- 著者: Yong Jia, Jose Juarez, Jie Li, Mari Manuia, Matthew J. Niederst, Celin Tompkins, Noelito Timple, Mei-Ting Vaillancourt, AnneMarie Culazzo Pferdekamper, Elizabeth L. Lockerman, Chun Li, Jennifer Anderson, Carlotta Costa, et al.
- Corresponding author: Yong Jia (Genomics Institute of the Novartis Research Foundation, San Diego, CA); Shailaja Kasibhatla (Genomics Institute of the Novartis Research Foundation, San Diego, CA)
- 雑誌: Cancer Research
- 発行年: 2016
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 26825170
背景
EGFR変異陽性非小細胞肺癌 (NSCLC) は、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (EGFR-TKI) であるgefitinibやerlotinibに対し高い奏効率 (約70%) を示すことが、Lynch et al. NEnglJMed 2004やPaez et al. Science 2004によって報告されている。しかし、治療開始後の中央値9〜12ヶ月で獲得耐性が発現し、その約50%はEGFR T790M変異に起因することがPao et al. PLoSMed 2005やSequist et al. SciTranslMed 2011によって明らかにされている。残りの50%では、MET増幅、上皮間葉転換 (EMT)、小細胞肺癌への形質転換、PI3K変異などのバイパス経路の活性化が耐性機序として関与するとされている。これらの耐性機序の全容解明は依然として未解明な部分が多く、より効果的な治療戦略の開発が不足している現状がある。
第2世代EGFR-TKIであるafatinibは、T790M変異モデルに対しても活性を示すが、野生型 (WT) EGFRに対しても同等の阻害活性を有するため、重篤な皮疹や下痢といった用量規制毒性を引き起こし、治療域が狭いという課題があった。このため、T790M変異を克服しつつWT EGFRを温存する、変異選択的かつ不可逆的な第3世代EGFR-TKIの開発が喫緊の課題として認識されていた。当時、CO-1686 (rociletinib) やAZD9291 (osimertinib) といった薬剤が臨床開発段階にあり、その有効性が注目され始めていた。これらの薬剤は従来のTKIと比較して優れたプロファイルを持つものの、さらなる治療選択肢の拡大が求められていた。
EGFR変異全体の約4〜10%を占めるExon 20挿入変異は、既存の承認済みTKIに対して低感受性であることが知られており、この変異に対する有効な治療法の開発も重要な課題として残されていた。特に、Exon 20挿入変異の多様性が治療反応性に与える影響については、詳細な検討が不足していた。これらの背景から、新規の変異選択的不可逆的EGFR阻害薬であるEGF816 (nazartinib) が、Novartisによって開発され、既存の課題を克服する可能性を秘めた薬剤として臨床開発が進められていた (ClinicalTrials.gov Identifier: NCT02108964)。本研究は、EGF816の包括的な前臨床特性評価を通じて、その治療的有用性を確立することを目的としている。特に、WT EGFR温存による忍容性の改善と、T790M変異およびExon 20挿入変異に対する有効性の実証が、従来のEGFR-TKIでは不足していた領域であった。
目的
本研究の目的は、新規変異選択的不可逆的EGFR阻害薬であるEGF816 (nazartinib) の包括的な前臨床特性を評価することである。具体的には、EGF816のEGFRキナーゼに対する阻害特性、特にその変異選択性と不可逆的結合のメカニズムを定量的に実証する。次に、L858R、Ex19del、T790M変異を含む主要なEGFR活性化変異および獲得耐性変異、さらには既存TKIに低感受性であるExon 20挿入変異を有する各種細胞株および異種移植モデルにおけるEGF816のin vitroおよびin vivoでの有効性を評価する。
