• 著者: Petra Hoffknecht, Amanda Tufman, Thomas Wehler, et al. (Afatinib Compassionate Use Consortium [ACUC])
  • Corresponding author: Petra Hoffknecht (Mathias Spital Rheine, Germany)
  • 雑誌: Journal of Thoracic Oncology
  • 発行年: 2015
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 25247337

背景

非小細胞肺癌 (NSCLC) は世界的に癌関連死の主要な原因であり、進行期疾患の予後は依然として厳しい状況にある。特に、EGFR (epidermal growth factor receptor) 遺伝子変異陽性NSCLCは、EGFR-TKI (tyrosine kinase inhibitor) による治療が奏効するサブタイプとして確立されている。可逆的EGFR-TKIであるgefitinibやerlotinibは、一次治療として化学療法と比較して無増悪生存期間 (PFS) を有意に延長することが複数の臨床試験で示されている (Mok et al. NEnglJMed 2009Maemondo et al. NEnglJMed 2010Rosell et al. LancetOncol 2012Zhou et al. LancetOncol 2011Mitsudomi et al. LancetOncol 2010)。しかし、これらの薬剤に対する耐性獲得が中央値8〜10ヶ月で生じ、その後の治療選択肢が限られることが課題であった。

Afatinibは、EGFR/ErbB1、HER2/ErbB2、ErbB4を含むErbBファミリーを不可逆的に阻害する経口TKIであり、可逆的TKIとは異なり共有結合により受容体をブロックする。LUX-Lung 3およびLUX-Lung 6試験では、EGFR exon 19欠失またはL858R変異を有するNSCLC患者の一次治療において、afatinibがPFSを平均13.6ヶ月に延長することが示された。また、LUX-Lung 1試験では、可逆的TKIおよびプラチナ製剤ベースの化学療法後に進行した患者において、afatinib単剤療法がプラセボ+BSC (best supportive care) と比較してPFSを3.3ヶ月対1.1ヶ月に延長し、EGFR-TKI前治療後の活性も示された。

NSCLC患者の21〜64%が生涯にわたりCNS (central nervous system) 転移(脳転移または髄膜転移)を発症し、診断時には10〜20%に認められる。CNS転移は予後不良因子であり、無治療時の生存期間中央値はわずか1ヶ月、全脳照射後でも2〜5ヶ月と報告されている。従来の可逆的EGFR-TKIは、血液脳関門 (BBB) の透過性が不十分であり、CNS内での薬物濃度が臨床効果に十分でない可能性が指摘されていた。このため、EGFR-TKI前治療後にCNS転移が進行した患者に対する有効な治療選択肢は未解明な点が多かった。

本研究は、2010年から実施されたafatinibの慈悲的使用プログラム (CUP: compassionate use program) のデータを用いて、EGFR-TKI前治療歴のあるNSCLC患者におけるafatinibのCNS転移に対する有効性とCNS透過性を評価することを目的とした。特に、CNS転移を有する患者群とCNS転移を有さないマッチド対照群との比較を通じて、afatinibのCNS内での臨床的意義を明らかにすることが期待された。このCUPは、他のafatinib臨床試験に参加できない、化学療法およびerlotinib/gefitinib後に進行した患者にafatinibへのアクセスを提供するために設計された。

目的

本研究の目的は、ドイツで実施されたafatinibの慈悲的使用プログラム (CUP) に登録されたEGFR-TKI前治療歴のある進行NSCLC患者のうち、CNS転移(脳転移または髄膜転移)を有するサブグループ (n=100) におけるafatinibの有効性およびCNS透過性を評価することである。具体的には、CNS転移患者の治療不成功までの期間 (TTF) と脳内奏効率を分析し、CNS転移を有さないマッチド対照群 (n=100) とのTTFを比較する。さらに、髄液中afatinib濃度を測定し、afatinibの血液脳関門透過性をin vivoで直接的に検証することも目的とした。これにより、EGFR-TKI前治療後にCNS転移が進行したNSCLC患者に対するafatinibの臨床的有用性を明らかにすることを目指した。

結果

患者背景と治療前状況: CNS転移を有する100例の患者背景は、女性が66%、中央年齢が60歳(範囲31〜78歳)であった。組織型は97%が腺癌であり、74%の患者でEGFR変異が分子病理学的に確認された。報告されたEGFR変異の77%はexon 19欠失またはexon 21 L858R変異であった。CNS転移の詳細では、28%が単発性脳転移、22%が2〜5個の脳転移、47%が5個を超える多発性脳転移を有しており、多発性転移が多数を占めた。髄膜転移 (LD) は29例中6例 (21%) に確認された。患者の69%がCNS転移による症状を呈しており、88%の患者がafatinib治療前に頭蓋放射線照射を受けていた(中央値30 Gy)。先行する可逆的EGFR-TKI(erlotinibまたはgefitinib)の投与期間中央値は9ヶ月(範囲1〜36ヶ月)であり、長期TKI治療後の耐性獲得症例が主体であった。先行治療における最良奏効が判明している68例中、部分奏効 (PR) が18% (12/68)、安定病変 (SD) が53% (36/68)、進行病変 (PD) が29% (20/68) であり、SDが最も多く、前TKI治療後の増悪症例の重症度を反映していた。

