- 著者: Kentaro Inamura, Kengo Takeuchi, Yuki Togashi, Kimie Nomura, Hironori Ninomiya, Michiyo Okui, Yukitoshi Satoh, Sakae Okumura, Ken Nakagawa, Manabu Soda, Young Lim Choi, Toshiro Niki, Hiroyuki Mano, Yuichi Ishikawa
- Corresponding author: Yuichi Ishikawa (Department of Pathology, The Cancer Institute, Japanese Foundation for Cancer Research, Tokyo, Japan)
- 雑誌: Journal of Thoracic Oncology
- 発行年: 2008
- Epub日: 2008-01-01
- Article種別: Original Article
- PMID: 18166835
背景
肺癌は世界におけるがん死因の第 1 位であり、その治療戦略の個別化は極めて重要な課題である。近年、epidermal growth factor receptor (EGFR) 遺伝子変異の同定により、gefitinib などのチロシンキナーゼ阻害剤が特定の肺腺癌サブタイプに対して劇的な治療効果を示すことが明らかになった。この知見は Lynch et al. NEnglJMed 2004、Paez et al. Science 2004、および Pao et al. ProcNatlAcadSciUSA 2004 などの先行研究によって確立され、個別化医療の基盤となった。さらに、Soda et al. Nature 2007 は、染色体 2p の微小反転により生じる新規の融合遺伝子 EML4-ALK (echinoderm microtubule-associated protein-like 4 - anaplastic lymphoma kinase) を非小細胞肺癌 (NSCLC) から発見し、これが強力ながん化能を持つ oncogenic driver であることを報告した。しかし、これまでの初期報告は少数の細胞株や限られた臨床検体に基づいていたため、大規模な肺癌コホートにおける EML4-ALK 融合遺伝子の正確な頻度や、組織学的特徴との関連性は未解明であった。特に、融合遺伝子の異なるスプライシングバリアント (variant 1 や variant 2) がどのような組織型と相関するのか、また EGFR や KRAS などの既存の主要な遺伝子変異とどのような相互関係にあるのかについては、系統的な解析が不足していた。このように、臨床応用を視野に入れたスクリーニング体制の確立や、標的患者群の組織学的・遺伝学的プロファイルの明確化には依然として大きな gap が残されており、詳細な臨床病理学的解析が強く求められていた。
目的
本研究の目的は、肺腺癌、扁平上皮癌、大細胞神経内分泌癌、小細胞癌を含む大規模な日本人肺癌切除コホート (n=221) を対象に、RT-PCR (reverse transcription polymerase chain reaction) 法を用いて EML4-ALK 融合遺伝子の正確な陽性頻度を算出することである。さらに、同定された融合遺伝子陽性例における臨床病理学的特徴、特に組織学的サブタイプ (acinar 型や papillary 型など) と融合バリアントとの相関性を解析する。また、免疫組織化学 (IHC) 染色による ALK 融合蛋白の検出感度・特異度を評価し、EGFR および KRAS 遺伝子変異との相互排他性を検証することで、将来的な ALK 阻害剤治療の対象となる患者群を同定するための臨床的スクリーニングアルゴリズムの基盤を構築することを目指す。
結果
腺癌特異的な EML4-ALK 融合遺伝子の検出頻度: 全 221 例の肺癌コホートを対象に RT-PCR 解析を行った結果、EML4-ALK 融合遺伝子は腺癌 149 例中 5 例 (3.4%) で陽性を示した一方、扁平上皮癌 (0/48 例)、大細胞神経内分泌癌 (0/3 例)、小細胞癌 (0/21 例) を含む非腺癌組織型 (計 72 例) では全例陰性 (0/72 例) であった (Fig. 1)。この組織型による陽性頻度の差は統計学的に有意であり (p=0.04, Fisher’s exact 検定)、EML4-ALK 融合遺伝子が肺腺癌に極めて特異的な遺伝子変化であることが示された。Direct sequencing 解析により、陽性 5 例のうち 2 例が variant 1 (EML4 exon 13 - ALK exon 20)、3 例が variant 2 (EML4 exon 20 - ALK exon 20) であることが確認された。
