- 著者: Mara N. Zeissig, Lauren M. Ashwood, Olga Kondrashova, Kate D. Sutherland
- Corresponding author: Kate D. Sutherland (ACRF Cancer Biology and Stem Cells Division, The Walter and Eliza Hall Institute of Medical Research, Parkville, Australia)
- 雑誌: Trends in Cancer
- 発行年: 2023
- Epub日: 2023-08-15
- Article種別: Review
- PMID: 37591766
背景
KRASは、GDP結合不活性型とGTP結合活性型の間をサイクルするGTPase (Guanosine Triphosphatase) であり、RAF/MEK/ERK、PI3K/AKT/mTOR、RALGDS (Ral guanine nucleotide dissociation stimulator)/RAL経路を介して細胞増殖と生存を制御する重要なシグナル伝達分子である。KRAS変異は、がんにおいて最も頻繁に観察されるがん遺伝子変異の一つであり、特にコドン12、13、61、146に集中して発生する。その中でもコドン12の変異が最も頻繁であり、G12D変異は多くの腺がんやカルシノーマにおいて最も高頻度なKRAS変異として知られている。具体的には、膵腺がんの約50%、胆管がんの44%、大腸がんにおいて高頻度に検出されることが報告されている (Figure 1A)。
肺腺がんにおいては、喫煙に関連する変異シグネチャ4 (C>A/G>T) の影響により、G12C (c.34G>T) 変異がG12D (c.35G>A) よりも高頻度で認められる。しかし、G12D変異は時計様変異シグネチャ1および5 (C>T/G>A) に関連することが報告されている Alexandrov et al. Nature 2020。G12D変異を有する膵腺がん患者は、KRAS野生型、G12R、またはG12V変異を有する患者と比較して全生存期間が不良であることが示されている (Bournet et al. 2016; Qian et al. 2018)。
近年、KRAS-G12C変異を標的とするアレル特異的阻害剤(例: sotorasib、adagrasib)が臨床承認され、その治療効果が示された Skoulidis et al. NEnglJMed 2021。しかし、G12D変異を標的とする阻害剤は2023年に臨床試験が開始されたばかりであり、その生物学的特性、腫瘍微小環境 (TME)、および併用療法に関する理解が不足している状況であった。G12C阻害剤の臨床経験から得られた知見は、G12D阻害剤の開発に貴重な示唆を与えるものの、G12D変異の独自の構造的・生化学的特性や組織特異的な共変異パターンを考慮した個別化された治療戦略の確立が未解明な課題として残されている。特に、G12D変異が形成する免疫抑制的なTMEや、特定の共変異が治療応答に与える影響については、さらなる詳細な解析が不足しており、これらのギャップを埋めることが、G12D変異がん患者の治療成績向上に不可欠である。
目的
本レビューの目的は、KRAS-G12D変異を有する腺がんのゲノム、組織学、転写、および免疫微小環境的特徴を統合的に分析し、治療応答性を予測するバイオマーカーを特定することである。また、新規KRAS-G12D阻害剤の設計原理と前臨床段階での成果を評価し、KRAS-G12C阻害剤の臨床試験から得られた教訓を踏まえ、組織特異的な併用療法戦略の可能性を包括的に検討することを目的とする。これにより、KRAS-G12D変異がんに対する個別化された効果的な治療法の開発に貢献することを目指す。
結果
G12D変異の構造生化学的独自性: KRAS-G12D変異は、そのアスパラギン酸側鎖がbulkyで負電荷を帯びている点で他のG12変異と異なる。この構造的特徴により、GTP加水分解時に重要なブリッジング水分子が保持され、他のG12変異で観察されるY32とγ-リン酸の直接的な水素結合形成とは対照的な挙動を示す。G12D側鎖の酸素原子はQ61の役割を代替し、switch IとIIを連結することで、エフェクター結合型であるstate 2コンフォメーションを安定化させ、GAPタンパク質の結合を阻害する。G12Dは中程度のGAP介在性GTP加水分解速度を示し、G12Aが大幅な低下、G12Cが野生型レベルであるのと比較して、その独自の構造特性がG12Dの高い発がんポテンシャルに寄与すると考えられる (Figure 2A)。
