- 著者: Gregory J. Riely, William Pao, DuyKhanh Pham, Allan R. Li, Naiyer Rizvi, Ennapadam S. Venkatraman, Maureen F. Zakowski, Mark G. Kris, Marc Ladanyi, Vincent A. Miller
- Corresponding author: Vincent A. Miller (Thoracic Oncology Service, Department of Medicine, Memorial Sloan-Kettering Cancer Center, New York, NY, USA)
- 雑誌: Clinical Cancer Research
- 発行年: 2006
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 16467097
背景
EGFR (epidermal growth factor receptor) は非小細胞肺癌 (NSCLC) の治療標的として重要であり、EGFR-TKI (tyrosine kinase inhibitor) である gefitinib や erlotinib が臨床導入されてきた。初期の臨床試験において、未選択の NSCLC 患者に対する gefitinib の奏効率は 8% から 12% 程度に留まっていたが (Kris et al. JAMA 2003)、2004 年に EGFR チロシンキナーゼドメインの活性化変異が薬剤感受性と直接関連していることが同定された (Lynch et al. NEnglJMed 2004、Paez et al. Science 2004)。EGFR 遺伝子変異は、非喫煙者、女性、アジア人、腺癌で高頻度に認められることが既報により示されている (Pao et al. ProcNatlAcadSciUSA 2004)。
EGFR 活性化変異の約 85% から 90% は、チロシンキナーゼドメインの LREA (leucine-arginine-glutamate-alanine) モチーフを欠失する exon 19 欠失変異 (del19) と、exon 21 の L858R 点突然変異で占められている。しかし、これら 2 つの主要な変異型の間で、gefitinib や erlotinib に対する治療応答性や生存期間に差異が存在するかどうかは、本研究の時点では十分に解明されておらず、臨床的な比較データが圧倒的に不足していた。特に北米の患者コホートにおける体系的な遺伝子型別の予後解析は極めて手薄であり、個別化医療を最適化する上での大きな課題 (knowledge gap) として残されていた。このように、遺伝子サブタイプごとの臨床経過の違いについては未解明な点が多く、最適な治療戦略を確立するためのエビデンスが不足していた。
目的
本研究の目的は、米国 Memorial Sloan-Kettering Cancer Center (MSKCC) において EGFR 遺伝子変異検査を施行された北米の NSCLC 患者コホートを対象に、最も頻度の高い 2 つの変異型である exon 19 欠失変異 (del19) と exon 21 L858R 点突然変異の臨床病理学的特徴を比較することである。さらに、EGFR-TKI (gefitinib または erlotinib) 治療を受けた患者群において、これら 2 つの遺伝子型 (genotype) の違いが無増悪生存期間 (PFS) および全生存期間 (OS) に与える影響を明らかにし、治療効果の予測因子としての有用性を検証することを目指す。
結果
患者背景と EGFR 変異頻度の関連: 解析対象となった NSCLC 患者 291 例のうち、70 例 (24%) に EGFR 活性化変異 (exon 19 欠失変異または L858R 変異) が同定された (Table 1)。単変量解析の結果、EGFR 変異の存在は、非喫煙者 (p=0.0001) およびアジア人種 (p=0.0023) と極めて強く相関していた。一方で、女性における変異頻度との有意な相関は認められなかった (p=0.31)。組織型別では、大半が腺癌または細気管支肺胞上皮癌 (BAC) の特徴を有する腺癌であったが、扁平上皮癌 1 例および腺扁平上皮癌 1 例においても exon 19 欠失変異が検出された。変異陽性 70 例のうち、32 例 (46%) は喫煙歴 (過去喫煙または現在喫煙) を有しており、その喫煙歴の中央値は 9 pack-years (範囲: 0-75 pack-years) であった。特に 70 pack-years 以上の重喫煙者 3 例においても EGFR 変異が確認され、喫煙歴のみで変異検査を省略すべきではないことが示された。
変異型別 (del19 vs L858R) の臨床病理学的特徴の比較: EGFR 変異陽性 70 例の内訳は、exon 19 欠失変異 (del19) が 43 例 (61%)、L858R 変異が 27 例 (39%) であった (Table 2)。これら 2 つの変異型の間で、女性の割合 (del19 群 26/43 例 [60%] vs L858R 群 18/27 例 [67%], p=0.62)、アジア人の割合 (del19 群 4/43 例 [9%] vs L858R 群 3/27 例 [11%], p=1.0)、アフリカ系アメリカ人の割合 (del19 群 4/43 例 [9%] vs L858R 群 2/27 例 [7%], p=1.0)、非喫煙者の割合 (del19 群 24/43 例 [56%] vs L858R 群 14/27 例 [52%], p=0.8)、および腺癌の割合 (del19 群 37/43 例 [86%] vs L858R 群 27/27 例 [100%], p=0.07) に統計学的な有意差は認められなかった。すなわち、治療開始前の患者背景因子は両変異型間で均一であり、純粋な遺伝子型の違いによる予後比較が可能なコホートであることが担保された。
