- 著者: Frances A. Shepherd, José Rodrigues Pereira, Tudor Ciuleanu, et al.
- Corresponding author: Frances A. Shepherd (University Health Network, Princess Margaret Hospital, Toronto, Canada)
- 雑誌: New England Journal of Medicine
- 発行年: 2005
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article (Phase III randomized controlled trial)
- PMID: 16014882
背景
非小細胞肺癌 (NSCLC) は当時 (2005年) 米国における癌死亡の主因であり、進行期NSCLCへの化学療法による生存延長は限定的であった。二次化学療法としてのドセタキセルによる全生存期間 (OS) 中央値の延長は約1ヶ月に過ぎず (Shepherd et al. JClinOncol 2000、Fossella et al. JClinOncol 2000)、三次化学療法の有効性は事実上ないに等しかった (Massarelli et al. 2003: 奏効率 (ORR) 2%、中央OS 4ヶ月)。このため、1〜2レジメンの化学療法後に進行したNSCLC患者には標準的な治療選択肢が乏しく、新たな治療法の開発が喫緊の課題であった。特に、化学療法後に病勢進行した患者に対する有効な治療法は不足しており、新たな治療戦略の確立が課題であった。
Erlotinib (Tarceva;OSI Pharmaceuticals) は、上皮成長因子受容体 (EGFR) のチロシンキナーゼ活性を阻害する小分子阻害薬であり、gefitinibと同様にEGFR経路を標的として開発された。Phase II試験ではerlotinib (150mg/日) のORRが約12%と報告されたが (Pérez-Soler et al. 2004)、その生存延長効果は無作為化比較試験 (プラセボ対照) によっては未解明であった。National Cancer Institute of Canada Clinical Trials Group (NCIC CTG) BR.21試験は、OSを主要評価項目とした初のerlotinib対プラセボの無作為化第III相試験として計画された。三次化学療法が無効であるという当時の臨床的状況が、プラセボ対照試験の倫理的妥当性を担保すると考えられた。
目的
1〜2レジメンの化学療法後に増悪した進行NSCLC (ステージIIIBまたはIV) 患者を対象に、erlotinib (150mg/日) のプラセボとの比較におけるOS (主要評価項目)、無増悪生存期間 (PFS)、ORR、安全性、およびQOLを評価することを目的とした (BR.21試験)。
結果
全生存期間 (OS;主要評価項目): Erlotinib群 (n=488) のOS中央値は6.7ヶ月 (95% CI 6.0〜7.5) であったのに対し、プラセボ群 (n=243) は4.7ヶ月 (95% CI 4.1〜5.3) であった。調整ハザード比 (HR) は0.70 (95% CI 0.58〜0.85; p<0.001) であり、erlotinibがプラセボと比較してOSを有意に延長し、主要評価項目を達成した (Figure 1A)。1年OS率はerlotinib群で31.2%に対し、プラセボ群で21.5%であった。この結果は、erlotinibが化学療法後に進行したNSCLC患者の生存期間を統計学的に有意かつ臨床的に意義のある形で延長することを示した。
無増悪生存期間 (PFS) と奏効率 (ORR): PFS中央値はerlotinib群で2.2ヶ月 (95% CI 2.0〜2.6) に対し、プラセボ群で1.8ヶ月 (95% CI 1.7〜2.0) であり、調整HR 0.61 (95% CI 0.51〜0.74; p<0.001) でerlotinib群が有意にPFSを延長した (Figure 1B)。ORRはerlotinib群で8.9% (CR 0.7%、PR 8.2%) であったのに対し、プラセボ群では1%未満 (PR <1%) であった (p<0.001)。奏効持続期間中央値はerlotinib群で7.9ヶ月、プラセボ群で3.7ヶ月であった。病勢コントロール率 (CR+PR+安定病変 (SD)) はerlotinib群で45%であった。
サブグループ解析と有益性の予測因子: 患者背景は、中央年齢61.4歳、腺癌50%、男性65%、1レジメン既施行51%、プラチナ製剤化学療法93%、非喫煙21%であった (Table 1)。Cox多変量解析 (前向き段階的回帰) では、erlotinibによるOS改善と有意に関連する因子として、EGFR蛋白発現陽性 (HR 0.68; p=0.02)、非喫煙者 (HR 0.42; p<0.001)、女性、腺癌、およびアジア人種が特定された (Table 3)。特に、非喫煙者ではerlotinibの生存ベネフィットが顕著であり、治療と喫煙状況の交互作用は統計的に有意であった (p<0.001)。このサブグループ解析の結果は、特定の患者群においてerlotinibの有効性がより顕著であることを示唆する。