G12Dの下流シグナル伝達と組織特異性: G12D変異はPI3Kに対して最大の結合親和性を示し、RAFへの親和性は低いことが明らかになった。膵腺がんおよび肺腺がんのin vitroモデルでは、G12D変異がPI3K/AKTシグナル伝達の亢進を引き起こし、G12D肺腺がんはG12Cと比較してMEK阻害剤に対する感受性が低いことが示された。対照的に、G12D変異マウス大腸モデルでは、リン酸化ERKの上昇とリン酸化AKTの抑制が観察され、ERK阻害剤には反応するがAKT阻害剤には非感受性という組織特異的なパターンを示した。プロテオミクス解析により、Kras-G12Dマウスの大腸と膵臓で組織特異的な経路発現が確認された。G12D肺腺がん患者では、染色体維持、DNA二本鎖切断修復、細胞老化経路の下方制御が特異的に認められた (Figure 3A)。
G12Dの発がんポテンシャルと組織学的特徴: バーコード付きKras変異ライブラリとp53/Lkb1欠損マウスを用いた研究では、G12D変異が膵腺がんおよび肺腺がんの主要なドライバーであることが示された。G12C変異は肺において部分的な発がんポテンシャルしか示さず、喫煙などの腫瘍外因子によって発がん力が増強される可能性が示唆された。同質遺伝子背景のマウス胚線維芽細胞を用いた実験では、G12D変異のみが肺腫瘍を形成した。肺腺がんの3-10%を占める浸潤性粘液腺がん (IMA) は、G12D (約36%) およびG12V (約32%) 変異が優位であり、消化管分化(ゴブレット細胞/円柱細胞形態、豊富な細胞質ムチン)を示す。IMAはERBB2、SMAD4、NKX2-1 (TTF-1) 欠失を伴うことが多く、NKX2-1の喪失はKras-G12D肺がんで粘液腺がんを誘発し、IMAの発生に必須である (Box 1)。
免疫抑制性腫瘍微小環境 (TME) の形成: 同質遺伝子マウスNSCLC注射モデルにおいて、G12D腫瘍は抗PD-1療法に抵抗性を示し、他のKRAS変異と比較してPD-L1発現およびCD8+ T細胞浸潤が低いことが明らかになった。NSCLC患者コホート (n=102) でも、G12D腫瘍はG12C腫瘍よりもPD-L1発現およびCD8+ T細胞浸潤が低いことが報告された (Ricciuti et al. 2022)。大腸がんでは、G12D/G12V変異腫瘍は他のG12/G13D変異腫瘍よりもCD3+ Tリンパ球密度が低く、CD8+ T細胞浸潤も野生型と比較して減少していた。G12Dマウス大腸モデルでは、骨髄系由来サプレッサー細胞 (MDSC) の浸潤が増加し、免疫抑制的なTMEが形成されることが示された Liao et al. CancerCell 2019。G12D肺腺がんは腫瘍変異負荷 (TMB) も低く、抗PD-1単剤療法に対する応答が低いが、化学免疫療法との併用により生存上の不利が解消されることから、併用療法の有用性が示唆される Yarchoan et al. NEnglJMed 2017。膵腺がんでは、線維性間質が免疫抑制的なTMEを形成し、免疫療法の障壁となるが、MRTX1133処置により膠原線維沈着の増加と筋線維芽細胞様CAFの増加といった間質変化が観察された。
共存変異と腫瘍行動: 大腸G12D変異がんでは、APC、TP53、SMAD4、PIK3CAとの共変異が多く、CRCオルガノイドモデルではこれらの併発時にのみ成長因子非依存的増殖と腎被膜下への生着が成立した。膵G12D変異がんでは、TP53、CDKN2A (Ink4a/Arf)、SMAD4との共変異が頻繁に認められる。肺G12D変異がんでは、TP53、STK11、KEAP1との共変異が一般的である。しかし、肺がんではSTK11/ATM共変異は非G12D変異で有意に濃縮され、G12Dでは相対的に低頻度である。KEAP1共変異は無増悪生存期間 (PFS) および全生存期間 (OS) の悪化、G12C阻害剤抵抗性を促進する。Skoulidisらの3つの転写サブタイプはTP53、STK11、KEAP1、CDKN2Aの共変異に対応し、治療応答を左右することが示されている Skoulidis et al. CancerDiscov 2015 (Box 2)。
