• 著者: Zhiwei Yu, Titus J. Boggon, Susumu Kobayashi, Cheng Jin, Patrick C. Ma, Afshin Dowlati, Jeffrey A. Kern, Daniel G. Tenen, Balázs Halmos
  • Corresponding author: Balázs Halmos (Ireland Cancer Center, Case Western University, Cleveland, OH)
  • 雑誌: Cancer Research
  • 発行年: 2007
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 17974985

背景

EGFR変異陽性の非小細胞肺がん (NSCLC) 患者において、可逆性EGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) であるgefitinibやerlotinibは劇的な臨床効果を示すことが複数の研究で報告されている (Lynch et al. NEnglJMed 2004Paez et al. Science 2004Pao et al. ProcNatlAcadSciUSA 2004Shepherd et al. NEnglJMed 2005)。しかし、これらの可逆性EGFR-TKIによる治療を受けた患者の多くは、平均して10ヶ月から12ヶ月で薬剤耐性を獲得し、病勢が進行する。この獲得耐性の最も主要な原因遺伝子変異として、EGFRキナーゼドメインのゲートキーパー残基におけるT790M二次変異が同定されている (Kobayashi et al. NEnglJMed 2005Pao et al. PLoSMed 2005)。T790M変異は、ATP結合ポケット内の立体障害を変化させ、さらにATPに対する親和性を著しく高めることで、可逆性TKIの結合を阻害し耐性を引き起こす。

このT790M変異による耐性を克服するために、キナーゼドメイン内のCys797残基に共有結合する不可逆性EGFR阻害薬 (CL-387,785、HKI-272、EKB-569など) が開発され、臨床導入に向けた開発が進められてきた (Kwak et al. ProcNatlAcadSciUSA 2005)。しかし、これら不可逆性阻害薬に対しても、治療継続に伴い新たな耐性変異が出現することが強く予想されていた。

当時、不可逆性EGFR阻害薬に対する耐性変異の全体像やその詳細な分子メカニズムは依然として未解明であり、臨床現場で耐性が発生する前にこれらを予測し、克服するための治療戦略を設計することが極めて重要な課題であった。特に、部位特異的変異導入法のみに頼るアプローチでは、想定外の領域に発生する耐性変異を網羅的に探索することができず、無作為変異導入スクリーンを用いた体系的な解析が決定的に不足していた。本研究は、この知識ギャップを埋めるため、T790M変異を有する肺がん細胞株を用いてCL-387,785に対する耐性変異を網羅的に同定し、その耐性を克服する新規治療戦略を確立することを目的とした。

目的

本研究の目的は、EGFR L858R/T790M二重変異を有するH1975肺腺がん細胞株をモデルシステムとして用い、不可逆性EGFR阻害薬CL-387,785に対する耐性を付与するEGFRキナーゼドメインの新規変異を、細胞ベースの無作為変異導入スクリーンによって網羅的に同定することである。

さらに、同定された各耐性変異の生化学的および細胞生物学的な耐性寄与度を定量的に評価し、その立体構造的な位置関係から耐性メカニズムを分類することを目的とした。加えて、CL-387,785耐性を獲得したクローンに対して、代替となる新規pan-ErbB阻害薬や、下流シグナル経路を標的としたCDK4 (cyclin-dependent kinase 4) 阻害薬の有効性を検証し、不可逆性EGFR阻害薬耐性を克服するための臨床応用可能な新規治療戦略を提示することを目指した。

結果

無作為変異導入スクリーンによる新規耐性変異の同定: H1975細胞 (EGFR L858R/T790M) に対する無作為変異導入スクリーンにより、CL-387,785 (1 µmol/L) 存在下で増殖可能な耐性クローンを多数樹立した (Fig 1)。合計34個の独立した耐性クローンをシーケンス解析した結果、29個のクローンにおいてEGFRキナーゼドメイン内にアミノ酸置換を伴う点変異が同定された (Table 1)。同定された変異は14箇所のアミノ酸残基に分布しており、そのうち最多の変異はE931Gであり、8クローン (全体の27.6%) で検出された。次いで、L658Pが4クローン (13.8%)、L655Hが3クローン (10.3%)、H773Lが2クローン (6.9%) で繰り返し同定された。一方で、不可逆性阻害薬の共有結合部位であるC797残基の変異 (C797S) は、この自然選択スクリーンからは直接同定されなかった。また、12クローンにおいてはEGFRキナーゼドメイン内に変異が検出されなかったが、これらの非変異クローンでは親株H1975と比較してEGFRの細胞表面発現量が有意に上昇しており (Fig 2A)、受容体の過剰発現による変異非依存的な耐性獲得メカニズムの存在が示された。

