- 著者: Takezawa K, Pirazzoli V, Arcila ME, Nebhan CA, Song X, de Stanchina E, Ohashi K, Janjigian YY, Spitzler PJ, Melnick MA, Riely GJ, Kris MG, Miller VA, Ladanyi M, Politi K, Pao W
- Corresponding author: William Pao (Vanderbilt-Ingram Cancer Center, Nashville, TN)
- 雑誌: Cancer Discovery
- 発行年: 2012
- Epub日: 2012-09-05
- Article種別: Original Article
- PMID: 22956644
背景
EGFR変異陽性非小細胞肺癌 (NSCLC) は、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (EGFR-TKI) であるgefitinibやerlotinibに対し、初期段階で顕著な奏効を示す。しかし、これらの薬剤に対する獲得耐性が最終的に全ての患者で発生することが知られている Lynch et al. NEnglJMed 2004、Paez et al. Science 2004、Pao et al. ProcNatlAcadSciUSA 2004。獲得耐性の最も一般的なメカニズムは、EGFR遺伝子の二次T790M変異であり、これは症例の50%以上で認められる Kobayashi et al. NEnglJMed 2005、Pao et al. PLoSMed 2005。しかし、残りの約40%の症例では、T790M変異が検出されず、その耐性メカニズムは十分に解明されていなかった。この知識のギャップを埋めることが重要な課題として残されていた。
Afatinib (BIBW2992) は、EGFRとHER2の両方を不可逆的に阻害する強力なチロシンキナーゼ阻害薬であり、EGFRに対するIC50値は0.5 nmol/L、HER2に対するIC50値は14 nmol/Lである。先行研究では、afatinibと抗EGFRモノクローナル抗体であるcetuximabの併用療法が、T790M変異による耐性を克服できることが前臨床モデルで示されていた。この併用療法は、リン酸化EGFRおよび全EGFRのレベルを低下させることで効果を発揮すると考えられていたが、HER2の具体的な役割は未解明であった。
この有望な前臨床データに基づき、EGFR-TKI獲得耐性NSCLC患者を対象とした第IB/II相臨床試験が実施された (Janjigian et al. 2011)。この試験では、評価可能な45例の患者のうち18例 (40%; 95%信頼区間 0.23-0.50) で確認された部分奏効が認められた。これは、erlotinibとcetuximabの併用療法で0%、afatinib単剤療法で7%の奏効率であったことと比較して、afatinibとcetuximabの併用療法の臨床的優位性を示唆するものであった。しかし、この高い奏効率がT790M陰性患者においても認められた背景にあるメカニズムは不明であり、特にafatinibのHER2阻害特性に着目し、獲得耐性におけるHER2の寄与を詳細に解析することが重要な課題として残されていた。本研究は、この知識のギャップを埋めることを目的とした。特に、T790M変異陰性の獲得耐性症例におけるHER2増幅の頻度とその生物学的役割を解明することは、今後の治療戦略を確立する上で不足していた情報である。
目的
本研究の目的は以下の3点である。(1) HER2がEGFR変異肺癌細胞のEGFR-TKI感受性を調節する役割をin vitroおよびin vivoモデルで詳細に検討する。(2) HER2増幅が、EGFR-TKI獲得耐性の新規メカニズムとして機能するかを、前臨床モデルおよびヒト臨床検体の両面から包括的に立証する。(3) afatinibとcetuximabの併用療法がEGFR-TKI耐性を克服する作用機序において、HER2阻害が果たす意義を明らかにする。特に、T790M変異陰性の獲得耐性症例におけるHER2増幅の頻度とその生物学的役割を解明することを目指した。この解明は、T790M変異陰性患者に対する個別化治療戦略の確立に不可欠であり、既存の治療選択肢が限られている状況において、新たな治療標的の同定に繋がるものと期待された。
結果
Afatinib/cetuximab併用療法はHER2を含む複数のシグナル分子を強力に抑制する: PC9/BRc1異種移植モデル (n=5/群) において、afatinibとcetuximabの併用療法は、afatinib単剤またはcetuximab単剤と比較して、腫瘍増殖を有意に抑制した (p<0.05)。in vitroのソフトアガーコロニー形成アッセイでも同様に、併用療法が有意に優れた増殖抑制効果を示した (p<0.05)。免疫ブロット解析の結果、cetuximab単剤、erlotinib単剤、またはそれらの組み合わせは、PC9/BRc1細胞のリン酸化EGFR (pEGFR)、リン酸化HER2 (pHER2)、リン酸化HER3 (pHER3)、リン酸化AKT (pAKT)、およびリン酸化ERK (pERK) のレベルをほとんど抑制しなかった (Figure 1C)。対照的に、afatinibとcetuximabの併用療法は、これら全てのシグナル分子のリン酸化レベルを有意に低下させた (Figure 1C)。