• 著者: Hideharu Kimura, Kazuo Kasahara, Makoto Kawaishi, Hideo Kunitoh, Tomohide Tamura, Brian Holloway, Kazuto Nishio
  • Corresponding author: Kazuto Nishio (Shien-Lab, Medical Oncology, National Cancer Center Hospital, Tokyo, Japan)
  • 雑誌: Clinical Cancer Research
  • 発行年: 2006
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 16818687

背景

非小細胞肺癌 (NSCLC) において、上皮成長因子受容体 (EGFR) チロシンキナーゼドメインの活性化変異は、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤 (EGFR-TKI) であるゲフィチニブ (IRESSA) への劇的な奏効を決定する因子として同定されている。特に、エクソン19のE746_A750del(15-bp in-frame deletion)とエクソン21のL858R点変異の2つが全EGFR変異の約90%を占め、これらの変異を持つ患者がゲフィチニブに高感受性を示すことが複数の研究で報告されている (Lynch et al. NEnglJMed 2004Paez et al. Science 2004Pao et al. ProcNatlAcadSciUSA 2004Shigematsu et al. JNatlCancerInst 2005Kosaka et al. CancerRes 2004)。これらの発見は、NSCLCの個別化医療の進展に大きく寄与してきた。

これまで、EGFR変異の検出は主に手術切除された腫瘍組織検体から後方視的に解析されてきた。しかし、手術不能な進行NSCLC患者では、腫瘍組織の取得が困難な場合が多く、前方視的にEGFR変異を同定するための非侵襲的かつ信頼性の高い手法の確立が喫緊の課題であった。特に、治療効果予測のためのバイオマーカーとして、治療開始前に変異状態を迅速に評価できる方法が不足していた。従来の腫瘍生検は侵襲性が高く、繰り返し実施することが困難であるという問題があった。

近年、ポリメラーゼ連鎖反応 (PCR) 技術の進歩により、血清中の微量DNAからの変異検出が可能になりつつあったが、血清中には多量の野生型DNAが混入するため、変異DNAの検出感度向上が大きな課題として残されていた。従来のダイレクトシークエンス法では、低頻度の変異を検出する感度が不十分であり、臨床的有用性が限定的であるという問題があった。このような背景から、高感度で特異的な変異検出技術の開発が強く求められていた。特に、循環腫瘍DNA (ctDNA) の概念が注目され始めていたが、その実用的な検出方法については未解明な点が多かった。

Scorpion ARMS (Amplified Refractory Mutation System) 技術は、ScorpionプライマーとARMSプライマーを組み合わせることで、1塩基変異を含む既知の変異をリアルタイムPCRで高感度かつ特異的に検出することを可能にする。この技術は、野生型DNAの存在下でも微量の変異DNAを識別できるため、血清のような循環腫瘍DNA (ctDNA) が少量しか含まれないサンプルからの変異検出に適していると考えられた。しかし、このScorpion ARMS法を用いた血清DNAからのEGFR主要変異検出の臨床的有用性、特にゲフィチニブ治療への奏効予測能や生存期間との相関については、これまで詳細な検討がなされておらず、その実用性は未確立であった。本研究は、このギャップを埋めることを目指した。

目的

本研究の目的は、Scorpion ARMS法を用いてNSCLC患者の血清DNAからEGFR主要変異(E746_A750delおよびL858R)を高感度で検出するアッセイを開発し、その臨床的有用性を評価することである。具体的には、以下の点を明らかにすることを目指した。

  1. Scorpion ARMS法の血清DNAからのEGFR主要変異検出における感度と特異性を評価する。特に、野生型DNAが多量に存在する状況下での検出限界を検証する。
  2. 血清EGFR変異状態とゲフィチニブ単剤療法に対する奏効性(部分奏効 [PR]、病勢安定 [SD]、病勢進行 [PD])との相関を前方視的に解析する。
  3. 血清EGFR変異状態と無増悪生存期間 (PFS) および全生存期間 (OS) との関連性を評価し、ゲフィチニブ治療の予後予測因子としての可能性を検討する。
  4. 血清DNAからのEGFR変異検出結果と、従来のダイレクトシークエンス法による検出結果、および一部の患者で取得された腫瘍組織DNAからの検出結果との整合性を比較し、Scorpion ARMS法の優位性を検証する。

