- 著者: Janne PA, Yang JCH, Kim DW, et al.
- Corresponding author: Pasi A. Janne, MD, PhD (Dana-Farber Cancer Institute, Boston, MA)
- 雑誌: New England Journal of Medicine
- 発行年: 2015
- Epub日: 2015-04-30
- Article種別: Original Article
- PMID: 25923549
背景
EGFR遺伝子変異陽性の非小細胞肺癌 (NSCLC) は、アジア人患者の約30〜40%、白人患者の約10%に認められる主要な肺癌サブタイプである Paez et al. Science 2004、Lynch et al. NEnglJMed 2004、Shigematsu et al. JNatlCancerInst 2005。これらの活性化変異は、EGFRシグナル伝達の恒常的活性化を引き起こし、腫瘍の生存と増殖を強力に促進する。EGFR変異陽性NSCLC患者において、第1世代および第2世代のEGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (EGFR-TKI) であるゲフィチニブ、エルロチニブ、アファチニブなどは、化学療法と比較して優れた奏効率と無増悪生存期間 (PFS) を示すことが報告されている Mok et al. NEnglJMed 2009、Maemondo et al. NEnglJMed 2010、Rosell et al. LancetOncol 2012、Sequist et al. JClinOncol 2013。
しかしながら、これらのEGFR-TKIによる治療を受けた患者のほぼすべてが、治療開始後1〜2年以内に獲得耐性を発症するという課題に直面する。この獲得耐性の最も一般的なメカニズムは、EGFRチロシンキナーゼドメインのATP結合部位に生じるT790M変異である。T790M変異は、獲得耐性患者の約60%に認められ、ATPに対するEGFRの親和性を高めることで、第1世代および第2世代の可逆的EGFR-TKIのATP競合的結合を阻害する Kobayashi et al. NEnglJMed 2005、Yu et al. ClinCancerRes 2013。
第2世代の不可逆的EGFR阻害薬であるアファチニブやダコミチニブは、前臨床モデルではT790M変異に対して有効性を示すものの、臨床的に達成可能な用量ではT790Mを十分に阻害することができないという問題があった。さらに、これらの薬剤は野生型EGFRに対しても強力な阻害作用を持つため、皮膚や消化管における重篤な有害事象を引き起こすことが報告されている Miller et al. LancetOncol 2012。このように、EGFR-TKI耐性、特にT790M変異陽性NSCLC患者に対する有効かつ安全な治療選択肢は依然として不足しており、新たな治療法の開発が強く求められていた。特に、T790M変異を標的とする選択的かつ低毒性な薬剤の開発は、この分野における重要な未開拓領域であり、大きな医療ニーズが存在する。
AZD9291(オシメルチニブ)は、EGFRの感受性変異(exon 19欠失、L858Rなど)とT790M耐性変異の両方に選択的に、かつ不可逆的に結合するよう設計された第3世代EGFR-TKIである。前臨床試験では、AZD9291は野生型EGFRに対する活性が低く、EGFR L858R+T790M変異を有するマウスモデルにおいて、アファチニブよりも顕著に優れた抗腫瘍活性を示すことが報告された Cross et al. CancerDiscov 2014。しかし、実際の臨床における安全性、薬物動態、およびT790M変異の有無による有効性の差異については依然として未解明な課題が残されている。従来の治療アプローチでは耐性克服のためのデータが決定的に不足しており、本治療薬の臨床的有用性を確立するためには、詳細な臨床試験データの蓄積が不可欠であった。
目的
本研究の主要な目的は、EGFR-TKI治療後に病勢進行した進行非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者における、新規の第三世代EGFR-TKIであるAZD9291の安全性、薬物動態、および抗腫瘍活性を臨床的に評価することである。具体的には、用量漸増コホートにおいて最大耐用量 (MTD) または推奨用量を決定することを目指した。副次的な目的として、腫瘍組織におけるEGFR T790M変異の有無がAZD9291の有効性に与える影響を評価し、T790M変異がAZD9291の有効性を予測するバイオマーカーとなり得るかを検討した。これにより、従来のEGFR-TKIに対する獲得耐性を克服し、特にT790M変異陽性患者に対する新たな治療戦略の確立に貢献することを目指した。
結果
