• 著者: Mark G. Kris, Bruce E. Johnson, Lynne D. Berry, David J. Kwiatkowski, A. John Iafrate, Ignacio I. Wistuba, Marc Ladanyi, Paul A. Bunn
  • Corresponding author: Mark G. Kris (Memorial Sloan Kettering Cancer Center, New York, NY)
  • 雑誌: JAMA
  • 発行年: 2014
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 24846037

背景

肺腺癌は全肺癌の最多亜型であり、米国では年間約13万例が新規診断される。2004年のEGFR変異同定以来、EGFR変異・ALK再構成をはじめとする発癌ドライバーに対する分子標的治療が臨床を変革し、Mok et al. NEnglJMed 2009などのランダム化比較試験でその優越性が確立されていた。具体的には、EGFR変異陽性患者に対するゲフィチニブと化学療法の比較試験 (IPASS試験) では、ゲフィチニブ群で無増悪生存期間 (PFS) のハザード比 (HR) が0.48と有意な改善が報告されている。しかし、2009年から2012年の時点では、KRAS、BRAF、HER2 (ERBB2)、PIK3CA、NRAS、MEK1、AKT1、MET増幅などのドライバーは個別の試験でしか検討されておらず、肺腺癌全体での共存頻度、複数ドライバー間の重複パターン、標的治療の実施率と生存への影響を前向き多施設コホートで包括的に示した研究は存在しなかった。このため、これらのドライバーの全体像を把握し、臨床的意義を評価するための大規模な研究が不足していた。

また、単一遺伝子の順次検査では、時間、組織消費、コストの問題があり、複数のドライバーを一度に検出するマルチプレックス検査の臨床導入可能性についても前向き多施設エビデンスが不足していた。特に、限られた腫瘍組織から複数の遺伝子変異を効率的に検出する技術の確立は、精密医療の実現に向けた重要な課題であった。LCMC (Lung Cancer Mutation Consortium) は、米国14施設が連携し、この問題に対処するため2009年に発足したコンソーシアムである。LCMCは、当時利用可能であったSequenom (MALDI-TOF mass spectrometry)、SNaPshot (multiplex single-nucleotide extension)、Sangerシーケンスなどの検査技術 (次世代シーケンサー (NGS) 普及前) を用い、KRAS、EGFR、ALK、ERBB2、BRAF、PIK3CA、MET、NRAS、MEK1、AKT1の10遺伝子を対象とした包括的な遺伝子検査を実施した。この取り組みは、複数のドライバー遺伝子を同時に評価し、その結果を治療選択に活用する、という精密医療の概念を大規模な臨床コホートで実証することを目的としていた。

本研究以前には、EGFR変異の同定に関するLynch et al. NEnglJMed 2004Paez et al. Science 2004といった画期的な報告があった。これらの研究は、単一のドライバー遺伝子変異が肺癌治療に与える影響を明らかにしたが、肺腺癌における複数の発癌ドライバーの全体像や、それらの同時検査の実現可能性については未解明な点が多かった。特に、限られた組織検体から効率的に多数のドライバーを検出するマルチプレックス検査の臨床的有用性と、それに基づく標的治療の生存期間への影響を大規模かつ前向きに評価した研究は不足しており、この知識のギャップを埋めることが喫緊の課題であった。

目的

本研究の主要目的は、転移性肺腺癌患者において、10遺伝子マルチプレックス検査による発癌ドライバーの検出頻度を明らかにすることである。さらに、全10遺伝子検査の実施可能性を多施設共同研究として実証し、限られた腫瘍組織からの包括的な遺伝子プロファイリングの実現可能性を示すことも目的とした。二次目的として、同定されたドライバー遺伝子変異に基づいた標的治療が、患者の全生存期間 (OS) に与える影響を検討することであった。これにより、遺伝子型に基づいた治療選択が患者の予後改善に寄与するかどうかを評価し、精密医療の臨床的有用性に関するエビデンスを確立することを目指した。

