- 著者: Kris MG, Camidge DR, Giaccone G, Hida T, Li BT, O’Connell J, Taylor I, Zhang H, Arcila ME, Goldberg Z, Jänne PA
- Corresponding author: Mark G. Kris (Memorial Sloan Kettering Cancer Center, New York, NY, USA)
- 雑誌: Annals of Oncology
- 発行年: 2015
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 25899785
背景
HER2 (ERBB2) 異常は肺腺癌における重要な発癌ドライバーとして確立されており、HER2変異は肺腺癌全体の 1-4%、HER2増幅は 2-5% に認められる。HER2変異の大部分はキナーゼドメインのエクソン20挿入変異であり、EGFR変異やKRAS変異とは相互排他的に生じる。これらの変異は構成的なHER2キナーゼ活性化をもたらし、理論的に薬剤感受性の基盤となると考えられてきた。例えば、Stephens et al. Nature 2004は、HER2のイントロン内キナーゼドメイン変異が肺癌で同定され、EGFRやKRAS変異とは相互排他的であると報告した。また、先行研究であるArcila et al. (Clin Cancer Res 2012) は、HER2チロシンキナーゼ変異の有病率、臨床病理学的関連、および分子スペクトルについて詳細に報告している。さらに、Cancer et al. Nature 2014は、肺腺癌の包括的な分子プロファイリングにおいてHER2異常が重要なドライバーであることを強調している。
2015年当時、HER2変異肺癌に対する確立された治療法は不足しており、治療選択肢は極めて限られていた。Mazieres et al. (J Clin Oncol 2013) の後ろ向きシリーズでは、アファチニブ、ラパチニブ、ネラチニブなどのHER2キナーゼ阻害薬が、特にYVMA変異 (p.A775_G776insYVMA) を有する患者に奏効をもたらす可能性が示唆された。しかし、これらの報告では化学療法との併用が多く、薬剤単独での効果を正確に評価することは困難であったため、HER2変異または増幅を有する肺癌患者を対象とした、HER2標的療法の前向き分子選択試験が強く求められていた。この領域には、特定のHER2異常サブタイプが薬剤感受性にどのように影響するかという知識ギャップ (knowledge gap) が残されており、この点が未解明であった。特に、HER2変異の多様性が治療反応に与える影響については、まだ十分に理解されておらず、前向きな臨床試験データが圧倒的に不足しているという課題が存在した。
ダコミチニブ (PF-00299804) は、HER2、EGFR (HER1)、およびHER4チロシンキナーゼを不可逆的に阻害するpan-HER阻害薬である。前臨床試験では、ダコミチニブがHER2エクソン20挿入変異またはHER2増幅陽性の細胞株において抗腫瘍活性を示すことが報告されていた (Engelman et al. Cancer Res 2007)。ダコミチニブは、EGFRドライバー変異陽性肺癌患者を対象とした第II相試験で顕著な成功を収めており、奏効率 76%、PFS中央値 18ヶ月という良好な成績を示していた (Janne et al. Lancet Oncol 2014)。この成功は、HER2異常を有する肺癌患者においても同様の有効性が期待される根拠となっていた。
本試験は、HER2変異または増幅で分子選択された肺癌患者を対象とした、史上初のHER2標的療法に関する前向き第II相試験として位置づけられる。特に、次世代シーケンシング (NGS) の普及前夜において、多重アッセイを用いた分子選択の実行可能性を実証する意義も持つ試験であった。Kris et al. JAMA 2014は、多重アッセイが肺癌における発癌ドライバーの同定に有用であることを示しており、本研究はその知見をHER2異常に適用するものであった。この研究は、HER2異常が「アクション可能な」標的であるという仮説を検証し、特定のHER2異常サブタイプにおけるダコミチニブの有効性と安全性を評価することを目的とした。これまでの報告では、HER2異常の多様性と、それらが薬剤感受性に与える影響については未解明な点が多かったため、本研究はこれらの知識ギャップを埋める上で重要な一歩となった。
目的
本研究の目的は、HER2変異 (主にエクソン20挿入変異) またはHER2増幅 (HER2/CEP17比≥2) を有する進行期 (Stage IIIB/IV) 肺腺癌患者において、pan-HERチロシンキナーゼ阻害薬であるダコミチニブ 45 mg/日の有効性 (奏効率、無増悪生存期間 [PFS]、全生存期間 [OS]) と安全性を評価することである。さらに、HER2異常のサブタイプごとにダコミチニブに対する感受性パターンを探索し、特定の変異が治療反応に与える影響を明らかにすることも重要な目的であった。本試験は、HER2異常を標的とした治療の臨床的有用性を前向きに評価する初の試みとして、その結果が将来の治療戦略の指針となることが期待された。特に、HER2変異の多様性が治療反応にどのように影響するかという、当時未解明であった課題に対する知見を得ることを目指した。この研究は、HER2エクソン20挿入変異がアクション可能な標的であるという仮説を検証し、特定のHER2駆動型肺癌におけるHER2標的薬のさらなる研究を正当化するものである。本研究は、HER2異常を有する肺癌患者に対するダコミチニブの臨床的有効性を評価し、HER2変異サブタイプと治療反応との関連性を解明することで、個別化医療の進展に貢献することを目指した。
