- 著者: Philip Stephens, Cathy Hunter, Graham Bignell, Sarah Edkins, Helen Davies, Jon Teague, Claire Stevens, Syd O’Meara, Richard Smith, Adrian Parker, et al.
- Corresponding author: P. Andrew Futreal, Mike R. Stratton (Wellcome Trust Sanger Institute, Cambridge, UK)
- 雑誌: Nature
- 発行年: 2004
- Epub日: 2004-09-30
- Article種別: Brief Communication
- PMID: 15457249
背景
2004年、Lynch ら (Lynch et al. NEnglJMed 2004) および Paez ら (Paez et al. Science 2004) は、NSCLC (non-small cell lung cancer) において EGFR (epidermal growth factor receptor) キナーゼドメインの体細胞変異がゲフィチニブ等のチロシンキナーゼ阻害薬への臨床応答と強く関連することを独立して報告した。EGFR は ErbB (erythroblastoma receptor B) ファミリーの受容体型チロシンキナーゼであり、その体細胞変異が発がんドライバーとして機能するという概念は、がん分子標的治療の新時代を切り開いた。この発見は、ErbBファミリー全体にわたるキナーゼドメイン変異の系統的スクリーニングの必要性を強く提起した。
ERBB2 (HER2/Neu) は同じ ErbBファミリーに属する膜貫通型受容体チロシンキナーゼであり、乳癌や胃癌では遺伝子増幅・タンパク質過剰発現が治療標的として確立されており、抗 HER2 抗体トラスツズマブ (trastuzumab) が米国食品医薬品局 (FDA) の承認を得ている (Slamon et al. Science 1987)。しかし当時、ERBB2 キナーゼドメインの体細胞点変異・挿入変異が腫瘍に存在するかどうかについては全く報告がなく、この知識のギャップ (gap in knowledge) は未解明のままであった。EGFR 変異が主に exon 18-21 のキナーゼドメインに集中していることから、同ファミリーの ERBB2 でも類似の変異が存在する可能性が仮説として浮上したが、その実証が不足していた。
本研究は Wellcome Trust Sanger Institute による大規模腫瘍ゲノムスクリーニングプロジェクトの一環として実施された。ERBB2 活性化が増幅・過剰発現以外のメカニズムによりうるかどうかという問いに答えるため、多がん腫にわたる ERBB2 キナーゼドメインの体細胞変異探索が行われた。この領域は手薄であり、変異が確認されれば増幅とは独立した新たな治療標的カテゴリーが確立されることが期待された。
目的
NSCLC、大腸癌、胃癌を含む複数のヒト腫瘍において ERBB2 キナーゼドメインの体細胞変異を系統的に探索し、変異の頻度・種類・臨床的背景を明らかにする。さらに同定した変異体の機能的意義を in vitro 実験で評価し、ERBB2 が遺伝子増幅とは独立した新たな発がんドライバーとなり得るかを検証すること、ならびに既存チロシンキナーゼ阻害薬への感受性を評価することを目的とした。
結果
NSCLC における ERBB2 体細胞変異の同定: NSCLC (n=120) のキナーゼドメインシークエンス解析において、n=5 例 (4.2%) に ERBB2 exon 20 の体細胞変異が同定された。5 例全てが in-frame 挿入変異であり、最も頻繁に認められた亜型は A775_G776insYVMA (A775insYVMA、YVMA 挿入) であり 4 例中 3 例に検出された (Table 1)。挿入変異は ERBB2 タンパク質の αC-helix と β4 strand 間のループ領域 (codon 770-783) に 1-7 アミノ酸 (3-21 bp) の余剰配列を挿入する。全 5 例において対応正常末梢血 DNA では変異は検出されず、体細胞変異であることが確認された。変異保有例の臨床背景は非喫煙者・腺癌 (4/5 例) に偏る傾向を示し、5 例中 0 例で EGFR 変異および KRAS 変異を認めず、完全な相互排他性 (mutual exclusivity) が確認された。この相互排他性は ERBB2 変異が独立した発がんドライバーサブタイプを定義することを強く示唆した。
