- 著者: Egbert F Smit, Enriqueta Felip, Dipesh Uprety, Misako Nagasaka, Kazuhiko Nakagawa, Luis Paz-Ares Rodríguez, Jose M Pacheco, Bob T Li, David Planchard, Christina Baik, Yasushi Goto, Haruyasu Murakami, Andreas Saltos, Kaline Pereira, Ayumi Taguchi, Yingkai Cheng, Qi Yan, Wenqin Feng, Zenta Tsuchihashi, Pasi A Jänne
- Corresponding author: Egbert F Smit (Department of Pulmonary Diseases, Leiden University Medical Center, Leiden, Netherlands)
- 雑誌: Lancet Oncology
- 発行年: 2024
- Epub日: 2024-04-01
- Article種別: Original Article
- PMID: 38547891
背景
非小細胞肺癌 (NSCLC: non-small-cell lung cancer) において、ヒト上皮成長因子受容体2 (HER2: human epidermal growth factor receptor 2) の過剰発現は約8%から23%の患者で報告されている。しかし、肺癌におけるHER2過剰発現の定義や、その検出のための免疫組織化学染色 (IHC: immunohistochemistry) の評価基準は標準化されておらず、依然として未確立な領域である。HER2過剰発現は予後不良因子であり、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (TKI: tyrosine kinase inhibitor) に対する耐性獲得機序にも関与していることが既報で示唆されている。これまで、HER2過剰発現を有するNSCLC患者に対して承認されたHER2標的治療薬は存在せず、治療選択肢が不足しているという深刻な臨床的課題があった。
先行研究において、HER2標的抗体薬物複合体 (ADC: antibody-drug conjugate) である trastuzumab emtansine (T-DM1) の有効性が検討されたが、十分な抗腫瘍活性はIHC 3+の一部の症例に限定され、IHC 2+の症例では効果が認められなかったことが Peters et al. ClinCancerRes 2019 により報告されている。また、化学療法にトラスツズマブを上乗せする併用療法も臨床的ベネフィットを示さず、有効な治療法が不足していた。
一方で、新規のHER2標的ADCである trastuzumab deruxtecan (T-DXd) は、HER2遺伝子変異を有するNSCLC患者を対象としたDESTINY-Lung01試験のコホート2において、良好な抗腫瘍活性と持続的な奏効を示したことが Li et al. NEnglJMed 2022 で示されている。さらに、ランダム化第2相試験であるDESTINY-Lung02試験においても、HER2変異陽性NSCLCに対するT-DXdの有効性と安全性が Goto et al. JClinOncol 2023 によって実証されている。しかし、HER2遺伝子変異を伴わない、純粋なHER2過剰発現 (IHC 3+または2+) を有する進行NSCLCに対するT-DXdの最適な投与量や有効性、安全性プロファイルについては未解明であり、臨床データが不足していた。この治療ギャップを埋めるため、HER2過剰発現コホートにおける前向きな臨床評価が強く求められていた。
目的
本研究の目的は、標準治療後に再発した、または標準治療がない、HER2遺伝子変異を有さないHER2過剰発現 (IHC 3+または2+) の切除不能または転移性非扁平上皮NSCLC患者を対象として、トラスツズマブ デルクステカン (T-DXd) の2つの異なる用量、すなわち6.4 mg/kg (コホート1) および5.4 mg/kg (コホート1A) の抗腫瘍活性および安全性を評価することである。主要評価項目として、独立中央判定 (BICR: blinded independent central review) による確認された客観的奏効率 (ORR: objective response rate) を設定し、副次評価項目として、病勢コントロール率 (DCR: disease control rate)、奏効期間 (DOR: duration of response)、無増悪生存期間 (PFS: progression-free survival)、全生存期間 (OS: overall survival)、および安全性を評価し、HER2過剰発現NSCLCに対するT-DXdの臨床的有用性を明らかにすることを目的とする。
結果
患者背景と治療曝露状況: コホート1 (6.4 mg/kg群) に49例、コホート1A (5.4 mg/kg群) に41例が登録された (Table 1)。年齢中央値はコホート1で 63.0歳 (IQR 58.0-68.0)、コホート1Aで 62.0歳 (IQR 56.0-66.0) であった。女性の割合はそれぞれ 39% (19/49例) および 46% (19/41例) であった。前治療ライン数の中央値は両コホートともに 3 (IQR 2-4) であり、プラチナ製剤による前治療歴は 92% (45/49例) および 98% (40/41例)、抗PD-1/PD-L1抗体による前治療歴は 73% (36/49例) および 80% (33/41例) と、極めて重度の既治療集団であった (Table 1)。データカットオフ時点において、治療期間中央値はコホート1で 4.1か月 (IQR 1.4-7.1)、コホート1Aで 5.5か月 (IQR 1.4-8.7) であった (Fig 1)。
