- 著者: Bob T. Li, Egbert F. Smit, Yasushi Goto, Kazuhiko Nakagawa, Hibiki Udagawa, Julien Mazieres, Misako Nagasaka, Lyudmila Bazhenova, Andreas N. Saltos, Enriqueta Felip, Jose M. Pacheco, Maurice Perol, Luis Paz-Ares, Kapil Saxena, Ryota Shiga, Yingkai Cheng, Suddhasatta Acharyya, Patrik Vitazka, Javad Shahidi, David Planchard, Pasi A. Janne (for the DESTINY-Lung01 Trial Investigators)
- Corresponding author: Bob T. Li (Memorial Sloan Kettering Cancer Center, New York, NY, USA)
- 雑誌: New England Journal of Medicine
- 発行年: 2022
- Epub日: 2021-09-18
- Article種別: Original Article
- PMID: 34534430
背景
非小細胞肺癌 (NSCLC) において、ヒト上皮成長因子受容体2 (HER2、ERBB2とも呼ばれる) 変異は、非扁平上皮NSCLCの約3%に認められる重要なドライバー変異である。この変異は、A775_G776insYVMA (エクソン20挿入) が最も一般的なサブタイプであり、女性、非喫煙者、比較的若年層に多く見られ、脳転移の発生率が高いという臨床的特徴を持つことが報告されている (Offin et al. 2019)。歴史的に、HER2変異陽性ステージIV NSCLC患者の全生存期間 (OS) 中央値は1.6〜1.9年と予後不良であり、有効な治療選択肢が限られていた。
乳癌および胃癌においてはHER2標的療法が確立され、治療成績の向上に大きく貢献してきたが、NSCLCにおいてはHER2を標的とする承認された治療薬が存在しなかった。そのため、HER2変異NSCLC患者に対する標準治療は、プラチナベースの化学療法や免疫チェックポイント阻害薬 (PD-1/PD-L1阻害薬) に限定されてきた (Planchard et al. AnnOncol 2018)。しかし、これらの治療法はHER2変異NSCLC患者において限定的な効果しか示しておらず、免疫チェックポイント阻害薬の客観的奏効率 (ORR) は7〜27%と報告されている。また、HER2チロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) であるアファチニブ、ダコミチニブ、ピロチニブ、ポジオチニブ、および抗体薬物複合体 (ADC) であるトラスツズマブ エムタンシン (T-DM1) の臨床試験も実施されてきたが、その奏効率は0〜44%と幅があり、持続的な奏効は得られにくいという課題があった。例えば、Kris et al. AnnOncol 2015ではダコミチニブの有効性が検討されたが、十分な臨床活性は示されなかった。これらの先行研究では、HER2タンパク過剰発現や遺伝子増幅が患者選択の基準とされることが多く、HER2変異単独での標的療法の有効性は未解明な点が残されていた。
トラスツズマブ デルクステカン (T-DXd、旧DS-8201a) は、ヒト化抗HER2モノクローナル抗体 (トラスツズマブ配列) に、テトラペプチドベースの切断可能なリンカーを介してトポイソメラーゼI阻害薬エクサテカン誘導体 (DXd) を結合させた新規のADCである。この薬剤は、薬物抗体比 (DAR) が約8と高く (T-DM1のDAR約3.5の約2倍)、強力な膜透過性ペイロードによるバイスタンダー殺細胞効果、および血漿中での高い安定性を特徴とする。T-DXdは既にHER2陽性乳癌および胃癌において承認されており、その有効性が確立されている。
HER2変異NSCLCに対するT-DXdの予備的な活性は、First-in-human第I相試験において報告されており、11例のHER2変異NSCLC患者でORR 72.7% (95% CI 39.0-94.0%) という高い奏効率が示されていた。この結果は、HER2変異NSCLCにおけるT-DXdの臨床的有用性を示唆するものであった。しかし、大規模なコホートにおけるT-DXdの有効性と安全性に関する詳細な評価は未解明であり、既治療HER2変異NSCLC患者に対する標準治療後の治療選択肢が不足している状況であった。本研究は、この知識ギャップを埋めることを目的として実施された。