患者背景および登録状況: 本試験には合計253例の患者が登録され、少なくとも1回AZD9291の投与を受けた。内訳は用量漸増コホート31例、用量拡大コホート222例であった (Figure 1)。患者の年齢中央値は60〜61歳、女性が62% (n=156)、アジア系が62% (n=156) を占め、組織型は腺癌が96% (n=242) であった。全患者が少なくとも1ラインのEGFR-TKI前治療歴を有し(中央値2ライン)、80%が前化学療法の既往があった。拡大コホートの222例中、中央検査によるT790M変異状態は、陽性138例 (62%)、陰性62例 (28%)、不明22例 (10%) であった。活性化EGFR変異の内訳は、exon 19欠失が50%、L858Rが29%、その他が5%であった (Table 1)。
安全性と推奨用量の決定: 用量漸増コホートにおいて、評価されたいずれの用量レベル (20mg〜240mg/日) でも28日間の評価期間内に用量制限毒性 (DLT) は認められなかった。このため、最大耐用量 (MTD) は定義されなかった。全治療患者253例中244例 (96%) に何らかの有害事象が認められた。最も頻繁に報告された有害事象は、下痢118例 (47%)、皮疹102例 (40%)、悪心55例 (22%)、食欲低下54例 (21%) であった。下痢と皮疹の発生頻度および重症度は用量依存的に増加する傾向を示した (Table 2)。Grade 3以上の有害事象は全患者の82例 (32%) に認められ、薬剤関連のGrade 3以上の有害事象は33例 (13%) であった。有害事象による用量減量は17例 (7%)、薬剤中止は14例 (6%) であった。重篤な有害事象 (SAE) は56例 (22%) に認められ、薬剤関連SAEは15例 (6%) であった。間質性肺疾患様事象が6例 (2%) に発生し、うち1例(肺炎)が薬剤関連と判断され死亡に至った。160mgおよび240mgの用量レベルでは、野生型EGFR阻害に起因すると考えられる有害事象(皮疹、乾燥皮膚、下痢など)の頻度と重症度が増加した。この観察に基づき、T790M変異体を選択的に阻害しつつ野生型EGFRへの影響を最小限に抑える最適な治療域として、80mg/日が推奨用量として選択された。
EGFR T790M陽性例における優れた抗腫瘍効果: 中央判定でEGFR T790M変異陽性と確認された患者127例において、客観的奏効率 (ORR) は61% (95% CI 52-70%) であった (Figure 2B)。内訳は完全奏効 (CR) 1例、部分奏効 (PR) 122例であった。疾患制御率 (DCR) は95% (95% CI 90-98%) と非常に高かった。さらに、EGFR T790M変異陽性患者138例における無増悪生存期間 (PFS) 中央値は9.6ヶ月 (95% CI 8.3-NR) を達成した (Figure 3)。奏効持続期間6ヶ月以上を達成した患者は88%に上った。この結果は、T790M変異陽性患者においてAZD9291が強力かつ持続的な抗腫瘍活性を有することを示している。
EGFR T790M陰性例における限定的な奏効: 中央判定でEGFR T790M変異陰性と確認された患者61例において、ORRは21% (95% CI 12-34%) であった (Figure 2C)。疾患制御率 (DCR) は61% (95% CI 47-73%) であった。PFS中央値は2.8ヶ月 (95% CI 2.1-4.3) と、T790M陽性患者と比較して有意に短かった (Figure 3)。T790M陰性例における21%の奏効率のうち、最終治療がEGFR-TKIであった患者では奏効率が11%とさらに低かったことから、EGFR-TKI休薬後の再感受性(いわゆるドラッグホリデー効果)が一部関与している可能性が示唆された Oh et al. LungCancer 2012。この結果は、T790M変異がAZD9291の有効性を予測する強力なバイオマーカーであることを裏付けている。
EGFR T790M変異状態別の治療成績比較: 本試験の主要評価項目および副次評価項目における詳細な有効性データの比較において、EGFR T790M変異状態は極めて明白な治療効果の差を示した。T790M変異陽性群(n=138)におけるPFS中央値は 9.6 vs 2.8 months (95% CI 8.3-NR vs 95% CI 2.1-4.3) と、T790M変異陰性群(n=62)に対して圧倒的に優れた生存ベネフィットを示した。また、全評価対象患者239例における全体のORRは51% (95% CI 45-58%) であったが、T790M変異陽性例(n=127)ではORR 61% (95% CI 52-70%) に達したのに対し、T790M変異陰性例(n=61)ではORR 21% (95% CI 12-34%) に留まり、T790M変異陽性例における極めて高い感受性が実証された。
考察/結論
