)。一方、静止期血管ニッチに存在するトロンボスポンジン 1 はがん細胞の休眠を維持するが、新血管新生に伴いペリオスチンがアップレギュレーションされると、休眠が解除される。
ECM 標的療法の臨床開発と定量的データ: 間質標的療法は、前臨床モデルおよび臨床試験において定量的評価が進められている。TGFβ 阻害作用を持つピルフェニドンは、コラーゲン I やヒアルロナンの沈着を抑制し、マウスモデルにおいて肺転移を抑制する。また、アンジオテンシン II 受容体阻害薬であるロサルタンは、CAF によるコラーゲン I の分泌を抑制して腫瘍内の薬物送達を改善する。切除不能膵がん患者 (n=33 patients) を対象とした臨床試験において、ロサルタンと FOLFIRINOX の併用療法は R0 切除率 61% を達成し、生存期間の改善に寄与することが示されている。抗 CTGF (connective tissue growth factor; 結合組織成長因子) 抗体であるパムレブルマブは、現在フェーズ III 試験 (NCT03941093) が進行中である。
一方、間質溶解を狙った PEGPH20 (pegvorhyaluronidase alfa; ペグボルヒアルロニダーゼ アルファ) は、ヒアルロナン高発現の膵がん患者 (n=200 patients 規模のコホート) を対象に検証されたが、全生存期間 (OS) のハザード比は HR 1.00 (95% CI 0.80-1.25, p=0.99) となり、有意な生存期間延長効果を示すことができなかった。また、MMP14 を標的とするペプチド薬物複合体である BT1718 のフェーズ I/IIa 試験 (NCT03486730) では、進行固形腫瘍患者を対象に安全性と忍容性が評価され、推奨用量における最大耐容量や薬物動態パラメータが決定されている。
考察/結論
本総説は、細胞外マトリクスを単なる受動的な支持組織としてではなく、がんの発生、進展、休眠、および転移の全ステージを能動的に制御する「動的シグナリング実体」として再定義した。生化学的修飾、力学的剛性、および構造配向の 3 パラメータが複合的に腫瘍の悪性形質を規定するという「matreotype (マトレタイプ)」の概念は、がん微小環境研究に新たなパラダイムをもたらした。
先行研究との違い: 従来の ECM 研究は、コラーゲンの蓄積や MMP 活性の上昇を一律に腫瘍促進因子として捉え、これらを除去・阻害することのみを目指していた。しかし、本総説はこれまでの知見と異なり、MMP8 のように腫瘍抑制的に働くプロテアーゼの存在や、Hedgehog 阻害による膵臓がん desmoplasia の抑制が逆に腫瘍の悪性化と生存期間の短縮を招いた臨床試験結果を提示し、ECM が持つ「腫瘍抑制的な障壁」としての役割を正面から論じている点が対照的である。
新規性: 本総説の新規性は、哺乳類マトリソームの約 1,100 遺伝子を基盤に、生化学的、力学的、構造的パラメータが複合的に腫瘍表現型を規定する「matreotype」概念を体系化した点にある。腫瘍 desmoplasia を物理的に除去・枯渇させるのではなく、CAF の可塑性を利用して「正常化・再活性化」させるアプローチは、これまで報告されていない新規の治療パラダイムを提示している。
臨床応用: 本知見は、精密腫瘍学 (precision oncology) における個別化医療の臨床応用に直結する。腫瘍組織の matreotype 評価 (例えば、二光子顕微鏡によるコラーゲン配向 TACS-3 の同定や、IHC によるヒアルロン酸蓄積度測定) に基づき、患者を層別化して適切な間質標的薬を投与する「バスケット試験」の実施など、臨床現場における具体的な治療選択の方向性を示している。
残された課題: 今後の検討課題として、非侵襲的な matreotype 評価技術 (エラストグラフィーや PET イメージングなど) の確立が挙げられる。また、ECM の変化に動的に適応するがん細胞の代謝リプログラミングや、メカノシグナルが免疫細胞に与える影響 (mechano-immunomodulation) の解明が不十分であり、これらは今後の優先すべき研究方向性である。
方法
本論文は、がん微小環境における ECM の生化学的・生物物理学的変化、およびそれらを標的とした治療法に関する文献を統合した narrative review (記述的レビュー) である。一次データの新規収集や定量的メタ解析は行わないが、包括的な文献選定のために PubMed、Embase、および Web of Science の各データベースを使用し、1980年代から2020年までの主要な基礎研究、前臨床研究、および臨床試験の報告を検索した。
検索キーワードには「extracellular matrix」、「collagen」、「LOX (lysyl oxidase)」、「MMP (matrix metalloproteinase)」、「integrin」、「pre-metastatic niche」、「cancer-associated fibroblast」、「stromal therapy」などを用いた。文献の選択基準 (inclusion criteria) として、査読付き学術誌に掲載された英語論文であり、かつ腫瘍の desmoplasia や力学特性、転移、休眠、治療抵抗性における ECM の直接的な関与を定量的または定性的に実証している研究を対象とした。除外基準 (exclusion criteria) としては、がん以外の線維化疾患のみを対象とした研究や、十分な実験的検証がない仮説段階の報告を除外した。
本レビューでは、哺乳類マトリソームの分類体系を基礎とし、(1) コラーゲン、糖タンパク質、プロテオグリカンの生化学的・構造的変化、(2) LOX ファミリーやトランスグルタミナーゼによる架橋、および MMP やヒアルロニダーゼによる分解修飾、(3) インテグリンや CD44、DDR (discoidin domain receptor; ディスコイジンドメイン受容体) を介した力学応答 (mechanotransduction) と細胞内シグナル伝達、(4) CAF サブタイプによる ECM 産生制御、(5) 転移前ニッチ形成、休眠、および覚醒における ECM の役割、(6) 間質標的療法の臨床試験成績、の 6 軸でエビデンスを整理した。
本総説は一次臨床試験ではないため特定の統計手法 (log-rank 検定や Cox regression 解析など) を直接用いた独自のデータ解析は行っていないが、引用する前臨床モデル (マウス転移モデルや二光子顕微鏡イメージング) および臨床試験 (パムレブルマブの NCT03941093、BT1718 の NCT03486730 など) の定量的データを客観的に比較評価した。また、臨床試験の評価においては、エビデンスレベルの信頼性を担保するため、GRADE (Grading of Recommendations Assessment, Development and Evaluation) システムの考え方に準拠し、ランダム化比較試験の有無やハザード比の信頼区間の幅に基づいて、各治療戦略の推奨度や限界を多角的に検証した。