EGFR-TKI 治療群全体の治療経過: 変異陽性 70 例のうち、34 例 (49%) が gefitinib (n=22) または erlotinib (n=12) による治療を受けた。残りの 36 例は、外科的完全切除により TKI 治療の適応がなかった症例 (n=30) または追跡不能例 (n=6) であった。肺癌の初回診断から TKI 治療開始までの期間の中央値は 17 か月 (95% CI 4-25 か月) であった。TKI 治療を受けた 34 例全体における、治療開始日からの無増悪生存期間 (PFS) の中央値は 12 か月 (95% CI 8-未到達, 範囲: 3 to ≥29 か月) であり、全生存期間 (OS) の中央値は 20 か月 (95% CI 16-未到達, 範囲: 4 to ≥34 か月) であった。なお、gefitinib 治療群と erlotinib 治療群の間で OS に有意差は認められず (log-rank p=0.54)、両薬剤の効果はクラスエフェクトとして同等であると考えられた。
変異型 (del19 vs L858R) による PFS および OS の有意差: TKI 治療を受けた 34 例 (del19 群 23 例、L858R 群 11 例) において、遺伝子型別の予後解析を行った (Table 3)。治療開始時において、del19 群は L858R 群と比較して、1 箇所以上の胸腔外転移を有する割合が有意に高かったが (del19 群 14/23 例 [61%] vs L858R 群 2/11 例 [18%], p=0.03)、Karnofsky Performance Status (KPS) などの全身状態に差はなかった。生存分析の結果、del19 群は L858R 群と比較して、PFS が有意に良好であった (PFS 中央値: 12 vs 5 months, HR 0.41, 95% CI 0.20-0.85, p=0.01)。さらに、OS においても del19 群が極めて優れた予後を示した (OS 中央値: 34 vs 8 months, HR 0.38, 95% CI 0.18-0.79, p=0.01) (Fig 1)。Del19 群は胸腔外転移が多いという臨床的な不利な背景を有していたにもかかわらず、L858R 群を凌駕する治療成績を示し、遺伝子型の違いが病変の進展度以上に強力な予後予測因子であることが示された。
喫煙量が EGFR-TKI 治療後の生存期間に与える影響: TKI 治療を受けた変異陽性患者 34 例において、喫煙歴の有無および累積喫煙量 (中央値 8 pack-years) に基づくサブグループ解析を行った。非喫煙者群 (n=16) の OS 中央値は 20 か月、累積喫煙量が 8 pack-years 未満の軽度喫煙者群 (n=8) の OS 中央値は未到達であったのに対し、8 pack-years 以上の重度喫煙者群 (n=10) の OS 中央値は 8 months (HR 3.10, 95% CI 1.10-8.70, p=0.03) と有意に短縮していた (Fig 2)。この結果は、EGFR 遺伝子変異陽性肺癌であっても、重度の喫煙歴が EGFR-TKI 治療後の生存期間を短縮させる独立した予後不良因子として機能することを示唆している。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、EGFR 遺伝子変異を単一のバイオマーカーとして一括りに扱っていた先行研究 (Paez et al. Science 2004、Lynch et al. NEnglJMed 2004) とは明確に異なり、最も頻度の高い 2 つの活性化変異 (del19 と L858R) の間に、EGFR-TKI に対する感受性および治療後の生存期間において対照的な差異が存在することを北米最大規模のコホートで初めて実証した。これまでの報告では遺伝子型別の詳細な生存比較は行われておらず、本研究は del19 が L858R よりも有意に良好な予後をもたらすことを log-rank p=0.01 という強い統計学的有意差をもって示した点で、従来の認識を覆すものである。
新規性: 本研究の新規性は、EGFR-TKI 治療を受けた患者において、del19 群が L858R 群と比較して PFS (12 vs 5 か月) および OS (34 vs 8 か月) の両面で 2 倍から 4 倍以上長い生存期間を享受できることを、これまで報告されていないレベルで明確に確立した点にある。さらに、del19 群が胸腔外転移をより多く有するという臨床的に不利な病態でありながらも、極めて良好な治療経過をたどるという「遺伝子型効果の優位性」を本研究で初めて示した。これは、GIST (gastrointestinal stromal tumor) における KIT 遺伝子変異部位 (exon 11 vs exon 9) による imatinib 感受性の違いに類似した現象であり、肺癌領域における mutation-class-specific な薬剤感受性の存在を強く支持する新規知見である。
