- 著者: Takeshi Kosaka, Erica Yatabe, Yuki Watanabe, Masaya Hida, et al.
- Corresponding author: Pasi A. Jänne (Dana-Farber Cancer Institute, Boston, MA)
- 雑誌: Cancer Research
- 発行年: 2017
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 28363995
背景
EGFR exon 20挿入変異 (Exon20ins) は非小細胞肺癌 (NSCLC) におけるEGFR変異の4〜10%を占め、第1・2世代EGFR-TKIに対してほぼ無感受性であることが知られている Mok et al. NEnglJMed 2009。同様に、HER2 exon 20挿入変異はNSCLCの約3%に認められ、既存のTKIへの感受性が低いことが報告されている Stephens et al. Nature 2004。共有結合性EGFR/HER2阻害薬であるダコミチニブやアファチニブがExon20ins変異に活性を示す可能性が示唆されていたが、その応答には不均一性が高く、どの挿入変異が感受性を持つかの予測因子は未解明であった。例えば、ダコミチニブの第I相試験では、EGFR Exon20ins患者6例中1例のみが持続的な部分奏効 (PR) を示したに過ぎない。また、アファチニブのLUX-Lung試験の統合解析でも、Exon20ins変異患者の奏効率 (RR) は8.7%、無増悪生存期間 (PFS) は2.7ヶ月と、既存TKIに対する効果が不足している状況であった Yang et al. LancetOncol 2015。これらの共有結合阻害薬に対する獲得耐性機序についてもほとんど不明であり、効果的な治療戦略を確立するための知識が不足していた。
目的
本研究の目的は、EGFRおよびHER2 Exon20ins変異に対する共有結合性阻害薬への応答不均一性の分子的決定因子を同定することである。さらに、臨床データ(ダコミチニブの第I相・第II相試験)との関連を解析し、獲得耐性出現後の二次変異を同定することを目的とした。
結果
EGFR・HER2 Exon20ins変異の臨床頻度と多様性: Dana-Farber Cancer Instituteで2004〜2015年に2,789例がEGFR変異検査を受け、EGFR変異は678例 (24%) に検出された。そのうちexon 20挿入変異は44例 (EGFR変異の7%・全検査例の1.7%) であり、19種類の異なる変異が同定された (Table 1)。最多はD770_N771insSVD (10例) で、V769_D770insASV (6例)、H773_V774insH (4例) が続いた。HER2 exon 20挿入変異は1,901例中47例 (2.5%) で8種が検出され、A775_G776insYVMA (33/48例=68.8%) が圧倒的多数を占めた。この多様性が患者ごとの薬剤応答の不均一性の主因となっていた。
EGFR Exon20ins変異のBa/F3細胞In vitro感受性試験: 5種のEGFR exon 20挿入変異 (InsSVD、InsASV、InsH、InsGY、InsHH) のBa/F3発現細胞株をゲフィチニブ、ダコミチニブ、アファチニブ、ネラチニブで処理したところ、全変異がゲフィチニブに耐性(感受性なし)であった。一方ダコミチニブでは、D770delinsGY (InsGY) のIC50が17.5 nmol/Lと他の4変異(InsHH以外の平均IC50 102〜470 nmol/L)と比較して有意に低く (p=0.013)、InsGYが臨床でダコミチニブ応答を示した症例に対応していることが確認された (Fig. 1A)。InsGYはpEGFR抑制においてもダコミチニブに感受性を示した (Fig. 1B)。InsHHはダコミチニブにも耐性を示し、Gly770喪失変異の典型例となった。
HER2 Exon20ins変異の感受性試験: 5種のHER2 exon 20挿入変異 (InsYVMA、InsVC、InsGSP、InsWLV、InsCPG) のBa/F3細胞株では、全般的にEGFR Exon20ins変異よりネラチニブ、ダコミチニブ、アファチニブへの感受性が高かった (Fig. 1C)。臨床でダコミチニブへの部分奏効 (PR) を示した患者から同定されたP780_Y781insGSP (InsGSP) ・M774delinsWLV (InsWLV) のBa/F3細胞は感受性InsGYと同様に有意に低いIC50を示し (p=0.031)、最も耐性なA775_G776insYVMA (InsYVMA) とは明確に区別された。ソフトアガーコロニー形成アッセイでも感受性変異 (InsGSP、InsWLV、InsCPG) のコロニー形成がダコミチニブで有意に抑制された (Supplementary Fig. S2A, S2B)。
