• 著者: Eunice L. Kwak, Rachel Sordella, Daphne W. Bell, Neal Godin-Heymann, Ramona A. Okimoto, Brian W. Brannigan, Paula L. Harris, Jeffrey Settleman, Lewis C. Cantley, Matthew Meyerson, Daniel A. Haber
  • Corresponding author: Daniel A. Haber (Massachusetts General Hospital Cancer Center, Harvard Medical School, Boston, MA, USA)
  • 雑誌: Proceedings of the National Academy of Sciences
  • 発行年: 2005
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 15897464

背景

非小細胞肺癌 (NSCLC) における上皮成長因子受容体 (EGFR) の活性化変異の同定は、可逆的チロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) であるゲフィチニブやエルロチニブに対する劇的な初期奏効をもたらし、個別化医療の象徴となった。しかし、これらの薬剤に対する治療効果は一時的であり、平均 6-8 ヶ月でほぼ全ての患者において後天性薬剤耐性が出現し、治療失敗に至るという臨床的課題が存在する。先行研究において、この後天性耐性の主要なメカニズムの一つとして、EGFRキナーゼドメインにおける二次変異であるT790Mが同定されていたが、その起源については未解明な点が多かった。具体的には、T790M変異がTKI治療の選択圧下でde novoに発生するのか、あるいは治療前から腫瘍内に微小クローンとして存在し、治療によって選択的に増殖するのかという点が議論の的であった。このギャップを埋めることは、耐性メカニズムの理解と新たな治療戦略の開発において極めて重要であったが、臨床検体の入手困難さから、その検証に必要なデータが決定的に不足していた。

また、T790M変異はEGFRのATP結合ポケットの構造を変化させ、可逆的TKIの結合親和性を低下させることで薬剤耐性を付与することが示されていた。このため、T790M変異を有するEGFRに対しても有効性を示す次世代の阻害薬の開発が喫緊の課題であった。特に、EGFRのシステイン797残基(ヒトEGFRではCys773残基、本論文ではCys773と記載)と共有結合を形成し、不可逆的にEGFRを阻害する薬剤は、T790M変異によるATP親和性の亢進を回避し、持続的な阻害効果を発揮できる可能性が理論的に提唱されていた。先行研究では、イマチニブ耐性慢性骨髄性白血病 (CML) におけるBCR-ABLキナーゼの二次変異 (T315I) が薬剤耐性を引き起こすことが報告されており、同様のメカニズムがEGFR TKI耐性にも関与する可能性が示唆されていた Gorre et al。しかし、EGFRの膜結合型受容体としての複雑なシグナル伝達経路や受容体トラフィッキングの関与は、BCR-ABLのような細胞質キナーゼとは異なる耐性メカニズムが存在する可能性も示唆していた Wiley et al。

本研究の発表当時、ゲフィチニブやエルロチニブの臨床的有効性は広く認識されつつあったが Lynch et al、Paez et al、Pao et al、その耐性メカニズムの全容はまだ明らかになっていなかった。特に、T790M変異が検出されないゲフィチニブ耐性症例も存在し、これらの症例における耐性メカニズムは全く不明であった。この知識の不足が、効果的な耐性克服戦略の開発を妨げていた。本研究は、これらの未解明な耐性メカニズムを分子レベルで解明し、特に不可逆的ERBB阻害薬がこれらの耐性経路を克服できる可能性を検証することで、NSCLC治療における新たな方向性を示すことを目指した。

目的

本研究の主要な目的は、ゲフィチニブ耐性NSCLCにおけるT790M変異の起源を詳細に検証し、その存在が治療前から微小クローンとして存在するという「pre-existing microcloneモデル」を臨床検体で直接的に実証することである。さらに、in vitroでのゲフィチニブ獲得耐性メカニズムを解明し、T790M変異非依存性の耐性経路を特定することも目的とした。

これらの耐性メカニズムを克服する新たな治療戦略として、不可逆的ERBB阻害薬(具体的にはHKI-272、HKI-357、EKB-569など)の有効性を評価することも重要な目的である。T790M変異を保有する細胞株およびin vitroで樹立されたT790M非依存性のゲフィチニブ耐性細胞株の両方に対して、これらの不可逆的阻害薬がゲフィチニブと比較して優れた増殖抑制効果およびシグナル伝達阻害効果を示すかを検証する。

