• 著者: Shaw AT, Friboulet L, Leshchiner I, Gainor JF, Bergqvist S, Brooun A, Burke BJ, Deng YL, Liu W, Dardaei L, Frias RL, Schultz KR, Logan J, James LP, Smeal T, Timofeevski S, Katayama R, Iafrate AJ, Le L, McTigue M, Getz G, Johnson TW, Engelman JA
  • Corresponding author: Shaw AT (Massachusetts General Hospital Cancer Center, Boston, MA)
  • 雑誌: New England Journal of Medicine
  • 発行年: 2016
  • Epub日: 2015-12-23
  • Article種別: Brief Report
  • PMID: 26698910

背景

ALK陽性非小細胞肺癌 (NSCLC) に対するALK阻害剤の逐次治療は、近年急速に臨床応用が進んでいる。第1世代ALK阻害薬であるクリゾチニブは、ALK再構成NSCLC患者に高い奏効を示すが、治療開始後1〜2年で耐性が生じることが一般的である。この耐性機序は多様であり、ALKキナーゼドメインにおける二次変異 (例: C1156Y、L1196M、G1269A) や、METなどの代替シグナル経路の活性化が報告されている Choi et al. NEnglJMed 2010。第2世代ALK阻害薬 (例: セリチニブ、アレクチニブ、ブリガチニブ) は、これらのクリゾチニブ耐性変異の多くを克服できるが、それらに対する耐性も不可避的に生じることが知られている Shaw et al. NEnglJMed 2014

第3世代ALK阻害薬であるロルラチニブ (PF-06463922、Pfizer) は、ATP競合的な可逆的低分子阻害薬であり、ALKおよびROS1に対して亜ナノモルから低ナノモルの活性を示す。ロルラチニブは、G1202Rなどの高度耐性変異を含む、既知の全てのALK耐性変異に対して活性を保持するよう設計された。ロルラチニブの選択性は、ALKキナーゼのL1198位に存在するロイシン残基 (約25%のキナーゼにのみ存在する) を利用したmedicinial chemistry戦略に基づいている。このL1198位は、他の多くのキナーゼではより大きなチロシンやフェニルアラニン残基が存在し、ロルラチニブの結合を立体的に妨害するため、ALKに対する選択性を高めるための重要な標的とされた。

しかし、ALK阻害剤の逐次治療におけるクローン進化の全容、特に複数のALK変異が同時に存在する場合の薬剤感受性の変化については、未解明な点が多く残されている。特に、ある薬剤に対する耐性変異が、別の薬剤に対する感受性を回復させるという逆説的な現象の分子基盤は、これまで十分に確立されていなかった。本報告は、クリゾチニブ耐性後にロルラチニブで奏効し、その後にロルラチニブ耐性時にALK C1156Y-L1198Fコンパウンド変異が同定され、クリゾチニブ再投与で劇的な臨床奏効を達成した単一症例の詳細な臨床的、分子生物学的、構造生物学的解析を通じて、この知識ギャップを埋めることを目的としている。この症例は、多段階の治療歴 (クリゾチニブ18ヶ月奏効 → セリチニブ進行 → HSP90阻害薬 → 化学療法 → クリゾチニブ再投与無効 → ロルラチニブPhase 1試験) を有しており、ロルラチニブ耐性後に生じたコンパウンド変異がクリゾチニブへの再感作を引き起こすという、これまでに報告されていない現象を提示している。

目的

本研究の目的は、ロルラチニブ耐性後に獲得されたALK L1198F変異が、クリゾチニブへの再感受性をどのように付与するのか、その分子機序をX線結晶構造解析によって原子レベルで解明することである。さらに、ALK阻害剤の逐次治療が、腫瘍のクローン進化を通じて複合的なALK変異クローンを選択し、それが治療戦略にどのような新たな意味をもたらすかを明らかにすることを目指す。具体的には、以下の点を検証する。

  1. 患者の治療経過におけるALK変異の縦断的なクローン進化を、次世代シークエンス (NGS) および全エクソームシークエンス (WES) を用いて詳細に追跡する。
  2. ALK C1156Y単独変異、L1198F単独変異、およびC1156Y-L1198Fコンパウンド変異が、クリゾチニブ、ロルラチニブ、および他の第2世代ALK阻害薬に対する感受性に与える影響を、Ba/F3細胞株を用いた機能解析により評価する。
  3. ALKキナーゼドメインと各阻害薬の複合体のX線結晶構造解析を実施し、L1198F変異がロルラチニブとの結合を立体的に阻害しつつ、クリゾチニブとの結合を増強する逆説的な機序を構造的に解明する。
  4. これらの知見に基づき、逐次ALK阻害剤治療における耐性克服戦略、特に再生検による変異解析の重要性と、特定のコンパウンド変異がもたらす治療機会について考察する。