結果

ドライバー検出率: 全10遺伝子評価733例中64%に検出 全10遺伝子評価を完了した733例中、466例 (64%、95% CI 60-67%) に少なくとも1つの発癌ドライバーが検出された。少なくとも1遺伝子が評価された1,007例では、62% (95% CI 59-65%) にドライバーが検出された。各遺伝子の検出頻度 (全10遺伝子評価733例中) は、KRAS変異が25% (n=182 patients) で最も多く、次いで感受性EGFR変異 (exon 19欠失、L858R、G719X、L861Q) が17% (n=122 patients) であった。ALK再構成は8% (n=57 patients)、その他のEGFR変異 (exon 20挿入など、非感受性) は4% (n=29 patients) であった。2遺伝子以上の重複ドライバーは3% (n=24 patients) に認められた。ERBB2変異 (全exon 20挿入) は3% (n=19 patients)、BRAF変異は2% (n=16 patients、うちV600Eが12例)、PIK3CA変異は1%未満 (n=6 patients)、MET増幅は1%未満 (n=5 patients)、NRAS変異は1%未満 (n=5 patients)、MEK1変異は1%未満 (n=1 patient) であり、AKT1変異は検出されなかった (n=0 patients)。EGFR感受性変異の内訳は、exon 19欠失が10% (n=68 patients)、L858Rが6% (n=47 patients) であった。重複ドライバー24例のうち20例 (83%) は、PIK3CA変異 (n=12 patients) またはMET増幅 (n=8 patients) を含んでいた。これらの結果は、ドライバー間の相互排他性が高く、単一ドライバーが腫瘍形成に規律的に機能するという「oncogene addiction」の概念を多施設規模で支持するものであった (Table 2)。

標的治療の実施率と各ドライバー別治療選択: ドライバーが検出された466例のうち、275例 (59%) が標的治療を受けた。全適格患者1,007例の28% (95% CI 24-30%) が何らかの標的治療を受けたことになる。EGFR感受性変異陽性患者175例中146例 (83%) がエルロチニブなどのEGFR-TKIを受療し、そのうち130例はエルロチニブ単剤であった。ALK再構成陽性患者80例中52例 (65%) がクリゾチニブによる治療を受けた。その他のEGFR変異陽性患者35例中23例 (66%)、ERBB2変異陽性患者23例中11例 (48%) が標的治療を受けた。KRAS変異陽性患者245例中22例 (9%) は主に臨床試験に参加した。MET増幅陽性患者6例中3例 (50%)、BRAF変異陽性患者18例中3例 (17%、V600Eが2例) が標的治療を受けた。これらのデータは、各ドライバーに対する治療選択が臨床現場で積極的に行われていたことを示している (Table 2)。

生存への影響: 標的治療群でOS中央値3.5年 vs 非治療群2.4年 (HR 0.69、P=.006): 全938例 (生存情報あり) のOS中央値は2.7年 (95% CI 2.4-2.9年) であった (Figure 1A)。ドライバー陽性かつ標的治療を受けた群 (n=260 patients、111死亡) のOS中央値は3.5年 (IQR 1.96-7.70年) であった。一方、ドライバー陽性だが標的治療を受けなかった群 (n=318 patients、169死亡) のOS中央値は2.4年 (IQR 0.88-6.20年) であった。ドライバーが検出されなかった群 (n=360 patients) のOS中央値は2.1年 (95% CI 1.84-2.46年) であった。これら3群間の比較では、統計的に有意な差が認められた (P<.001、ログランク検定)。傾向スコア調整Cox回帰分析 (性別、年齢、PS、喫煙歴、病期、前治療、登録タイミングを調整) の結果、ドライバー陽性かつ標的治療を受けた群は、ドライバー陽性だが標的治療を受けなかった群と比較して、死亡リスクが有意に低かった (HR 0.69, 95% CI 0.53-0.90, P=.006)。全10遺伝子評価群においても同様の結果が得られ、標的治療群 (n=190 patients) のOS中央値は3.5年、非治療群 (n=248 patients) のOS中央値は2.5年であった (P<.001、eFigure 4 in the Supplement)。

