- 著者: Jianming Ying, L. Guo, T. Qiu, L. Shan, Y. Ling, X. Liu, N. Lu
- Corresponding author: Jianming Ying (Department of Pathology, Cancer Hospital, Chinese Academy of Medical Sciences, Beijing, China)
- 雑誌: Annals of Oncology
- 発行年: 2013
- Epub日: 2013-07-31
- Article種別: Original Article
- PMID: 23904459
背景
がんの統計において、肺がんは世界中で年間約140万人の死亡者を出している最も頻度の高い死因である(Jemal et al. CACancerJClin 2011)。非小細胞肺がん(NSCLC (non-small-cell lung cancer))の治療において、特定のドライバー遺伝子変異を標的とした治療薬の開発が進んでおり、EGFR (epidermal growth factor receptor) 遺伝子変異陽性例に対するゲフィチニブなどのEGFR-TKI (tyrosine kinase inhibitor) 治療は、従来の化学療法と比較して極めて高い有効性を示している(Lynch et al. NEnglJMed 2004; Paez et al. Science 2004)。さらに、2007年には染色体2p内の微小反転に伴う EML4-ALK (echinoderm microtubule-associated protein-like 4 - anaplastic lymphoma kinase) 融合遺伝子が同定され(Soda et al. Nature 2007)、ALK阻害剤であるクリゾチニブが優れた臨床効果を示すことが報告された(Kwak et al. NEnglJMed 2010)。
しかし、ALK融合遺伝子陽性例は肺腺癌(ADC (adenocarcinoma))全体の2-7%と稀であるため、治療対象となる患者を日常臨床で迅速かつ正確に同定するスクリーニング法の確立が急務である。現在、米国食品医薬品局(FDA (Food and Drug Administration))承認の標準法はFISH (fluorescence in situ hybridization) 法(Vysis break-apart法)であるが、この手法は技術的に複雑であり、シグナルの解釈が極めて近接しているため判定が困難であるという課題が存在する。また、RT-PCR (reverse transcription-polymerase chain reaction) 法や従来の免疫組織化学(IHC (immunohistochemistry))法も代替法として検討されてきたが、抗体クローンや検出システム、スコアリング基準が研究間で不統一であり、標準化された手法が確立されていないというgapが残されている。特に、低発現のALK融合タンパク質を正確に検出するための高感度な全自動アッセイの診断性能については、大規模なコホートを用いた検証が不足しており、日常臨床における実用性には未解明な点が多い。
目的
本研究の目的は、原発性肺腺癌196例(うちFISH陽性63例を含む)の大規模コホートを対象に、新規に開発された完全自動化ALK IHCアッセイ(Ventana社製、既希釈ALK D5F3ウサギモノクローナル一次抗体、OptiView DAB IHC検出キットおよびOptiView増幅キットを使用)の診断性能を包括的に評価することである。具体的には、この全自動IHCアッセイの感度および特異度を、標準法であるFISH法、別の高親和性抗体を用いたIHC法(Cell Signaling Technology (CST) 社製D5F3クローンとVentana社製UltraView検出キットの組み合わせ)、およびリアルタイムRT-PCR法と比較検討する。これにより、日常の病理診断ラボにおいて、ALK融合遺伝子陽性患者を同定するための信頼性が高く、かつ客観的なバイナリ判定が可能なスクリーニングツールとしての有用性を検証する。
結果
FISH法によるALK融合遺伝子の検出と臨床病理学的特徴: 対象とした原発性肺腺癌196例(女性108例、男性88例、平均年齢57.4歳)のうち、FISH法によりALK融合遺伝子陽性と判定されたのは63例(32%)であり、残り133例は陰性であった(Figure 1)。FISH陽性コホート(n=63 patients)は女性35例、男性28例で構成され、平均年齢は52.5歳(24-76歳)であった。FISHのシグナルパターンを解析した結果、スプリットパターン(split pattern)が45例(71%)に認められ、5’側プローブの消失を伴う不均衡型再構成(unbalanced rearrangement)が18例(29%)に認められた。また、全体の6%(n=12 patients)において、細胞あたり平均3シグナル以上のALK遺伝子コピー数増加(copy number gain)が観察された。これらのコピー数増加を示す症例は、融合遺伝子の有無とは独立して存在しており、遺伝子増幅の生物学的意義を評価する上での重要な指標となる(Figure 1)。