また、野生型 (WT) EGFRに対する選択性を詳細に解析し、皮膚毒性などのWT EGFR阻害に起因する副作用プロファイルにおいて、既存の第1世代および第2世代EGFR-TKI (erlotinib、afatinib) と比較してEGF816が優れた忍容性を示すことを実証する。さらに、EGF816に対する獲得耐性が発生したin vivoモデルを確立し、その耐性機序を分子レベルで同定するとともに、同定された耐性機序を克服するための併用療法戦略の有効性を検討する。これらの目的を達成することで、EGF816がEGFR変異陽性NSCLC患者に対する新たな治療選択肢となる可能性を前臨床段階で確立することを目指す。
結果
EGF816のEGFRキナーゼ阻害特性:変異選択的不可逆結合の定量的実証: EGF816は、EGFRの活性部位にあるC797残基に共有結合することで、EGFR変異を不可逆的に阻害する第3世代TKIである。生化学的評価により、EGFR L858R/T790M二重変異体に対するKI (初期非共有結合解離定数) は0.031 µmol/L、kinact (共有結合形成速度定数) は0.222 min⁻¹と算出され、高い共有結合効率 (kinact/KI = 7.2 min⁻¹µmol/L⁻¹) を示した。細胞内でのEGFRリン酸化阻害EC50は、H3255 (L858R) で5 nM、HCC827 (Ex19del) で1 nM、H1975 (L858R/T790M) で3 nMと、ナノモルオーダーの極めて高い活性を示した。これは、erlotinibのH1975に対するEC50 (1,400 nM) と比較して約500倍の優位性であった (Table 1, Figure 1A)。受容体占有率 (OC50) はHCC827で2 nM、H1975で5 nMであり、標的阻害EC50と良好に一致し、受容体占有率と機能的阻害の整合性が確認された (Table 1, Figure 1D, E)。細胞増殖抑制EC50はH3255で9 nM、HCC827で11 nM、H1975で25 nMであった (Table 1, Figure 1B)。さらに、erlotinib耐性T790M獲得患者由来細胞株 (n=5) に対してもEGF816は感受性を示した (Figure 1C)。
WT EGFR選択性:毒性プロファイルの差別化要因: EGF816のWT EGFR選択性を評価するため、非増幅WT EGFR細胞 (HaCaT, HEKn) および増幅WT EGFR細胞 (A431) での細胞標的阻害EC50を測定した。HaCaTのEC50は182 nM、HEKnは313 nMであり、非増幅WT EGFRに対する変異型EGFRへの選択性は約20〜60倍であった (Table 1, Figure 1A)。A431 (増幅EGFR) でのEC50は71 nMと感受性が高かったが、これはWT EGFRを高発現する特殊条件下での結果である。89種の肺癌細胞株パネルを用いたプロファイリングでも、EGFR変異細胞に選択的な増殖抑制が確認された (Figure 4A)。in vivoでのWT EGFR影響評価として、ラット皮膚のDUSP6 mRNA発現 (ERK経路バイオマーカー) およびpEGFR IHCを評価した。H1975モデルで腫瘍退縮を達成する有効量 (10 mg/kgおよび30 mg/kg) では、ラット皮膚のDUSP6発現抑制は最小限であった (Figure 4B)。一方、afatinib 10 mg/kgではDUSP6発現が約80%抑制された。マウス正常皮膚組織におけるpEGFRレベルも、EGF816 100 mg/kg投与群でvehicle群と同程度であり、WT EGFR阻害が最小であることが示された (Figure 4C)。EGF816は全実験用量で忍容性が良好であり、afatinib 25 mg/kgで観察された体重減少 (約5%) や皮膚毒性はEGF816では認められなかった (Supplementary Figure S2A)。
In vivo異種移植モデルでの強力な抗腫瘍効果と忍容性: H1975 (L858R/T790M) マウス異種移植モデルにおいて、EGF816は用量依存的な強力な抗腫瘍効果を示した。10 mg/kgでT/C 29% (p<0.0001)、30 mg/kgでT/C -61% (腫瘍退縮)、100 mg/kgでT/C -80%の腫瘍退縮を達成した (Figure 2A)。afatinib 25 mg/kgはT/C 31%であり、EGF816 10 mg/kgと同等の効果であったが、体重減少を伴った。HCC827 (Ex19del) モデルでは、3 mg/kgでT/C -74%の有意な腫瘍退縮、10 mg/kg以上でほぼ完全な腫瘍退縮 (-92〜-98%) を達成した (Figure 2C)。H3255 (L858R) モデルでは、EGF816 30 mg/kgで85%の腫瘍退縮が認められ、erlotinib 100 mg/kgと同等の効果であった (Figure 2D)。患者由来異種移植モデル (MGH134, MGH141; いずれもT790M獲得耐性) でも、EGF816 30 mg/kgで有意な腫瘍退縮が確認された (Figure 2E, F)。EGF816は全ての試験モデルにおいて良好な忍容性を示し、体重減少は観察されなかった (Supplementary Figure S2)。
