- 著者: Hallin J, Bowcut V, Calinisan A, Briere DM, et al.
- Corresponding author: James G. Christensen (Mirati Therapeutics, San Diego, USA)
- 雑誌: Nature Medicine
- 発行年: 2022
- Epub日: 2022-10-10
- Article種別: Original Article
- PMID: 36216931
背景
KRAS G12D変異 (グリシン→アスパラギン酸置換) は、膵管腺癌 (PDAC) の約34%、大腸癌 (CRC) の約10-12%、非小細胞肺癌 (NSCLC) の約4%に認められる、KRAS変異の中で最も頻度が高い重要なドライバー変異の一つである。KRAS G12C変異に対しては、sotorasibやadagrasibといった共有結合型阻害薬が承認され、臨床的有効性を示しているが、これらは12位のシステイン残基との共有結合を利用するためG12C特異的であり、システinを持たないG12D変異には無効であるとSkoulidis et al. NEnglJMed 2021などによって報告されている。KRAS G12Dは、通常のヌクレオチド交換反応を妨げる変異であり、GDP結合状態とGTP結合状態の両方でRAS活性化に対処する必要があるため、非共有結合型の選択的阻害薬の開発が喫緊の課題とされてきた。これまでのKRAS阻害薬開発は、KRASタンパク質に高親和性で結合する明確なポケットが不足しているという認識から、ほとんど成功していなかったことがSanchez-Vega et al. Cell 2018やSimanshu et al. (2017)によって報告されている。しかし、KRAS G12C阻害薬の開発により、スイッチIIドメインの結合ポケットが標的として利用可能であることが示され、他のKRAS変異体に対する阻害薬開発の道が開かれた。Mirati社が開発したMRTX1133は、KRAS G12Dのシグネチャーである12位のアスパラギン酸との水素結合および疎水性相互作用を利用したスイッチII疎水性ポケット (SIIP) 結合型の非共有結合阻害薬として設計された。KRAS G12C阻害薬は、マイクロモル範囲の結合親和性を持ち、共有結合修飾によって薬物のような効力を達成するが、G12Dは共有結合可能な反応性残基を欠くため、数桁高い結合親和性を持つ新規アプローチが未解明であった。
目的
本研究の目的は、MRTX1133のKRAS G12Dに対する結合親和性、選択性、および作用機序を生化学的に詳細に特性評価することである。さらに、in vitroおよびin vivoの多様なKRAS G12D陽性腫瘍モデルにおけるMRTX1133の抗腫瘍活性を評価し、その感受性および耐性に関わる分子的決定因子を明らかにすることを目指した。
結果
MRTX1133の結合親和性と選択性: SPRおよびFPアッセイにより、MRTX1133はGDP結合型KRAS G12Dに対し、KD値約0.2 pMという極めて高い親和性を示した。野生型KRAS (GDP結合型) に対するKD値は約140 nMであり、KRAS G12Dに対して約700倍の選択性が確認された。GTP結合型KRAS G12Dに対するKD値は約9 nMであり、スイッチII疎水性ポケット (SIIP) を介したGDP優先結合が示唆された (Fig. 1b)。X線結晶構造解析により、MRTX1133がGDPおよびGMPPCP (非加水分解性GTPアナログ) の両結合状態のKRAS G12Dと共複合体を形成し、スイッチIおよびスイッチIIループのコンフォメーション変化を誘導し、下流エフェクター分子との結合を阻害することが示された (Fig. 1c)。