結果
HER2変異コホートにおける奏効結果と変異サブタイプ依存性: HER2変異を有する 26 例の患者における部分奏効率 (PR) は 12% (3/26、95% CI 2-30%) であった (Table 1)。治療効果の評価において、奏効が確認された 3 例の内訳は、9 bp挿入変異 (p.P780_Y781insGSP、アミノ酸配列変化: p.G778_P780dup) を有する 2 例 (奏効期間はそれぞれ 14 ヶ月および 11 ヶ月) と、エクソン20 indel変異 (p.M774delinsWLV) を有する 1 例 (奏効期間は 3+ ヶ月) であった (Table 1)。特に、9 bp挿入変異の 2 例は同一のアミノ酸変化を示し、それぞれ 27 ヶ月および 25+ ヶ月以上の最長生存期間を達成した。これらの結果は、特定のHER2エクソン20挿入変異がダコミチニブに対して良好な感受性を示すことを明確に示した (Fig 1)。一方、最も頻度の高い変異型であるYVMA 12 bp挿入変異 (p.A775_G776insYVMA) を有する 13 例では、ダコミチニブによる奏効は全く認められなかった (0%、95% CI 0-25%)。V777Lミスセンス変異の 1 例でも奏効は確認されなかった。これらの結果は、HER2エクソン20変異陽性肺癌という包括的な分類が、個々の薬剤感受性を正確に反映しないことを初めて明確に示したデータである。
HER2増幅コホートにおける奏効結果と生存期間: HER2増幅を有する 4 例の患者では、ダコミチニブによる部分奏効は認められず、奏効率は 0% (0/4、95% CI 0-60%) であった (Fig 1)。HER2/CEP17比が最高値である 17 を示した 1 例は、22 ヶ月と比較的長い生存期間を示したが、残りの 3 例の生存期間は 5 ヶ月、7 ヶ月、15 ヶ月であった。HER2増幅コピー数と治療効果との明確な関係は、少数例であるため確定的な結論を導き出すことは困難であった。HER2増幅患者 4 例の無増悪生存期間 (PFS) は、それぞれ 1 ヶ月、1 ヶ月、5 ヶ月、5 ヶ月であり、PFS中央値は極めて短かった。この結果は、HER2増幅単独ではダコミチニブに対する感受性が低い可能性を示唆している。
生存アウトカムおよび予後因子: HER2変異コホートにおける無増悪生存期間 (PFS) 中央値は 3 ヶ月 (95% CI 2-4 ヶ月) であった (Fig S1)。全生存期間 (OS) 中央値は 9 ヶ月 (95% CI 7-21 ヶ月) であり、1年生存率は 44% (95% CI 25-62%) であった (Fig S1)。奏効を示した患者の長期生存 (27 ヶ月、25+ ヶ月以上) は、特定のサブタイプに対するダコミチニブの持続的な有効性を示唆する一方で、非奏効例における急速な疾患進行が全体のPFSおよびOS中央値を押し下げたと考えられる。この生存期間のばらつきは、HER2変異の多様性が臨床転帰に大きく影響することを示している。
安全性プロファイルと薬物相互作用による死亡: 全 30 例の患者における主な治療関連有害事象は、下痢 (90%、Grade 3/4: 20%/3%)、皮膚炎 (73%、Grade 3: 3%)、疲労 (57%、Grade 3: 3%) であった。Grade 4の下痢が 1 例報告されたが、Grade 4の皮膚炎は認められなかった。治療関連毒性により、17% の患者で投与量減量が必要となり、13% の患者で投与中止に至った。また、薬物相互作用による致死的事象が 1 件発生した。この患者は、ダコミチニブ投与開始6日後からチトクロームP450 2D6 (CYP2D6) の基質である抗うつ薬ミルタザピンを併用したところ、ダコミチニブの強力なCYP2D6阻害作用によりミルタザピンの血中濃度が予測値の 26 倍に上昇し、重篤な肝不全を発症、投与13日後に死亡した。
EGFRドライバー変異コホートとの治療成績比較: 同試験のEGFRコホート (感受性変異陽性) における奏効率 76% vs HER2変異コホートの奏効率 12% (3/26)、およびPFS中央値 18 ヶ月 vs 3 ヶ月 (95% CI 2-4 ヶ月) と、HER2変異コホートの成績は著しく劣っていた。この大きな差は、薬剤のHER2に対するキナーゼ阻害特性の差異、HER2変異の多様性、およびPI3K/mTOR経路などの後方経路の活性化を含む複合的な要因によると考えられる。この比較は、HER2変異肺癌の治療がEGFR変異肺癌と比較して依然として課題が多いことを示唆している。
考察/結論
本研究は、HER2変異または増幅を有する肺癌患者を対象とした世界初のHER2標的療法に関する前向き第II相試験として、HER2エクソン20の特定サブタイプ (9 bp挿入変異) に対するダコミチニブの持続的奏効を実証した点で歴史的意義を持つ。