In vivo PK/PD解析と不可逆的結合の証拠: H1975モデルでの30 mg/kg単回投与後、pEGFRは1時間後には80%以上抑制され、24時間以上持続した (Figure 3A)。下流のシグナル伝達分子であるpAKTおよびpERKも1時間後には抑制され、約7時間持続した (Figure 3B)。血漿中薬物濃度が消失した後もpEGFR抑制が持続する「遅延回復」現象が観察され、EGF816の不可逆的共有結合メカニズムがin vivoでも裏付けられた。HCC827モデルはH1975モデルよりもEGF816に高感受性であり、同用量でより高い持続的なpEGFR抑制が認められた (Supplementary Figure S3A)。
Exon 20挿入変異への活性と変異種依存性感受性差: Ba/F3細胞 (n=3) を用いたExon 20挿入変異に対する増殖EC50は、変異種によって大きく異なった。D770_N771insSVD (7 nM) およびV769_D770insASV (11 nM) では高活性を示し、WT EGFR Ba/F3 (166 nM) に対して約15〜24倍の選択性を示した (Table 1)。一方、H773_V774insNPH (190 nM) では感受性が著明に低下し、WT EGFRと同程度の感受性しか示さなかった (Table 1)。LU0387 PDXモデル (H773_V774insNPH) におけるin vivo試験では、EGF816 30 mg/kgで45%の腫瘍増殖抑制、100 mg/kgで81%の腫瘍退縮を達成した (p<0.0001) (Figure 5A)。これらの結果は、EGF816がExon 20挿入変異の一部に対して抗腫瘍活性を有することを示唆する。
EGF816耐性誘導とMET増幅克服戦略: HCC827異種移植モデルにEGF816を103日間漸増投与することで耐性腫瘍が誘導された。耐性腫瘍の分子解析では、MET増幅が主要な耐性機序として同定された (Figure 6B)。EGF816耐性異種移植モデルにおいて、EGF816単剤または選択的MET阻害薬INC280単剤では軽度の腫瘍増殖抑制しか得られなかったが、EGF816とINC280の併用療法により、有意かつ持続的な腫瘍退縮が達成された (Figure 6C)。これは、MET増幅による第3世代TKI耐性がMET阻害薬との併用により克服できることを示している。
考察/結論
本研究は、新規不可逆的EGFR阻害薬EGF816 (nazartinib) が、第1・2世代EGFR阻害薬と比較して、強力なT790M変異阻害活性 (EC50 3nM) と高い野生型 (WT) EGFR選択性 (20倍以上) を有することを前臨床データで実証した。このWT EGFR選択性は、従来のTKIで問題となっていた皮膚毒性や下痢といった用量規制毒性の軽減に繋がる可能性を示唆しており、臨床的意義は大きい。
新規性: 本研究で初めて、EGF816がExon 20挿入変異の一部に対してもin vitroおよびin vivoで抗腫瘍活性を示すことを明らかにした。特にD770_N771insSVDおよびV769_D770insASV変異に対しては、WT EGFRと比較して高い選択性を示したことは新規の知見である。この変異種特異的な感受性差は、Exon 20挿入変異の分子的多様性が阻害薬結合に異なる影響を与えることを示唆しており、今後のExon 20挿入変異治療開発における重要な課題となる。
先行研究との違い: 本研究の投稿・審査期間中に、競合薬であるAZD9291 (osimertinib) がFDA加速承認を取得したことが本文中に記載されており、EGF816の開発は競合環境となった。しかし、EGF816は、Cross et al. CancerDiscov 2014で報告されたAZD9291と同様に、T790M変異を強力に阻害しつつWT EGFRを温存するという点で、従来のTKIとは異なる優れたプロファイルを持つ。
