- 著者: Naoki Haratake, Toshihiro Misumi, Takeharu Yamanaka, et al.
- Corresponding author: Takashi Seto (Department of Thoracic Oncology, National Hospital Organization Kyushu Cancer Center, Fukuoka)
- 雑誌: JTO Clinical and Research Reports
- 発行年: 2020
- Epub日: 2020-08-21
- Article種別: Original Article
- PMID: 34589964
背景
EGFR遺伝子変異陽性の非小細胞肺がん(NSCLC)治療において、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬(TKI)は劇的な治療効果を示してきた。第一世代TKIであるゲフィチニブやエルロチニブは、標準的な化学療法と比較して優れた無増悪生存期間(PFS)を達成し、一次治療の標準選択肢として確立されたことがMitsudomi et alやZhou et al、Rosell et alなどの主要な第III相臨床試験で報告されている。しかし、これらの第一世代TKIに対する耐性獲得は避けられない課題であり、その主要な耐性機序としてEGFR T790M変異が約50%の患者で報告されている。このT790M変異陽性患者に対しては、第三世代EGFR-TKIであるオシメルチニブが二次治療として極めて有効であり、AURA3試験において優れた治療効果を示したことがMok et al. NEnglJMed 2017で報告されている。
近年、FLAURA試験により、一次治療としてのオシメルチニブが第一世代EGFR-TKIと比較してPFSを有意に延長し、一次治療における標準治療としての地位を確立したことがSoria et al. NEnglJMed 2018で示された。さらに、Ramalingam et al. NEnglJMed 2020では、一次オシメルチニブ群が対照群に対して有意な全生存期間(OS)の延長を示した。
一方で、一次治療に第一世代または第二世代TKIを使用し、耐性獲得後にT790M変異が検出された段階でオシメルチニブを投与する「逐次治療(sequential treatment)」戦略も、依然として臨床現場での重要な選択肢として議論されてきた。特に、T790M変異の陽性率が高い集団においては、この逐次治療戦略の「全PFS」が、一次オシメルチニブの全PFSを上回る可能性が理論的に考えられた。しかし、この仮説を検証するための大規模な前向き臨床試験は倫理的・時間的制約から困難であり、T790M変異率がどの程度であれば逐次治療が一次オシメルチニブを凌駕するかという定量的な評価は未解明であった。この点において、最適な治療シーケンスを決定するための客観的なデータが不足している状況であった。
また、ダコミチニブのような新規第二世代TKIや、エルロチニブと抗血管新生薬の併用療法も、一次治療において優れたPFSを示すことが報告されている。例えば、Seto et al. LancetOncol 2014やNakagawa et al. LancetOncol 2019のRELAY(Ramucirumab plus Erlotinib in patients with untreated, EGFR-mutated, Advanced non-small-cell lung cancer)試験では、エルロチニブとラムシルマブの併用がエルロチニブ単剤と比較して有意にPFSを延長した。これらの治療法を一次治療に用いた場合の逐次治療戦略の全体PFSが、一次オシメルチニブの成績を超える可能性についても、同様に定量的な評価が不足していた。特に、T790M変異率が低い場合でも併用療法が一次オシメルチニブを上回るか否かという疑問が残されており、最適な治療シーケンスを決定するためのエビデンスが不足していた。
目的
本研究の目的は、EGFR変異陽性NSCLC患者において、T790M変異率を10%から100%まで変化させたシミュレーションモデルを用いて、以下の2つの主要な治療戦略における全体PFS(overall PFS)を比較することである。本研究は、特に一次治療後の二次治療移行率やT790M変異検出率といった実臨床における制約を考慮し、より現実的な条件下での治療効果を評価することを意図した。
- 戦略A(Upfront Osimertinib): 一次治療としてオシメルチニブを投与し、病勢進行後に化学療法へ移行する戦略。この戦略は、FLAURA試験で示された一次オシメルチニブのPFS中央値19ヶ月を基盤とし、その後の二次化学療法への移行を想定している。
- 戦略B(Sequential Treatment): 一次治療として第一世代または第二世代EGFR-TKI単剤、あるいはエルロチニブと抗血管新生薬の併用療法を投与し、病勢進行後にT790M変異の有無を確認し、陽性であればオシメルチニブ、陰性であれば化学療法へ移行する逐次治療戦略。
具体的には、戦略Bの全体PFSが戦略Aの全体PFSを上回るために必要なT790M陽性率の閾値が存在するかどうかを推定し、最適な治療シーケンスに関する定量的な知見を得ることを目指した。さらに、EGFR変異サブタイプ別にシミュレーションを行い、各サブタイプにおける最適な治療戦略の差異についても検討した。これにより、個別化医療の観点から、特定の変異タイプを持つ患者に対する最適な治療選択肢を提示できる可能性を探った。
