- 著者: Elza C. de Bruin, Julian Downward, Katerina Politi, et al.
- Corresponding author: Julian Downward (Cancer Research UK London Research Institute); Katerina Politi (Yale Cancer Center)
- 雑誌: Cancer Discovery
- 発行年: 2014
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 24535670
背景
EGFR変異陽性非小細胞肺癌 (NSCLC) において、EGFR-TKI (erlotinibやgefitinib) は高い奏効率を示すが、最終的に獲得耐性が発現する。その主要な機序はEGFR T790M変異 (50〜60%) やMET増幅 (約20%) であるが、約30%の症例では耐性機序が未解明のままであった。NF1 (Neurofibromatosis type 1遺伝子) は、RASのGTPase活性化タンパク (RAS-GAP) である神経線維腫タンパク (neurofibromin) をコードする腫瘍抑制因子であり、RAS活性を負に調節する。NF1変異はNSCLCの約10〜15%に認められることがDing et al. Nature 2008により報告されているが、NF1発現低下がEGFR-TKI耐性に直接関与するかは不明であった。また、EGFR-TKI耐性に関する先行研究では、PI3K-AKT経路の活性化が注目されてきたが、MAPK経路の関与についてはSharma et al. Cell 2010やEngelman et al. Science 2007で一部示唆されるに留まり、その全容は不明であり、特にNF1発現低下とEGFR-TKI耐性との直接的な関連性については、これまで詳細な検討が手薄であった。
目的
本研究では、ゲノムワイドsiRNAスクリーニングを用いてEGFR-TKI耐性を引き起こす新規遺伝子を同定し、特にNF1の役割を細胞株、動物モデル、およびヒト臨床検体レベルで検証することを目的とした。さらに、NF1低発現がEGFR-TKI耐性を誘導する分子メカニズムを解明し、MEK阻害薬との併用による耐性克服の可能性を検討する。
結果
ゲノムワイドsiRNAスクリーニングによるNF1の同定: 約21,000遺伝子を標的とするゲノムワイドsiRNAライブラリースクリーニングにより、erlotinib存在下で細胞生存性を顕著に増強する106の再現性のあるsiRNAプールが同定された。その中で、NF1を標的とするsiRNAが最も顕著な感受性低下 (erlotinib耐性増加) を示し、4種の個別NF1 siRNAのうち2種以上で一貫した耐性増強効果が確認された (デコンボリューション検証)。これは、siRNAライブラリーを用いたゲノムワイド機能的スクリーニングがTKI耐性機序の発見に有効であることを示した最初期の研究の一つである (Figure 1)。
NF1ノックダウンによるEGFR-TKI特異的耐性誘導: PC9細胞にNF1 shRNAを導入すると、erlotinibに対するIC50値がshNF1#1で26倍、shNF1#2で56倍に増大した (Figure 3A)。同様にgefitinibに対する耐性も誘導されたが、シスプラチンやドセタキセルといった化学療法薬に対する感受性は変化しなかった (Figure 3B)。これは、NF1低発現がEGFR-TKI特異的な耐性を誘導することを示唆する。コロニー形成アッセイ (10日間erlotinib培養) および競合アッセイ (4週間) でも、shNF1細胞の選択的増殖が確認された (Figure 3C, D)。これらの結果は、NF1低発現が複数の独立した実験系で一貫してTKI耐性を誘導することを強力に支持した。また、neurofibromin GAP関連ドメイン (GRD) の再発現によりerlotinib感受性が回復したことから (Figure 3F)、この耐性がRAS-GAP機能を介することが直接的に証明された。