特に、afatinib単剤でもpEGFRやpHER3と比較してpHER2をより顕著に抑制することが観察された。EGFR L858R+T790Mトランスジェニックマウス腫瘍においても、afatinibとcetuximabを5日間投与することで、phospho-RTKアレイ上のpEGFRおよびpHER2のレベルが有意に低下した (p<0.05)。免疫沈降実験により、変異型EGFR L858RとHER2がマウス腫瘍内で共免疫沈降することが確認され、両者のヘテロ二量体形成が示唆された (Figure 2C)。また、パニツムマブとafatinibの併用療法もcetuximabとafatinibの併用と同等の抗腫瘍効果を示し、抗体依存性細胞傷害 (ADCC) 能が異なる抗体でも同様の効果が発揮されることが確認された。これらの結果は、afatinibとcetuximabの併用がTKI耐性細胞においてHER2を含む広範なシグナル経路を抑制することを示唆している。
HER2発現はEGFR変異細胞のEGFR-TKI感受性を規定する: EGFR変異陽性でTKI感受性のPC9、HCC827、H3255細胞株では、erlotinib投与によりpEGFRと並行してpHER2、pHER3、pAKT、pERKのリン酸化レベルが用量依存的に低下した (0〜100 nmol/L erlotinib)。HER2 siRNAによるノックダウン (2種類のsiRNAで確認) は、PC9/BRc1細胞の生存率を低下させたが、EGFR siRNAによる効果よりも小さかった (Figure 2D)。さらに、HER2ノックダウンはPC9/BRc1細胞のafatinibに対する感受性を増強させた (Figure 2E)。野生型HER2 cDNAの安定過剰発現 (ベースライン比50倍超のHER2発現量) は、PC9細胞にerlotinib耐性を付与したが (Figure 5D)、afatinibに対する感受性は維持された (Figure 5E)。HER2過剰発現下では、erlotinib処理後もpHER2、pAKT、pERKの抑制が不十分であり、HER2がEGFR-TKI下流シグナルを持続させることが示された (Figure 5F)。同様の結果はHCC827細胞でのHER2過剰発現でも確認された。これらのデータは、HER2のレベルがEGFR変異細胞のTKI感受性に直接影響を与えることを明確に示している。
HER2増幅は獲得耐性臨床検体の12%に認められT790M変異と相互排他的である: EGFR-TKI獲得耐性患者26例のFFPE腫瘍検体に対するFISH解析の結果、3例 (12%) でHER2増幅が確認された。これらの症例におけるHER2/CEP17比はそれぞれ2.2、2.7、5.9であった。これら3例全てで免疫組織化学染色 (IHC) もHER2 3+の強陽性を示した (Figure 4A)。注目すべきは、これら3例全てがEGFR T790M変異陰性であったことである。一方、T790M変異陽性の17例ではHER2増幅は認められず (0例)、HER2増幅とT790M変異との間に統計的に有意な相互排他性が確認された (Fisherの正確確率検定、p=0.02) (Table 1)。26例全例でKRASおよびPIK3CA変異は陰性であり、上皮間葉転換 (EMT) や小細胞癌化などの組織学的変化も認められなかった。未治療肺腺癌99例ではHER2増幅は1例 (1%、HER2/CEP17比2.9) のみであり、獲得耐性例 (12%) との間に有意差が認められた (3/26 vs. 1/99; p=0.03)。Array-CGHデータの再解析では、12例中1例 (8%、T790M陰性) で17q21領域の局所増幅 (HER2遺伝子座に相当) が確認された (Figure 4B)。EGFR L858Rトランスジェニックマウスの長期erlotinib処理により耐性を獲得した腫瘍 (19例) では、7例 (37%) でHer2 mRNA発現が2倍超に上昇しており、このうちT790M変異も保有していたのは1例のみであった。これらのin vivo知見は、臨床データを支持するものであった。
獲得耐性メカニズムの全体像と各機序の頻度: 本研究の知見を既報と統合した分析 (Figure 6) では、EGFR-TKI獲得耐性の機序内訳として、T790M変異および稀な二次変異が約60%、MET増幅が4% Engelman et al. Science 2007、小細胞癌化が6% Sequist et al. SciTranslMed 2011、HER2増幅が12%、その他 (EMTなど) が18%と推定された。HER2増幅は、T790M変異以外の個別耐性機序として最高頻度のカテゴリーに位置づけられた。HER2増幅が確認された症例では治療前検体が入手できなかったため、治療前からHER2増幅が存在したのか、あるいは治療後に選択されたのかは本研究では確認できなかった。
考察/結論
本研究は、HER2増幅がEGFR変異NSCLCにおけるT790M非依存的な獲得耐性メカニズムとして機能することを、前臨床モデル (細胞株、異種移植、トランスジェニックマウス) と臨床検体 (26例の獲得耐性検体、FISH評価) の両面から初めて包括的に立証した重要な原著論文である。