結果
一次オシメルチニブ戦略のベースライン解析: 一次治療にオシメルチニブを投与し、病勢進行後に化学療法へ移行する戦略(PFS_A)のシミュレーション結果は、全体PFS中央値が24.8 vs 20.1 months(T790M 50%逐次治療群との比較)であり、PFS_A単独の全体PFS中央値は24.8ヶ月(95% CI 21.6-28.0ヶ月)であった (Table 2)。EGFR変異サブタイプ別の解析では、Ex19del変異群における全体PFS中央値は26.8ヶ月(95% CI 23.3-30.4ヶ月)であった。一方、L858R変異群では全体PFS中央値が19.7ヶ月(95% CI 17.3-22.3ヶ月)であり、Ex19del変異群と比較して短い結果であった (Table 2)。
第一世代/第二世代TKI単剤による逐次治療の限界: 一次治療にゲフィチニブ、エルロチニブ、またはアファチニブといった第一世代/第二世代EGFR-TKI単剤を使用し、その後にT790M変異の有無に応じて二次治療を決定する逐次戦略(PFS_B)の全体PFS中央値は、T790M陽性率に大きく依存した (Table 3, Fig. 3A)。T790M陽性率が50%の場合、全体PFS_Bは20.1ヶ月(95% CI 17.5-22.8ヶ月)であり、PFS_Aの24.8ヶ月より約4.7ヶ月短い結果であった。さらに、T790M陽性率が100%の場合でも、全体PFS_Bは24.7ヶ月(95% CI 21.8-27.9ヶ月)であり、PFS_Aの24.8ヶ月を上回ることはなかった。ハザード比(HR)の比較において、T790M陽性率100%におけるPFS_Aに対するPFS_BのHRは1.00 (95% CI 0.88-1.13, p=0.99) であった (Table 3, Fig. 3A)。
ダコミチニブ逐次治療における閾値の同定: 一次治療に新規第二世代TKIであるダコミチニブを使用した場合の逐次戦略(PFS_B)では、T790M陽性率が40%の場合、全体PFS_Bは23.8ヶ月(95% CI 20.8-27.1ヶ月)であり、PFS_Aの24.8ヶ月を下回った (Table 3)。ダコミチニブによる逐次戦略がPFS_Aを超えるためには、T790M陽性率が60%以上である必要があった (Table 3, Fig. 3A)。T790M陽性率60%の場合、全体PFS_Bは25.6ヶ月(95% CI 22.4-28.9ヶ月)となり、PFS_Aをわずかに上回った。この結果は、ダコミチニブの一次治療PFSが第一世代TKIよりも長いことが影響していると考えられる。
エルロチニブ+抗血管新生薬併用による逐次治療の優位性: 一次治療にエルロチニブと抗血管新生薬の併用療法を使用した場合の逐次戦略(PFS_B)は、他の逐次戦略と比較して極めて良好な結果を示した (Table 3, Fig. 3A)。T790M陽性率が10%の場合でも、全体PFS_Bは25.5 vs 24.8 months(PFS_Aとの比較)であり、全体PFS_B中央値は25.5ヶ月(95% CI 22.3-29.1ヶ月)とPFS_Aの24.8ヶ月を上回った。このときのハザード比は HR 0.97 (95% CI 0.85-1.10, p=0.62) であった。T790M陽性率が40%の場合、全体PFS_Bは28.1ヶ月(95% CI 24.7-32.0ヶ月)に達した。この結果は、一次治療のPFSが十分に長い場合、T790M陽性率が比較的低くても逐次戦略が有利になる可能性を示唆した。
EGFR変異サブタイプ別における治療シーケンスの最適化: EGFR変異サブタイプ別のシミュレーションにより、変異種に応じた最適な治療閾値が明らかになった。Ex19del変異群において、第一世代/第二世代EGFR-TKI単剤による逐次戦略がPFS_A(26.8ヶ月、95% CI 23.3-30.4ヶ月)を上回るためには、T790M陽性率が98.7% (95% CI 98.4-99.0%, p<0.001) 必要であった (Table 4, Fig. 3B)。一方、L858R変異群における一次オシメルチニブの全体PFS_Aは19.7ヶ月(95% CI 17.3-22.3ヶ月)であり、第一世代/第二世代EGFR-TKI単剤による逐次戦略がこれを上回るためのT790M陽性率の閾値は58.6% (95% CI 58.4-58.7%, p<0.001) であった (Table 5, Fig. 3C)。さらに、L858R変異群においてエルロチニブ+抗血管新生薬による逐次戦略を選択した場合、T790M陽性率が10%の極めて低い条件下でも、全体PFS_Bは25.7 vs 19.7 months(PFS_Aとの比較)であり、全体PFS_B中央値は25.7ヶ月(95% CI 22.3-29.1ヶ月)と、一次オシメルチニブの全体PFS_Aを大幅に上回った (Table 5, Fig. 3C)。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、従来の臨床試験の固定されたPFS値のみを直接比較するアプローチとは異なり、実臨床において再生検の障壁などから変動しうるT790M変異率を10%から100%まで連続的に変化させたシミュレーションモデルを構築して全体PFSを評価した点で、これまでの治療シーケンス研究と大きく異なる。