同定された変異株における定量的耐性度とシグナル維持: 部位特異的変異導入により作製した各変異 (E931G、L658P、L655H、H773L、C797S) 安定発現H1975細胞株を用いて、CL-387,785に対する感受性をMTSアッセイにより定量評価した。親株H1975のIC50値が0.36 µmol/Lであったのに対し、各変異株のIC50値は、E931Gで2.65 µmol/L (7.4-fold耐性)、L658Pで3.76 µmol/L (10.5-fold耐性)、L655Hで1.95 µmol/L (5.4-fold耐性)、H773Lで6.69 µmol/L (18.6-fold耐性)、C797Sで1.12 µmol/L (3.1-fold耐性) であり、すべての変異株において有意な耐性獲得が確認された (Table 1, Fig 2B)。ウエスタンブロット解析において、親株H1975では1 µmol/LのCL-387,785処理によりEGFR、AKT、ERKのリン酸化が完全に消失したのに対し、すべての変異株においては1〜3 µmol/LのCL-387,785存在下でもこれらの分子のリン酸化が維持されていた (Fig 2C)。さらに、Annexin V/PIアッセイにおいて、親株H1975ではCL-387,785 (1 vs 2 µmol/L) の処理により用量依存的にアポトーシスが誘導されたが、変異株においては同濃度の薬剤処理下でもアポトーシスの誘導が著しく抑制されていた (Fig 2D)。

代替pan-ErbB阻害薬による耐性克服効果の検証: CL-387,785耐性変異株に対し、可逆性EGFR阻害薬AG1478やGW583340は効果を示さなかった。しかし、新規の不可逆性pan-ErbB阻害薬は、すべての耐性変異株に対して優れた増殖抑制効果を示した (Fig 4A)。特にL655H株に対しては親株と同等の感受性を示し、C797SやH773L株に対しても軽微なIC50の上昇に留まった。生化学的解析において、このpan-ErbB阻害薬はすべての耐性変異株においてEGFR、AKT、ERKのリン酸化を強力に抑制し (Fig 4B)、Annexin V陽性のアポトーシス細胞画分を有意に増加させた (Fig 4C, D)。

CDK4阻害薬による細胞周期停止と増殖抑制効果: EGFR下流の共通経路を標的とする戦略として、CDK4選択的阻害薬の有効性を検証した。CDK4阻害薬 (2 µmol/L) の投与により、EGFRの変異プロファイルに関わらず、すべての耐性変異株において強力なG1期細胞周期停止が誘導された (Fig 5A)。BrdUrd取り込みアッセイでは、S期細胞の割合が著明に減少するとともに、sub-G1期のアポトーシス細胞画分が増加した (Fig 5B)。ウエスタンブロット解析では、CDK4阻害薬の濃度依存的 (0.6 vs 2.0 µmol/L) に、Rbタンパク質の主要なリン酸化部位 (Ser780、Ser795、Ser807/811) の脱リン酸化が完全に誘導されることが確認された (Fig 5C)。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究の結果は、事前に仮説されていたC797S共有結合部位変異が、自然選択スクリーンにおいて最優先の耐性クローンとして出現しなかった点で、従来の予測と大きく異なり非常に興味深い。これは、C797S変異がCL-387,785に対して示す耐性レベル (3.1-fold) が、H773L (18.6-fold) やL658P (10.5-fold) などの他の変異と比較して低いため、より強い選択圧下では他の強力な耐性変異が優先的に選択されたためと考えられる。この知見は、後の第3世代EGFR-TKI (osimertinibなど) に対する耐性獲得においてC797Sが最頻出する臨床データとは対照的であり、使用する薬剤の化学構造や選択圧の強さによって耐性進化の経路が異なることを示している。また、変異非依存的な耐性メカニズムとしてEGFRの過剰発現が同定されたことは、Engelman et al. Science 2007が報告したMET遺伝子増幅によるバイパス経路活性化と同様に、シグナル強度の維持が耐性獲得において普遍的な役割を果たすことを裏付けている。

新規性: 本研究は、EGFR L858R/T790M二重変異を有する肺がん細胞株において、不可逆性EGFR阻害薬CL-387,785に対する耐性変異を無作為変異導入スクリーンによって網羅的に同定した初の報告である。本研究で初めて、E931G、L658P、L655H、H773Lなどの新規耐性変異が同定され、これらが不可逆性阻害薬に対して機能的な耐性を付与することが実証された。特に、最多頻度で検出されたE931G変異が、Zhang et al. Cell 2006の提唱したアロステリックな非対称二量体界面に位置する点は、受容体の活性化機構そのものが薬剤耐性の標的となり得ることを示す新規の知見である。また、膜貫通領域の変異 (L655H、L658P) の同定は、膜ヘリックスの自己会合変化がキナーゼ活性を修飾し耐性を導くという新しい概念を支持している。