臨床応用: EGF816の強力な抗腫瘍効果と良好な忍容性は、EGFR変異陽性NSCLC患者、特にT790M獲得耐性患者に対する新たな治療選択肢となる可能性を示唆する。また、Exon 20挿入変異に対する部分的な活性は、このアンメットメディカルニーズに対する臨床応用の可能性を拓く。耐性機序としてMET増幅がin vivoモデルで再現性よく同定された点 (HCC827耐性モデルの傾向はPao et al. PLoSMed 2005でも報告されている) は、EGF816とMET阻害薬INC280の併用療法が、MET増幅による耐性を克服する戦略として臨床応用可能であることを示唆する。実際に、EGF816とINC280の併用療法に関する臨床試験 (NCT02335944) が計画されている。
残された課題: 今後の検討課題として、EGF816耐性機序として同定されたC797S変異やEMTの臨床における頻度と、それらに対する克服戦略の確立が挙げられる。特にC797S変異は、Thress et al. NatMed 2015によってAZD9291耐性機序としても報告されており、第3世代TKI共通の課題である。また、Exon 20挿入変異に対するEGF816の活性は変異種によって異なり、高感受性を示す変異種に対するin vivoでの有効性を検証するためのPDXモデルの不足がlimitationとして挙げられる。これらの課題を解決することで、EGF816の臨床的価値をさらに高めることができると考えられる。
方法
EGF816のEGFRキナーゼ阻害特性は、生化学的アッセイにより評価された。具体的には、EGFR L858R/T790M二重変異体に対するKI (初期非共有結合解離定数) およびkinact (共有結合形成速度定数) を測定し、不可逆的結合効率 (kinact/KI) を算出した。細胞内でのEGFRリン酸化阻害活性 (pEGFR ELISA) および細胞増殖抑制活性 (CellTiter-Glo) は、EGFR L858R変異を有するH3255細胞、Ex19del変異を有するHCC827細胞、L858R/T790M二重変異を有するH1975細胞を用いて評価された。野生型 (WT) EGFRに対する選択性は、非増幅WT EGFR細胞株 (HaCaT、HEKn: Human Epidermal Keratinocytes, neonatal) および増幅WT EGFR細胞株 (A431) におけるpEGFR阻害EC50および増殖EC50を測定することで評価された。
受容体占有率 (OC50: compound concentration at 50% occupancy) は、14C標識EGF816を用いた放射性標識アッセイにより、HCC827およびH1975細胞で測定された。Exon 20挿入変異に対する活性は、D770_N771insSVD (D770_N771挿入SVD)、V769_D770insASV (V769_D770挿入ASV)、H773_V774insNPH (H773_V774挿入NPH) の各変異を導入したBa/F3細胞株を用いて、細胞増殖EC50を測定することで評価された。また、erlotinib耐性T790M獲得患者由来細胞株 (MGH134, 121, 141, 157) におけるEGF816の有効性も評価された。
In vivo有効性試験は、H1975、HCC827、H3255細胞株由来の異種移植モデル、およびLU0387患者由来異種移植 (PDX) モデルを用いて実施された。EGF816、afatinib、erlotinibは経口投与され、腫瘍体積の変化と体重変化がモニタリングされた。腫瘍体積はデジタルキャリパーで測定され、(L × W^2)/2の式で算出された。統計解析にはGraphPad Prism 6を用い、一元配置ANOVA後にTukeyまたはDunnのpost hoc検定が適用され、p<0.05を有意差とした。
単回投与後のin vivo薬力学的 (PD) 評価では、H1975およびHCC827異種移植モデルにおいて、腫瘍組織中のリン酸化EGFR (pEGFR)、リン酸化AKT (pAKT)、リン酸化ERK (pERK) レベルがWestern blotまたはMeso-Scale Discovery (MSD) 法により経時的に測定された。WT EGFRへの影響は、ラット皮膚におけるDUSP6 mRNA発現レベル (ERK経路バイオマーカー) の測定およびマウス正常皮膚組織におけるpEGFRの免疫組織化学 (IHC) 染色により評価された。
EGF816に対する獲得耐性モデルは、HCC827異種移植モデルにEGF816を103日間漸増投与 (10 mg/kgから50 mg/kg) することで確立された。耐性腫瘍の分子解析には、リン酸化RTKアレイが用いられ、主要な耐性機序が同定された。耐性克服戦略として、EGF816耐性HCC827異種移植モデルにおいて、EGF816と選択的MET阻害薬INC280の併用療法の有効性が評価された。動物実験はGNFの動物実験倫理委員会承認プロトコルに従い実施された。