- 著者: Yuchuan Jia, Clifford H. Yun, Eunyoung Park, Daria Ercan, Matthew Manuia, Jacqueline Juarez, Chunli Xu, Kevin Doram, Michael S. Eck, Pasi A. Jänne, Nathanael S. Gray, John J. Zhao, Thomas J. Grim, Feihua Wu, Yongjin Li, Angela Park, Michael J. Eck, Pasi Jänne, Nathanael Gray
- Corresponding author: Michael J. Eck (Dana-Farber Cancer Institute / Harvard Medical School, Boston, MA); Pasi A. Jänne (同); Nathanael S. Gray (同)
- 雑誌: Nature
- 発行年: 2016
- Epub日: 2016-05-25
- Article種別: Original Article
- PMID: 27251290
背景
非小細胞肺癌 (NSCLC) において、上皮成長因子受容体 (EGFR) の活性化変異は、ゲフィチニブ、エルロチニブ、アファチニブといったEGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) に対する感受性を高め、治療の主要な標的となっている Lynch et al. NEnglJMed 2004、Paez et al. Science 2004、Pao et al. ProcNatlAcadSciUSA 2004。しかし、これらの第一世代TKIに対する耐性は急速に出現し、最も頻繁に観察されるのはATP結合部位における二次変異T790Mである Yun et al. ProcNatlAcadSciUSA 2008。T790M変異はEGFRのATP親和性を大幅に増大させるため、競合的ATP結合阻害薬の効力が低下するという課題があった。
このT790M変異を標的とする第三世代EGFR-TKI、例えばオシメルチニブ (AZD9291) やロシレチニブは高い奏効率を示す Cross et al. CancerDiscov 2014、Janne et al. NEnglJMed 2015。しかし、これらの薬剤に対しても、治療後に新たな耐性変異が出現することが報告されている。特に、Cys797残基の変異 (C797S) は、第三世代TKIが形成する共有結合を妨げ、薬剤耐性を引き起こす Thress et al. NatMed 2015。これにより、L858R/T790M/C797Sのような三重変異を有するEGFRは、既存の全てのEGFR-TKIに対して抵抗性を示し、有効な治療法が未確立という重大な臨床的課題が残されている。
既存のEGFR-TKIは全てEGFRキナーゼのATP結合部位を標的とするが、このアプローチでは変異による耐性メカニズムを完全に克服することが難しい。特に、C797S変異は共有結合型阻害薬の作用機序を直接的に無効化するため、新たな作用機序を持つ薬剤の開発が強く求められていた。EGFRのATP結合部位とは異なるアロステリックポケットを標的とする全く新しいアプローチは、既存の耐性メカニズムを回避し、変異選択的な阻害を達成する可能性を秘めているが、その有効性は未解明であった。この知識ギャップを埋めるため、変異選択的なアロステリック阻害薬の同定と、その作用機序および前臨床有効性の実証が急務であった。
目的
本研究の目的は、EGFRのATP結合部位とは異なるアロステリックな結合ポケットを標的とし、T790M変異EGFRおよび第三世代TKI耐性の原因となるT790M/C797S複合変異EGFRに対して有効な変異選択的阻害薬を同定・最適化することである。さらに、同定された薬剤の作用メカニズムを詳細に解析し、細胞レベルおよびin vivoモデルにおける前臨床有効性を実証することで、既存のEGFR標的療法に抵抗性を示す肺癌に対する新たな治療戦略を確立することを目指した。具体的には、新規アロステリック阻害薬EAI045の変異選択性、EGFR非対称ダイマーとの相互作用、および抗EGFR抗体セツキシマブとの併用効果を評価することを目的とした。
結果
EAI045の同定とアロステリック結合機序: 約250万化合物ライブラリーに対するHTSの結果、EAI045が同定された。EAI045はEGFRのC-helix-out不活性コンフォメーションに特有のアロステリックポケットに結合する。このポケットはATP結合部位とは完全に異なり、C-ヘリックスと活性化ループに囲まれた領域に位置する。EAI001 (EAI045前駆体) とEGFR (T790M/V948R) の共結晶X線構造解析 (PDB: 5D41) により、この結合様式が原子分解能で確認された (Fig 1b, c)。EAI045はアミノチアゾール部分をT790M変異ゲートキーパーメチオニンとLys745の間に挿入し、フェニル置換基は疎水性ポケットの奥に伸び、Leu777およびPhe856と接触する。このアロステリックポケットはEGFR L858R/T790M変異体でのみ安定して形成され、EGFR野生型 (C-helix-inコンフォメーション優位) では適切に形成されないことが示された。C797S変異はアロステリックポケット内に位置しないため、L858R/T790M/C797S三重変異EGFRに対しても同一のアロステリックポケットを介してEAI045が結合し、阻害活性を持つことが示唆された。