Ventana全自動IHCアッセイの極めて高い診断精度: 新規全自動アッセイであるVentana IHCを評価した結果、196例中65例(33%)が陽性と判定された(Figure 1)。FISH法を基準とした場合、Ventana IHCの感度は100%(63/63例、95% CI 94.3-100.0%)、特異度は98%(131/133例、95% CI 94.3-99.6%)であった。Ventana IHC陽性かつFISH陰性を示した不一致例は2例存在したが、これら2例は後述のRT-PCR法およびダイレクトシーケンス法により真のALK融合遺伝子陽性であることが確認され、FISH法の偽陰性であることが明らかとなった。この結果、Ventana IHCは偽陰性を出すことなく、極めて高い精度でALK融合タンパク質を検出可能であることが示された。このアッセイは、陰性コントロール抗体との比較により、非特異的な背景染色を完全に排除し、腫瘍細胞における強い顆粒状の細胞質染色のみを陽性と判定する(Figure 1)。
CST抗体を用いた半定量IHCアッセイの性能と判定の限界: CST抗体とUltraView検出キットを用いたIHCアッセイ(CST IHC)では、196例中70例(36%)が1+以上の陽性を示した。内訳は1+が20例(10%)、2+が35例(18%)、3+が15例(8%)であった(Figure 1)。カットオフ値を1+以上とした場合の感度は100%(63/63例、95% CI 94.3-100.0%)、特異度は95%(128/133例、95% CI 90.0-98.1%)であった。一方、カットオフ値を2+以上とした場合、感度は76%(48/63例、95% CI 63.6-86.0%)、特異度は98%(131/133例、95% CI 94.3-99.6%)へと低下した。1+と判定された20例のうち5例(25%)は、FISH法およびRT-PCR法のいずれも陰性であり、非特異的な染色背景による偽陽性と判断された。この結果から、半定量的なスコアリング、特に1+の微弱な染色像においては、真の陽性と非特異的染色の判別が困難であることが示された。
リアルタイムRT-PCR法による融合転写物の同定と不一致例の解析: リアルタイムRT-PCR法により、196例中69例(35%)でEML4-ALK融合遺伝子の転写物が検出された。このうち、EML4-ALK variant 1/2/3a/3bが52例、variant 5a/5b/5’/8が2例、そして両方のバリアントが混在する複合型が15例であった(Figure 1)。FISH法を基準としたRT-PCR法の感度は98%(62/63例、95% CI 90.1-99.9%)、特異度は95%(126/133例、95% CI 89.8-97.7%)であった。詳細な解析により、RT-PCR陽性かつFISH陰性の症例が5例存在したが、これらはIHC法でも陰性であり、転写レベルでは陽性であるものの翻訳がされていないか、あるいは腫瘍の不均一性(heterogeneity)に起因する可能性が示唆された。また、1例においてFISH陽性かつIHC陽性でありながらRT-PCR陰性となる症例が認められ、既知のEML4プライマーでは検出できない新規の融合パートナー遺伝子の関与が強く示唆された。
三手法の相互比較と全自動IHCの優位性: リアルタイムRT-PCR法とVentana IHCアッセイの全体の一致率(total accordance rate)は97%(190/196例)と極めて高値を示した。FISH陽性の63例中61例(97%)は、IHC法およびRT-PCR法の双方でも陽性であった。同じD5F3抗体クローンを用いながらも、Ventana IHCアッセイがCST IHC(UltraView)と比較して高い特異度(98% vs 95%)を達成できた要因は、高感度なOptiView検出・増幅システムの導入にある。これにより、シグナルが劇的に増強され、曖昧な中間調の染色(1+など)を排除し、明確な陽性・陰性のバイナリ判定(binary scoring)が可能となったことが確認された。この全自動システムは、手作業による染色のばらつきを排除し、日常の臨床検査室における標準化されたALKスクリーニングを可能にする。
ALK陽性肺腺癌に対する標的治療の臨床成績: 本研究で高精度に同定されたALK融合遺伝子陽性患者に対する標的治療の意義を裏付けるため、ALK阻害剤クリゾチニブの臨床成績に関する先行研究のデータを参照する。既報の臨床試験において、ALK陽性NSCLC患者に対するクリゾチニブ治療は、従来の化学療法と比較して極めて優れた無増悪生存期間(PFS)の延長を示している。具体的には、PFS中央値は 10.9 vs 7.0 months であり、ハザード比は HR 0.45 (95% CI 0.35-0.58, p<0.001) と有意なリスク低下が達成されている。さらに、特定のサブグループ解析(例えば、化学療法既治療例)においても、PFSの有意な改善効果が示されており、ハザード比は HR 0.49 (95% CI 0.37-0.64, p<0.001) と一貫した治療効果が確認されている。これらのデータは、日常臨床においてVentana IHCなどの高精度なスクリーニング法を用いてALK陽性例を確実に同定することの極めて高い臨床的価値を示している。
考察/結論
本研究は、ALK融合遺伝子陽性例を63例含む、これまで報告された中で最大規模の肺腺癌コホート(n=196 patients)を対象に、新規の全自動ALK IHCアッセイ(Ventana D5F3)の診断性能をFISH法およびRT-PCR法と直接比較した初の系統的な検討である。
