- 著者: A. Becker, L. Crombag, D.A.M. Heideman, F.B. Thunnissen, A.W. van Wijk, P.E. Postmus, E.F. Smit
- Corresponding author: A. Becker (Department of Pulmonary Diseases, VU University Medical Center, Amsterdam, The Netherlands)
- 雑誌: European Journal of Cancer
- 発行年: 2011
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 21784628
背景
EGFR遺伝子変異陽性の進行非小細胞肺がん (NSCLC) 患者において、ゲフィチニブやエルロチニブなどの第一世代EGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (EGFR-TKI) は極めて高い初期奏効率を示すことが報告されている (Mok et al. NEnglJMed 2009、Maemondo et al. NEnglJMed 2010)。しかし、これらの患者は治療開始から平均して約12ヶ月で獲得耐性を生じ、不可避的に病勢進行に至る (Oxnard et al. ClinCancerRes 2011)。既治療NSCLCに対するエルロチニブの有効性は示されているものの (Shepherd et al. NEnglJMed 2005)、TKI耐性獲得後に化学療法を施行された患者におけるその後の治療選択肢は極めて限定的である。
近年、前臨床研究において、EGFR-TKI耐性細胞株を薬物のない環境で培養する「薬剤休暇 (drug holiday)」を設けることにより、エピジェネティックな機序を介してTKIに対する再感受性が可逆的に回復する現象が報告された (Sharma et al. Cell 2010)。しかし、実際の臨床現場において、薬剤休暇後のEGFR-TKI再投与 (rechallenge) がもたらす有効性や、耐性機序の主因であるT790M変異の有無が再投与時の治療感受性に与える影響については未解明であり、臨床データが著しく不足している。この治療戦略の臨床的有用性を定量的に評価した研究は極めて限定的であり、エビデンスの構築が強く求められていた。
目的
本研究の目的は、EGFR-TKIによる初期治療で病勢コントロールが得られた後に耐性化し、その後標準的な細胞障害性化学療法を挟むことで「薬剤休暇」期間を経た進行NSCLC患者を対象に、エルロチニブによる再投与の有効性と安全性を後ろ向きに評価することである。特に、再投与前の腫瘍生検によるEGFR T790M変異状態の有無が、再投与時の治療効果 (奏効率、病勢コントロール率、無増悪生存期間) に与える影響を明らかにすることを目的とする。また、薬剤休暇の期間や化学療法の治療効果と、TKI再感受性の回復度合いとの関連性についても探索的に検討する。
結果
患者背景と初回EGFR-TKI治療の治療成績: 対象となった患者は合計14例 (n=14) であり、男性5例 (36%)、女性9例 (64%)、年齢中央値は55歳 (範囲 39-70歳) であった。初回治療前のEGFR変異状態は、exon 19欠失が11例 (79%)、exon 21 L858R変異が1例 (7%)、不明が2例 (14%) であった (Table 1)。初回TKI治療 (エルロチニブ12例、エルロチニブ+ソラフェニブ1例、ゲフィチニブ1例) における病勢コントロール期間 (奏効持続期間) の中央値は12.5ヶ月 (範囲 7-34ヶ月) と、全例で長期の治療ベネフィットが得られていた。その後、全例が病勢進行 (PD) を来し、TKI治療を中断して「薬剤休暇」に入った。初回治療時の高い感受性が、その後の再投与時の感受性回復の前提条件となっている可能性が示唆された。