結果

患者の治療経過とALK変異のクローン進化: 対象患者は52歳女性で、転移性ALK再構成NSCLCと診断された。初回治療としてクリゾチニブを投与され、18ヶ月間の臨床的奏効を維持した。その後、腹部リンパ節の新規病変によりクリゾチニブ耐性が確認され、生検によりALK C1156Y変異が同定された。この時点での腫瘍細胞におけるC1156Y変異の頻度は約50%であった。クリゾチニブ中止後、セリチニブを投与したが、5週後の初回CT評価で肝転移の多発を伴う進行が認められた。その後、HSP90阻害薬 (AUY922) で急速な悪化、カルボプラチン-ペメトレキセドによる化学療法で6ヶ月間の奏効を得た後に再増悪した。クリゾチニブ再投与は無効であった。

患者はその後、ロルラチニブの第1相臨床試験に登録され、5週後の初回CT評価で腫瘍径が41%縮小し、部分奏効を達成した。しかし、ロルラチニブ開始後8ヶ月で肝転移が悪化し、ロルラチニブ耐性肝病変の生検が実施された。ロルラチニブ中止後3日で、患者は肝機能障害の急激な増悪 (総ビリルビン値が最大4.8 mg/dLに上昇) と、CT上での著明な肝転移の増悪、脾腫、腹水を伴う肝不全寸前の状態に陥った。

このロルラチニブ耐性時の生検サンプルに対するSnapshot NGSおよびSangerシークエンスにより、既存のALK C1156Y変異に加えて、ALK L1198F二次変異が新たに検出された。コロニーシークエンスにより、これら2つの変異が同一アレルに存在することが確認された (各変異の頻度は約29%および約35%)。全エクソームシークエンスによる縦断的解析の結果、前治療時の腫瘍にはC1156Y変異が低頻度 (<7%) のマイナークローンとして存在し、クリゾチニブによる選択圧で約50%まで拡大したことが示された。さらに、ロルラチニブによる選択圧下で、このC1156YクローンがL1198F変異を獲得し、C1156Y-L1198Fコンパウンド変異クローンが優勢となったと解釈された (Figure 1E)。

肝不全の状況下で、分子解析の結果に基づきクリゾチニブが再投与された。その結果、患者は急速かつ劇的な臨床的改善と肝不全からの回復を経験した (総ビリルビン値は4.8 mg/dLから正常域に、ALP値も正常化)。12週時点で臨床的に有意な放射線学的奏効が確認され、この奏効はほぼ6ヶ月間持続した (Figure 1B, 1C)。クリゾチニブ再投与後の再増悪時の生検では、ALK L1198F変異は検出されなくなり、C1156Y-L1198Fクローンがクリゾチニブによって有効に抑制されたことが示唆された。

L1198F単独変異の二面性: クリゾチニブ感受性増強とロルラチニブ耐性: Ba/F3細胞を用いた機能解析では、L1198F単独変異を導入した細胞株は、クリゾチニブに対して野生型EML4-ALK (IC50 20 nM) と比較して約50倍高い感受性 (IC50 0.4 nM) を示した。一方で、L1198F単独変異はロルラチニブに対して可変的な耐性を示した (Figure 2A)。組換えALKキナーゼドメインを用いたKi値の測定でも、L1198F変異はクリゾチニブへの結合親和性を増加させ (結合自由エネルギー利得 0.8 kcal)、ロルラチニブへの結合親和性を低下させる (結合自由エネルギー損失 1.8 kcal) ことが確認された。L1198F変異が他のクリゾチニブ耐性変異 (例: G1202R、C1156Y) と組み合わさった場合にも同様のパターンが認められた。特に、高度耐性を示すG1202R単独変異 (IC50 382 nM) にL1198Fが加わったG1202R-L1198F複合変異では、クリゾチニブに対する感受性が大幅に回復し、IC50は31 nM (野生型とほぼ同等) となった。