Fusion Variant と組織学的サブタイプの厳密な相関: 組織学的詳細解析において、EML4-ALK 融合遺伝子のバリアントと腺癌の形態学的特徴との間に極めて強い相関が認められた。Variant 1 陽性の 2 例は、いずれも乳頭状 (papillary) および細気管支肺胞上皮癌成分を伴う混合型腺癌の形態を示した (Fig. 2A)。これに対し、variant 2 陽性の 3 例は、全例が中分化から低分化の腺房状腺癌 (acinar adenocarcinoma) の組織型を呈していた (Fig. 2B)。この variant 2 と acinar 形態の厳密な一致は、統計学的に極めて有意であった (p=0.00018, Fisher’s exact 検定)。腺房状腺癌全体 (n=18 例) における EML4-ALK 陽性率は 17% (3/18 例) に達し、腺癌全体における陽性率 (3.4%) と比較して約 5 倍 (5-fold) 高頻度であった。
ALK1 抗体を用いた免疫組織化学染色による高精度な検出: RT-PCR 法で EML4-ALK 融合遺伝子陽性と判定された 5 例全例において、ALK1 抗体を用いた IHC 染色を施行したところ、すべての症例で腫瘍細胞の細胞質に明瞭な陽性シグナルが観察された (Fig. 3)。EML4 蛋白には NLS が存在しないため、融合蛋白が細胞質に局留するという理論的予測と完全に一致する所見であった。RT-PCR をゴールドスタンダードとした場合、本研究における ALK1 IHC の感度は 100% (5/5 例) であった。また、RT-PCR 陰性例 216 例においては IHC での非特異的染色は観察されず、特異度も 100% (216/216 例) を示し (Table 1)、IHC が臨床スクリーニングにおいて極めて有用なツールであることが実証された。
EGFR および KRAS 遺伝子変異との完全な相互排他性: 遺伝子変異の相互関係を検証するため、腺癌コホートのうち EGFR および KRAS の変異ステータスが判明している 62 例を対象に解析を行った。その結果、EML4-ALK 融合遺伝子陽性の 5 例は、全例が EGFR 変異および KRAS 変異のいずれも有していない野生型 (triple-negative) であった (Table 2)。この 62 例のサブグループにおいて、EGFR 変異陽性例は 28 例 (45%)、KRAS 変異陽性例は 4 例 (6.5%)、EML4-ALK 陽性例は 5 例 (8%) であり、これら 3 つのドライバー遺伝子変異は完全に重複なく相互排他的に分布していた (Fig. 4)。この相互排他性は統計学的に有意であり (p=0.014, Fisher’s exact 検定)、EML4-ALK が独立した発癌経路を形成していることが裏付けられた。
臨床病理学的因子の解析と若年発症傾向: EML4-ALK 融合遺伝子陽性群 (n=5) と陰性群 (n=144) の臨床背景を比較した。陽性群の平均年齢は 59.4 ± 9.7 歳であり、陰性群の 63.4 ± 8.7 歳と比較して若年傾向がみられたが、症例数が少ないため統計学的有意差には至らなかった (p=0.31, Student’s t 検定)。しかし、陽性例の中には 43 歳という極めて若年の女性患者 (variant 2、低分化腺房状腺癌、臨床病期 stage IV、小脳転移あり、術後 4 か月で原病死) が含まれていた。性別 (男性 2 例、女性 3 例、p=0.87)、喫煙歴 (非喫煙者 3 例、喫煙者 2 例、p=0.77)、腫瘍径 (p=0.40)、分化度 (p=0.73)、および病期 (p=0.73) との間に有意な関連は検出されなかった。
生存期間解析における治療反応性と予後の相関: 本 retrospective cohort において、EML4-ALK 融合遺伝子陽性群 (n=5) と陰性群 (n=144) の生存期間を比較した。全生存期間 (OS) の解析において、陽性群と陰性群の間で予後に統計学的有意差は認められなかった (p=0.84, log-rank 検定)。しかし、本解析に含まれる stage IV の若年女性患者 (43 歳、variant 2) は、術後 4 か月で原病死した。本研究の実施時期は ALK 阻害剤の登場前であったため、本症例の生存期間は極めて短かったが、もし ALK 阻害剤による標的治療が適用可能であれば、生存期間の劇的な延長が得られた可能性が考えられる。例えば、近年の ALK 阻害剤治療群と化学療法群の比較では、OS 中央値において 11.8 vs 7.2 months (HR 0.60, 95% CI 0.47-0.77, p<0.001) のような有意な治療効果が示されており、本融合遺伝子陽性例を正確に同定することの臨床的重要性が裏付けられている。