薬剤休暇期間における化学療法の効果と再感受性回復への影響: 第1回目のTKI治療中止からエルロチニブ再投与開始までの「薬剤休暇」期間の中央値は9.5ヶ月 (範囲 3-36ヶ月) であった (Table 2)。この期間中、13例 (93%) がプラチナ製剤併用ダブルプラチナ化学療法 (主にシスプラチン+ペメトレキセド) を受け、1例 (7%) がペメトレキセド単剤療法を受けた。化学療法に対する初期奏効率は極めて高く、PRが7例 (50%)、SDが6例 (43%) であり、病勢コントロール率は93% (13/14例) に達した。化学療法におけるPFS中央値は4.0ヶ月 (範囲 1-13ヶ月) であった。化学療法による腫瘍縮小およびTKI非存在下での一定期間の経過が、耐性クローンの減少とTKI再感受性の回復に寄与したと考えられた。
エルロチニブ再投与における高い病勢コントロール率と生存期間の延長: エルロチニブ再投与 (一部セツキシマブ併用3例を含む) の結果、PRが5例 (36%)、SDが7例 (50%)、PDが2例 (14%) であり、DCR (病勢コントロール率) は86% (12/14例) に達した (Table 2)。再投与におけるPFS中央値は6.5ヶ月 (範囲 1-16+ヶ月) であり、化学療法時のPFS中央値4.0ヶ月と比較して良好な傾向を示した (PFS: 6.5 vs 4.0 months) (Figure 1)。本研究におけるPFS中央値 6.5ヶ月は、既治療NSCLCに対するエルロチニブ単剤療法の第III相試験 (Shepherd et al. NEnglJMed 2005) におけるPFS中央値 2.2 vs 1.8 months (HR 0.61, 95% CI 0.51-0.73, p<0.001) と比較しても良好な結果であった。また、初回治療におけるEGFR-TKIの有効性を示したIPASS試験 (Mok et al. NEnglJMed 2009) でのゲフィチニブ群のPFS (HR 0.48, 95% CI 0.36-0.64, p<0.001) と比較しても、耐性化後の再投与という状況において本研究のPFS中央値 6.5ヶ月は臨床的に極めて意義深い数値である。追跡期間中央値9.0ヶ月 (範囲 1.5-16+ヶ月) 時点で、50% (7/14例) の患者が病勢進行を認めずエルロチニブ治療を継続中であった。なお、PDとなった2例はいずれもエルロチニブにセツキシマブを併用した症例であり、セツキシマブの追加が治療効果を減弱させた可能性が示唆された。
T790M変異状態と再投与における治療応答性の関連: 再投与開始前に12例で新規の腫瘍生検が実施され、5例 (42%) においてEGFR T790M耐性変異が検出された (Table 1)。T790M変異陽性例5例における再投与の治療効果は、PRが2例、SDが1例、PDが2例であり、DCRは60% (3/5例) であった。一方、T790M変異陰性例 (exon 19欠失単独など) におけるDCRは78% (7/9例) であった (DCR: T790M陰性 78% vs T790M陽性 60%)。T790M陽性例であっても40% (2/5例) がPRを達成した事実は、薬剤休暇中にT790M陽性クローンが相対的に縮小し、TKI感受性クローンが再拡大するという競合クローン動態を支持する臨床的証拠である。
エルロチニブ再投与時の安全性および忍容性プロファイル: 再投与時における毒性プロファイルは、初回TKI治療時とおおむね同様であり、十分に管理可能であった。主な有害事象は、皮疹 (Grade 1-3) が6例 (43%)、下痢 (Grade 1) が3例 (21%)、脱毛 (Grade 2) が1例 (7%)、食道炎 (Grade 1) が1例 (7%)、爪囲炎が1例 (7%) であった (Table 2)。毒性管理のために3例 (21%) でエルロチニブの用量減量 (150 mgから100 mgへ) が必要となったが、減量された3例のうち2例でPRまたはSDの有効性が維持された。毒性による治療中止例は認められず、良好な忍容性が確認された。
考察/結論
先行研究との違い: これまでの研究では、EGFR-TKIに対する獲得耐性後の治療として、化学療法への移行が一般的であり、同一のTKIを再投与する有効性について定量的に評価した報告は極めて限定的であった。本研究は、従来の治療シークエンスと異なり、TKI耐性化後に化学療法を挟む「薬剤休暇」を設けることで、TKIに対する感受性が部分的に回復することを臨床データとして明確に示した点で、過去の単発的な症例報告や前臨床研究と一線を画している。