これらの解析を通じて、血清EGFR変異がゲフィチニブ治療の予測バイオマーカーとして、非侵襲的かつ前方視的なアプローチとして確立できるか否かを判断することを目的とした。

結果

Scorpion ARMS法の感度と検出限界: EGFR Scorpionキットの感度評価実験では、E746_A750delおよびL858Rの標準DNA(1~10,000 pg)を用いて直線的な検量線が得られ、r²値は0.987~0.998であった (Figure 1A, C, E)。10,000 pgの野生型DNAとの混合下でも、1 pgまでの変異DNAが明確に検出可能であり、検出限界は変異DNAと野生型DNAの比率で10⁻⁴であった (Figure 1B, D)。L858RとE746_A750delの間で検出感度に有意な差は認められなかった。細胞株を用いた実験では、E746_A750delを有するPC-9細胞株およびL858Rを有する11_18細胞株から期待通りの変異シグナルが検出され、野生型A431細胞株からは陰性であることが確認された (Figure 1F, G)。これにより、本アッセイが高い感度と特異性を持つことが実証された。

血清EGFR変異検出結果と患者背景: ゲフィチニブ治療前のNSCLC患者27例 (Table 1) の血清DNAを解析した結果、全例で野生型EGFRエクソン19および21が検出された。EGFR変異は27例中13例 (48.1%) で検出され、内訳はE746_A750delが12例、L858Rが1例であった (Table 2)。組織型別では、腺癌23例中11例 (47.8%)、扁平上皮癌2例中1例、大細胞癌2例中1例で変異が陽性であった。性別では、女性患者10例中7例 (70%)、男性患者17例中6例 (35%) で変異が検出され、女性患者でより高頻度に検出される傾向が認められた (p=0.120) (Table 3A, B)。血清DNAの抽出濃度中央値は70.0 ng/mL (範囲 0-1,720.0 ng/mL) であった。

ゲフィチニブ奏効との関連: 血清EGFR変異陽性患者は、ゲフィチニブに対する部分奏効 (PR) 率が有意に高かった。PR群9例中7例 (77.8%) が血清EGFR変異陽性であったのに対し、病勢安定 (SD) または病勢進行 (PD) 群18例中では6例 (33.3%) のみが陽性であった (p=0.046, Fisher’s exact test) (Table 3C)。この結果は、血清EGFR変異がゲフィチニブ治療への奏効を予測する強力なバイオマーカーであることを示唆する。

生存アウトカムとの関連: 全27例の患者における無増悪生存期間 (PFS) 中央値は98日、全生存期間 (OS) 中央値は306日であった。血清EGFR変異陽性群は、変異陰性群と比較してPFS中央値が有意に延長した (200日 vs 46日, p=0.005, ログランク検定) (Figure 2A)。OS中央値についても、変異陽性群で611日、変異陰性群で232日と陽性群の方が長かったが、統計的有意差は認められなかった (p=0.078) (Figure 2B)。PFSに関するハザード比 (HR) は、血清EGFR変異陽性群で陰性群と比較して有意に低く、HR 0.35 (95% CI 0.16-0.78, p=0.009) であった。OSに関するHRは0.54 (95% CI 0.25-1.16, p=0.11) であった。

ダイレクトシークエンス法との比較: 同じ27例の血清DNAをダイレクトシークエンス法で解析したところ、10例 (37.0%) でのみE746_A750del変異が検出された。エクソン18、19、21における点変異は検出されなかった。ダイレクトシークエンス法による血清EGFR変異状態は、組織型、性別、ゲフィチニブ奏効 (p=0.683)、PFS (p=0.277)、OS (p=0.859) のいずれとも有意な相関を示さなかった (Table 3C)。Scorpion ARMS法とダイレクトシークエンス法の変異検出結果の一致率は15/27 (55.6%) であった。Scorpion ARMS法で陽性かつダイレクトシークエンス法で陰性であった症例が8例存在し、Scorpion ARMS法の感度がダイレクトシークエンス法よりも優れていることが示された。

