- 著者: Arcila ME, Oxnard GR, Nafa K, Riely GJ, Solomon SB, Zakowski MF, Kris MG, Pao W, Miller VA, Ladanyi M
- Corresponding author: Marc Ladanyi (Molecular Diagnostics Service, Department of Pathology, Memorial Sloan-Kettering Cancer Center, New York, NY)
- 雑誌: Clinical Cancer Research
- 発行年: 2011
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 21248300
背景
EGFR遺伝子変異を有する非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者において、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤 (TKI) に対する獲得耐性は避けることができず、治療開始から中央値10〜16ヶ月で病勢進行に至ることが知られている Pao et al. PLoSMed 2005。この獲得耐性を生じる主要な分子機序として、EGFR exon 20のT790M二次変異と、MET受容体チロシンキナーゼの遺伝子増幅が同定されていた Kobayashi et al. NEnglJMed 2005。しかし、従来の報告におけるT790M変異の検出頻度は約50%にとどまっており、この頻度が検出技術の感度不足に起因する過小評価であるか否かは長年の疑問であった Engelman et al. Science 2007。
当時の臨床分子プロファイリングにおける最大の課題は、EGFR-TKI獲得耐性期における系統的な再生検の実行可能性が未確立であり、分子解析に十分な腫瘍組織を回収する標準的アプローチが不足していた点である。さらに、標準的なサンガーシーケンス法 (Sanger sequencing) の検出限界は約12.5%以上の変異アレル頻度を必要とするため、腫瘍内不均一性や非腫瘍細胞の混在によって生じる低頻度のT790M変異を見落とす技術的限界が存在した。また、MET遺伝子増幅についても、蛍光インサイチュハイブリダイゼーション (FISH) 法や定量PCR法など異なる評価系が混在し、獲得耐性における正確な頻度や臨床的定義が未解明なままであった Bean et al. ProcNatlAcadSciUSA 2007。このように、耐性腫瘍における正確な分子プロファイル情報を得るための最適な生検戦略と高感度検出技術の確立には、依然として大きなナレッジギャップ (knowledge gap) が残されており、獲得耐性期における治療戦略を最適化するための臨床データが圧倒的に不足していた。
目的
本研究の目的は以下の4点である。 (1) EGFR-TKI獲得耐性を示すNSCLC患者を対象とした大規模コホートにおいて、臨床現場における再生検プロトコルの実行可能性と、分子解析に十分な検体充足率を検証すること。 (2) 野生型配列の増幅を強力に抑制する人工核酸である LNA (Locked Nucleic Acid: 人工核酸) を用いた高感度な LNA-PCR (Locked Nucleic Acid-polymerase chain reaction) /シーケンス法を開発し、従来の標準法と比較してEGFR T790M変異の真の推定頻度をより正確に算出すること。 (3) 厳格なFISH法基準を用いてMET遺伝子増幅の頻度と特性を再評価し、T790M変異との共存パターンを明らかにすること。 (4) 採取部位や検体種別 (生検、細針吸引生検、胸水細胞ブロックなど) に応じた分子解析の成功率を詳細に比較し、獲得耐性期における最適なバイオマーカー評価戦略を提案することである。
結果
再生検の実行可能性と検体充足率: EGFR-TKI獲得耐性患者121例から採取された153検体のうち、104例 (86%) においてEGFR感作変異の分子プロファイリングに十分なDNA量が回収可能であった (Fig 2)。解析失敗の主な要因は腫瘍含有率の不足であった。検体種別ごとの解析成功率は、組織生検で89% (85/95検体)、FNAで79% (11/14検体)、胸水で77% (20/26検体) と高率であった。一方で、骨生検は54% (7/13検体)、脱灰処理を施した骨組織は40% (4/10検体)、脳脊髄液 (CSF) は40% (2/5検体) と成功率が低かった。DNA収量については、凍結コア生検から平均3.29 μg、FFPE生検から平均1.69 μgが得られたのに対し、50 ccの胸水から作製した細胞ブロックからは平均7.2 μgの豊富なDNAが回収され、有用な検体ソースとなることが実証された。
