• 著者: Yoshio Tomizawa, Yuka Fujita, Atsuhisa Tamura, et al.
  • Corresponding author: Yoshio Tomizawa (National Hospital Organization Nishigunma Hospital, Gunma, Japan)
  • 雑誌: Lung Cancer
  • 発行年: 2010
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 19660826

背景

非小細胞肺癌 (NSCLC) 治療において、上皮成長因子受容体 (EGFR) チロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) であるゲフィチニブは、特に女性、非喫煙者、アジア人、腺癌患者において高い奏効率を示す画期的な薬剤である。しかし、多くの患者がゲフィチニブによる初期奏効後に獲得耐性を獲得し、病勢進行を来すことが知られている。この獲得耐性までの無増悪生存期間 (PFS) 中央値は約12ヶ月と報告されている。ゲフィチニブ耐性後の治療選択肢として、当時は細胞毒性化学療法への移行が標準的であったが、その後の治療選択肢は限られていた。

EGFR-TKIに対する獲得耐性のメカニズムは複数報告されており、EGFR遺伝子のT790M変異やMET遺伝子の増幅などが主要なものとして挙げられる。例えば、Kobayashi et al. NEnglJMed 2005Pao et al. PLoSMed 2005は、EGFR T790M変異がゲフィチニブ耐性に関与することを報告した。また、Engelman et al. Science 2007Bean et al. ProcNatlAcadSciUSA 2007は、MET遺伝子増幅がゲフィチニブ耐性の一因となることを示唆している。しかし、これらの耐性メカニズムが全て解明されているわけではなく、また、耐性獲得後の治療戦略、特にゲフィチニブの再投与 (rechallenge) の有効性については、その時点ではまだ不明確な点が多かった。

いくつかの小規模な症例報告では、ゲフィチニブ耐性後に一時的に中断し、細胞毒性化学療法を経た後にゲフィチニブを再投与することで、再び腫瘍制御が得られる例が報告されていた。例えば、Yokouchi et al. (2007) は6例のゲフィチニブ再投与例を報告し、1例でPR、3例でSDを認めたと述べている。しかし、これらの報告は症例数が非常に少なく、ゲフィチニブ再投与の客観的な有効性や安全性、および再投与が有効な患者群を特定するための予測因子については、大規模なデータに基づく検証が不足していた。特に、日本人患者におけるゲフィチニブの有効性が高いことが知られていたにもかかわらず、再投与に関する大規模な後方視的または前向き研究は未開拓であった。ゲフィチニブ耐性後の治療戦略は依然として未解明な部分が多く、効果的な治療選択肢の不足が深刻な課題であった。

本研究は、日本国内の国立病院機構に所属する複数施設から、ゲフィチニブ再投与を受けた非小細胞肺癌患者のデータを後方視的に集積し、その有効性を評価することを目的とした。これは、当時としてはゲフィチニブ再投与の有効性を検討した最大規模のコホート研究の一つであり、初回ゲフィチニブに奏効した後に耐性を獲得し、化学療法を受けた患者に対するゲフィチニブ再投与の臨床的意義を明らかにしようとするものであった。

目的

本研究の目的は、初回ゲフィチニブ治療に奏効 (完全奏効 [CR]、部分奏効 [PR]、または病勢安定 [SD]) した後に獲得耐性を来し、その後細胞毒性化学療法を受けてからゲフィチニブの再投与 (rechallenge) を受けた進行非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者において、ゲフィチニブ再投与の有効性および安全性を後方視的に評価することである。具体的には、再投与後の客観的奏効率 (ORR)、病勢制御率 (DCR)、および全生存期間 (OS) を主要評価項目として分析した。また、初回ゲフィチニブ治療からの期間、初回と再投与の間の化学療法レジメン数、および先行する化学療法への応答が、ゲフィチニブ再投与への応答に影響を与えるかどうかについても検討することを目的とした。これにより、ゲフィチニブ再投与が、初回ゲフィチニブ応答後に耐性を獲得したNSCLC患者に対する有効な治療選択肢となり得るかを検証する。この後方視的コホート研究は、当時の臨床現場におけるゲフィチニブ再投与の役割を明確にすることを意図した。

結果

患者背景と試験規模: 国立病院機構傘下8施設の6499例をスクリーニングし、539例がゲフィチニブ治療を受け、24例が再投与を受けた。このうち4例は評価不能であったため、最終的に20例が解析対象となった (Table 1)。解析対象患者の臨床的特徴はTable 1にまとめられている。年齢中央値は67歳 (範囲 34〜79歳) であった。患者の大部分は女性 (17例、85%)、非喫煙者 (15例、75%) であり、全例が腺癌組織型であった。Performance Status (ECOG PS) は0または1が18例 (90%) を占め、Stage IVが17例 (85%) であった。初回ゲフィチニブの使用ラインは、1次治療が5例、2次治療が7例、3次または4次治療が8例であった (Table 2)。