主要評価項目である客観的奏効率と腫瘍縮小効果: 独立中央判定 (BICR) による確認された客観的奏効率 (ORR) は、コホート1 (6.4 mg/kg群) で 26.5% (95% CI 15.0-41.1; 13/49例、すべて部分奏効) であった (Table 2)。一方、コホート1A (5.4 mg/kg群) では 34.1% (95% CI 20.1-50.6; 14/41例、完全奏効 2例、部分奏効 12例) であり、両用量において良好な抗腫瘍活性が確認された (Table 2)。病勢コントロール率 (DCR) は、コホート1で 69.4% (95% CI 54.6-81.8)、コホート1Aで 78.0% (95% CI 62.4-89.4) であった。奏効期間 (DOR) の中央値は、コホート1で 5.8か月 (95% CI 4.3-NE)、コホート1Aで 6.2か月 (95% CI 4.2-9.8) であり、奏効は持続的であった (Fig 2)。
無増悪生存期間および全生存期間の解析: BICR判定による無増悪生存期間 (PFS) 中央値は、コホート1で 5.7か月 (95% CI 2.8-7.2) vs コホート1Aで 6.7か月 (95% CI 4.2-8.4) であった (Fig 3)。全生存期間 (OS) 中央値は、コホート1で 12.4か月 (95% CI 7.8-17.2) vs コホート1Aで 11.2か月 (95% CI 8.4-NE) であった (Fig 3)。この重度既治療集団における生存成績は、歴史的対照であるドセタキセルの成績と比較して良好であった。参考として、既治療非扁平上皮NSCLCに対するドセタキセルの有効性を検証した第3相試験 Borghaei et al. NEnglJMed 2015 において、全体集団でのニボルマブ群 vs ドセタキセル群の生存ベネフィットは HR 0.73 (95% CI 0.59-0.89, p=0.002) であり、無増悪生存期間のハザード比は HR 0.92 (95% CI 0.77-1.11, p=0.39) であった。また、前治療1ラインのサブグループにおける生存ベネフィットは HR 0.70 (95% CI 0.56-0.88, p=0.001) であった。
安全性プロファイルと用量による毒性の差異: 薬物関連のグレード3以上の有害事象 (TEAE: treatment-emergent adverse event: 治療発現有害事象) は、コホート1 (6.4 mg/kg群) の 53% (26/49例) に対し、コホート1A (5.4 mg/kg群) では 22% (9/41例) と、低用量群で約半減した (Table 3)。最も頻度の高かったグレード3以上の薬物関連TEAEは好中球減少症であり、コホート1で 24% (12/49例) に認められたのに対し、コホート1Aでは 0% (0/41例) であった。全グレードにおいて最も頻度の高いTEAEは悪心 (コホート1: 59% vs コホート1A: 73%)、疲労 (59% vs 71%)、食欲減退 (45% vs 46%) であった (Table 3)。薬物関連TEAEによる治療中止は、コホート1で 16% (8/49例) vs コホート1Aで 7% (3/41例) であった。
間質性肺疾患および肺臓炎の発生状況: 独立判定委員会によって薬物関連と判定された間質性肺疾患 (ILD) または肺臓炎の発生率は、コホート1 (6.4 mg/kg群) で 20% (10/49例; グレード1が 2例、グレード2が 5例、グレード5が 3例) であった。これに対し、コホート1A (5.4 mg/kg群) では 5% (2/41例; グレード2が 1例、グレード5が 1例) であり、5.4 mg/kg用量においてILDの発生率および重症度が顕著に抑制されていた。なお、コホート1Aにおいて、データカットオフ後にグレード4の肺臓炎を発症し、その後に死亡した1例が追加で薬物関連のグレード5 ILDと判定された。ILD発症までの中央値は、コホート1で 103.0日 vs コホート1Aで 40.5日であった。グレード2以上のILDを発症した患者は全例でステロイド治療を受けた。
バイオマーカーおよびサブグループ解析: 探索的バイオマーカー解析において、ctDNA解析が実施された86例中、EGFR変異はコホート1で 21% (10/47例)、コホート1Aで 15% (6/39例) に認められ、KRAS変異はそれぞれ 15% (7/47例) および 33% (13/39例) に認められた (Fig 2)。FISH法によるHER2遺伝子増幅は、コホート1の 34% (13/38例)、コホート1Aの 24% (9/37例) に認められた。サブグループ解析の結果、T-DXdの抗腫瘍活性は、HER2 IHCスコア (3+ vs 2+)、HER2遺伝子増幅の有無、EGFRまたはKRAS遺伝子変異の有無、およびベースラインの脳転移の有無に関わらず、一貫して観察された (Fig 2)。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、過去に実施されたHER2標的治療薬の臨床試験と異なり、HER2遺伝子変異を有さないHER2過剰発現 (IHC 3+または2+) の進行非扁平上皮NSCLC患者において、T-DXdが極めて良好かつ持続的な抗腫瘍活性を示すことを実証した。先行研究である T-DM1 の試験 Peters et al. ClinCancerRes 2019 では、IHC 3+の患者にのみ限定的な活性が認められ、IHC 2+の患者では奏効が得られなかった。これに対し、本試験ではIHC 3+だけでなくIHC 2+の患者においても良好な奏効が観察された点が決定的に異なる。また、従来のトラスツズマブと化学療法の併用療法が臨床的ベネフィットを示さなかったことに対しても、本薬は単剤で優れた治療効果を示した。