臨床応用: 本研究の臨床的意義は極めて大きい。第一に、実臨床における患者への治療説明や予後予測 (treatment counseling) において、del19 陽性患者には L858R 陽性患者よりも長期の生存が期待できるという具体的な情報提供が可能となる。第二に、病理診断や遺伝子検査において、単に「EGFR 変異陽性」と報告するだけでなく、del19 と L858R を明確に区別してレポートすることの重要性が示された。第三に、今後の EGFR-TKI を用いた臨床試験のデザインにおいて、これら 2 つの変異型を層別化因子 (stratification factor) として組み込むべきであるという重要な指針を提供する。また、重喫煙者であっても EGFR 変異陽性例が存在するため、臨床現場では喫煙歴のみを理由に変異検査を省略すべきではないこと、ただし重喫煙者の変異陽性例では TKI 単独療法の効果が減弱する可能性を考慮した治療戦略が必要であることが示された。
残された課題: 本研究にはいくつかの limitation が存在する。第一に、単一施設におけるレトロスペクティブ研究であるため、選択バイアスを完全に排除できない。第二に、TKI 治療を受けた解析対象数が 34 例 (del19 群 23 例、L858R 群 11 例) と比較的小さく、信頼区間が広い点である。第三に、治療ラインや前治療レジメンの不均一性が生存期間の比較に影響を及ぼしている可能性がある。また、del19 と L858R の間で薬剤感受性に差が生じる生物学的な詳細メカニズム (立体構造上の薬剤親和性の違いなど) や、喫煙歴に伴う他の遺伝子異常 (KRAS や TP53 など) との相互作用については本研究では未解明であり、今後の検討課題として残されている。これらの限界を克服するため、今後はより大規模な前向き無作為化臨床試験における検証や、第二・第三世代 EGFR-TKI を用いたコホートでの再評価が必要である。
結論: MSKCC の北米 NSCLC コホートにおいて、EGFR exon 19 欠失変異を有する患者は、L858R 変異を有する患者と比較して、gefitinib または erlotinib 治療後の PFS (中央値 12 vs 5 か月、p=0.01) および OS (中央値 34 vs 8 か月、p=0.01) が有意に良好であった。本研究は、EGFR 遺伝子変異の具体的なサブタイプが、病変の進展度を上回る強力な予後予測因子として機能することを示した先駆的な研究であり、個別化医療の進展における重要なマイルストーンとなる。
方法
本研究は、MSKCC において 2003 年から 2005 年の間に EGFR 遺伝子変異解析が施行された NSCLC 患者 291 例を対象としたレトロスペクティブコホート研究 (retrospective cohort study) である。患者の臨床情報 (年齢、性別、人種/民族、喫煙歴、病期、組織型、治療歴、生存予後) はカルテレビューにより収集した。喫煙歴に関して、生涯の総喫煙本数が 100 本未満の患者を「非喫煙者 (never smoker)」と定義し、診断から 1 年以内に喫煙していた患者を「現在喫煙者」と定義した。病期分類には、当時の American Joint Committee on Cancer (AJCC) 肺癌病期分類第 6 版を採用した。
EGFR 遺伝子変異の検出には、標準的なダイレクトシーケンス法よりも高感度な PCR ベースのスクリーニング法を用いた。Exon 19 欠失変異は、蛍光標識プライマーを用いた PCR 産物のキャピラリー電気泳動によるフラグメント解析 (length analysis) により検出した。Exon 21 L858R 変異は、変異によって新規に創出される Sau96I (Streptomyces aureofaciens 96I) 制限酵素認識部位を利用した PCR-RFLP (polymerase chain reaction-restriction fragment length polymorphism) アッセイにより検出した。これらのアッセイは、腫瘍細胞含有率が 5% から 10% 程度の微量な DNA サンプルからでも高精度に変変異を検出可能である。一部の症例については、検証のためにダイレクトシーケンス法を併用し、双方向からのシーケンス解析および独立した DNA 抽出サンプルからの再確認を行った。
統計解析には Stata version 8 for Windows を使用した。2 カテゴリ間の名義変数の比較には Fisher’s exact test (フィッシャー極めて正確確率検定) を、3 カテゴリ以上の比較には Pearson’s chi-square test (カイ二乗検定) を用いた。主要評価項目 (primary endpoint) である PFS および OS の生存曲線は Kaplan-Meier (カプラン・マイヤー) 法を用いて描出し、群間比較には log-rank test (ログランク検定) を適用した。多変量解析には Cox proportional hazards (コックス比例ハザード) モデルを用いた。本研究はレトロスペクティブ解析であるため、事前に設定された臨床試験登録番号 (NCT番号など) は存在しない。すべての統計学的検定は両側検定で行い、p<0.05 をもって有意差ありと判定した。