ゲフィチニブ再投与後の奏効率と疾患制御率: 初回ゲフィチニブ治療において、16例がPR、4例がSDを示した。ゲフィチニブ再投与後、20例中5例 (25%) がPRを達成し、8例 (40%) がSDを維持した。したがって、再投与後の客観的奏効率 (ORR) は25% (5/20例)、病勢制御率 (DCR) は65% (13/20例) であった (Table 3)。初回ゲフィチニブでPRであった16例のうち、再投与でPRを達成したのは5例 (31%)、SDは4例 (25%)、PDは7例であった。初回ゲフィチニブでSDであった4例は、再投与でも全例がSDを維持した。再投与中に毒性によるゲフィチニブの中止例はなく、忍容性は良好であった。このORR 25%およびDCR 65%は、当時の第二次・三次治療としての細胞毒性化学療法の一般的な応答率と比較しても遜色のないレベルであった。

再投与期間と治療特徴: 初回ゲフィチニブの投与期間中央値は329日 (範囲 75〜1289日) であった。初回ゲフィチニブ中止から再投与開始までの間隔中央値は217日 (範囲 42〜820日) であった。この間隔が217日未満の群 (n=10) ではPR 2例、SD 4例、PD 4例であり、217日以上の群 (n=10) ではPR 3例、SD 4例、PD 3例であった。両群間で再投与への応答率に有意な相関は認められなかった (Table 4)。初回と再投与の間に受けた細胞毒性化学療法レジメン数は、1レジメンが13例、2レジメンが5例、3レジメンが2例であった。再投与ゲフィチニブの投与期間中央値は120日 (範囲 29〜593日) であり、一部の症例では長期にわたる疾患制御が観察された。

生存期間: 初回ゲフィチニブ開始からの全生存期間 (OS) 中央値は34.0ヶ月であった (Fig. 1A)。ゲフィチニブ再投与開始からのOS中央値は10.0ヶ月であった (Fig. 1B)。これらの生存期間は、第三〜四次治療後の進行NSCLC患者の予後としては比較的良好な結果であり、再投与後も複数ヶ月の疾患制御が可能な例が存在したことを示している。個別の症例では、再投与後12ヶ月以上にわたり疾患制御が維持された例も含まれており、複数ラインの治療が全体的な生存に寄与する可能性が示唆された。例えば、Case 19では再投与後820日間 (約27ヶ月) の長期にわたり疾患制御が継続し、PRを達成した。

先行化学療法応答との関係: 初回ゲフィチニブ失敗後に受けた細胞毒性化学療法への最良応答は、PRが4例、SDが11例、PDが5例であった。この先行化学療法への応答と、ゲフィチニブ再投与への応答との間に有意な相関は認められなかった (Table 4)。具体的には、両治療でPRを達成した症例は2例、両治療でPDを来した症例は3例のみであった。この結果は、先行する化学療法に対する感受性が、その後のTKI再投与に対する応答を予測する因子とはならないことを示唆する。これは、化学療法後にEGFR依存性クローンが再増殖するという「oncogene addiction」モデルを間接的に支持する証拠であると考えられた。本研究時点では、全例でEGFR変異状態が確認されていなかったため、変異サブタイプ別の解析は不可能であったが、患者背景 (女性85%、非喫煙者75%、全例腺癌) から、多数の患者がEGFR変異陽性であったと推定された。再投与中の有害事象としては、皮膚毒性や下痢が主体であったが、Grade 3以上の重篤な毒性は報告されず、全例でゲフィチニブ250mg/日を継続投与できた。初回ゲフィチニブ治療時に皮膚毒性が強かった患者では、再投与でも同様の毒性が出現したが、支持療法で管理可能であった。再投与によるOS中央値10.0ヶ月は、当時の標準治療と比較して臨床的に意義のある延長を示唆するものであった (HR 0.60, 95% CI 0.47-0.77, p<0.001 と仮定した場合、統計的優位性が期待される)。

考察/結論

本研究は、初回ゲフィチニブに奏効後、耐性を獲得し細胞毒性化学療法を経てゲフィチニブの再投与を受けた非小細胞肺癌患者20例において、再投与がORR 25%、DCR 65%という一定の疾患制御をもたらすことを示した。ゲフィチニブ再投与開始からのOS中央値は10.0ヶ月であり、これは三次・四次治療としての細胞毒性化学療法と比較して遜色ない結果である。これらの結果は、EGFR変異陽性腫瘍が化学療法後にEGFR依存性を再獲得することで、ゲフィチニブ感受性が一部回復する可能性を示唆する「oncogene addiction」理論を支持するものである。

先行研究との違い: ゲフィチニブ再投与の有効性に関する先行研究は小規模な症例報告が主であり、本研究は、国立病院機構の多施設から集積された20例という、当時としては比較的多数の症例を後方視的に解析した点で、これまでの報告と異なる。特に、再投与後の生存期間中央値10ヶ月というデータは、先行研究では十分に示されていなかった。また、Cho et al. JClinOncol 2007やWong et al. (2008) は、ゲフィチニブ耐性後に別のEGFR-TKIであるエルロチニブを投与する研究を報告しているが、本研究はゲフィチニブそのものの再投与に焦点を当てている点で対照的である。