新規性: 本研究で初めて、一次治療に第一世代または第二世代EGFR-TKI単剤を用いる逐次治療戦略は、仮にT790M陽性率が理論上最大の100%に達したとしても、一次治療オシメルチニブ戦略の全体PFSを統計学的に上回ることはできないという限界を新規に同定した。これは、実臨床における二次治療への移行率低下(BSC移行率30%)という現実的な制約が全体PFSを大きく規定していることを数学的に証明したものである。
臨床応用: 本知見は、EGFR変異陽性NSCLCの一次治療において、オシメルチニブを優先的に選択する「Upfront Osimertinib」の臨床的有用性を強く支持する。ただし、一次エルロチニブと抗血管新生薬の併用療法をベースとした逐次治療は、L858R変異群においてT790M陽性率にかかわらず一次オシメルチニブの全体PFSを上回る可能性が示唆された。この結果は、L858R変異を有する患者において、エルロチニブと抗血管新生薬の併用療法が極めて有望な治療シーケンスの起点になり得るという臨床現場への重要な示唆を与える。
残された課題: 本研究にはいくつかのlimitationが残されている。第一に、本研究は実際の患者データではなく、既存の臨床試験データに基づく計算シミュレーションであるため、各試験の患者背景や脳転移の有無などの不均一性を完全に排除できていない点である。第二に、PFS分布を単純な指数分布と仮定し、イベントの打ち切りを考慮していない点である。第三に、T790M以外の耐性機序(MET増幅やC797S変異など)をモデルに組み込んでいない点である。今後の検討課題として、これらの新規耐性機序や、一次治療オシメルチニブと抗血管新生薬の併用療法などの最新データを組み込んだ、より複雑なシミュレーションモデルの構築と検証が挙げられる。
方法
本研究では、EGFR変異陽性NSCLC患者における異なるEGFR-TKI治療シーケンスの全体PFSを評価するため、モンテカルロシミュレーションを用いた。シミュレーションはSAS version 9.4 (The SAS Institute, Cary, NC) を使用して実施された。本研究は、既存の第III相ランダム化比較試験(RCT: randomized controlled trial)の臨床エビデンスデータに基づく計算シミュレーションであり、直接的な臨床介入を行わないインシリコモデルである。
シミュレーションモデルの構築: 3000個の独立したシミュレーションデータセットを生成し、各データセットは300人の仮想患者(n=300)を想定した。各治療段階におけるPFS分布は指数分布に基づくと仮定し、イベントの打ち切り(censoring)は考慮しなかった。全体PFSは、一次治療のPFS、二次治療のPFS、およびT790M変異陽性率の4つの主要因子を変化させてシミュレーションされた。
治療戦略の設定と主要評価項目: 主要評価項目(primary endpoint)は「全体PFS(overall PFS)」と定義された。
- 全体PFS A(Upfront Osimertinib): 一次治療としてオシメルチニブを投与し、病勢進行後に化学療法へ移行する。
- 全体PFS B(Sequential Treatment): 一次治療として第一世代または第二世代EGFR-TKI(ゲフィチニブ、エルロチニブ、アファチニブ)単剤、ダコミチニブ、またはエルロチニブと抗血管新生薬の併用療法を投与する。病勢進行後、T790M変異が陽性であれば二次治療としてオシメルチニブを、陰性であれば化学療法を投与する。
PFS設定値: 各治療のPFS中央値は、既存の主要な第III相臨床試験の結果に基づいて設定された。
- 一次オシメルチニブ: 19ヶ月(FLAURA試験)。
- 一次第一世代/第二世代EGFR-TKI: 11ヶ月(WJTOG3405試験、IPASS試験、NEJ002試験、OPTIMAL試験、EURTAC試験、ENSURE[Erlotinib versus chemotherapy as first-line treatment in patients with advanced EGFR mutation-positive non-small-cell lung cancer]試験、LUX-Lung 3/6試験などの平均値)。
- 一次ダコミチニブ: 15ヶ月(ARCHER 1050試験)。
- 一次エルロチニブ+抗血管新生薬: 19ヶ月(NEJ026試験、CTONG1509試験、RELAY試験)。
- 二次オシメルチニブ: 10ヶ月(AURA3試験)。
- 二次化学療法: 5ヶ月(複数の第III相試験データに基づく)。
T790M変異陽性率と二次治療移行率: T790M変異陽性率は、10%から100%まで10%刻みで設定され、多項分布に基づいて生成された。一次治療後に病勢進行した患者のうち、二次治療へ移行できない患者の割合(BSC[best supportive care]移行率)は30%と設定された。これは、再生検の困難さや患者の全身状態の悪化などを考慮した現実的な設定であり、実臨床データに基づいている。
統計解析: シミュレーション結果は、全体PFSの中央値と95%信頼区間(CI)として報告された。T790M陽性率を変化させた際の全体PFS Bと全体PFS Aの比較により、逐次治療(戦略B)が一次オシメルチニブ(戦略A)を上回るT790M陽性率の閾値を推定した。統計的比較およびハザード比(HR)の算出には、カプラン・マイヤー(Kaplan-Meier)法およびコックス比例ハザード回帰モデル(Cox proportional hazards regression model)に基づく統計手法が適用された。