- 著者: Dalia Ercan, Chunxiao Xu, Masahiko Yanagita, Pasi A. Jänne, et al.
- Corresponding author: Pasi A. Jänne (Dana-Farber Cancer Institute)
- 雑誌: Cancer Discovery
- 発行年: 2012
- Epub日: 2012-09-07
- Article種別: Original Article
- PMID: 22961667
背景
WZ4002は、EGFR T790M変異に対して高い活性を示す第3世代不可逆EGFR-TKIとして開発された。しかし、第1・2世代TKI (gefitinib、afatinibなど) と同様に、治療継続により獲得耐性が生じることが予想された。第1・2世代TKIではT790M変異が主要な耐性機序であるが (Kobayashi et al. NEnglJMed 2005、Pao et al. PLoSMed 2005)、T790M自体を標的とするWZ4002のような変異選択的阻害薬では、どのような機序で耐性が生じるかは未解明であった。また、反復した複数世代のTKI治療が腫瘍細胞の全般的な薬剤感受性 (化学療法感受性を含む) に与える影響も不明であった。本研究は、WZ4002に対する獲得耐性メカニズムを解明し、新たな治療戦略を開発することを目的とした。先行研究では、EGFR変異陽性NSCLCに対するEGFR-TKIの有効性が示されているが (Mok et al. NEnglJMed 2009、Zhou et al. LancetOncol 2011、Rosell et al. LancetOncol 2012)、耐性克服は依然として重要な課題である。特に、T790M変異はgefitinibやerlotinibに対する主要な耐性メカニズムとして同定されており、その克服が求められていた。
目的
WZ4002に対する獲得耐性の分子機序を同定し、それに基づく克服戦略 (MEK阻害薬との組み合わせ) の有効性を検証する。また、臨床的TKI耐性NSCLC検体におけるMAPK1増幅の頻度を評価する。
結果
WZ4002耐性細胞におけるERKシグナル経路の再活性化の同定: PC9 GR細胞から樹立されたWZ4002耐性 (WZR) クローン (WZR10、WZR12) は、親細胞と比較してWZ4002に対するIC50が1000倍以上 (感受性細胞 ≤1 nMに対し、WZR細胞 1 µM) に増大した (Fig 1B)。これらのWZRクローンでは、ゲノムワイドSNPアレイおよびFISH解析によりMAPK1 (ERK2) 遺伝子のコピー数増加 (染色体22q13の増幅) が同定され、pERKレベルの著明な上昇が認められた (Fig 1D, E)。一方、H1975細胞由来のWZ4002耐性クローン (H1975 WZR) ではMAPK1増幅は認められなかったが、RNA-seq解析によりERKシグナル経路の負の制御因子であるDUSP6、DUSP5、SPRY4、SPRED2の発現が著明に低下していることが明らかになった (Fig 3F)。DUSP6のsiRNAノックダウンだけでもPC9 GR4細胞においてWZ4002耐性が誘導された (Fig 3G)。これらの結果は、ERKシグナル経路の異常な活性化が、異なる分子メカニズムを介してWZ4002耐性を引き起こすことを示唆している。
MEK阻害薬によるWZ4002耐性の克服と予防: MAPK1増幅を有するPC9 WZR細胞において、MEK阻害薬CI-1040 (3 µM) とWZ4002の併用は、WZ4002に対する感受性を完全に回復させ、ERK1/2リン酸化の完全な阻害とアポトーシス誘導をもたらした (Fig 2B, C)。in vivoモデルであるEGFR L858R/T790M遺伝子改変マウスでは、WZ4002単剤治療により腫瘍退縮が得られた後、19〜28週で獲得耐性が発現し、腫瘍組織においてERK1/2リン酸化の再活性化が認められた (Fig 4B, D, E)。この耐性発現後、MEK阻害薬GSK-1120212を追加投与したところ、3/3匹のマウスでWZ4002への感受性が回復し、腫瘍の再退縮が確認された (Fig 4G, H)。さらに重要な知見として、WZ4002とCI-1040の早期からの同時投与 (予防的組み合わせ) は、3か月間の長期培養において耐性クローンの出現を有意に抑制した (PC9 GR4細胞でp<0.05、H1975細胞でも同様の効果、Fig 4I, J)。この予防効果は、耐性発現後の治療ではなく、耐性発現の予防という新たな治療戦略の可能性を示している。