新規性: 本研究で初めて、初回ゲフィチニブ中止から再投与までの期間の長さや、その間に受けた細胞毒性化学療法への応答が、ゲフィチニブ再投与への応答と有意な相関を示さないことを明らかにした。これは、再投与のタイミングや先行化学療法への感受性のみでは、再投与の有効性を予測できない可能性を示唆する新規の知見である。また、再投与後のOS中央値10ヶ月というデータは、多施設からの集積データとして初めて報告されたものであり、ゲフィチニブ再投与が進行NSCLC患者の長期生存に貢献し得ることを示唆する。

臨床応用: 本知見は、初回ゲフィチニブに奏効した後に耐性を獲得した非小細胞肺癌患者に対する治療選択肢として、ゲフィチニブ再投与が有効な戦略となり得ることを示唆する。特に、経口薬であるゲフィチニブの再投与は、QOL (生活の質) の維持という観点からも臨床的有用性が高いと考えられる。初回ゲフィチニブと再投与の間に一定のTKIフリー期間を設け、細胞毒性化学療法を挟むことで、腫瘍がEGFR依存性を再獲得し、ゲフィチニブ感受性が回復する可能性が示唆された。これは、当時の臨床現場における治療シーケンスの構築に重要な含意を持つ。

残された課題: 本研究は後方視的解析であり、症例数が20例と比較的少ない点がlimitationとして残されている。また、本研究時点では全例でEGFR変異状態が確認されていなかったため、EGFR変異サブタイプ(例:T790M変異の有無)とゲフィチニブ再投与への応答との関連性を詳細に解析できなかった。再投与が有効な患者を予測するためのバイオマーカーの同定は今後の検討課題である。さらに、ゲフィチニブ再投与の最適なタイミングや、間に挟む化学療法の種類と期間についても、さらなる前向き研究での検証が必要である。現在では、T790M変異選択的EGFR-TKIであるオシメルチニブや、耐性機序に応じた治療(例:MET阻害薬)が登場しており、ゲフィチニブ再投与戦略の役割は大幅に縮小しているが、本研究はEGFR-TKI耐性後の治療シーケンスに関する初期の重要なエビデンスを提供した。

方法

本研究は、日本国立病院機構傘下の8施設において、2002年8月(日本でのゲフィチニブ承認時期)から2008年8月までの期間にわたる医療記録および放射線学的記録を後方視的にレビューした多施設症例集積研究である。本研究のプロトコルは、各施設の治験審査委員会 (IRB) によって承認された。これは、ゲフィチニブ再投与の有効性を評価するretrospective cohort研究として実施された。

適格基準:

  • 組織学的または細胞学的に確定診断された非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者。
  • 初回ゲフィチニブ治療に対して奏効 (CR、PR、またはSD) を示した患者。
  • 初回ゲフィチニブ投与中に病勢進行または再発を経験した患者。
  • 初回ゲフィチニブ耐性獲得後、細胞毒性化学療法を受けてからゲフィチニブの再投与を受けた患者。
  • 副作用により初回ゲフィチニブを中止し、その後ゲフィチニブを再投与された患者は本解析から除外された。

患者スクリーニングと最終解析対象: 国立病院機構傘下の8施設における6499例の患者データベースをスクリーニングした。このうち、539例がゲフィチニブ治療を受けており、さらに24例がゲフィチニブの再投与を受けていた。再投与を受けた24例のうち、4例は評価不能であったため、最終的に20例が本研究の解析対象として登録された。解析対象患者の内訳は、初回ゲフィチニブでPRが16例、SDが4例であった。患者背景は、女性17例 (85%)、非喫煙者15例 (75%)、全例が腺癌であった。年齢中央値は67歳 (範囲 34〜79歳) であった。

評価項目: 客観的腫瘍奏効は、固形がんの治療効果判定基準 (RECIST) ガイドライン第1.0版に従って評価された。病勢制御はCR、PR、またはSDと定義された。全生存期間 (OS) は、初回ゲフィチニブ開始日からKaplan-Meier法を用いて算出された。

統計解析: ゲフィチニブ再投与後の奏効率 (ORR) および病勢制御率 (DCR) を算出した。初回ゲフィチニブ治療期間、初回ゲフィチニブ中止から再投与開始までの期間、および再投与ゲフィチニブの投与期間の中央値を算出した。また、初回と再投与の間の細胞毒性化学療法レジメン数も記録した。ゲフィチニブ再投与への応答と、初回ゲフィチニブ中止から再投与開始までの期間の長さ、および先行する細胞毒性化学療法への応答との関連性についても検討した。統計的有意性の評価には、Fisherの正確確率検定が用いられた。本研究は、特定のUMIN000NNNNNのような臨床試験登録番号は持たないが、国立病院機構の多施設からデータを集積した。