RAS-GAP機能喪失によるERK残存活性化という耐性機序: NF1ノックダウン細胞では、erlotinib存在下でも活性型RAS-GTP量が有意に高く維持された (Figure 4A)。erlotinibがEGFRおよびAKTのリン酸化を完全に抑制しても、MAP-ERK kinase (MAPK) 経路の下流分子であるpERKが残存していた (Figure 4B)。特に、1 µmol/L erlotinib存在下でもpERKが検出された。この結果は、NF1欠失がRASのGTPase活性化を阻害し、RAS-ERKシグナルを持続的に活性化させることでEGFR阻害を回避する機序を示した。
MEK阻害薬との組み合わせによる感受性回復: NF1ノックダウン細胞はerlotinib単剤およびMEK阻害薬 (AZD-6244) 単剤には抵抗性を示したが、両剤併用によりpERKが完全に抑制され、細胞生存が著明に低下した (Figure 5A, B)。同様の相乗効果はCI-1040およびPD0325901でも確認された。対照的に、EGFR T790M変異を有するPC9細胞ではこの相乗効果は認められず (Figure 5C, D)、NF1低発現特異的な効果が示された。PC9細胞の異種移植モデルにおいても、NF1ノックダウン腫瘍はerlotinib単剤またはAZD-6244単剤では増殖したが、両剤併用により腫瘍増殖が有意に抑制された (p<0.001) (Figure 5E)。この知見は、NF1低発現患者に対してEGFR-TKIとMEK阻害薬の併用療法を適用する合理的根拠を提供する。
マウスモデルおよび臨床検体での検証: EGFR変異誘導マウス肺癌モデルのerlotinib耐性腫瘍 (T790M/Met増幅/Kras変異なし群) 18例中10例でNf1 mRNA低下が確認され、うち7例で2倍以上の低下を示した (Figure 2A)。感受性腫瘍では低下は認められず、erlotinib耐性と独立して関連することが証明された。さらに、2つの独立したヒト患者前後ペア検体データセットにおいて、EGFR-TKI獲得耐性腫瘍ではT790M陰性例においてNF1発現低下が有意に多く認められた (Figure 7A, B)。治療前の低NF1発現はEGFR-TKI治療患者の全生存期間 (OS) と相関し、低NF1発現群のOS中央値は7.6ヶ月 (95% CI 6.8-8.4) であったのに対し、高NF1発現群では19.1ヶ月 (95% CI 14.0-24.2) であった (p=0.004) (Figure 7C)。多変量Cox回帰分析でもNF1発現は独立した予後因子であり、相対リスクは4.1 (95% CI 1.6-10.7) であった。これらの結果は、NF1発現低下がEGFR-TKI耐性および予後不良と関連することを示した。
考察/結論
本研究は、NF1 (neurofibromin) 発現低下がEGFR-TKI耐性の新規機序であることを、ゲノムワイドスクリーニング、細胞株、マウスモデル、およびヒト臨床検体を用いた包括的なアプローチにより初めて同定した。
先行研究との違い: これまでのEGFR-TKI耐性に関する研究は、主にEGFR T790M変異やMET増幅、PI3K-AKT経路の活性化に焦点を当ててきたKobayashi et al. NEnglJMed 2005、Pao et al. PLoSMed 2005、Engelman et al. Science 2007。本研究は、これらの既知の耐性機序とは異なり、NF1のRAS-GAP機能喪失によるRAS-ERK経路の残存活性化がEGFR阻害を回避するメカニズムであることを明確に示した。特に、MAPK1増幅によるERK再活性化が報告されていたがYu et al. ClinCancerRes 2013、NF1発現低下は遺伝子コピー数変化とは異なるメカニズムであり、その病態生理学的意義は大きい。
新規性: 本研究で初めて、NF1発現低下というEGFR-TKI耐性機序を新規に同定した。このメカニズムは、T790M陰性EGFR変異肺腺癌の治療において、EGFR阻害薬とMEK阻害薬の併用療法が有効であるという新規な治療戦略の明確な合理的根拠を提供する。NF1発現低下は、T790M変異やMET増幅とは独立した耐性機序として機能し、EGFR-TKI耐性獲得患者の約30%を占める未解明な耐性群に対する新たな治療標的となる可能性を秘めている。