腫瘍組織との整合性: 11名の患者から得られた血清と腫瘍組織のペア検体を解析した結果、EGFR変異状態の整合率は8/11 (72.7%) であった (Table 4)。不一致例としては、腫瘍組織でE746_A750del陽性であったが血清では陰性であった症例が2例、腫瘍組織でE746_A750del陰性であったが血清では陽性であった症例が1例認められた。これらの不一致は、血清中の変異DNA量が検出限界以下であった可能性や、腫瘍組織中の野生型DNAがダイレクトシークエンス法による変異検出を妨げた可能性が考えられた。

考察/結論

本研究は、Scorpion ARMS法を用いることで、非小細胞肺癌患者の血清DNAからEGFR主要変異(E746_A750delおよびL858R)を高感度で検出できることを初めて報告したものである。さらに、血清EGFR変異陽性であることが、ゲフィチニブ治療に対する奏効性の向上および無増悪生存期間の有意な延長と相関することを明らかにした。この知見は、血清中の循環腫瘍DNA (ctDNA) を用いたliquid biopsy paradigmの臨床応用における重要な一歩である。

先行研究との違い: 本研究で観察された血清EGFR変異検出率48.1%は、これまでの日本人患者における手術検体を用いた報告(26-59%)と同等であった。これは、本研究コホートにおいて腺癌患者の割合が高かった(27例中23例、85.2%)ことを反映していると考えられる。先行研究では、腺癌、女性、非喫煙者、アジア人種においてEGFR変異が高頻度であることが報告されており、本研究の結果もこれらの傾向と一致する。しかし、Tsao et al. (2005) のerlotinib BR21試験におけるEGFR変異検出率の低さと生存利益予測の失敗は、使用された検出手法の感度不足に起因する可能性が指摘されており、本研究の結果はこれと対照的である。本研究でダイレクトシークエンス法がゲフィチニブ奏効や生存期間と有意な相関を示さなかった事実は、Scorpion ARMS法のような高感度な手法が血清DNAからの変異検出に適していることを強く支持する。

新規性: 本研究の新規性は、血清DNAという非侵襲的なサンプルからEGFR変異を検出し、それがゲフィチニブ治療の奏効およびPFSと有意に相関することを初めて実証した点にある。これは、腫瘍組織の入手が困難な進行NSCLC患者において、治療開始前のバイオマーカー評価を可能にする、これまで報告されていないアプローチである。

臨床応用: 本知見は、個別化医療の推進に大きく貢献する臨床的意義を持つ。血清検体は治療経過中のモニタリングにも利用できるため、薬剤耐性変異の早期検出など、治療戦略の変更にも応用できる可能性がある。これにより、患者の治療選択を最適化し、より良いアウトカムに繋げることが期待される。

残された課題: しかし、本研究にはいくつかのlimitationも存在する。まず、サンプルサイズが小さいこと(n=27)、および腫瘍・血清ペア検体が11例に限られたことである。これにより、血清と腫瘍組織間の変異状態の完全な整合性を評価するには不十分であった。腫瘍組織と血清で変異状態が不一致であった症例については、血清中の変異DNA量が検出限界以下であった可能性や、腫瘍組織中の野生型DNAがダイレクトシークエンス法での変異検出を妨げた可能性が考えられる。今後の検討課題として、より大規模なコホートで血清と腫瘍組織の変異状態の整合性を詳細に評価する必要がある。

さらに、本研究で検出対象としたEGFR変異はE746_A750delとL858Rの2種類のみであった。EGFR変異はエクソン18、19、20、21のATP結合部位周辺にクラスターを形成しており、他の活性化変異や、ゲフィチニブ耐性に関与するT790M変異(Kobayashi et al. NEnglJMed 2005Kwak et al. ProcNatlAcadSciUSA 2005Pao et al. PLoSMed 2005)やKRAS変異(Pao et al. PLoSMed 2005)など、ゲフィチニブ治療の感受性や耐性に関わる他の重要な変異が存在する。これらの変異を検出するためのScorpionプライマーの設計と検証が今後の研究方向性として必要である。