細胞レベルでのKRAS経路抑制と細胞増殖阻害: KRAS G12D変異腫瘍細胞株において、MRTX1133はpERK (MAPK経路) を中央IC50約5 nMで強力に抑制した (25 KRAS G12D変異株)。不活性型 (GDP結合阻害) IC50は<2 nMと算出され、高い細胞内有効性が示された。KRAS野生型およびKRAS G12C変異細胞株に対する増殖阻害効果は著明に低く (>100倍以上のシフト)、KRAS G12D選択的な抗増殖活性が確認された (Extended Data Fig. 2)。MRTX1133は、HPAC細胞株においてpERKおよびpS6の持続的な抑制を3時間から72時間にわたり示したが、GP2D細胞株では後期に部分的な再活性化が観察され、時間依存的なフィードバック経路の関与が示唆された (Extended Data Fig. 1d,e)。
in vivoにおける抗腫瘍効果と腫瘍退縮: 25種類のKRAS G12D変異腫瘍モデルのうち、11/25 (44%) が30 mg/kg BID腹腔内投与で30%以上の腫瘍退縮を達成した。特にPDAC腫瘍モデルでは11例中8例 (73%) が30%以上の腫瘍退縮を示し、KRAS G12DがPDACの主要ドライバーとして機能することと一致した高い有効性が観察された (Fig. 3)。HPAC (KRAS G12D PDAC細胞株) 異種移植モデルでは、30 mg/kg BID投与により平均85%の腫瘍退縮が達成された (Fig. 2c)。MRTX1133は、最大28日間の反復投与試験において、30 mg/kg BIDまでの用量で忍容性が良好であり、体重減少や明らかな毒性徴候は認められなかった (Extended Data Fig. 3b)。GP2D結腸癌モデルでは、MRTX1133単剤投与により63%の腫瘍退縮が認められた (Extended Data Fig. 3d)。
組み合わせ戦略による抗腫瘍活性の増強: MRTX1133単剤に感受性が低い腫瘍モデルにおいて、EGFR阻害薬 (セツキシマブなど) またはPI3Kα阻害薬 (BYL-719) との併用により抗腫瘍活性が著明に増強された (Fig. 5a,c)。AsPC-1 PDACモデルでは、MRTX1133とセツキシマブの併用により、単剤療法と比較して有意な腫瘍増殖抑制が認められた (p<0.01)。GP2D結腸癌モデルにおいても、併用療法は単剤療法より有意な抗腫瘍効果を示した (p<0.05)。この適応耐性機序は、RAS経路の上流または並行経路からのフィードバックシグナルに起因すると考えられる。CRISPRスクリーニングにより、EGFR、PIK3CA (PI3Kαをコード)、およびPTPN11 (SHP2をコード) がMRTX1133の活性を増強する可能性のある標的として同定された。KEAP1欠損は、KRAS G12C阻害薬 (sotorasib) と同様にMRTX1133にも耐性をもたらすことが示され、NRF2過活性化による広汎な標的治療抵抗性のメカニズムとして重要な知見が追加された。KRAS G12D増幅も耐性機序の一つとして観察された。
考察/結論
本研究は、MRTX1133が非共有結合型のKRAS G12D選択的阻害薬として、極めて高い生化学的親和性 (KD約0.2 pM、野生型KRASに対し約700倍の選択性) と前臨床的抗腫瘍活性 (PDACモデルの73%で腫瘍退縮) を達成したことを示した。これは、「undruggable」とされてきたKRAS G12D変異に対する初の強力な阻害戦略を提示するものである。KRAS G12C共有結合阻害薬 (sotorasib、adagrasib) がスイッチIIポケットを標的としたのと同様の設計思想をG12Dに応用した点で、その汎用性が実証された。
新規性: 本研究で初めて、MRTX1133がGDP結合型だけでなくGTP結合型KRAS G12Dにも結合し、エフェクター結合面を阻害することで下流シグナル伝達を遮断するという新規の作用機序が結晶構造解析によって明らかにされた。これは、従来のG12C阻害薬が不活性型KRASに結合してロックするメカニズムとは異なる、G12D特有の阻害戦略の可能性を示唆する。