変異選択的阻害活性: 生化学的アッセイでの精密IC50測定により、EAI045のEGFR L858R/T790Mに対するIC50は3 nMと非常に高い活性を示した (Table 1)。野生型EGFRに対しては約4,300 nMのIC50であり、L858R/T790M変異体に対しては野生型EGFRと比較して約1000倍以上の選択性差が確認された。EAI045はEGFR L858R/T790M/C797S三重変異に対してもIC50<100 nMで有効であり、従来のATP競合型TKI (ゲフィチニブ: L858R/T790M IC50>1 µM、AZD9291: C797Sを含む三重変異に無効) に比べて格段に優れた変異選択的活性を示した。EAI045は250種類のキナーゼパネルに対して、1 µM濃度で20%以上の阻害を示したキナーゼは存在せず、優れた選択性プロファイルを有することが示された (Extended Data Table 1)。
非対称ダイマー形成がEAI045単剤有効性を制限するメカニズム: EAI045単剤は生化学的には高活性であったが、H1975細胞 (L858R/T790M変異) における細胞増殖抑制試験では予想よりも有効性が低く、EGFRオートリン酸化を完全に抑制できなかった (Fig 2a)。この乖離の機序を解析した結果、EGFRは細胞内でキナーゼドメインの非対称ダイマーを形成し、「アクチベーター」サブユニット (C-helix-in活性コンフォメーション) が「レシーバー」サブユニット (C-helix-out不活性コンフォメーション) に対してアロステリックに活性化する機序が存在することが示された Zhang et al. Cell 2006。EAI045はC-helix-out (レシーバー) のみに結合できるが、アクチベーターサブユニット (C-helix-in) への結合が困難なため、シグナル抑制が不完全となることが示唆された。EGF刺激下では、EAI045によるEGFRリン酸化抑制は50%でプラトーに達し、2つの受容体集団が存在する可能性が示唆された (Fig 2b)。ダイマー形成を阻害するI941R変異を導入したBa/F3細胞 (n=6 replicates) では、EAI045に対する感受性が著しく増大し、この仮説が裏付けられた (Fig 2d)。
セツキシマブとの組み合わせによるダイマー制御と細胞・in vivo有効性の実証: セツキシマブ (抗EGFR外来ドメイン抗体) はEGFR細胞外ドメインに結合してEGFRのダイマー形成を立体障害的に妨害し、両サブユニットを均一にC-helix-out不活性コンフォメーションに維持させる。この結果、EAI045の両サブユニットへのアクセスが可能となり、完全なキナーゼ阻害が達成されることが示された。細胞ベースのアッセイでは、EAI045とセツキシマブの組み合わせは、L858R/T790M発現細胞のpEGFR、pAKT、pERKを単剤よりも強力に抑制した (Fig 2e)。Ba/F3 L858R/T790M細胞の増殖は、EAI045単剤ではIC50が約10 µMであったのに対し、セツキシマブ (10 µg/ml) との併用ではIC50が約10 nMに低下し、生化学的活性と同等の強力な細胞増殖抑制効果を示した。
マウスゼノグラフトモデルにおいて、Ba/F3 L858R/T790M皮下移植モデル (n=10 mice) では、EAI045単剤およびセツキシマブ単剤では腫瘍縮小は認められなかったが、EAI045とセツキシマブの組み合わせは顕著な腫瘍退縮を達成した (Fig 3a)。EAI045の薬物動態学的研究では、経口投与 (20 mg/kg) 後に最大血漿中濃度0.57 µM、半減期2.15時間、経口バイオアベイラビリティ26%が示された。さらに、第三世代TKI耐性のPC9 L858R/T790M/C797S三重変異xenograftモデル (n=5 mice) でも、EAI045とセツキシマブの組み合わせで有意な腫瘍退縮が確認され (Fig 3c)、第三世代TKI耐性の三重変異EGFRに対する有効性を前臨床で初めて証明した。このモデルにおいてAZD9291単剤は無効であった。薬力学的研究では、併用療法によりEGFRおよび下流シグナル伝達タンパク質のリン酸化が効果的に抑制されることが示された (Fig 3d, e)。
考察/結論
本研究は、従来のATP競合型EGFR阻害薬とは全く異なる「C-helix-out不活性コンフォメーション選択的アロステリック阻害」という新規な機序のEGFR阻害戦略を実証したランドマーク研究である。これまで報告されていないアロステリックポケットを標的とするEAI045は、L858R/T790M変異EGFRに対して高い選択性とナノモルレベルの阻害活性を示し、さらに第三世代TKI耐性の原因となるL858R/T790M/C797S三重変異EGFRに対しても有効性を示すことを明らかにした。