代謝プロファイル: 同質遺伝子SW48 CRC細胞株およびNCI-H1299 NSCLC細胞株を用いたコドン12/13/61/146変異の代謝解析では、コドン変異特異的な変化の多くは野生型と異なるものの、G12D固有の変化は限定的であった。唯一の例外として、メチオニン消費はG12Dと野生型で類似しており、メチオニンが代謝脆弱性ではないことが示唆された。しかし、これらの研究は主にin vitroで実施されており、in vivoでの比較研究が今後必要である。
G12D阻害剤の設計と前臨床活性: MRTX1133 (Mirati) は、switch IIポケットに結合する非共有結合性阻害剤であり、ピペラジニル基が変異アスパラギン酸とイオン結合を形成し、ヌクレオチド交換とRAF結合を阻害する。2023年に臨床試験入りが予定されており、膵、肺、大腸G12D同質遺伝子および異種移植モデルで強力な抗腫瘍効果を示した Hallin et al. NatMed 2022。MRTX1133はEGFR阻害剤 (膵・CRC) およびAKT阻害剤 (肺/膵/CRC) と相乗効果を示すが、MEK/ERK阻害剤とは相乗効果を示さない。RMC-9805 (Revolution Medicines) は、シクロフィリンAとの非共有結合を介してON-stateを阻害する。HRS-4642 (Jiangsu Hengrui) はPhase 1試験 (NCT05533463) が進行中であり、TH-Z835は抗PD-1療法との相乗効果が報告されている。ASP3082はE3リガーゼ結合G12D分解誘導剤であり、Phase 1試験 (NCT05382559) が進行中である (Figure 2B)。
G12C臨床経験からの教訓: KRAS-G12C阻害剤であるsotorasibおよびadagrasibは、NSCLCで客観的奏効率 (ORR) が約30% Hong et al. NEnglJMed 2020、大腸がんで7-19%と限定的な効果を示し、ほとんどの患者で安定病変 (stable disease) が達成された。adagrasibとセツキシマブの併用療法は、大腸G12C変異がん患者で46%のORRを達成した。adagrasibとペムブロリズマブの併用はNSCLCで49-57%のORRを示し、安全性も良好であった (KRYSTAL-7試験ではグレード3の肝毒性が10%未満)。しかし、sotorasibとペムブロリズマブの併用ではグレード3/4の肝毒性が42-47%と安全性に問題があった。SHP-2阻害剤 (SHP099、RMC-4630、BBP-398) はGTP-GDPサイクルを調節し、G12C OFF阻害剤との相乗効果をin vitro/in vivoで示す。抵抗機構としては、RTKフィードバック (EGFRなど)、GDP占有率の低下、二次KRAS変異、KRAS-G12C対立遺伝子増幅などが報告されている (Box 3)。
考察/結論
本レビューは、G12D変異が腺がんやカルシノーマで最も頻繁に観察されるにもかかわらず、これまで「druggable」ではないとされてきたKRASに対する新規アレル特異的阻害剤の開発という、現在のトランスレーショナル研究の最前線を包括的に整理した。G12D変異に特有のブリッジング水分子の保持、state 2コンフォメーションの安定化、PI3K優位のシグナル伝達、免疫抑制性TME(低PD-L1発現・低CD8+ T細胞浸潤)、および組織特異的な共変異パターン(膵臓: TP53/CDKN2A/SMAD4、肺: TP53/STK11/KEAP1、大腸: APC/TP53/SMAD4/PIK3CA)に関する知見を統合することで、G12C阻害剤の臨床経験を単純にG12Dに転用できない理由を明確化した。
新規性: 本研究で初めて、G12D変異の独自の構造的・生化学的特性が、その発がんポテンシャルと下流シグナル伝達経路にどのように影響するかを詳細に分析し、これがG12C変異とは異なる治療戦略を必要とすることを示した。特に、G12DがPI3Kシグナルを優位に活性化する一方で、免疫抑制的なTMEを形成するという知見は、これまでのKRAS研究では十分に強調されていなかった点である。