WZ4002耐性細胞におけるEGFR内在化の亢進と化学療法感受性の低下: PC9 WZR細胞では、WZ4002によるEGFRリン酸化の完全な阻害には、親細胞の約10倍高い濃度が必要であった (Fig 1C, 6A)。125I標識EGFを用いた内在化アッセイにより、WZR細胞ではEGFRの内在化速度定数 (ke) がPC9 GR4細胞と比較して有意に増大していることが示された (Fig 6B)。MEK阻害薬CI-1040は、WZR細胞のkeを有意に減少させた (Fig 6D)。また、WZR細胞ではEGFR Thr-669のリン酸化が著しく増加しており、これはERK依存的なフィードバックリン酸化部位であり、CI-1040単独で抑制された (Fig 6E)。このことは、ERK活性化がEGFRの内在化を促進し、薬剤アクセスに影響を与える可能性を示唆する。さらに、WZ4002耐性PC9細胞は、スタウロスポリン、パクリタキセル、エトポシドといった細胞傷害性化学療法薬に対しても感受性が低下しており、全般的なアポトーシス能の低下が示された (Fig 7A)。BH3プロファイリングにより、WZR細胞は親細胞と比較してミトコンドリアのプライミングが低下していることが確認された (Fig 7B)。
臨床検体におけるMAPK1増幅の同定: Erlotinib耐性NSCLC患者21例の腫瘍検体を解析した結果、1例 (4.8%) でMAPK1増幅が同定された (Fig 5)。この増幅は治療前検体には存在せず、erlotinib耐性発現後に新たに出現したものであった。この患者の腫瘍では、より一般的な耐性メカニズムであるEGFR T790M変異やMET増幅は認められなかった。
考察/結論
新規性: 本研究は、第3世代EGFR-TKIであるWZ4002に対する獲得耐性において、ERKシグナル経路の再活性化が二つの独立した機序 (MAPK1増幅とERK負制御因子低下) で引き起こされることを本研究で初めて示した。この知見は、EGFR T790M変異を有する癌における不可逆的ピリミジンEGFR阻害薬に対する耐性のメディエーターとして活性化ERKシグナルを同定したものであり、これまで報告されていない耐性メカニズムの解明に貢献する。
先行研究との違い: これまでのEGFR-TKI耐性研究では、EGFR T790M変異やMET増幅、PIK3CA変異など、PI3K/AKT経路の活性化が主要な耐性メカニズムとして報告されてきたが (Engelman et al. Science 2007)、本研究はそれらと異なり、MAPK/ERK経路の活性化が重要な役割を果たすことを明らかにした。特に、WZ4002耐性細胞ではPI3K/AKT経路の阻害では感受性が回復せず、ERK経路の阻害が必要であったことは、従来の知見と対照的である。
臨床応用: MEK阻害薬との組み合わせが耐性克服だけでなく、予防的にも有効であるという知見は、早期combination therapyによる「耐性予防」戦略の臨床応用に向けた重要な根拠となる。臨床検体でのMAPK1増幅確認 (4.8%) は、前臨床知見の臨床的妥当性を示すものであり、今後の第3世代EGFR-TKI治療における耐性メカニズムのスクリーニングや、MEK阻害薬との併用療法の臨床現場での導入を検討する上で重要な含意を持つ。
残された課題: MAPK1増幅の臨床頻度は4.8%と低く、他のERK再活性化経路 (DUSP6低下など、コピー数変化を伴わないため検出が困難) の臨床頻度評価が今後の課題である。また、TKI重複耐性による全般的アポトーシス能低下は、後次治療としての化学療法効果にも影響する可能性があり、治療シークエンス計画上の重要な残された課題である。本研究はin vitroおよびin vivoモデルでの知見が中心であり、より大規模なヒト臨床検体での検証が今後の研究方向性として必要である。
方法
本研究は基礎研究であり、in vitroおよびin vivoモデルを用いた実験室研究デザインである。EGFR Del/T790M変異陽性PC9 GR (gefitinib-resistant) 細胞およびH1975細胞から、WZ4002耐性 (WZR) クローンを長期薬剤暴露により作製した。ゲノムワイドSNPアレイおよびFISH (蛍光in situハイブリダイゼーション) によりMAPK1遺伝子増幅を同定した。RNA-seqを用いてERKシグナル経路の負の制御因子 (DUSP6、DUSP5、SPRY4、SPRED2) の発現変化を評価した。MEK阻害薬 (CI-1040、GSK-1120212) およびERK阻害薬との組み合わせ効果をin vitroおよびin vivo (EGFR L858R/T790M遺伝子改変マウスモデル) で評価した。マウスモデルでは、WZ4002単剤療法後の耐性出現をMRIで評価し、MEK阻害薬併用による効果を検証した。また、erlotinib耐性NSCLC患者検体 (n=21) においてFISH法によりMAPK1増幅の頻度を解析した。統計解析にはlog-rank testが用いられた。