先行研究との違い: 本研究の結果は、neratinib単剤ではHER2変異肺癌での奏効が報告されなかった先行研究 (Besse et al. Ann Oncol 2014) と異なり、ダコミチニブが特定のサブタイプに対して持続的な奏効を示した。また、Mazieres et al. (J Clin Oncol 2013) の後ろ向き報告ではYVMA変異に対するアファチニブの奏効が示唆されたのに対し、本試験ではダコミチニブがYVMA変異に奏効を示さなかった点も対照的である。これらの違いは、HER2変異肺癌の治療において、薬剤選択の個別化が極めて重要であることを示唆している。
新規性: 本研究は、HER2変異または増幅で分子選択した肺癌患者を対象とした世界初の第II相試験であり、HER2エクソン20挿入変異の特定のサブタイプ (9 bp挿入変異であるp.P780_Y781insGSP) がダコミチニブに感受性を示すことを本研究で初めて明確に示した。この知見は、HER2変異肺癌の治療戦略を個別化する上で新規の基盤を提供する。
臨床応用: 本研究の結果は、HER2エクソン20挿入変異が治療標的となり得ることを検証し、HER2駆動型肺癌に対する標的療法の臨床応用を推進する上で重要な臨床的意義を持つ。特に、特定の変異サブタイプに焦点を当てた治療戦略の必要性を示唆しており、将来の臨床現場における分子診断の重要性を強調する。
残された課題: 今後の検討課題として、HER2変異のサブタイプ別精密分類の確立、NGSパネルによる網羅的なHER2変異同定、エクソン20以外の変異への対応、およびADC (抗体薬物複合体) とTKIの最適使用シークエンスの決定が残されている。また、本研究は探索的な試験であり、HER2コホートに特化した主要評価項目やサンプルサイズが事前に定義されていなかったというlimitationも存在する。
方法
本研究は、多施設共同前向き単アーム第II相臨床試験 (phase II trial) の事前設定コホートとして実施された。対象患者は、CLIA (Clinical Laboratory Improvement Amendments) 認定施設でのFISH (蛍光in situハイブリダイゼーション) または多重遺伝子パネルシーケンシングにより、HER2変異またはHER2増幅が確認された病理学的に確定されたStage IIIBまたはIVの肺腺癌患者であった。主要な適格基準には、ECOG Performance Status 0-2、RECIST 1.0に基づく測定可能病変の存在が含まれた。HER2変異は、エクソン20の挿入変異 (12 bp、9 bp、3 bpなど)、欠失、点変異を含むものと定義された。HER2増幅は、FISH法によりHER2遺伝子シグナル数と第17番染色体セントロメア (centromere of chromosome 17: CEP17) シグナル数の比であるHER2/CEP17比が 2.0 以上と定義された。
合計 30 例の患者が登録され、内訳はHER2変異患者 26 例、HER2増幅患者 4 例であった。ダコミチニブは、前治療歴のない 5 例には開始用量 30 mg/日、その他の患者には 45 mg/日を1日1回経口投与し、28日を1サイクルとして疾患進行または許容できない毒性が生じるまで継続された。腫瘍評価は、ベースライン時、投与開始後4週、8週、その後は8週ごとにRECIST 1.0に従って実施された。主要評価項目 (primary endpoint) は部分奏効率 (PR) であり、副次評価項目として無増悪生存期間 (progression-free survival: PFS)、全生存期間 (overall survival: OS)、および治療関連毒性が評価された。試験登録期間は2011年1月から2013年2月までであり、データカットオフは2014年5月30日であった。本試験はClinicalTrials.govに試験ID: NCT00818441として登録されている。また、本試験はLung Cancer Mutation Consortium (LCMC) プロジェクト (NCT0114286) と連携して実施され、28 例の患者がLCMCサイトから登録された。
HER2変異の詳細はTable 1に示されており、13 例が最も一般的な 12 bp挿入変異 (p.A775_G776insYVMA、YVMA変異) を有していた。その他、9 bp挿入変異が 4 例、3 bp挿入変異が 3 例、indel変異が 2 例、ミスセンス変異 (V777L) が 1 例であった。HER2変異とHER2増幅の関連を評価するため、HER2変異患者のうち 10 例でFISH検査が実施されたが、全例でHER2増幅は認められなかった (HER2/CEP17比<2.0)。統計解析にはKaplan-Meier法が用いられ、生存曲線の推定が行われた。すべての統計解析はSAS version 9.1.3を使用して実施された。本研究は探索的な試験であり、HER2コホートに特化した主要評価項目、試験結果、またはサンプルサイズ (sample size calculation) は事前に定義されていなかった。分子選択は、CLIA認定施設でのFISHまたは多重遺伝子パネルシーケンシングによって行われた。Frampton et al. NatBiotechnol 2013が報告したような、次世代シーケンシングに基づく包括的なゲノムプロファイリングテストの開発と検証は、本研究のような分子選択試験の基盤を形成した。