臨床応用: 本研究で同定されたすべてのCL-387,785耐性変異株に対し、新規の不可逆性pan-ErbB阻害薬が有効性を示したことは、臨床現場における耐性克服戦略として極めて重要な臨床的意義を持つ。さらに、CDK4阻害薬がEGFRの変異ステータスに依存せず、すべての耐性クローンに対して一様にG1期細胞周期停止およびアポトーシスを誘導したことは、EGFR変異NSCLCにおけるcyclin D/CDK4軸の重要性を示したKobayashi et al. CancerRes 2006の知見を耐性モデルにおいて実証するものである。この結果は、不可逆性EGFR阻害薬とCDK4/6阻害薬の併用療法が、耐性出現を遅延または克服するための有望なtranslationalな治療戦略になり得ることを示唆している。

残された課題: 今後の検討課題として、本研究で同定された耐性変異が、他の臨床開発中の不可逆性EGFR阻害薬 (HKI-272やEKB-569など) に対しても同様の交差耐性を示すかどうかを個別に検証する必要がある。また、膜貫通ヘリックス変異が受容体の立体構造変化や下流シグナル活性化に及ぼす詳細な生物物理学的メカニズムの解明も残された課題である。さらに、本研究のin vitroモデルはEGFRシグナルの再活性化に焦点を当てており、腫瘍微小環境や他のバイパスシグナル経路を介した耐性獲得メカニズムを完全には模倣できていないというlimitationが存在するため、今後はin vivoモデルを用いたさらなる検証が必要である。

方法

本研究では、EGFR L858R/T790M二重変異を有するヒト肺腺がん細胞株H1975を用いて、CL-387,785耐性変異のスクリーニングを行った。まず、EGFRキナーゼドメインの全領域 (1,308 bp) を含むpCDNA3.1(-)-EGFR-L858R-T790M-HA (hemagglutinin) プラスミドを鋳型とし、50 µmol/LのMnCl2を添加した低忠実度PCR法により、ランダムな点変異を導入したDNAライブラリを作製した。この変異導入DNA断片を制限酵素Bsm BIおよびCla Iで消化し、元のプラスミドベクターに再結合させた。

次に、親株H1975細胞に変異ライブラリをFugene 6試薬を用いてトランスフェクションし、トランスフェクション24時間後にG418 (500 µg/mL) およびCL-387,785 (1 µmol/L) を含む選択培地へと交換した。約30日間の選択培養により出現した薬剤耐性コロニーをクローニングリングを用いて回収・拡大培養した。回収した耐性クローンからゲノムDNAを抽出し、EGFRキナーゼドメイン領域をPCR増幅して双方向シーケンス解析を行い、導入された変異を同定した。

同定された頻出変異 (E931G、L658P、L655H、H773L) および共有結合部位の変異であるC797S変異を、部位特異的変異導入法 (QuickChange mutagenesis kit) を用いて再構築し、H1975細胞に安定発現させた。これらの変異導入細胞株および親株H1975細胞を用いて、CL-387,785に対する感受性をMTSアッセイにより評価し、IC50値を算出した。各アッセイはn=6 replicatesで実施された。また、Annexin V/PI (propidium iodide) 染色を用いたフローサイトメトリー解析により、薬剤処理48時間後のアポトーシス誘導能を定量化した。さらに、細胞周期解析として、BrdUrd (bromodeoxyuridine) および 7-AAD (7-amino-actinomycin D) 染色を行った。

シグナル伝達解析として、各細胞株を種々の濃度のCL-387,785で3時間処理した後、EGF (100 ng/mL) で15分間刺激し、ウエスタンブロット法にてEGFR (pY1068)、AKT (pS473)、ERK (pT202/pY204) のリン酸化状態を解析した。代替治療戦略として、新規pan-ErbB阻害薬およびCDK4阻害薬の有効性を、MTSアッセイ、BrdUrd取り込みアッセイによる細胞周期解析、およびRb (retinoblastoma) タンパク質リン酸化 (Ser780、Ser795、Ser807/811) のウエスタンブロット解析により評価した。統計解析における生存曲線や増殖曲線の比較には、log-rank test (ログランク検定) を用いて有意差を算出した。