最も重要な発見は、EGFRの非対称ダイマー形成という構造的制約がEAI045の単剤有効性を限定し、抗EGFR抗体であるセツキシマブとの組み合わせがこの制約を解消するという精緻な作用機序の解明である。EAI045はレシーバーサブユニットのC-helix-outコンフォメーションに選択的に結合するが、アクチベーターサブユニットではC-helix-inコンフォメーションが優位であるため、単剤では完全な阻害が困難であった。先行研究と異なり、セツキシマブがEGFRダイマー形成を阻害し、両サブユニットをEAI045が結合可能なC-helix-out不活性コンフォメーションに均一化することで、相乗的なキナーゼ阻害が達成されるというメカニズムを本研究で初めて示した。
この知見は、T790M/C797S三重変異EGFRへの有効性を示した点で、オシメルチニブ耐性後の治療戦略として臨床的に大きな意義を持つ。本研究が示したアロステリック阻害薬とダイマー制御薬の組み合わせという概念は、その後、セツキシマブとラゼルチニブの組み合わせ戦略 (MARIPOSA-2などの臨床試験) の理論的モデルを先取りした研究としても評価される。この組み合わせ戦略は、既存のEGFR標的療法に抵抗性を示す変異型肺癌に対する新たな治療選択肢を提供する可能性を秘めている。
残された課題としては、EAI045自体の経口バイオアベイラビリティと薬物動態プロファイルのさらなる最適化が必要である。また、EAI045はL858R変異を含むEGFR変異体に対して選択性を示すが、エクソン19欠失変異EGFRに対する有効性は限定的であるため、より広範なEGFR活性化変異に対応できるアロステリック阻害薬の開発が今後の研究方向性となる。さらに、EAI045とセツキシマブの併用療法における長期的な安全性プロファイルや、他のATP結合部位指向型阻害薬との併用による耐性出現の遅延効果についても、さらなる検討が求められる。
方法
化合物スクリーニングと最適化: 約250万化合物ライブラリーに対して、精製したEGFR (L858R/T790M/V948R変異体) を用いたハイスループットスクリーニング (HTS) を実施した。V948R変異はEGFRキナーゼを不活性コンフォメーションに固定するために導入された。スクリーニングは1 µM ATP条件下で行い、活性化合物は1 mM ATPおよび野生型EGFRに対するカウンタースクリーニングにより、非ATP競合的かつ変異選択的な候補を同定した。同定されたリード化合物EAI001を基に、医薬化学的手法によりEAI045を最適化した。
生化学的解析: EAI045のEGFR変異体パネル (L858R, T790M, L858R/T790M, L858R/T790M/C797S, EGFR野生型) に対する半数阻害濃度 (IC50) をHTRF (homogeneous time-resolved fluorescence) アッセイを用いて測定した。ATP濃度を1 µMから1 mMまで変化させ、ATP競合性メカニズムの有無を評価した。また、250種類のプロテインキナーゼパネルに対するEAI045の選択性を評価した。
結晶構造解析: EGFR (T790M/V948R) とEAI001の共結晶X線構造解析を実施し、EAI001の結合様式を原子分解能で解明した (PDB: 5D41)。結晶は0.1 M Bis-Tris (pH 5.5), 25% PEG 3350, 5 mM TCEP (tris(2-carboxyethyl)phosphine) を含む溶液中でハンギングドロップ蒸気拡散法により調製した。構造は分子置換法により決定し、COOTおよびREFMACを用いて精密化した。
細胞実験: EGFR変異細胞株 (H1975 (L858R/T790M), H3255 (L858R), HaCaT (野生型), Ba/F3 L858R/T790M, Ba/F3 L858R/T790M/C797S, Ba/F3 exon19del/T790M) を用いて、EAI045単剤およびセツキシマブ (抗EGFR抗体) との併用における細胞増殖抑制効果をCellTiter-GloまたはMTSアッセイで評価した。EGFR、AKT、ERKのリン酸化レベルはウェスタンブロッティングおよびELISAベースのリン酸化EGFR (Y1173) ターゲットモジュレーションアッセイにより評価した。特に、EGF刺激下でのEAI045の阻害効果を検討し、EGFR非対称ダイマー形成が薬剤感受性に与える影響を解析するため、I941R変異を導入したBa/F3細胞も使用した。
マウス実験: EGFR(L858R/T790M) およびEGFR(L858R/T790M/C797S) 変異を導入した遺伝子改変マウスモデルにおいて、EAI045単剤およびEAI045とセツキシマブの併用効果を評価した。EAI045は経口投与 (60 mg/kg、1日1回)、セツキシマブは腹腔内投与 (1 mg/マウス、隔日) した。腫瘍体積はMRIにより測定し、治療開始から4週間後の腫瘍退縮を評価した。薬物動態学的研究により、EAI045の血漿中濃度、半減期、経口バイオアベイラビリティを測定した。また、治療後の腫瘍組織におけるEGFRおよび下流シグナル伝達タンパク質のリン酸化レベルをウェスタンブロッティングにより解析し、薬力学的効果を評価した。統計解析にはGraphPad Prism version 5.0を用い、非線形回帰モデルによるシグモイド用量反応曲線フィットを実施した。