5つの主要ドライバー別OS中央値 (Figure 2B、標的治療群): 標的治療を受けた患者における5つの主要ドライバー別のOS中央値は以下の通りであった。EGFR感受性変異陽性群 (n=146 patients) ではOS中央値3.78年 (95% CI 2.77-NR)、その他のEGFR変異陽性群 (n=23 patients) ではOS中央値2.70年 (95% CI 1.42-NR)、ALK再構成陽性群 (n=52 patients) ではOS中央値NR (95% CI 2.80-NR)、KRAS変異陽性群 (n=22 patients) ではOS中央値4.85年 (95% CI 1.30-NR)、重複ドライバー陽性群 (n=15 patients) ではOS中央値2.69年 (95% CI 1.94-NR) であった。これら5つのドライバー間でのOS中央値に統計的に有意な差は認められなかった (P=.32)。特に、ALK再構成陽性でクリゾチニブ治療を受けた群では、観察期間内でOS中央値に達しない長期生存例が含まれており、クリゾチニブの高い効果が示唆された。

感度分析: EGFR/ALK除外解析での非EGFR/ALK ドライバー+標的治療群: EGFRおよびALK以外のドライバー変異を有し、標的治療を受けた49例のOS中央値は4.9年であった。これに対し、ドライバー変異があるものの標的治療を受けなかった318例のOS中央値は2.4年、ドライバー変異が検出されなかった360例のOS中央値は2.1年であった (P=.14、有意差なし)。転移性疾患診断から6ヶ月以内に登録された患者のみを対象とした解析 (n=442 patients) では、ドライバー陽性かつ標的治療を受けた189例のOS中央値は2.7年であり、ドライバー陽性だが標的治療を受けなかった253例のOS中央値1.5年と比較して有意な改善が認められた (P<.001)。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究は、これまでの単一遺伝子検査では捉えきれなかった、複数のドライバー遺伝子の共存状況や相互排他性を包括的に評価した点で、先行研究と大きく異なる。また、多施設共同研究として、CLIA認定環境下でのマルチプレックス検査の実現可能性を実証したことは、その後の包括的ゲノムプロファイリング (CGP) 検査の臨床導入に向けた重要な基盤を築いた。Lynch et al. NEnglJMed 2004Paez et al. Science 2004といったEGFR変異に関する初期の報告はあったものの、本研究のように多種類のドライバーを同時に評価し、その臨床的意義を大規模コホートで検証した研究は他に類を見ない。

新規性: 本研究で初めて、次世代シーケンサー (NGS) が普及する以前の時代において、10遺伝子マルチプレックス検査により「肺腺癌の64%にアクショナブルなドライバーが存在する」という包括的事実を、大規模な前向き多施設コホートで示した。単施設や単一遺伝子を対象とした先行研究と比較して、LCMCコンソーシアムのアプローチにより、ドライバー全体の分布、重複パターン、治療実施率、そして生存への影響を一貫して示した点が本研究の独自の貢献である。特に、ドライバー間の相互排他性 (2ドライバー重複はわずか3%) という特性は、各ドライバーが独立した腫瘍形成機序を担う「oncogene addiction」の概念を大規模なデータで支持するものであり、その後の精密医療の発展において重要な知見であった。

臨床応用: 本研究では、ドライバー陽性かつ標的治療を受けた群のOS中央値が3.5年であったのに対し、ドライバー陽性だが標的治療を受けなかった群のOS中央値は2.4年であり、傾向スコア調整後ハザード比0.69 (95% CI 0.53-0.90, P=.006) と、統計的に有意な生存期間の改善が認められた。この結果は、遺伝子型に基づいた標的治療が患者の予後を改善する可能性を示唆しており、精密医療の臨床的有用性を裏付ける概念実証 (proof of concept) となる。この知見は、その後のEGFR-TKIやALK阻害薬の個別ランダム化比較試験 (例: Kwak et al. NEnglJMed 2010Soda et al. Nature 2007) での優越性確立の前駆的な位置づけとなった。また、KRAS変異 (25%) に対する標的治療がなかった当時の状況は、その後のソトラシブやアダグラシブといったKRAS G12C阻害薬の開発の背景として、本研究の臨床的意義が再認識された。