AZD9291は、EGFR T790M変異陽性のEGFR-TKI耐性NSCLC患者において、ORR 61% (95% CI 52-70%)、PFS中央値9.6ヶ月 (95% CI 8.3-NR) という非常に高い抗腫瘍活性を示した。
先行研究との違い: 本研究の結果は、T790M陽性患者におけるアファチニブとセツキシマブの併用療法で報告されたORR 32%と比較して著しく優れており Janjigian et al. CancerDiscov 2014、かつ重篤な皮膚・消化管毒性が限定的であった点で、これまでの治療法と対照的である。
新規性: 本研究で初めて、T790M変異がAZD9291の有効性を予測する強力なバイオマーカーであることが臨床的に確立された。これまでT790M変異はEGFR-TKIに対する予後不良な耐性メカニズムと考えられてきたが、AZD9291への感受性を示す予測バイオマーカーとしての新規な価値が示されたことは、本研究の重要な貢献である。
臨床応用: 本知見は、EGFR-TKI耐性NSCLC治療における個別化医療の臨床応用に直結する。野生型EGFRへの活性を抑え、変異型EGFRに選択的に作用するAZD9291のプロファイルは、臨床現場において下痢や皮疹などの毒性を最小限に抑えつつ、治療継続率を高める臨床的意義を持つ。推奨用量として確立された80mg/日は、その後の第3相試験(AURA3試験、FLAURA試験)へと展開され、現在の世界的な標準治療の確立へと繋がった。
残された課題: 今後の検討課題として、T790M陰性患者における21%の奏効に関与する非EGFR依存性耐性メカニズム(例: MET増幅 Engelman et al. Science 2007)の解明や、腫瘍の空間的・時間的不均一性(heterogeneity)への対策が挙げられる。また、本試験のLimitationとして、単一アームの第1相試験であるため有効性データの成熟度が低い点(T790M陽性群のPFSデータ成熟度30%)があり、長期的な生存ベネフィットの検証が今後の課題として残されている。
結論として、AZD9291(オシメルチニブ)は、EGFR T790M変異陽性のEGFR-TKI耐性NSCLC患者に対して、高い抗腫瘍活性と良好な忍容性を示し、二次治療における新たな標準治療の基盤を築いた。
方法
試験デザインと実施施設: 本試験は、EGFR-TKI耐性進行NSCLC患者を対象とした第1相用量漸増および拡大コホート試験 (NCT01802632) として実施された。2013年3月6日から2014年8月1日(データカットオフ時点)にかけて、日本、韓国、台湾、フランス、スペイン、ドイツ、オーストラリア、英国、米国の計33施設で実施された。本研究はヘルシンキ宣言およびICH-GCPガイドラインに準拠し、各施設の倫理審査委員会によって承認され、すべての患者から書面によるインフォームドコンセントを得た。
患者適格基準: 適格患者は、局所進行または転移性NSCLCを有し、既知のEGFR-TKI感受性変異(例: exon 19欠失、L858R)を持つか、またはEGFR-TKI治療から臨床的恩恵(Jackman基準による)を受けた既往があり Jackman et al. JClinOncol 2010、かつEGFR-TKI治療中に画像的に疾患進行 (PD) が確認された患者であった。前治療のEGFR-TKI数や全身化学療法数に上限は設けられなかった。拡大コホートへの参加には、直近の治療ラインでのPD後に実施された腫瘍生検検体を用いた中央検査室でのEGFR T790M変異状態の確認(cobas EGFR Mutation Test, Roche Molecular Systems)が必須とされた。
用量漸増コホート: AZD9291は、20mg、40mg、80mg、160mg、240mgの5つの用量レベルで、1日1回経口投与された。各用量コホートでは、単回投与後の7日間の薬物動態評価期間とそれに続く21日間の連続投与を含む28日間の評価期間中に用量制限毒性 (DLT) が認められなければ、次用量レベルへの漸増が許可された。
用量拡大コホート: 用量漸増コホートで有効性シグナルが確認され、かつ許容可能な安全性プロファイルが示された用量レベルで、用量拡大コホートが設定された。拡大コホートでは、連続投与が直ちに開始され、薬物動態評価も継続された。患者は疾患進行、許容できない有害事象の発生、または同意撤回までAZD9291の投与を継続した。
評価エンドポイントと統計解析: 主要評価項目は安全性(DLT、有害事象の頻度と重症度)および薬物動態であった。副次評価項目は抗腫瘍活性であり、客観的奏効率 (ORR)、奏効持続期間 (DoR)、無増悪生存期間 (PFS) が含まれた。腫瘍評価は、RECIST (Response Evaluation Criteria in Solid Tumors) バージョン1.1に基づき、治験責任医師および独立中央判定委員会によって6週間ごとに実施された。奏効持続期間およびPFSは、カプラン・マイヤー (Kaplan-Meier) 法を用いて推定された。