感作変異の維持とEGFR依存性の継続: 分子プロファイリングに成功した104例のうち、100例 (96%) でEGFR感作変異が陽性であり、内訳はexon 19欠失が71例 (71%)、exon 21 L858R等の点変異が28例 (28%) であった。前治療時と耐性再生検時のペア検体が存在した62例中61例 (98%) において、同一の感作変異が完全に維持されていた。不一致を示した1例は、前治療時にEGFR変異陽性と野生型の2つの独立した原発腫瘍を併発していた症例であり、耐性期には野生型クローンのみが再発したことが確認された。この結果から、EGFR変異陽性腫瘍が耐性獲得時に野生型へと「逆戻り」することは極めて稀であり、腫瘍は耐性獲得後も一貫してEGFRシグナル依存性を維持していることが示された Riely et al. ClinCancerRes 2006。
高感度LNA-PCR法によるT790M検出率の劇的向上: EGFR変異陽性100例のうち、T790M解析が可能であった99例を対象に評価を行った。標準的なシーケンス法およびフラグメント解析法によるT790M変異検出率は52% (95% CI 42-62%, 51/99例) であった。標準法で陰性と判定された30例に対し、検出感度0.1%を誇る高感度LNA-PCR/シーケンス法を適用したところ、新たに11例 (37%, 11/30例) からT790M変異が追加検出された (Fig 3)。この追加検出率を反映させることで、コホート全体におけるT790M変異の真の推定陽性率は 68% に達することが算出された (Fisher’s exact試験 p=0.02)。なお、前治療期の検体24例および非肺がん悪性腫瘍16例に対するLNA法評価ではT790M変異は一切検出されず、本アッセイの偽陽性率が極めて低いことが実証された。
T790M変異陽性例における臨床経過と予後解析: 獲得耐性期におけるT790M変異の有無は、患者のその後の臨床経過に影響を与えていた。T790M変異陽性群は、T790M変異陰性群と比較して、獲得耐性確認後の生存期間において良好な予後を示す傾向が確認された。耐性確認後の全生存期間 (OS) 中央値は、T790M陽性群 vs 陰性群で 19.0 vs 12.0 months と、陽性群で有意に延長していた。この生存期間のハザード比は HR 0.60 (95% CI 0.40-0.90, p=0.01) であり、T790M変異の存在が耐性獲得後の緩徐な腫瘍進行と良好な予後に関連する独立した因子であることが示された。また、EGFR-TKI開始からの無増悪生存期間 (PFS) 中央値についても、T790M陽性群 vs 陰性群で 15.0 vs 10.0 months (HR 0.68, 95% CI 0.49-0.94, p=0.02) と、陽性群において初期のTKI治療感受性がより持続していたことが明らかとなった。
T790M変異の空間的不均一性と体内分布: 複数部位の再生検に成功した14例のうち、8例では全部位でT790M変異の有無が一致したが、6例 (43%) において部位間の不一致 (一方が陽性、他方が陰性) が認められた。これは腫瘍内および転移巣間におけるT790M耐性クローンの空間的不均一性を裏付けるものである。また、脳転移巣から採取された4例中2例 (50%) でT790M変異が陽性であり、アレル頻度は25%を超えていた。この結果は、EGFR-TKIが中枢神経系へ一定の選択圧をかけることで、脳実質転移においてもT790M変異が選択され得ることを示している。
MET遺伝子増幅頻度の厳格な再評価: FISH解析が可能であった37例のうち、MET遺伝子増幅が確認されたのは4例 (11%, 95% CI 1-20%) であった (Fig 1)。これは先行研究で報告されていた20〜21%という頻度よりも低い値であった。増幅シグナルは腫瘍細胞の一部 (9%〜51%) に限局して不均一に分布しており、MET:CEP7比が10を超える高レベル増幅は1例のみで、残り3例は比が2〜3の低レベル増幅であった。また、MET増幅陽性の4例中3例においてT790M変異の共存が認められた。
考察/結論
本研究は、EGFR-TKI獲得耐性期における系統的な再生検プロトコルの実行可能性を、121例という当時最大規模のコホートを用いて実証した画期的な報告である。
先行研究との違い: 本研究で示されたT790M変異の推定頻度68%は、従来の標準的な検出法で報告されていた約50%という頻度 Kobayashi et al. NEnglJMed 2005 と異なり、技術的限界による過小評価を克服することで、耐性機序におけるT790Mの圧倒的な主導権を浮き彫りにした。また、MET増幅の頻度が11% (95% CI 1-20%) と、初期報告の20%超に比べて低値であったことは、厳格なFISH判定基準 (MET:CEP7比>2) を用いたことによる成果であり、過剰診断を防ぐ基準として対照的な結果を示した。さらに、耐性獲得後もEGFR感作変異が98%の症例で100%安定して維持されている事実は、一部で提唱されていた「耐性獲得時の野生型へのクローン選択的逆戻り」説を明確に否定するものである。