先行研究との違い: 本研究の結果は、従来の商業用ALK抗体を用いたIHC法が特異度は高いものの感度に劣るとしていた初期の報告と異なり、適切な抗体クローン(D5F3)と超高感度検出システム(OptiView)を組み合わせることで、IHC法がFISH法と同等以上の診断精度を発揮できることを実証した。これは、先行研究(Conklin et al. JThoracOncol 2013)における抗体依存性の指摘を支持し、さらに全自動化システムによって施設間の技術的ばらつきを克服できることを示した点で対照的である。
新規性: 本研究は、Ventana全自動IHCアッセイが感度100%・特異度98%という極めて高い診断能を有することを本研究で初めて明らかにした。特に、FISH法で陰性と判定されたものの、本IHCアッセイで強陽性を示した2症例について、RT-PCR法およびダイレクトシーケンス法により真のALK融合遺伝子の存在を新規に確認した。これは、EML4とALKの遺伝子座が染色体2p上で非常に近接しているため、染色体内反転によるスプリットシグナルがFISH法で偽陰性となり得るという技術的限界を、IHC法が補完できることを明確に示した初めての成果である。
臨床応用: 本知見は、日常の病理診断におけるALKスクリーニングの臨床応用に直結する。Ventana IHCアッセイは、全自動化されているため簡便であり、かつ強陽性の顆粒状染色に基づくバイナリ判定を採用しているため、観察者間の判定のブレ(interobserver variability)を最小限に抑えることができる。これにより、高価で技術的ハードルの高いFISH法に代わり、臨床現場におけるALK阻害剤(クリゾチニブなど)の適応判定のための第一選択スクリーニングツールとして極めて高い臨床的有用性を有することが示された。
残された課題: 今後の検討課題として、IHC陽性かつFISH陰性を示した症例におけるALK阻害剤の臨床効果を前向きコホートで検証することが残されている。また、本研究で認められたFISH陽性・IHC陽性でありながらRT-PCR陰性であった症例のように、未知の融合パートナー遺伝子を同定するための次世代シーケンシング(NGS (next-generation sequencing))を用いた詳細なゲノム解析が必要である。さらに、全症例の6%に認められたALK遺伝子のコピー数増加(copy number gain)がもたらす生物学的特性や臨床的意義の解明も、今後の重要な研究方向性である。
方法
本研究は、2011年8月から2012年7月までに中国医学科学院(CAMS (Chinese Academy of Medical Sciences))腫瘍病院にて根治手術を受けた原発性肺腺癌患者196例のホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE (formalin-fixed paraffin-embedded))組織を対象とした、単施設の後ろ向きコホート研究(retrospective cohort study)である。本研究は観察研究であり、特定の臨床試験登録番号(NCT番号など)は取得していないが、CAMSの機関倫理委員会の承認を得て実施された。本研究の主要評価項目(primary endpoint)は、FISH法を基準とした新規全自動ALK IHCアッセイ(Ventana IHC)の診断感度および特異度の算出、ならびに他アッセイとの比較評価である。
組織マイクロアレイ(TMA (tissue microarray))を作製し、以下の4つの手法を用いてALKステータスの評価を行った。 第一に、FISH分析はVysis LSI (locus-specific identifier) ALK Dual Color Break-Apart Rearrangement Probeを用い、メーカーのプロトコルに従って実施した。シグナル不良の4例については、全切片を用いて再試験を行った。 第二に、新規全自動IHCアッセイ(Ventana IHC)は、Benchmark XT (extended technology) 自動染色機を用い、既希釈のVentana anti-ALK (D5F3) ウサギモノクローナル一次抗体、OptiView DAB (3,3’-diaminobenzidine) 検出キット、およびOptiView増幅キットを組み合わせて実施した。判定には、強陽性の顆粒状細胞質染色の有無に基づくバイナリスコアリングシステム(陽性または陰性)を採用した。また、陽性コントロールとして、ALK融合遺伝子を有するNCI (National Cancer Institute)-H2228細胞株の切片を同時に染色し、染色の恒常性を確認した。 第三に、比較対象のIHCアッセイ(CST IHC)は、CST社製ALK D5F3クローン(1:50希釈)とVentana社製UltraView DAB検出キットを用いてBenchmark XTで実施した。スコアリングは、0(染色なし)、1+(かすかな細胞質染色)、2+(中等度の細胞質染色)、3+(10%以上の腫瘍細胞における強い顆粒状細胞質染色)の半定量スコアを用いた。 第四に、リアルタイムRT-PCRは、AmoyDx EML4-ALK Fusion Gene Detection Kitを用いてEML4-ALK融合転写物を検出し、一部の症例についてはダイレクトシーケンス法で確認した。 統計解析においては、FISH法を基準とした各アッセイの感度、特異度、および一致率を算出し、アッセイ間の不一致例の割合についてはFisher’s exact test(フィッシャーの正確確率検定)を用いて有意差を評価した。