最終的に、本研究は、不可逆的ERBB阻害薬が、T790M媒介耐性およびその他の新規耐性メカニズムの両方を克服できる可能性をin vitroおよび臨床検体解析を通じて実証し、将来のNSCLC治療薬開発のための科学的根拠を提供することを目指した。

結果

臨床再発腫瘍におけるT790M微小クローンの存在: ゲフィチニブ耐性として再発した2症例のNSCLC患者の腫瘍組織を詳細に解析した。Case 1 (L858R変異) では、肝転移巣において、ゲフィチニブ感受性変異であるL858Rに加え、新たにT790M変異が検出された (Fig. 1A)。しかし、uncloned PCR産物のシークエンシングでは、T790M変異はL858R変異の約1/5の豊富度(約20%)に留まっており、全腫瘍細胞ではなくサブクローンに存在することが示唆された。Case 2 (L861Q変異) では、ゲフィチニブ耐性後に肝臓に多発転移した8つの病変を解析した。uncloned PCR産物ではT790M変異は検出されなかったが、PCR産物のクローニング解析により、解析した4つの転移巣のうち2つの病変でT790M変異が極めて低い頻度(病変1で50クローン中2クローン、病変2で56クローン中1クローン)で検出された (Fig. 1B, Table 1)。原発巣からはT790M変異は検出されなかった(75クローン中0クローン)。これらの結果は、T790M変異がTKI治療前から微小クローンとして存在し、ゲフィチニブ選択圧下でクローン的に拡大するという「pre-existing cloneモデル」を臨床腫瘍で直接的に実証する最初の強力な証拠となった。この知見は、Kobayashi et al. NEnglJMed 2005Pao et al. PLoSMed 2005によるT790M変異の報告を補完し、その起源に関する重要な情報を提供した。

in vitroゲフィチニブ耐性株の樹立とT790M非依存性耐性機序: EGFR delE746-A750変異を保有するNCI-H1650細胞株を20 µMのゲフィチニブ存在下で培養することで、約10⁻⁵の頻度で薬剤耐性コロニーが容易に樹立された (Fig. 2C)。49の独立した耐性クローンを単離し、平均で50倍以上のゲフィチニブ感受性低下が確認された (Fig. 2A)。重要なことに、これらの耐性クローン全てにおいて、①ゲフィチニブ感受性変異(delE746-A750)は保持されていた、②EGFRの発現量に変化はなかった、③EGFR、ERBB2、PTEN、Kras、p53遺伝子に二次変異は検出されなかった。この結果は、in vitroでの後天性ゲフィチニブ耐性がT790M変異の獲得によらず生じうることを明確に示した。また、これらの耐性クローンは、ゲフィチニブと類似構造を持つ他のアニリノキナゾリン系可逆的阻害薬に対しても交叉耐性を示した。

不可逆的ERBB阻害薬による両耐性機序の克服: 不可逆的ERBB阻害薬であるHKI-272(EGFR IC50 92 nM、ERBB2 IC50 59 nM)、HKI-357(EGFR IC50 34 nM、ERBB2 IC50 33 nM)、およびEKB-569(EGFR IC50 39 nM)は、ゲフィチニブ耐性クローン(G7およびC11)に対して、親株と同等の強力な増殖抑制効果を示した (Fig. 2A)。これは、ゲフィチニブが親株に比べて50倍以上感受性が低下していたのとは対照的であった。HKI-357は、親株NCI-H1650におけるEGFR Y1068リン酸化抑制においてゲフィチニブよりも約10倍強力であった (Fig. 3B)。ゲフィチニブ耐性クローンG7では、ゲフィチニブによるpAKT抑制が著明に減弱するのに対し、HKI-357は持続的なシグナル抑制活性を維持した。さらに、高濃度EMS変異誘発後でも、不可逆的阻害薬(10 µM以上)に対する抵抗性クローンは確立できなかった(ゲフィチニブでは容易に耐性コロニーが樹立可能であった)(Fig. 2C)。