C1156Y-L1198Fコンパウンド変異の特性: ロルラチニブ高度耐性およびクリゾチニブ感受性回復: C1156Y単独変異はクリゾチニブに対して高度耐性を示し、ロルラチニブへの感受性は維持されていた。しかし、C1156Y-L1198Fコンパウンド変異では、ロルラチニブおよび第2世代ALK阻害薬 (セリチニブ、アレクチニブ) に対して高度耐性を示した。対照的に、クリゾチニブへの感受性は回復し、野生型ALKと同程度のIC50値 (12 nM vs 20 nM) を示した (Figure 2A)。ALKリン酸化の評価においても、C1156Y-L1198F変異ではクリゾチニブによるALKリン酸化抑制が有効であったが、ロルラチニブでは抑制されなかった (Figure S3)。C1156Y単独変異によるキナーゼ活性の亢進 (Kcat/KM 5.6倍) は、L1198F変異の追加により緩和され (1.7倍亢進)、薬物結合の変化がキナーゼ活性の変化よりも主要なメカニズムであることが示唆された。

X線結晶構造解析による逆説的機序の構造的解明: C1156 (システイン) はALK ATP結合ポケットから13 Å離れており、阻害薬結合に直接影響せず、グリシンリッチループの配置を変化させることでキナーゼ活性を増加させることが示された (Figure S5)。一方、L1198 (ロイシン) はATP結合部位近傍に位置する。L1198F変異 (ロイシンからフェニルアラニンへの置換) により、ロルラチニブの剛直な大環状構造のニトリル基とフェニルアラニンの側鎖との間に立体障害 (steric clash) が生じた。X線結晶構造解析により、ロルラチニブがL1198F変異体と結合する際には、阻害薬が結合ポケット内で回転を余儀なくされ、ヒンジ結合相互作用が不安定化されることが明らかになった (Figure 3D)。これにより、結合自由エネルギーが野生型ALKと比較して1.8 kcal減少することが、計算および実験の両面で確認された。

対照的に、クリゾチニブはL1198F変異によるフェニルアラニンと立体障害を生じず、むしろフェニルアラニンがクリゾチニブに近接して追加的なファンデルワールス相互作用を形成し、結合を安定化することが示された (Figure 3C)。この相互作用により、クリゾチニブのL1198F変異体への結合は、野生型ALKと比較して0.8 kcal有利になることが示された。この「L1198F変異による立体的選択性の逆転 (ロルラチニブ結合不利化 / クリゾチニブ結合有利化)」が、クリゾチニブ再感受性とロルラチニブ耐性の同時付与という逆説的現象の構造的基盤であった。ロルラチニブの設計時にL1198位を「選択性の鍵」として利用していたため、L1198F変異がロルラチニブの選択性の基盤を破壊することは、設計思想と整合する。

考察/結論

本症例は、ALK阻害剤の逐次使用がクローン進化を通じて複合的なALK変異を生じさせ、それが以前の治療薬への再感受性を付与しうるという概念を、臨床、分子生物学、および構造生物学の三層で初めて実証した画期的な報告である。

先行研究との違い: 従来のALK阻害剤耐性研究では、新たな耐性変異が既存の薬剤に対する感受性を低下させるメカニズムが主に報告されてきた。本研究は、これまでの報告と異なり、ロルラチニブ耐性変異であるL1198Fが、皮肉にもクリゾチニブへの結合親和性を高め、再感受性を引き起こすという逆説的な現象を明らかにした点で特筆される。EGFR阻害剤領域では、T790M耐性変異がオシメルチニブ耐性後に消失し、ゲフィチニブ再感受性が生じる類似現象が報告されているが Janne et al. NEnglJMed 2015、本研究は、ALK領域において、変異そのものが薬剤結合特性を逆転させるという、より直接的な分子メカニズムを構造的に解明した点で独自性が高い。

新規性: 本研究で初めて、ALK L1198F変異が、ロルラチニブに対する立体障害を介した耐性付与と同時に、クリゾチニブに対する結合増強を介した再感受性付与という二面性を持つことを、X線結晶構造解析によって原子レベルで新規に解明した。これは、薬剤設計における特定の残基の選択性が、その残基の変異によって予想外の治療機会を生み出す可能性を示唆する、これまで報告されていない重要な知見である。また、前治療時の腫瘍に低頻度で存在するC1156Yクローンが、クリゾチニブによる選択圧で拡大し、さらにロルラチニブによる選択圧下でL1198F変異を獲得するという、階層的なクローン進化の「生きた記録」を縦断的WES解析によって捉えた点も新規性がある。