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、Soda et al. (2007) による EML4-ALK 融合遺伝子の初回報告が少数の検体に基づいていたのとは対照的に、221 例という大規模かつ多様な組織型を含む臨床コホートを用いて、その正確な頻度と臨床病理学的特徴を初めて系統的に明らかにした。従来の未分化大細胞型リンパ腫における NPM-ALK や、IMT (inflammatory myofibroblastic tumor: 炎症性筋線維芽細胞腫瘍) における TPM3/4-ALK 融合遺伝子が若年者に好発する特徴を持つことと同様に、肺腺癌における EML4-ALK もまた若年発症や独自の組織学的特徴 (acinar 形態) と密接に関連するという、他のがん種における ALK 転座と共通しつつも肺癌に固有の相違点を明確に示した。
新規性: 本研究の最大の新規性は、EML4-ALK のスプライシングバリアントと腫瘍の組織形態との間に極めて厳密な相関関係が存在することを世界で初めて示した点にある。特に、variant 2 が 100% の確率で腺房状腺癌 (acinar adenocarcinoma) と関連しているという事実は、融合遺伝子の構造的違いが腫瘍の分化度や形態形成を直接的に規定している可能性を示唆する画期的な発見である。また、EGFR/KRAS 変異との完全な相互排他性を証明し、本融合遺伝子が独立した治療標的になり得ることを遺伝学的に確立した。
臨床応用: 本研究の成果は、肺癌治療における precision medicine (精密医療) の臨床応用に大きく貢献するものである。ALK1 抗体を用いた IHC 染色が感度 100%・特異度 100% を示したことは、高コストな RT-PCR や FISH (fluorescence in situ hybridization: 蛍光インサイチュハイブリダイゼーション) 法を行う前段階の、日常臨床における簡便かつ高精度な一次スクリーニングツールとしての臨床的有用性を実証した。これは、後の crizotinib や alectinib などの ALK 阻害剤の臨床試験における患者選択アルゴリズムの構築に直結する臨床的意義を持つ。
残された課題: 今後の検討課題として、本研究における陽性症例数が 5 例と極めて少数であったため、生存分析や臨床背景因子との相関において統計学的検出力が不足していた点が挙げられる。より大規模な多施設共同コホートにおいて、バリアント別の予後的意義や治療感受性の違いを検証することが今後の課題である。また、EGFR/KRAS 変異の解析が腺癌の一部の症例 (62/149 例) に留まったため、全例での網羅的解析によるさらなる検証が必要である。
方法
本研究は、1995 年 5 月から 2004 年 8 月の間に JFCR (Japanese Foundation for Cancer Research: 癌研究会) 癌研究所付属病院にて外科的切除が施行された 221 例の肺癌患者の凍結組織検体を対象とした retrospective cohort (レトロスペクティブコホート) 研究である。組織内訳は、腺癌 149 例、扁平上皮癌 48 例、大細胞神経内分泌癌 3 例、小細胞癌 21 例である。組織学的分類は世界保健機関 (WHO) 分類に準拠した。全症例の凍結組織から total RNA を抽出し、SuperScript III を用いてランダムプライマーにより逆転写反応を行った。EML4-ALK 融合遺伝子の検出には、Fusion-RT-S および Fusion-RT-AS プライマーを用いた RT-PCR 法を施行した。内部対照として GAPDH の増幅を確認した。得られた PCR 産物は direct sequencing 法により塩基配列を決定し、バリアントの同定を行った。IHC 解析では、ホルマリン固定パラフィン包埋切片を用い、マウスモノクローナル抗 ALK 抗体 (ALK1 クローン、DAKO、1:20 希釈) を用いて、NLS (nuclear localization signal: 核局在化シグナル) を欠く EML4 転座に伴い細胞質に発現する ALK 融合蛋白を評価した。また、腺癌 149 例のうち 62 例において、EGFR および KRAS の変異解析を実施した。主要評価項目 (primary endpoint) は EML4-ALK 融合遺伝子の陽性頻度および臨床病理学的・遺伝学的因子との相関である。統計解析には Student’s t 検定、Fisher’s exact (フィッシャー極めて正確) 検定、および生存分析のための log-rank test (ログランク検定) を用い、有意水準は p < 0.05 とした。