臨床応用: 本知見は、EGFR-TKI治療前のNF1発現レベルを評価することで、治療効果を予測し、早期にEGFR-TKIとMEK阻害薬の併用療法を導入する臨床的有用性を示唆する。特に、T790M陰性の獲得耐性患者や、治療前からNF1低発現を示す患者において、この併用療法が有効である可能性が高い。治療前のNF1低発現がOS中央値7.6ヶ月 (95% CI 6.8-8.4) と有意な予後不良因子であるという発見 (HR 4.1, 95% CI 1.6-10.7, p=0.004) は、患者層別化バイオマーカーとしてのNF1の可能性を裏付けるものであり、bench-to-bedside研究として非常に重要な意義を持つ。
残された課題: 今後の検討課題として、NF1発現低下の臨床頻度の正確な評価、NF1遺伝子変異/欠失とNF1発現低下 (後成的抑制など) の区別、およびNF1発現低下の機序の詳細な解明が挙げられる。また、EGFR-TKIとMEK阻害薬の併用療法の効果を検証するための前向き臨床試験が必要である。これらのlimitationを克服することで、NF1低発現を標的とした治療戦略が確立されることが期待される。本研究は、これらの今後の研究の方向性を示す重要な基盤を提供するものである。
方法
本研究は、in vitroゲノムワイドsiRNAスクリーニング、in vivoマウスモデル、およびヒト臨床検体を用いた後向きコホート研究として実施された。EGFR exon 19欠失変異を有するerlotinib感受性ヒト肺腺癌細胞株PC9に、約21,000の遺伝子を標的とするsiRNAライブラリーを形質導入し、erlotinib (IC50濃度) 存在下での細胞生存性を指標にゲノムワイドスクリーニングを3回の独立した試験で実施した。ヒット遺伝子はデコンボリューションスクリーニングで検証した。NF1 shRNA (#1、#2) を用いてPC9細胞におけるNF1ノックダウンを行い、erlotinibおよびgefitinibに対するIC50測定、コロニー形成アッセイ、競合アッセイにより機能解析を行った。また、シスプラチンおよびドセタキセルに対する感受性も評価し、EGFR-TKI特異的耐性であるかを確認した。NF1のRAS-GAP機能が耐性に関与するかを検証するため、neurofibromin GAP関連ドメイン (GRD) の再発現実験も行った。
EGFR変異誘導マウス肺腺癌モデル (inducible) を用い、erlotinib耐性腫瘍におけるNf1 mRNA発現をqRT-PCRで評価した。このマウスモデルは、EGFR L858R変異により肺腺癌を誘導し、erlotinib耐性を獲得した腫瘍を解析するものであった。ヒト患者の治療前およびEGFR-TKI獲得耐性後のペア検体を用いて、NF1発現の比較を行った。これらのヒト検体は、Yale Cancer CenterのHuman Investigations Protocol 111000928およびVU University Medical Centerの倫理委員会承認の下で取得された。NF1発現はqRT-PCRおよびRNAシーケンシング (RNA-seq) で評価された。さらに、スペインのHospital Universitario Marques de Valdecillaの診断バイオバンクから得られた34例のNSCLC患者コホートにおいて、治療前のNF1発現と全生存期間 (OS) との関連性をKaplan-Meier法および多変量Cox比例ハザードモデルを用いて解析した。
MEK阻害薬 (AZD-6244、CI-1040、PD0325901) とerlotinibの組み合わせ効果を、NF1ノックダウン細胞およびEGFR T790M変異PC9細胞で評価した。PC9細胞の異種移植モデルにおいても、NF1ノックダウン腫瘍に対する併用療法の効果を評価した。統計解析には、Zスコア、IC50値、およびp値を算出し、Cox proportional hazardsモデルやlog-rank testが用いられた。