臨床応用: 本知見は、ALK陽性NSCLC患者の治療戦略に重要な臨床的含意を持つ。第一に、ロルラチニブ耐性後の再生検によるALK変異解析が、次治療選択に不可欠であることを示した。L1198F変異が検出された場合、クリゾチニブ再投与が有効な治療選択肢となりうるという具体的な治療指針を提供した。本症例では、肝不全寸前の状態からクリゾチニブ再投与により劇的な臨床的改善と肝機能回復を達成しており、この知見が実際の患者救命に貢献したことは、bench-to-bedside研究の好例である。第二に、G1202R-L1198Fなど他の複合変異でも同様のクリゾチニブ感受性増強が確認されており、L1198F変異は他の耐性変異と共存しても「再感作修飾因子」として機能する可能性がある。これは、将来的なALK阻害剤の逐次治療戦略において、L1198F変異の検出が新たな治療機会を創出する可能性を示唆する。

残された課題: 本研究は単一症例報告であり、その結果の一般化には限界がある。今後の検討課題として、逐次ALK TKI治療を受けた患者集団において、L1198Fを含む複合変異が生じる頻度や、クリゾチニブ再投与の臨床的有効性を大規模なコホート研究で検証する必要がある。また、L1198F変異が他のALK耐性変異とどのように相互作用し、薬剤感受性を変化させるかについて、さらなる詳細な分子メカニズムの解明が今後の研究で求められる。本研究は、薬剤標的の構造的特徴と機能的特徴に関する詳細な知識が、薬剤設計戦略に活用され、臨床的に関連性の高い薬剤活性予測につながることを示唆している。

方法

症例解析と遺伝子解析: 対象患者は、転移性ALK再構成NSCLCと診断された52歳女性である。本研究は、マサチューセッツ総合病院の施設内審査委員会によって承認されたプロトコルに従い、患者から書面によるインフォームドコンセントを得て実施された。逐次生検標本 (前治療時、クリゾチニブ耐性後、ロルラチニブ治療中、ロルラチニブ耐性後、クリゾチニブ再投与後) を採取し、分子解析に供した。ALK再構成およびMET遺伝子増幅のスクリーニングは、蛍光in situハイブリダイゼーション (FISH) を用いて既報の方法で実施した Shaw et al. NEnglJMed 2014。ALK耐性変異の同定には、ターゲットNGSアッセイ (Snapshot NGS assay; 38個の癌関連遺伝子を含む) および相補的DNAのSangerシークエンスを用いた Zheng et al. NatMed 2014。全エクソームシークエンス (WES) は、前治療時、クリゾチニブ耐性後、およびロルラチニブ耐性後の腫瘍組織サンプルに対して実施し、ALK変異の縦断的クローン進化を追跡した。C1156YとL1198Fの2変異が同一アレルに存在することを確認するため、cDNAからEML4-ALKをRT-PCRで増幅し、pCR4-TOPOベクターにサブクローニング後、個々の細菌コロニーをシークエンスした。

Ba/F3細胞機能解析: EML4-ALKの野生型、C1156Y単独変異、L1198F単独変異、C1156Y-L1198Fコンパウンド変異、G1202R単独変異、G1202R-L1198F複合変異を含む多数の変異型を安定発現するBa/F3細胞株を作製した。これらの細胞株を用いて、クリゾチニブ、セリチニブ、アレクチニブ、ロルラチニブ、ブリガチニブに対する感受性 (IC50値) をCellTiter-Gloアッセイにより評価した (48時間薬物処理)。IC50値は野生型EML4-ALKのIC50値に対して正規化した。阻害定数 (Ki) は、組換えALKキナーゼドメインを用いて酵素学的に測定した。また、ALKリン酸化の抑制効果をウェスタンブロット法により評価した。

X線結晶構造解析: 非リン酸化野生型ALKキナーゼドメイン、C1156Y変異体、L1198F変異体、およびC1156Y-L1198Fコンパウンド変異体の各ALKキナーゼドメインと、クリゾチニブまたはロルラチニブの複合体を結晶化し、X線回折によりco-crystal構造を決定した。構造データはWorldwide Protein Data Bank (PDB) に登録された (PDB ID: 5A9U、5AA8、5AA9、5AAA、5AAB、5AAC)。計算化学的結合エネルギー解析 (ΔΔG) と実験的Ki値の両面から、薬物結合親和性の定量的評価を行った。統計解析には、適切な統計手法 (例: t検定、ANOVA) を用いて群間の比較を行った。