臨床応用: MRTX1133などの新規G12D阻害剤は、膵、肺、大腸腺がんの前臨床モデルで強力な抗腫瘍効果を示している。しかし、G12C単剤療法のORRがNSCLCで約30%、大腸がんで7-19%と限定的であったことを踏まえると、G12D阻害剤も単剤よりも併用療法を優先的に開発する必要があると考えられる。G12DのPI3K優位シグナル伝達を考慮すると、AKT阻害剤との併用がMEK/ERK阻害剤よりも有効である可能性が示唆される。また、免疫抑制性TMEに対しては、adagrasibとペムブロリズマブ併用療法の安全性プロファイルを参考に、G12D阻害剤と免疫チェックポイント阻害剤 (ICI) の併用が有望である。膵腺がんの線維性間質に対する間質調節併用療法や、IMAにおける消化管様分化を考慮した胃腸がん標準治療との併用も提案される。
先行研究との違い: 従来のKRAS研究はG12C変異に焦点を当てることが多かったのに対し、本レビューはG12D変異の独自の生物学的特性と、それが治療応答に与える影響を包括的に分析した点で、これまでのレビューとは対照的である。特に、G12D変異が形成する免疫抑制的なTMEのメカニズムや、共変異が治療抵抗性に与える影響について、詳細な分子レベルでの考察を加えている。
残された課題: 今後の検討課題として、著者らは以下の点を提示している。(1) G12Dが最も頻繁に観察され、かつ最も強力な発がんポテンシャルを持つ理由の解明、(2) Kras-G12Dマウスモデルから得られた腫瘍特性が他のKRAS変異アレルにどの程度適用可能か、(3) 組織由来のTMEと共変異のどちらが腫瘍生物学により大きな影響を与えるか、(4) G12D阻害剤への応答を予測する遺伝的バイオマーカーの特定、(5) 組織ごとの最適な併用療法の確立、(6) G12D阻害剤に対する抵抗機構の解明、(7) G12C阻害剤の臨床知見をG12D阻害剤の臨床試験設計に直接転用できるか否か、である。これらの課題を解決するためには、アレル間の直接比較を伴う臨床試験設計が不可欠であり、G12D阻害剤時代の治療最適化を実現すると著者らは展望している。
方法
本研究はレビュー論文であるため、特定の実験や臨床試験は実施していない。代わりに、既存の公開された科学文献、前臨床研究データ、および臨床試験データを統合的に分析した。具体的には、Genie Cohort v13.0の変異頻度データを用いて、KRAS-G12D変異の発生頻度と共変異パターンを評価した。また、PubMed、Embase、Web of Scienceなどの主要な医学データベースを用いて、KRAS-G12Dの構造生化学的特性、下流シグナル伝達、発がんポテンシャル、組織学的特徴、免疫微小環境、共存変異、代謝プロファイルに関する研究論文を検索し、その結果を統合した。
新規KRAS-G12D阻害剤(例: MRTX1133、RMC-9805、HRS-4642、TH-Z835 (Tsinghua University)、BI-KRASG12D (Boehringer Ingelheim)、JAB-22000 (Jacobio)、ERAS-4 (Erasca)、ASP3082 (Astellas))に関する設計原理、前臨床試験データ、および進行中の臨床試験(例: NCT05533463、NCT05382559)の情報を収集し、その有効性と安全性プロファイルを評価した。MRTX1133は非共有結合性阻害剤であり、RMC-9805はシクロフィリンAとの非共有結合を介してON-stateを阻害する。ASP3082はE3リガーゼ結合G12D分解誘導剤として機能する。
さらに、KRAS-G12C阻害剤(sotorasib、adagrasib)の臨床試験(例: KRYSTAL-7、KRYSTAL-1、CodeBreaK100/101、NCT04613596、NCT05054725、NCT05480865、NCT04793958、NCT05313009、NCT04185883、NCT05118854)から得られた知見、特に単剤療法と併用療法の効果、抵抗機構、およびバイオマーカーに関するデータを詳細に分析した。これらの情報を基に、KRAS-G12D変異がんに対する最適な治療戦略を考察した。統計手法としては、各研究で用いられた生存解析(カプラン・マイヤー曲線、ログランク検定)、多変量解析(コックス回帰モデル)、および群間比較(t検定、Fisherの正確確率検定)の結果を引用し、その臨床的意義を評価した。