先行研究との違い: KRAS G12C阻害薬を用いた過去の研究では、SHP2やSOS1阻害薬との併用が有効であったのに対し、本研究ではKRAS G12D変異腫瘍がEGFR/HERファミリーを標的とする併用療法により感受性が高く、SHP2やSOS1阻害には比較的感受性が低いという対照的な結果が得られた。これは、KRAS G12CとG12Dの間で、組織特異的、ゲノム的、およびアレル特異的要因に起因する併用療法戦略への感受性の違いがあることを示唆する。また、KRAS G12C阻害薬ではPI3Kα阻害薬との併用効果が限定的であったのに対し、MRTX1133ではPI3Kα阻害薬BYL-719との併用が有効であった点も、これまでの報告と異なる重要な知見である。
臨床応用: 特に膵管腺癌 (PDAC) での高い有効性は臨床的に重要であり、PDAC治療において有効な標的療法がほぼ存在しない現状を変える可能性を持つ。EGFRまたはPI3Kα阻害薬との組み合わせによる耐性克服戦略は、KRAS G12C阻害薬での知見 (MEK、SHP2などとの組み合わせ) と共通する適応耐性機序を反映しており、今後の臨床試験における併用療法の開発に重要な示唆を与える。KEAP1変異による耐性の共通性は、KRASドライバー変異全体にわたるNRF2経路の役割の普遍性を示し、バイオマーカーとしてのKEAP1の重要性を強調する。MRTX1133は現在、PDAC、NSCLC、大腸癌を対象とした第1/2相臨床試験 (NCT05737706など) が進行中であり、そのKD値、in vivo有効性、および副作用プロファイルの初期臨床データが注目されている。
残された課題: 今後の検討課題として、MRTX1133の経口バイオアベイラビリティの改善、および臨床試験における長期的な有効性と安全性の評価が挙げられる。また、KRAS G12D変異癌における腫瘍種ごとの依存性の違いをさらに詳細に解析し、最適な併用療法戦略を確立する必要がある。特に、大腸癌モデルにおけるMRTX1133単剤の限定的な有効性について、KRAS依存性を修飾する共存する遺伝子変異やゲノム不安定性の役割をさらに解明することが今後の研究方向性として重要である。
方法
MRTX1133のKRAS G12D (GDP結合型およびGTP結合型) および野生型KRASに対する結合親和性 (KD値) は、表面プラズモン共鳴 (SPR) および蛍光偏光 (FP) アッセイを用いて測定した。細胞レベルでの活性評価として、KRAS G12D変異 (n=25株) および野生型 (n=10株) の腫瘍細胞株パネルを用いて、MAPK経路活性化の指標であるpERKの抑制IC50値を比較した。また、KRAS G12D肺癌、PDAC、大腸癌細胞株における細胞増殖アッセイによりMRTX1133の感受性を評価した。in vivoでの有効性試験では、KRAS G12D変異PDACを含む25種類の患者由来腫瘍モデル (PDX) および遺伝子改変マウスモデル (GEMM) を含む異種移植モデルを用いて、腫瘍体積変化および腫瘍退縮率を評価した。MRTX1133の経口バイオアベイラビリティが低いマウスでは、腹腔内 (IP) 投与により3 mg/kg、10 mg/kg、30 mg/kgの用量で投与し、KRAS阻害の程度と期間、および抗腫瘍活性との関係を評価した。組み合わせ効果の評価では、EGFR阻害薬 (セツキシマブなど) およびPI3Kα阻害薬 (BYL-719) との併用による抗腫瘍活性の増強効果を検討した。耐性メカニズムの探索には、CRISPR-Cas9スクリーニングおよびバイオインフォマティクス解析 (RNA-seq、GSEA) を用い、KEAP1変異、KRAS増幅、PTENおよびCDKN2Aの発現レベルなどの分子的決定因子を同定した。RNA-seqデータはGene Expression Omnibus (GEO) データベースにGSE201412として寄託されている。統計解析には、一元配置分散分析 (one-way ANOVA) およびStudentのt検定が用いられ、p値が0.05未満の場合を統計的に有意と判断した。