EGFR内在化亢進がゲフィチニブ耐性機序である証明: ゲフィチニブ耐性クローン(NCI-H1650 G7)において、rhodamine-EGFを用いたライブイメージング(5分および20分後)と細胞表面ビオチン化チェイスアッセイの双方で、EGFRの内在化速度が親株と比較して著明に亢進していることが観察された (Fig. 3C, D)。トランスフェリン受容体の内在化は変化がなかったことから、この現象はEGFRに特異的な内在化亢進であることが示された。この知見は、ゲフィチニブ耐性細胞では細胞表面でのリガンド非依存的なEGFRの迅速な内在化により、ゲフィチニブとの接触機会が減少し、薬剤効果が損なわれるという新規の耐性メカニズムを示唆した。siRNAによるEGFRおよびERBB2のノックダウン実験では、耐性クローンでも親株と同等に細胞生存率の低下が認められ (Fig. 3A)、耐性クローンがEGFRおよびERBB2シグナルに依存していることが示された。これは、不可逆的阻害薬の有効性が内在化亢進機序下でも維持される根拠となった。

T790M変異EGFR (NCI-H1975) への不可逆的阻害薬の有効性: L858R/T790M二重変異を保有するNCI-H1975細胞(TKI治療以前に樹立された細胞株)に対し、HKI-357およびHKI-272は、ゲフィチニブに比べてEGFR Y1068リン酸化、pAKT、pMAPK抑制において顕著に優れた効果を示した (Fig. 4A)。増殖抑制試験でも、3種全ての不可逆的阻害薬が、ゲフィチニブに耐性を示すNCI-H1975細胞株の増殖を有効に抑制した (Fig. 4B)。例えば、HKI-357のIC50はNCI-H1975細胞で約0.01 µMであったのに対し、ゲフィチニブのIC50は1 µMを超えていた。これにより、不可逆的ERBB阻害薬は、T790M媒介耐性およびEGFR内在化亢進による耐性という、異なる2種の主要なゲフィチニブ耐性メカニズムを双方克服できることが実証された。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究は、イマチニブ耐性CMLにおけるBCR-ABLの二次変異がほぼクローナルに検出される先行報告 Gorre et al とは異なり、EGFR変異陽性NSCLCにおけるT790M変異が、治療前から腫瘍内に極めて低頻度の微小クローンとして存在し、ゲフィチニブ治療による選択圧下で非クローナルに拡大することを示した。また、T790M変異を伴わないゲフィチニブ耐性メカニズムとして、EGFR受容体トラフィッキングの変化、具体的にはEGFRの内在化亢進を同定したことは、従来の報告とは対照的であり、耐性メカニズムの多様性を示す重要な発見である。

新規性: 本研究で初めて、ゲフィチニブ耐性NSCLCの臨床検体において、T790M変異が治療前から微小クローンとして存在するという「pre-existing microcloneモデル」を直接的に実証した。さらに、T790M非依存性の新規耐性機序として、リガンド刺激によるEGFRの内在化(トラフィッキング変化)の亢進を新規に同定した。これにより、可逆的阻害薬が細胞表面のEGFRに結合する機会を減少させることで、その効果を減弱させるという新たな耐性経路が明らかになった。

臨床応用: 不可逆的ERBB阻害薬(HKI-272、HKI-357、EKB-569)が、T790M変異を保有する細胞株およびEGFR内在化亢進を示す細胞株の両方で有効性を示したことは、これらの薬剤が複数のゲフィチニブ耐性メカニズムを克服できる可能性を実証した点で臨床的意義が極めて大きい。この結果は、第二世代TKI(例:アファチニブ)および第三世代TKI(例:オシメルチニブ)の開発への直接的な科学的根拠となり、現在のNSCLC治療体系の礎を築いた。特に、不可逆的阻害薬が共有結合を介してEGFRを阻害するため、T790M変異によるATP親和性の変化や、受容体トラフィッキングの変化による薬剤との接触機会の減少といった課題を克服できるというメカニズム的優位性が示された。