残された課題: 本研究は非ランダム化試験であるため、選択バイアスが介在する可能性が残された課題として挙げられる。標的治療群は、PS良好 (PS 0: 40% vs 33%)、年齢が若い (中央値62歳 vs 65歳)、never smokerの比率が高い (59% vs 22%) など、予後良好因子を有する患者が多かった (Table 1)。傾向スコア調整を行ったものの、既知または未知の交絡因子を完全に除去できたとは限らない。著者らも「ランダム化試験が生存改善の確定に必要である」と明示しており、本研究は精密医療の概念実証であって、最終的な有効性の証明ではない。また、研究開始当初は生検が診断目的で行われることが多く、組織不足により28%の患者が不適格となったこともlimitationである。しかし、この状況はEGFRやALKの検査が治療ガイドラインの一部となった現在では大きく改善されている。今後の検討課題として、希少ドライバーに対する新たな標的治療薬の開発と、それらの有効性を検証するランダム化比較試験の実施が挙げられる。

方法

試験デザインと患者: 2009年から2012年にかけて、米国14施設で実施された前向き多施設コホート研究である。対象患者は、Stage IVまたは再発の肺腺癌患者で、SWOG (Southwest Oncology Group) パフォーマンスステータスが0から2であり、書面による同意を取得した。十分な腫瘍組織が確保できることが適格基準であった。腺扁平上皮癌は除外された。合計1,537例が登録され、1,102例が適格と判断された。主な除外理由は腫瘍組織不足または腺癌の確認不可であった。最終解析には、少なくとも1遺伝子が評価された1,007例、および全10遺伝子が評価完了した733例が含まれた。患者背景は、女性60%、PS 0-1が89%、never smokerが34%、診断時Stage IVが64%であった。年齢中央値は63歳 (IQR 55〜70歳) であった。

検査方法: 腫瘍組織の遺伝子検査は、EGFR変異を最優先とし、次いでKRAS、ERBB2、AKT1、BRAF、MEK1、NRAS、PIK3CA、そしてALK再構成とMET増幅 (FISH法) の順で実施された。遺伝子変異検出には、Sequenom (MALDI-TOF mass spectrometry)、SNaPshot (multiplex single-nucleotide extension)、Sangerシーケンス (PNA (peptide nucleic acid) プローブ法) の3つのプラットフォームが用いられ、各施設でCLIA (Clinical Laboratory Improvement Amendments) 認定下で実施された。FISH法は、ALK再構成 (100 cells/slide) とMET増幅 (MET/CEP7比 >2.2) の検出に用いられた。FFPE組織からの少量DNA (Sequenomで約200ng、SNaPshotで約120ng) でも検査が可能であることが実証された。各施設でCLIA認定環境下で検査が実施され、盲検化されたサンプルを用いた施設間およびアッセイ間の精度管理も行われた。

生存解析: 全生存期間 (OS) は、転移性疾患診断日を起算日として定義された。生存曲線はKaplan-Meier法を用いて算出され、群間比較にはログランク検定が用いられた。標的治療の受療群と非受療群の比較には、多変量Cox比例ハザードモデルと傾向スコア (propensity score) 調整が適用された。傾向スコア調整変数には、性別、年齢、PS、喫煙歴、診断時病期、前治療歴 (手術、放射線療法、化学療法)、転移性疾患診断から研究登録までの経過時間が含まれた。調整済みハザード比 (HR) と95%信頼区間 (CI) が報告された。統計解析にはR (Rproject, Institute for Statistics and Mathematics), version 3.0.2が使用された。全イベント数は456例生存、482例死亡であり、追跡期間中央値は1.67年であった。