他がん腫での ERBB2 変異検出: 肺癌以外でも ERBB2 キナーゼドメイン体細胞変異の探索が実施され、大腸癌 (n=55) 中 1 例 (1.8%)、胃/胃食道癌 (n=21) 中 1 例 (4.8%) に体細胞変異が検出された (Fig 1)。これらも対応正常組織では認められず体細胞変異と確認された。大腸癌・胃癌で検出された変異は in-frame 挿入または点変異の形式であった。卵巣癌を含む他のがん腫ではスクリーニング陽性例は認めなかった。変異の暫定的な頻度分布は胃癌 4.8%・肺癌 4.2%・大腸癌 1.8% であり、ERBB2 変異が肺癌に限らず複数固形腫瘍で生じることが示された。
変異型 ERBB2 の機能解析: キナーゼの恒常的活性化: Ba/F3 細胞実験において、変異型 ERBB2 (A775insYVMA) を発現させた細胞は IL-3 非依存的な自律増殖を示し、野生型 ERBB2 では IL-3 非依存性増殖は誘導されなかった (Fig 2a)。変異型 ERBB2 発現細胞では p-MAPK (リン酸化 MAPK) および p-Akt (リン酸化 Akt) の恒常的な高発現が確認され、リガンド非依存的なキナーゼ活性の恒常的活性化が実証された (Fig 2b)。挿入変異により αC-helix が「αC-in (active)」コンフォメーションに固定されることにより、EGF 等リガンドなしでキナーゼが自己活性化する機序が構造的に示唆された。この活性化様式は EGFR exon 20 挿入変異の機序と構造的に相同であり、ATP 結合ポケットは保持されるため TKI の結合が理論上可能であると考えられた。3 回以上の独立実験で同様の結果が再現された。
TKI 感受性と ERBB2 増幅の非関与: 不可逆的 TKI である EKB-569 は、変異型 ERBB2 発現 Ba/F3 細胞の増殖を IC50 約 50 nM で阻害した (Fig 2c)。ラパチニブも in vitro 阻害活性を示したが、EKB-569 の方がより強力であった。野生型 ERBB2 発現細胞に対する EKB-569 の阻害効果と比較すると、変異型 ERBB2 に対してより高い選択的阻害が認められ、変異キナーゼへの TKI の優先的結合が示唆された。一方、変異陽性 5 例全例において FISH 解析では ERBB2 遺伝子増幅は認められなかった (コピー数 <6、ErbB2/CEP17 比 <2)。この結果は、変異が遺伝子増幅から完全に独立した発がんドライバーとして機能することを明確に示し、乳癌・胃癌で標準的な「増幅型 HER2 活性化」とは異なる「変異型 HER2 活性化」という新たな生物学的カテゴリーを確立した。
変異の分子特性と腫瘍病理学的特徴: NSCLC 変異 5 例の組織型内訳は腺癌 4 例・その他 1 例であり、扁平上皮癌は 0 例であった (Table 1)。腺癌への偏りは EGFR 変異と類似した疫学パターンを示す。全ての ERBB2 exon 20 挿入変異は αC-helix 直後のループ (codon 770-783 周辺) に局在し、3-21 bp の挿入により 1-7 アミノ酸が付加される共通の構造的特徴を持った。YVMA 挿入 (A775_G776insYVMA) が最多サブタイプであり、他のサブタイプとして G776insVC 等が含まれた。ERBB2 変異は EGFR 変異 (0/5 例) および KRAS 変異 (0/5 例) と相互排他的であり、それぞれが独立したドライバー変異として腫瘍の維持に不可欠であるオンコジーン依存性 (oncogene addiction) のメカニズムが示唆された。
考察/結論
本研究は、ERBB2 キナーゼドメインの体細胞変異をヒト腫瘍で系統的にスクリーニングした最初の報告であり、NSCLC における ERBB2 exon 20 挿入変異 (特に A775insYVMA) を複数がん腫で同定した。この発見はその後の HER2 変異駆動型 NSCLC の分子標的治療開発の礎となった。
先行研究との相違: これまでの研究では、ERBB2 の発がん活性は主に遺伝子増幅やタンパク質過剰発現に起因すると考えられており、ERBB2 キナーゼドメインの体細胞変異という活性化機序は既報に存在しなかった。本研究は、増幅なしにキナーゼドメイン変異のみで ERBB2 が発がんドライバーとして機能することを実証し、これまでの研究と異なる新たな活性化カテゴリーを定義した。対照的に、EGFR 変異 (Lynch et al. 2004、Paez et al. 2004) との共通点として ErbBファミリー変異が NSCLC の分子ドライバーとして普遍的に機能することが示唆された。また、本研究が示した ERBB2 変異と EGFR/KRAS 変異との相互排他性は、後の大規模がんゲノムプロジェクト (TCGA, The Cancer Genome Atlas; GENIE) による知見と一致し、各変異が独立した発がんドライバーパスウェイを占有することを示すものである。