TTF (治療失敗までの期間) の比較: CNS転移を有する100例におけるafatinibのTTF中央値は3.6ヶ月 (95% CI 2.9〜4.7ヶ月) であった。一方、CNS転移を有さないマッチド対照群100例のTTF中央値は3.2ヶ月 (95% CI 2.7〜4.1ヶ月) であった。両群間に統計的に有意な差は認められなかった (HR 1.16; 95% CI 0.83〜1.62; p=0.52)。この結果は、CNS転移の有無がafatinibの治療持続期間に影響を与えないことを示しており、afatinibのCNS内活性を間接的に支持するものである。EGFR変異が確認された患者 (n=72) のTTFは4.0ヶ月であったのに対し、EGFR野生型患者 (n=8) のTTFは1.3ヶ月であり、EGFR変異確認例でより良好なTTFが示された。

脳内応答 (cerebral response) の詳細: 脳転移の測定可能病変を有する評価可能患者31例において、afatinibによる脳内応答が評価された。部分奏効 (PR) が42% (13/31)、安定病変 (SD) が39% (12/31)、進行病変 (PD) が19% (6/31) であった。脳内疾患制御率 (cerebral DCR) は81% (25/31) であった。応答の種類別では、全身病変と脳内病変の両方で応答した「全身応答 (general response)」が19% (6/31) であった。特筆すべきは、全身病変は応答せず脳内病変のみが縮小した「脳転移のみ応答 (cerebral-only response)」が16% (5/31) に認められた点である。全身病変のみ応答 (systemic-only response) は13% (4/31) であった。これらの結果から、afatinibによる脳内奏効率 (general response + cerebral-only response) は35% (11/31) であった。脳内応答の持続期間 (DoR) 中央値は120日(範囲21〜395日)であり、約4ヶ月間の脳内応答が維持された。評価可能集団全体での脳内疾患制御割合は66% (21/32) であった。

CSF薬物動態:初のin vivo血液脳関門通過証明: 1例の患者からインフォームドコンセントを得て、CSF (脳脊髄液) サンプリングが実施され、afatinib濃度がHPLC-MS/MS法で測定された。CSF中から約1 nMol (nM) のafatinib濃度が検出された。この1 nMolという濃度は、前臨床試験においてEGFR変異NSCLC細胞株に対するafatinibの有効IC50 (約0.5〜5 nM) の範囲内にあり、臨床的効果を発揮するのに十分であると考えられた。このCSF中afatinib濃度の実証は、afatinibが血液脳関門を通過し、CNS内に浸透することを示すin vivoにおける初の直接的なエビデンスとなった。ただし、このデータはn=1という極めて限定的なものであり、血漿/CSF比の定量的評価には至らなかった。

EGFR変異サブタイプ・LM別の追加解析: 髄膜転移 (LM) を有する患者6例におけるafatinibの応答については、個別の記述があり、一部の症例でCSF細胞学的改善が観察された。しかし、少数例であったため統計的解析は不可能であった。EGFR変異が確認された患者のTTF (4.0ヶ月) は、EGFR野生型患者 (1.3ヶ月) と比較して有意に長く、CNS転移を有する患者においてもEGFR変異の有無が治療効果を予測する因子であることを示唆した。患者の88%がafatinib治療前に頭蓋放射線照射を受けていたため、観察された脳内応答がafatinibの直接的な効果であるか、あるいは放射線治療後の変化であるかを厳密に鑑別することは困難であった。

考察/結論

本研究は、afatinibの慈悲的使用プログラム (CUP) の大規模な後ろ向き解析として、EGFR-TKI前治療歴のあるNSCLC患者のCNS転移に対するafatinibの脳内活性を初めて体系的に示した。

新規性: 本研究で初めて、CNS転移の有無にかかわらずafatinibのTTFに有意差がないことが示された (HR 1.16; 95% CI 0.83〜1.62; p=0.52)。これは、afatinibがCNS転移を有する患者においても全身治療と同等の有効期間をもたらす可能性を示唆する新規な知見である。さらに、評価可能患者における脳内奏効率35% (11/31) および脳内疾患制御率66% (21/32) は、CNS病変に対する意義ある活性を示す。特に、16% (5/31) の患者で脳転移のみに奏効する「脳特異的応答」が観察されたことは、afatinibのCNS浸透と直接的な抗腫瘍効果を強く示唆する。また、1例の患者で髄液中から約1 nMolのafatinib濃度が検出されたことは、afatinibの血液脳関門透過性のin vivoにおける初の直接的なエビデンスであり、CNS活性の薬理学的基盤を提供するものである。

先行研究との違い: 従来の可逆的EGFR-TKIは、CNS浸透性が不十分であると報告されてきた。本研究で示されたafatinibのCNS内での臨床効果およびCSF中濃度は、これらの先行研究の知見と異なり、不可逆的ErbBファミリー阻害薬としてのafatinibの特性がCNS転移治療において有利に働く可能性を示唆する。LUX-Lung 3試験のサブグループ解析でも、一次治療におけるafatinibの脳転移に対する有効性が報告されており、本CUPの観察結果を支持するものである。