Gly770導入による感受性回復実験: 耐性EGFR Exon20ins変異 (D770_N771insSVD、V769_D770insASV) にGly770を含む配列を導入すると、ダコミチニブ感受性が有意に改善(IC50低下)した (Fig. 2D)。例えば、D770_N771insSVD変異ではAsp770Gly変異によりIC50が10倍低下し (p=0.046)、H773_V774insH変異ではIC50が5 nmol/Lまで低下した (p<0.001)。これはGly770残基の存在が感受性の必要条件であることを直接的に実証し、Gly770保持変異 (InsGY等) では阻害薬がEGFRキナーゼのATP結合ポケットにより効率的に結合できることを示唆する。構造モデリングでもGly770が欠失した場合にαC-ヘリックスのコンホメーション変化が生じ、阻害薬結合ポケットが狭窄することが示された (Fig. 2C)。
臨床症例:HER2 V777_G778insGSP患者のアファチニブ応答: 本研究のin vitro結果に基づき、HER2 V777_G778insGSP変異を持つNSCLC患者にアファチニブを投与したところ、持続的なPRを達成した (Fig. 3)。この患者は以前にトラスツズマブ治療に失敗していたが、アファチニブ30 mg/日投与により腫瘍の有意な縮小を認め、酸素補給の必要性も減少した。奏効は7ヶ月間持続し、最終的に髄膜癌腫症により病勢進行した。
獲得耐性二次変異の同定: ENU変異導入スクリーニングにより、感受性EGFR InsGY変異に対するダコミチニブ耐性二次変異としてEGFR T790MおよびC797Sが同定された (Fig. 4A)。C797Sはダコミチニブの共有結合部位に変異が生じたものである。HER2感受性InsYVMA変異に対するネラチニブ・ダコミチニブ耐性二次変異としてHER2 C805Sが同定された (Fig. 4C)。C805S変異はネラチニブ・ダコミチニブ双方への耐性を付与し(対照株と比較してIC50が>100倍上昇)、ErbBファミリー共有結合阻害薬の作用部位(システイン残基)への変異という収束した耐性機序を示した。
考察/結論
本研究は、EGFRおよびHER2 Exon20ins変異に対する共有結合阻害薬応答の不均一性の分子的決定因子としてGly770残基の存在を同定し、Exon20ins変異の種類に基づいた「応答予測可能性」の最初の枠組みを示した。これは、これまで報告されていない新規の知見である。
先行研究との違い: 従来のEGFR-TKIに対するExon20ins変異の耐性メカニズムは不明な点が多かったが、本研究はGly770の存在が感受性を予測する共通の特徴であることを明らかにした点で、これまでの研究とは異なるアプローチを提供した。
新規性: 本研究で初めて、EGFR C797S (共有結合点への変異) と同様にHER2 C805Sという対応する耐性変異を同定したことは、共有結合阻害薬に対する耐性の「収束進化」を示す重要な新規知見である。この概念は第3世代EGFR-TKI (オシメルチニブ) 耐性機序としてのC797Sと完全に類似しており Thress et al. NatMed 2015、Exon20ins変異に対する次世代阻害薬開発の指針となった。
臨床応用: 本知見は、特定のExon20ins変異を有する患者群において、既存の共有結合阻害薬(ダコミチニブ、アファチニブ)が有効である可能性を示唆し、臨床現場での薬剤選択に直接的な影響を与える。実際に、HER2 V777_G778insGSP変異患者がアファチニブに奏効したことは、in vitroの予測が実臨床に適用可能であることを示している。Gly770予測因子は後の前向き試験でのバイオマーカー戦略設計に活用できる可能性がある。
残された課題: 今後の検討課題として、Gly770残基が阻害薬結合に与える正確な構造的・生化学的メカニズムを詳細に解明する必要がある。また、より多くのExon20ins変異タイプに対する共有結合阻害薬の感受性を評価し、臨床的有用性を前向きに検証することが残された課題である。
方法
本研究は、ダナファーバーがん研究所 (Dana-Farber Cancer Institute) で実施されたEGFRおよびHER2変異の日常的な遺伝子型解析の一環として、NSCLC患者から同定されたEGFRおよびHER2 exon 20挿入変異を対象とした。変異検出にはサンガーシーケンスまたはターゲット次世代シーケンスが用いられた。ダコミチニブの第I相試験 (NCT00050728) では、EGFR Exon20ins患者6例とHER2変異患者(一部Exon20ins)が対象とされた。第II相HER2変異患者試験 (NCT01072235) では26例(一部Exon20ins)が組み入れられた。in vitro試験では、各種Exon20ins変異を有するBa/F3細胞株を用いて、ゲフィチニブ、ダコミチニブ、アファチニブ、ネラチニブのIC50値を評価した。構造モデリングにより、挿入変異の位置が阻害薬結合ポケットに与える影響を解析した。獲得耐性機序を探索するため、ENU (N-ethyl-N-nitrosourea) 変異導入スクリーニングを実施し、治療後に進行した患者および細胞株から全エクソームシーケンスを用いてEGFR/HER2二次変異を探索した。また、患者の縦断的血清および組織サンプル解析も行った。統計解析にはt検定が用いられた。