安全性とQOL: 主な有害事象は皮疹 (erlotinib群 76%、Grade 3/4 9%) および下痢 (erlotinib群 55%、Grade 3/4 6%) であった (Table 4)。erlotinibによる毒性のため治療を中止した患者は5%であった。QOL評価 (EORTC QLQ-C30およびLC13) では、咳、呼吸困難、疼痛の悪化までの期間が、erlotinib群でプラセボ群よりも有意に遅延した (Hochberg補正後のp値はそれぞれ0.04、0.03、0.04)。これは、erlotinibが非小細胞肺癌の症状緩和においても臨床的に有意なQOL改善をもたらすことを示唆する。
考察/結論
BR.21試験は、化学療法後に進行したNSCLC患者において、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬であるerlotinibがプラセボと比較してOSを有意に延長することを、無作為化第III相試験として初めて示したランドマーク試験である。OS中央値はerlotinib群で6.7ヶ月、プラセボ群で4.7ヶ月であり、HR 0.70 (95% CI 0.58-0.85; p<0.001) でerlotinibの優位性が確立された。この結果は、erlotinibのFDA承認 (2004年) の根拠となり、化学療法後進行NSCLCに対するEGFR-TKIが新たな治療選択肢として確立される基盤を提供した。
先行研究との違い: 本研究は、同時期に実施されたgefitinibのISEL (Iressa Survival Evaluation in Lung Cancer) 試験 (Thatcher et al. 2005) が非選択患者群でOS延長を示せなかったことと対照的である。本試験では、EGFR変異の有無にかかわらず、非選択患者群全体で生存延長が示された点が、これまでのEGFR-TKIの臨床試験とは異なり画期的であった。
新規性: 当時、EGFR変異とEGFR-TKI感受性の関連はまだ確立されておらず (Lynch et al. NEnglJMed 2004、Paez et al. Science 2004、Pao et al. ProcNatlAcadSciUSA 2004は2004年に発表)、「非選択患者への初の生存延長TKI」としてerlotinibが確立されたことは本研究で初めて示された重要な知見である。女性、非喫煙者、アジア人、腺癌患者でより大きなベネフィット傾向が認められたことは、後にこれらがEGFR変異の臨床的予測因子として確立されることの先行観察であった。
臨床応用: ORRが8.9%と比較的低いにもかかわらずOSが延長されたことは、安定病変 (SD) の患者においてもQOL改善と生存延長に貢献する可能性を示唆しており、臨床的意義は大きい。erlotinibは症状緩和においても有意な改善をもたらし、患者のQOL向上に寄与することが示された。この結果は、化学療法後に進行したNSCLC患者に対する新たな標準治療としての臨床応用を裏付けるものである。
残された課題: 本研究ではEGFR蛋白発現の有無とOS改善の関連が示唆されたものの、EGFR遺伝子変異の有無とerlotinibの生存ベネフィットとの関連は有意ではなかった。これは、当時のEGFR変異検出技術の限界や、変異陽性患者の割合が低かったことに起因する可能性がある。今後の検討課題として、EGFR変異の有無によるerlotinibの有効性の層別化が挙げられる。また、長期的な安全性プロファイルや、実臨床における費用対効果に関するさらなる研究が残されている。
方法
本研究は、国際多施設二重盲検無作為化プラセボ対照第III相試験 (NCIC CTG;BR.21) として実施された。試験デザインは、erlotinib 150mg/日群とプラセボ群に2:1の比率で患者を無作為に割り付けるものであった。適格基準は、ECOG Performance Status (PS) 0〜3、病理学的に確定されたNSCLC、および1〜2レジメンの化学療法後 (PS 0〜1で70歳以上の患者は単剤化学療法でも可) であった。測定可能病変の有無は適格基準ではなかった。患者は中央化・最小化法により無作為に割り付けられた。層別化因子は、施設、ECOG PS、先行化学療法への応答、先行レジメン数、およびプラチナ製剤投与の有無であった。
主要評価項目はOSであり、90%の検出力と両側Type Iエラー率5%で、プラセボ群のOS中央値4ヶ月に対し、erlotinib群で33%のOS改善 (ハザード比 (HR) 0.75に相当) を検出するために、582件の死亡イベントが必要とされた。これは、700例の患者を14ヶ月で登録し、6ヶ月の追跡期間を設けることで達成されると予測された。副次評価項目はPFS、ORR (完全奏効 (CR) および部分奏効 (PR))、奏効期間、有害事象、およびQOL (EORTC QLQ-C30およびLC13) であった。腫瘍の反応評価はRECIST (Response Evaluation Criteria in Solid Tumors) ガイドラインに従って行われた。統計解析には、層別化log-rank testがPFSおよびOSの比較に用いられ、Cox比例ハザードモデルによる探索的段階的回帰分析が治療効果の調整および予後因子の特定に実施された。奏効率と有害事象の比較にはFisherの正確検定が用いられた。EGFR蛋白発現は、中央検査室で免疫組織化学 (IHC) 法 (Dakoキット) を用いて評価され、10%以上の細胞が任意の強度でEGFR陽性を示す場合を陽性と定義した。最終的に731例の患者が無作為化された (erlotinib群 488例、プラセボ群 243例)。本試験はNCT番号N/Aで登録された。