臨床応用: 本研究の結果は、EGFR-TKI前治療後にCNS転移が進行したNSCLC患者に対するafatinibの臨床的有用性を示唆するものであり、限られた治療選択肢しかないこの状況において、臨床現場でのafatinibの適用を検討する上で重要な情報を提供する。特に、脳転移のみに奏効する症例が存在したことは、CNS転移が主要な問題である患者にとって、afatinibが有効な治療選択肢となり得ることを示唆する臨床的意義がある。

残された課題: 本研究は後ろ向き解析であり、患者選択のバイアスやデータ収集の限界が存在する。特に、CSF薬物動態データが1例のみである点は大きなlimitationである。また、多くの患者がafatinib治療前に頭蓋放射線照射を受けていたため、観察された脳内応答がafatinibの直接効果か、放射線治療後の変化かを厳密に区別することは困難であった。今後の検討課題として、より大規模な前向き試験によるCNS転移患者におけるafatinibの有効性および安全性の検証、複数の患者でのCSF薬物動態解析による血液脳関門透過性の詳細な評価、そして放射線治療との最適な併用戦略の確立が残されている。さらに、本研究で評価されたafatinibのCNS活性は第二世代TKIの中ではマイルストーンとなるが、その後開発された第三世代TKIであるosimertinib(FLAURA試験でのCNS PFS HR 0.48; BLOOM試験でのLM ORR 62%)は、はるかに高いCNS活性を示しており、現在ではafatinibのCNS活性に関する知見は、第三世代TKIに超えられたものとして位置づけられる。

方法

本研究は、2010年5月から2013年12月にかけてドイツで実施されたafatinib慈悲的使用プログラム (CUP) の大規模な後ろ向きサブグループ解析である。CUP全体では573例が登録され、541例がafatinibによる治療を受けた。本解析では、CNS転移(脳転移または髄膜転移)を有する患者100例を対象とした。これらの患者は、年齢、性別、組織型、EGFR変異サブグループ、可逆的EGFR-TKI治療期間、および治療ラインが一致するように、CNS転移を有さないCUP患者100例とマッチングされた。

患者選択基準: CUPへの参加資格は、進行NSCLC患者で、少なくとも1ラインのプラチナ製剤ベースの化学療法と、少なくとも24週間のerlotinibまたはgefitinibによる治療後に進行した患者に限定された。他のafatinib臨床試験に参加できないこと、18歳以上であること、確立された治療選択肢がないこと、および書面によるインフォームドコンセントの取得が追加の包含基準であった。

治療プロトコル: Afatinibは、通常50mg/日の開始用量で経口投与されたが、治療医の裁量により40mgまたは30mgの低用量での開始も許可された。用量調整(10mg刻み、最大50mg/日、最小30mg/日)も可能であった。1治療サイクルは30日と定義された。本プロトコルは、関連する倫理委員会(Medical Board of the State Rhineland-Palatine, 837.105.10[7114])によって承認され、必要な規制当局に報告された。

データ収集: 参加医師は、患者の性別、年齢、併存疾患、病期、先行治療、およびEGFR変異ステータスを含む匿名化された臨床データセットを提供した。有害事象および腫瘍進行の報告は必須であった。CNS病変が確認された患者については、脳転移、髄膜転病変 (leptomeningeal disease; LD)、放射線治療、および治療結果に関する詳細なデータが追加で収集された。

評価項目: 主要評価項目は、afatinib開始から治療中止までの期間として定義されるTTF (time to treatment failure) であった。TTFはKaplan-Meier法を用いて推定され、CNS転移群とマッチド対照群間でCox比例ハザードモデルを用いてハザード比 (HR) および95%信頼区間 (CI) が算出された。脳内奏効は、脳内病変のRECIST 1.1 (Response Evaluation Criteria in Solid Tumors 1.1) に基づく客観的奏効として定義された。全身奏効は、原発腫瘍およびCNS外の転移巣の両方の奏効として定義された。

薬物動態解析: 1例の患者からインフォームドコンセントを得て、血液および脳脊髄液 (CSF) サンプルが採取された。Afatinib濃度は、HPLC-MS/MS (high-performance liquid chromatography coupled to tandem mass spectrometry) 法を用いて測定された。CSFサンプルは前処理なしで直接注入され、血漿サンプルは固相抽出後に分析された。

統計解析: 記述統計解析により患者背景が評価された。TTFおよび全生存期間 (OS) の生存曲線はKaplan-Meier法で推定された。ハザード比および95%信頼区間はCoxモデルを用いて算出され、p値0.05未満を統計的有意差ありと判断した。解析にはMedCalc for Windows, version 12.1.4.0が使用された。進行病変 (PD) または死亡により2ヶ月未満でafatinibを中止した患者は最良効果をPDと分類し、4ヶ月以上治療を継続した患者は、別途報告がない限り安定病変 (SD) と分類した。