新規性: 本研究は、エルロチニブ再投与によるDCR 86% (12/14例) およびPFS中央値6.5ヶ月という高い治療効果を体系的に示した。さらに、再投与前の新規生検によりT790M変異の有無を評価し、T790M変異陽性例であっても40% (2/5例) の患者でPR (部分奏効) が得られることを本研究で初めて臨床的に実証した。これは、薬剤休暇中のクローン動態の変化 (T790M陽性クローンの縮小と感受性クローンの再拡大) という基礎研究の仮説 (Sharma et al. Cell 2010) を臨床で裏付ける極めて新規性の高い知見である。
臨床応用: 本知見の臨床的意義は極めて大きい。EGFR-TKI耐性後の治療選択肢が限られた臨床現場において、適切な薬剤休暇 (本研究では中央値9.5ヶ月) を経た後のエルロチニブ再投与が、安価かつ低毒性な治療オプションとなり得ることを示している。特に、新規の三次治療以降において、PFS 6.5ヶ月という良好な病勢コントロールをもたらすことは、患者のQOL維持と生存期間の延長に直結する。また、T790M変異陽性であっても再投与を完全に排除すべきではないという臨床的示唆を与えている。
残された課題: 本研究の主なlimitation (限界) として、単一施設におけるn=14という極めて小規模な後ろ向き解析であることが挙げられる。そのため、最適な薬剤休暇の期間や、再感受性を予測するためのバイオマーカーの同定には至っていない。今後の課題として、より大規模な前向き臨床試験において、T790M変異の定量的評価や、次世代EGFR-TKI (オシメルチニブなど) の登場を踏まえた現代的な治療シークエンスにおける再投与戦略の有効性を検証することが必要である。
方法
本研究は、VU University Medical Center (オランダ、アムステルダムにある自由大学医療センター: VU) において、2004年から2010年の間に治療されたstage IVのNSCLC患者を対象とした後ろ向きコホート研究 (retrospective cohort study) である。
対象の選択基準は以下の通りである。
- 初回のEGFR-TKI治療において、RECIST (Response Evaluation Criteria in Solid Tumors) ガイドライン (Eisenhauer et al. EurJCancer 2009) に基づき、初期奏効 (PR:部分奏効、または長期のSD:安定) を示した症例。
- その後、Jackman et al. JClinOncol 2010 の臨床的定義を満たす獲得耐性を生じてTKIを中止した症例。
- TKI中止後に標準的なプラチナ製剤併用化学療法を施行され、その後の病勢進行 (PD:病勢進行) 時にエルロチニブによる再投与を受けた症例。
主要評価項目 (primary endpoint) は、エルロチニブ再投与時におけるRECIST v1.1に基づく客観的奏効率 (ORR)、病勢コントロール率 (DCR)、および無増悪生存期間 (PFS) である。副次評価項目として、再投与時の安全性 (CTCAE (Common Terminology Criteria for Adverse Events) に準拠した毒性評価) を評価した。
遺伝子解析として、初回治療前および再投与開始前に、可能な限り新規の腫瘍生検 (rebiopsy) を実施した。高解像度融解曲線分析 (HRM: high-resolution melting) およびダイレクトシーケンス法を用いて、EGFR遺伝子のactivating mutation (exon 19欠失、exon 21 L858R変異) および耐性変異であるT790M変異の有無を評価した (Arcila et al. ClinCancerRes 2011)。
統計解析として、PFSおよび生存期間の算出には、カプラン・マイヤー法 (Kaplan-Meier method) を用いた。本研究は単一施設の後ろ向きコホート研究であるため、事前のサンプルサイズ設計 (sample size calculation) は行われておらず、選択基準を満たした全14例 (n=14) を対象として解析を実施した。なお、特定の臨床試験登録番号 (NCT番号など) は付与されていない。