新規性: 本研究で初めて複数固形腫瘍で ERBB2 キナーゼドメインの体細胞変異を新規に報告し、変異が恒常的キナーゼ活性化・発がん性・下流シグナル (p-MAPK, p-Akt) 亢進を引き起こすことを機能実験で示した。特に NSCLC における exon 20 in-frame 挿入変異という特定の変異クラスが EGFR・KRAS と相互排他的に存在することを示し、これまで報告されていない独立した分子ドライバーサブタイプを確立した。遺伝子増幅を伴わない「変異駆動型 HER2 活性化」という新規の概念は、その後の HER2 変異選択的治療薬開発の概念的基盤となった。
臨床的意義: ERBB2 変異陽性 NSCLC は腺癌・非喫煙者に偏り、EGFR/KRAS 変異陰性の独立した分子サブタイプを形成することが示された。本研究が確立した ERBB2 変異 NSCLC という概念は、その後の約 20 年間で臨床応用面で大きく進展した。抗体薬物複合体 (ADC, antibody-drug conjugate) トラスツズマブ デルクステカン (trastuzumab deruxtecan, T-DXd) を用いた DESTINY-Lung01 試験では、奏効率 (ORR, objective response rate) 55%・無増悪生存期間 (PFS, progression-free survival) 中央値 8.2 か月が報告され Li et al. NEnglJMed 2022、T-DXd は FDA 承認を取得し現在の標準治療となっている。本研究はそのような臨床的意義の極めて大きい治療標的変異を最初に同定した先駆的成果として位置づけられる。
残された課題: 本研究では EKB-569 やラパチニブの in vitro 感受性を示したが、後続の臨床試験では古典的可逆 TKI の実際の有効性は限られることが判明し、より選択性の高い ERBB2 変異特異的阻害薬の必要性が認識された。今後の検討課題として、exon 20 挿入変異のサブタイプ間 (YVMA vs non-YVMA 等) での薬剤感受性差異、脳転移への対応、組み合わせ療法、および ADC 耐性機序の解明が挙げられる。また本研究の NSCLC 変異検出率 4.2% は、後の大規模解析での約 1.5-2% よりやや高く、スクリーニング対象の選択バイアスの可能性も示唆される。胃癌・大腸癌での ERBB2 変異の治療可能性についても、更なる検討が今後の重要な研究課題として残されている。
方法
スクリーニング検体: NSCLC (n=120)、大腸癌 (n=55)、胃/胃食道癌 (n=21) を含む合計 200 例超の腫瘍検体をスクリーニングした。各検体に対応する正常組織 (末梢血または隣接正常組織) を採取し、体細胞変異の確認に用いた。倫理委員会承認・インフォームドコンセント取得済みの標本を使用した。
シークエンス解析: EGFR の変異ホットスポット (exon 18-21) に相当する ERBB2 キナーゼドメイン領域を対象とし、腫瘍・正常組織 DNA を抽出後、PCR 増幅 → ABI PRISM 3700 DNAアナライザーによるダイレクトシークエンスを実施した。腫瘍で検出された変異は全て対応正常組織でも確認し、体細胞変異 (somatic mutation) と生殖細胞系列多型を明確に区別した。変異の種類 (点変異・挿入・欠失) を分類し、既知のアミノ酸番号に基づき位置を同定した。
機能解析: 変異型 ERBB2 遺伝子を哺乳類発現ベクターにクローニングし、IL-3 依存性マウス B細胞株 Ba/F3 および HEK293T 細胞にトランスフェクションした。Ba/F3 細胞での IL-3 非依存性増殖誘導の有無を細胞増殖アッセイで評価し、ウェスタンブロット (western blot) にて ERBB2 リン酸化・p-MAPK・p-Akt の活性化状態を検討した。野生型 ERBB2 を陰性対照として使用した。
TKI 感受性試験: EKB-569 (不可逆的 EGFR/ErbB2 TKI) およびラパチニブ (lapatinib) を変異型 ERBB2 発現細胞に処理し、MTT アッセイで細胞増殖阻害効果を評価した。IC50 (50%阻害濃度) を算出し野生型との比較を行った。統計解析には Fisher の正確検定 (Fisher’s exact test) を用い、p<0.05 を有意差ありと判断した。
遺伝子増幅評価: 変異陽性例において蛍光 in situ ハイブリダイゼーション (FISH, fluorescence in situ hybridization) 解析を実施し、ERBB2 遺伝子コピー数を評価した。増幅の定義はコピー数 ≥6 または ErbB2/CEP17 比 ≥2 とした。