新規性: 本研究で初めて、HER2遺伝子変異のないHER2過剰発現進行NSCLCにおいて、T-DXdの2つの用量 (5.4 mg/kgおよび6.4 mg/kg) の有効性と安全性が前向きに比較評価された。特に、5.4 mg/kg用量 (コホート1A) が、6.4 mg/kg用量 (コホート1) と同等以上の有効性 (ORR 34.1% vs 26.5%、PFS中央値 6.7か月 vs 5.7か月) を維持しつつ、グレード3以上の薬物関連有害事象 (22% vs 53%) やILD/肺臓炎の発生率 (5% vs 20%) を劇的に低減させることを新規に明らかにした。
臨床応用: 本知見の臨床的意義は極めて大きい。これまで有効な治療法が存在しなかった重度既治療のHER2過剰発現NSCLC患者に対し、T-DXd 5.4 mg/kg が新たな標準治療の選択肢となり得ることを示している。これは、HER2変異陽性NSCLCにおいて確立された標準用量である 5.4 mg/kg が、HER2過剰発現サブセットにおいても最適な用量であることを支持する強力なエビデンスである。臨床現場において、HER2過剰発現を新たなバイオマーカーとして定義し、個別化医療を推進するための基盤となる。
残された課題: 今後の課題として、NSCLCにおけるHER2過剰発現を判定するためのIHCスコアリング基準の標準化が挙げられる。本試験では胃癌の基準を準用したが、肺癌における最適なカットオフ値の確立が必要である。また、重篤な毒性であるILD/肺臓炎 (コホート1Aで追加のグレード5が発生) に対する、より早期の診断法やステロイド介入アルゴリズムの最適化、およびリスク因子の同定が今後の重要な検討課題である。さらに、脳転移に対する頭蓋内有効性の詳細な検証や、より早期の治療ライン (1次治療など) における他剤との併用療法の開発が望まれる。
方法
本試験 (DESTINY-Lung01、NCT03505710) は、フランス、日本、オランダ、スペイン、米国の20の専門施設で実施された、多施設共同、オープンラベル、シングルアーム、第2相臨床試験である。
対象患者は、18歳以上 (日本は20歳以上) で、病理学的に確認された切除不能または転移性の非扁平上皮NSCLCを有し、標準治療後に再発または抵抗性を示した患者である。全身状態は ECOG PS (Eastern Cooperative Oncology Group performance status: 米国東部腫瘍学共同グループ全身状態) が0または1であり、RECIST (Response Evaluation Criteria in Solid Tumours: 固形がんの治療効果判定基準) バージョン1.1に基づく測定可能病変を1つ以上有することが求められた。HER2過剰発現の有無は、新鮮または保存腫瘍組織を用いて、中央測定ラボにて PATHWAY HER2/neu (4B5) 抗体を用いた免疫組織化学染色 (IHC) により判定された。HER2過剰発現は、CAP (College of American Pathologists: 米国病理医協会)、ASCO (American Society of Clinical Oncology: 米国臨床腫瘍学会)、および ASCP (American Society for Clinical Pathology: 米国臨床病理学会) の胃癌評価アルゴリズムを肺癌用に適応し、IHC 3+または2+と定義された。HER2活性化変異を有する患者は除外された。また、活動性の間質性肺疾患 (ILD: interstitial lung disease) や肺臓炎の既往、またはステロイド治療を要する非感染性ILDの既往を有する患者も除外された。
患者は逐次的に登録され、まずコホート1として T-DXd 6.4 mg/kg を3週ごとに静脈内投与される群に割り付けられた。その後、安全性の懸念からプロトコル改訂 (バージョン6.0) により追加されたコホート1Aとして、T-DXd 5.4 mg/kg を3週ごとに静脈内投与される群に割り付けられた。最大2段階までの用量減量が許容された。
主要評価項目は、独立中央判定 (BICR) による確認された客観的奏効率 (ORR) であった。副次評価項目には、DCR、DOR、PFS、OS、および安全性が含まれた。腫瘍評価は、スクリーニング時および治療開始後は6週ごとにCTまたはMRIを用いて実施された。探索的バイオマーカーとして、FISH (fluorescence in situ hybridisation: 蛍光in situハイブリダイゼーション) 法による HER2 遺伝子増幅の有無、および GuardantOMNI アッセイを用いた血漿中 ctDNA (circulating tumor DNA: 循環腫瘍DNA) の遺伝子変異解析が中央測定で実施された。
統計解析において、ORRおよびDCRの点推定値およびその 95% 信頼区間 (CI: confidence interval) は Clopper-Pearson 法を用いて算出された。DOR、PFS、およびOSの生存時間解析には Kaplan-Meier 法が用いられ、生存期間中央値およびその 95% CI が算出された。安全性解析は、T-DXdを少なくとも1回投与されたすべての患者を対象として記述統計学的に評価された。