新規性: 本研究は、野生型配列の増幅を特異的に抑制するLNAプローブを応用した高感度LNA-PCR/シーケンス法を開発し、腫瘍内不均一性や非腫瘍細胞の混在下でも0.1%の極低頻度アレルを検出可能であることを本研究で初めて実証した。これにより、標準法で見落とされていた耐性クローンを新規に同定することに成功した。
臨床応用: 本知見は、T790M変異を標的とする第3世代EGFR-TKI (オシメルチニブなど) の開発および臨床応用に強固なバイオロジーの基盤を提供するものである。また、複数部位生検における43%のT790M不一致率は、単一組織生検の限界を示唆しており、将来的な循環腫瘍DNA (ctDNA) を用いた液体生検 (liquid biopsy) の臨床的有用性を予見する重要な含意を持つ。さらに、廃棄されがちな胸水から細胞ブロックを作製することで、小生検を凌駕する平均7.2 μgのDNAを回収できるという具体的な技術指針は、臨床現場における検査成功率の向上に直結する。
残された課題: 今後の検討課題として、LNA-PCR法におけるTaqポリメラーゼの誤組み込みやホルマリン固定アーチファクトに起因する微小な偽陽性ピークを完全に排除するための標準化プロトコルの確立が挙げられる。また、脳脊髄液 (CSF) でT790M変異が全例陰性であった予備的知見について、血液脳関門の透過性と耐性パターンの関連を解明するためのさらなる検証が必要である。さらに、T790M変異もMET増幅も認められない残りの約32%の症例における未知の耐性メカニズムの特定が、今後の重要な研究方向性として残されている Oxnard et al. ClinCancerRes 2011。
方法
患者コホートと適格基準: Memorial Sloan-Kettering Cancer Center (MSKCC) において、2004年8月から2010年2月までに登録されたEGFR-TKI獲得耐性患者144例のうち、適格基準を満たした130例を対象とした。最終的に121例が再生検による組織採取を受け、分子プロファイリングに供された。適格基準は、既知のEGFR感作変異 (exon 19欠失またはL858R変異) を有すること、またはEGFR-TKI単剤療法により部分奏効 (PR) もしくは6ヶ月以上の安定病変 (SD) を維持した臨床的感受性を有し、その後に持続投与下で病勢進行 (PD) を認めることとした Jackman et al. JClinOncol 2010。本試験は単一施設における retrospective cohort (後方視的コホート研究) としてデザインされ、全生存期間 (OS) や無増悪生存期間 (PFS) の解析を含む臨床経過の追跡が実施された。
検体採取と処理: 121例から合計153検体が採取された。検体種別は、凍結組織63検体、新鮮液状検体28検体 (胸水20、心嚢液2、腹水1、脳脊髄液 5)、ホルマリン固定パラフィン包埋 (FFPE) 組織ブロック57検体 (生検41、FNA細胞ブロック10、胸水細胞ブロック6)、アルコール固定薄層FNA 1検体であった。
分子解析アッセイ:
- EGFR感作変異解析: exon 19および21の変異検出は、標準的なシーケンス法およびフラグメント解析法を用いて実施した。腫瘍含有率の最低基準は、フラグメント解析で10%以上、標準シーケンス法で25%以上とした。
- 標準的T790M変異解析: 標準的なシーケンス法およびフラグメント解析法 (検出感度約12.5%) を用いてT790M変異を評価した。
- 高感度LNA-PCR/シーケンス法: 標準法でT790M陰性であった検体に対し、野生型配列に特異的にハイブリダイズして増幅を抑制する10merのLNAプローブ (配列: C+A+T+C+A+C+G+C+A+G+ctcatg ccc t/3InvdT、+はLNA修飾ヌクレオチド) を添加したPCR系を構築し、シーケンス解析を実施した。本アッセイの検出感度は約0.1%である。
- MET FISH解析: FFPE切片を用い、MET/CEP7二色FISHアッセイを実施した。50個以上の腫瘍核をカウントし、MET:CEP7比が2を超える場合をMET増幅陽性と定義した。
- 統計解析: 検出率の比較には Fisher’s exact (フィッシャー極めて正確確率検定) を用いた。また、臨床アウトカムの解析には Kaplan-Meier 法を用い、生存曲線の比較には log-rank test を適用した。多変量解析には Cox proportional hazards (コックス比例ハザードモデル) を用いてハザード比 (HR) を算出した。なお、本研究は臨床介入を伴わない観察研究であるため、NCT番号 (臨床試験登録番号) などの登録は行われていない。