残された課題: 今後の検討課題として、in vivoにおけるEGFR内在化亢進の臨床的意義をさらに詳細に検討する必要がある。臨床検体では受容体トラフィッキングを直接評価することが困難であるため、このメカニズムを予測するバイオマーカーの同定が今後の課題となる。また、本研究で樹立されたin vitro耐性クローンの一部では、EGFRトラフィッキング以外の耐性メカニズムも存在する可能性があり、さらなる解析が必要である。しかし、本研究の結果は、不可逆的ERBB阻害薬が、ゲフィチニブやエルロチニブに耐性を示したEGFR変異陽性NSCLC患者に対する新たな治療選択肢となる可能性を強く示唆しており、その臨床応用が期待される。

方法

臨床検体の解析: ゲフィチニブ耐性として再発した2症例のNSCLC患者から得られた腫瘍組織(治療前原発巣および再発転移巣)を対象とした。本研究は、Massachusetts General Hospital Cancer Centerの倫理委員会承認のもと、患者の同意を得て実施された。EGFRキナーゼドメインの全エクソンについて、uncloned PCR産物の直接シークエンシングを実施し、主要な変異を同定した。特にT790M変異の検出には、エクソン20の複数のクローンPCR産物を個別にシークエンシングする高感度解析を用いた。これにより、微小なT790M陽性クローンの存在を評価した。本研究は、臨床検体を用いた retrospective cohort study(後ろ向きコホート研究)として実施された。

in vitroゲフィチニブ耐性細胞株の樹立: EGFR delE746-A750活性化変異を保有するヒト気管支肺胞癌細胞株NCI-H1650を親株として使用した。この細胞株を、変異原であるエチルメタンスルホン酸 (EMS; 600 µg/ml) で処理した後、または処理せずに、20 µMのゲフィチニブ存在下で培養し、薬剤耐性コロニーを樹立した。樹立されたコロニーから49の独立した耐性クローンを単離し、ゲフィチニブに対する感受性低下をクリスタルバイオレット染色法により定量的に評価した。耐性クローンにおけるEGFR、ERBB2、PTEN、Kras、p53遺伝子の二次変異の有無を自動シークエンシングにより解析した。

薬剤感受性試験とシグナル伝達解析: 樹立したゲフィチニブ耐性クローンおよび親株NCI-H1650、さらにL858R/T790M二重変異を保有するNCI-H1975細胞株(TKI未治療患者由来)を用いて、ゲフィチニブおよび不可逆的ERBB阻害薬(HKI-272、HKI-357、EKB-569)の増殖抑制効果(IC50値)を比較評価した。細胞増殖はクリスタルバイオレット染色法で測定した。また、これらの薬剤がEGFRの自己リン酸化(Y1068)および下流シグナル伝達分子であるAKT、MAPK(ERK)のリン酸化に与える影響をウェスタンブロット法により解析した。細胞は薬剤処理後、100 ng/ml EGFで2時間刺激し、ライセートを調製した。結果の統計解析には、群間比較にt検定(t-test)を用いた。

EGFR内在化の解析: ゲフィチニブ耐性クローンにおけるEGFRトラフィッキングの変化を評価するため、蛍光顕微鏡を用いたロダミン標識EGFの内在化ライブイメージングを実施した。さらに、細胞表面ビオチン化法とそれに続くグルタチオン処理による細胞表面ビオチンの除去、およびストレプトアビジンビーズを用いた細胞内ビオチン化EGFRのプルダウンにより、EGFRの内在化速度を定量的に評価した。対照としてトランスフェリン受容体の内在化も同時に解析した。

siRNAによる遺伝子ノックダウン: EGFRおよびERBB2に対するsiRNA(small interfering RNA、Dharmacon社のSMARTpool [複数配列のsiRNAプール製品])を用いて、親株NCI-H1650およびゲフィチニブ耐性クローンにおけるこれらの受容体への依存性を評価した。siRNAトランスフェクション後72時間での細胞生存率をクリスタルバイオレット染色により測定し、非特異的siRNA処理細胞と比較した。