HER2増幅の頻度と相互排他性が持つ生物学的意義: 獲得耐性例における12%というHER2増幅頻度は、MET増幅 (4%) や小細胞癌化 (6%) を上回り、T790M非依存的耐性機序の中で最大のカテゴリーとなる。T790M変異との完全な相互排他性 (Fisherの正確確率検定、p=0.02) は重要な生物学的知見であり、これはT790M変異EGFRがHER2との二量体化に依存せずとも自立してシグナルを伝達できる一方、T790M変異を保有しない場合はHER2増幅によるEGFRヘテロ二量体経由のバイパスシグナルが耐性を付与するという理解と整合する。すなわち、両者は機能的に「代替」関係にあり、一方が存在すれば他方の選択圧は大幅に減少すると考えられる。この知見は、これまで報告されていない新規の耐性メカニズムの理解に貢献する。
Afatinib+cetuximab組み合わせの臨床的含意: T790M陰性の獲得耐性例でafatinibとcetuximabの併用療法が40%の奏効率 (RR) を示した (Janjigian et al. 2011) 背景として、HER2増幅を有する約12%の患者では、afatinibによるHER2シグナル抑制とcetuximabによるEGFRシグナル抑制の相乗効果が主要な奏効機序の一つと考えられる。この併用療法の臨床的有用性は、Janjigian et al. (2011) の臨床試験で示された40%の奏効率 (95%信頼区間 0.23-0.50) に裏付けられている。しかし、40%のRRはHER2増幅陽性12%を大きく超えており、他のT790M非依存性機序 (MET増幅、PIK3CA変異、EMTなど) への効果も含まれることが示唆される。このことは、本研究の知見が臨床応用において、より広範な患者群に恩恵をもたらす可能性を示唆する。
残された課題と後続研究への貢献: 今後の検討課題として、HER2増幅が治療前から存在していたのか、あるいは治療後に選択されたのかを明らかにするため、治療前検体でのHER2増幅評価が必要である。これは、治療戦略の最適化において重要な情報となる。また、本研究の示したHER2-EGFR二量体化依存的耐性のメカニズムは、EGFR変異NSCLCの耐性生物学の基盤的理解に貢献した先駆的研究として高く評価される。その後の研究でHER2増幅陽性のEGFR-TKI耐性NSCLC患者に対してafatinibとcetuximabの探索的治療が実施されており、選択的HER2阻害薬 (trastuzumab deruxtecan等) の開発と本知見は連続する研究の流れを形成している。さらに、EGFR-TKIとHER2阻害薬の組み合わせによる耐性克服という戦略は、第3世代TKI (osimertinib) 時代においてもHER2増幅を介した耐性に対して有効な枠組みとして議論されている。
方法
前臨床試験: 複数のEGFR-TKI耐性細胞株が使用された。具体的には、PC9/BRc1細胞 (EGFR exon 19欠失に加え、長期培養によりT790M変異を獲得したクローン)、H1975細胞、HCC827/R1細胞、およびH3255/XLR細胞である。これらの細胞株を用いて、薬剤の細胞増殖抑制効果を3次元ソフトアガーコロニー形成アッセイで評価した。ヌードマウスを用いたPC9/BRc1細胞の皮下注射異種移植モデル (n=5/群) およびEGFR L858R+T790Mトランスジェニックマウスモデルにおいて、afatinib、cetuximab、またはそれらの併用療法の抗腫瘍効果を検討した。PC9/BRc1細胞およびトランスジェニックマウス腫瘍から得られたライセートを用いて、afatinib/cetuximab併用療法後のシグナル分子 (pEGFR, pHER2, pHER3, pAKT, pERKなど) のリン酸化レベルを免疫ブロット法で解析した。また、EGFR L858R特異的抗体を用いた免疫沈降実験により、変異EGFRとHER2のヘテロ二量体形成の有無を確認した。HER2の機能的役割を検討するため、2種類のsiRNAを用いたHER2ノックダウン実験、およびHER2 cDNAの安定過剰発現 (ベースライン比50倍超) 細胞株を樹立し、erlotinibおよびafatinibに対する感受性の変化を評価した。Panitumumabとafatinibの併用効果も同様に検討した。
臨床検体解析: EGFR-TKI獲得耐性患者26例から得られたホルマリン固定パラフィン包埋 (FFPE) 腫瘍組織検体を用いて、FISH法によりHER2増幅を評価した。HER2増幅は、HER2/CEP17 (chromosome 17 centromere) 比が2.2を超えるか、またはHER2コピー数が15を超える領域が10%以上の細胞で認められる場合と定義した。同時に、Sequenom法を用いてKRAS変異、PIK3CA変異、およびT790M変異の有無も評価した。これらの結果を、未治療肺腺癌99例におけるHER2増幅頻度と比較した。さらに、既報のArray-CGH (array comparative genomic hybridization) データ12例を再解析し、HER2増幅の有無を確認した。EGFR L858Rトランスジェニックマウスの長期erlotinib処理により耐性を獲得した腫瘍19例において、Her2 mRNAの発現レベルを定量的リアルタイムPCR (qRT-PCR) で評価した。本研究は、Memorial Sloan-Kettering Cancer Center (MSKCC) のInstitutional Animal Care and Use Committee (IACUC) およびResearch Animal Resource Center (RARC) の承認を得たガイドラインに従って実施された。統計解析にはStudentのt検定およびFisherの正確確率検定を用い、p<0.05を有意差ありと判断した。