結論として、本研究はliquid biopsyによるEGFR変異検出とTKI効果予測の先駆的な研究として、後のctDNA解析および臨床応用への礎を築いた。血清EGFR変異陽性患者は、ゲフィチニブ治療においてより良好なアウトカムを示すことが示唆され、将来的に無作為化比較臨床試験によるさらなる検証が必要である。

方法

患者集団と治療: 本研究は、多施設共同第II相臨床試験 (NCT identifier: N/A) の相関研究として実施された。対象は、日本人stage IIIBまたはIVの組織学的または細胞学的に証明された化学療法未治療NSCLC患者28例のうち、ゲフィチニブ単剤療法(250 mg/日経口投与)開始前の血清サンプルが得られた27例である。試験デザインはSimonのミニマックスデザインに基づき、目標奏効率30%以上、棄却奏効率10%以下、検出力80%、有意水準5%で、n=25のサンプルサイズが必要とされた。不評価率20%未満を想定し、n=30の患者登録を計画した。治療効果はRECIST (Response Evaluation Criteria in Solid Tumors) 基準に基づき評価された。本研究は、ヘルシンキ宣言の勧告に基づき、適切な倫理審査委員会の承認を得て実施された。

血清DNA抽出: 各患者から採取された2 mLの血清サンプルから、Qiagen社のQiamp Blood Kitを用いてゲノムDNAを抽出した。抽出プロトコルは一部変更され、1つのカラムを繰り返し使用して全サンプルを処理し、最終的に50 µLの滅菌二蒸留水でDNAを溶出した。DNA濃度と純度は分光光度計で測定された。抽出されたDNAは-20°Cで保存された。

Scorpion ARMSアッセイ: DxS社(英国マンチェスター)製のEGFR Scorpion Kitを使用した。このキットには、E746_A750del、L858R、およびエクソン19/21の野生型を検出するための4種類のScorpionプライマーが含まれる。リアルタイムPCRはSmartCycler II(Cepheid社、米国サニーベール)を用いて実施された。反応条件は、95°Cで10分間の初期変性後、95°Cで30秒、62°Cで60秒を50サイクル繰り返し、各サイクルの終わりにFAM蛍光を検出した。陽性判定基準は、サイクル閾値 (Ct) が45以下かつ最大蛍光強度 (Fl) が50以上と設定された。全ての解析は二重に行われ、臨床情報に盲検化された2名の研究者によってレビューされた。

Scorpion ARMS法の感度評価: E746_A750del標準DNA(PC-9細胞株由来)、L858R標準DNA(11_18細胞株由来)、および野生型標準DNA(A431細胞株由来)を1 pgから10,000 pgの範囲で希釈し、野生型DNAとの混合比率を変えて検出限界を評価した。標準曲線はCt値とDNA量の対数プロットから作成され、線形相関係数 (R²) と傾きが算出された。

腫瘍組織DNA抽出とダイレクトシークエンス: 15名の患者から遡及的に採取された20個のパラフィン包埋腫瘍組織ブロック(診断時、治療前)からDNAを抽出した。DNA抽出はTaKaRa Biomedicals社(滋賀、日本)のDEXPATキットを用いて行われた。血清DNAおよび腫瘍組織DNAからのEGFRエクソン19および21の変異検出は、既報のプライマーセットとPCR条件に従い、ダイレクトシークエンス法でも実施された。配列はGenBankのヒトEGFR配列(アクセッション番号AY588246)と比較された。

統計解析: EGFR変異の有無と患者背景因子(性別、組織型)およびゲフィチニブ奏効性との関連は、Fisherの正確確率検定を用いて評価された。奏効性については、部分奏効 (PR) 群と、病勢安定 (SD) または病勢進行 (PD) 群の2群に分類された。無増悪生存期間 (PFS) および全生存期間 (OS) の解析には、Kaplan-Meier法とログランク検定が用いられた。OSはゲフィチニブ投与開始からあらゆる原因による死亡までの期間、PFSはゲフィチニブ投与開始から病勢進行またはあらゆる原因による死亡までの期間と定義された。統計的有意水準はp=0.05とされた。統計解析にはStatViewソフトウェアパッケージバージョン5.0が使用された。