目的
DESTINY-Lung01多施設共同国際第II相試験において、プラチナベースの標準治療後に病勢が進行したHER2変異陽性非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者に対するトラスツズマブ デルクステカン (T-DXd) 6.4 mg/kgを3週毎に静脈内投与した場合の有効性 (主要評価項目:独立中央判定による客観的奏効率 [ORR]) と安全性を評価することを目的とした。本研究は、このアンメットニーズの高い患者集団におけるT-DXdの臨床的有用性を確立することを目指した。
結果
患者背景と治療期間: 2018年5月30日から2020年7月21日までに、合計91例のHER2変異NSCLC患者が登録され、T-DXdの投与を受けた。患者の年齢中央値は60歳 (範囲29-88歳) で、女性が66%、アジア人が34%、白人が44%を占めた。ECOG PSは0が25%、1が75%であった。組織型は腺癌が主体であり、前治療ライン数の中央値は2 (範囲0-7) であった。プラチナベースの化学療法歴がある患者は95%、抗PD-1/PD-L1治療歴がある患者は66%、HER2 TKI治療歴がある患者は14%であった。ベースライン時に脳転移を合併していた患者は36%であった。HER2変異部位は、キナーゼドメインが93%、細胞外ドメインが7%であり、A775_G776insYVMAが最も頻繁に認められる変異であった (Table 1)。データカットオフ時 (2021年5月3日) の治療期間中央値は6.9ヶ月 (範囲0.7-26.4) であり、15例 (16%) で治療が継続中であった。追跡期間中央値は13.1ヶ月 (範囲0.7-29.1) であった。
主要評価項目:高い客観的奏効率 (ORR 55%): 独立中央判定による確定ORRは55% (50/91例、95% CI 44-65%) と、高い抗腫瘍活性を示した (Table 2)。内訳は、完全奏効 (CR) が1% (1例)、部分奏効 (PR) が54% (49例) であった。病勢制御率 (DCR) は92% (84/91例、95% CI 85-97%) であり、ほとんどの患者で腫瘍縮小が認められた (Figure 1A)。免疫療法を含む様々な前治療歴を持つ患者や、ベースライン時に中枢神経系 (CNS) 転移を有する患者においても奏効が観察された。CNS転移を有する33例の患者のうち、脳放射線治療歴のある8例と、脳放射線治療歴のない10例でPRが認められた。
持続的な奏効と生存期間: 奏効期間 (DoR) 中央値は9.3ヶ月 (95% CI 5.7-14.7) であった。無増悪生存期間 (PFS) 中央値は8.2ヶ月 (95% CI 6.0-11.9) であり、全生存期間 (OS) 中央値は17.8ヶ月 (95% CI 13.8-22.1) であった (Table 2, Figure 2)。これらの結果は、既治療HER2変異NSCLC患者における他のHER2標的薬 (TKIのORR 0-30%、T-DM1のORR 44%) や免疫チェックポイント阻害薬 (ORR 7-27%、PFS 2-5ヶ月) と比較して、T-DXdが持続的な臨床的ベネフィットを提供することを示している。CNS転移を有する33例の患者におけるPFS中央値は7.1ヶ月 (95% CI 5.5-9.8)、OS中央値は13.8ヶ月 (95% CI 9.8-20.9) であった。
HER2バイオマーカーとの関連: 奏効は、HER2変異の各サブタイプ (A775_G776insYVMA、G776>VC、insGSP、S310F/Yなど) 間で均等に認められ、特定の変異型によるORRの顕著な差は示されなかった (Figure 1)。重要な所見として、HER2タンパク発現がIHC 0の患者やHER2遺伝子増幅陰性の患者においても奏効が確認された。これは、HER2変異そのものが患者選択の十分なバイオマーカーであり、タンパク過剰発現や遺伝子増幅は必須ではないことを示唆する。腫瘍組織が利用可能であった53例中44例でHER2タンパク発現 (IHC 1+〜3+) が検出され、9例では検出されなかった。45例中2例でHER2増幅が認められた。
薬物関連間質性肺疾患 (ILD) の発生と管理: 独立判定委員会によって確定された薬物関連ILDは、26% (24/91例) の患者に発生した。ILDの重症度は、Grade 1が3例、Grade 2が15例、Grade 3が4例、Grade 5 (死亡) が2例であった (Table S5)。ILD発症までの期間中央値は141日 (範囲14-462日) であり、ILDの持続期間中央値は43日 (95% CI 24-94日) であった。データカットオフ時点で、ILDを発症した患者のうち13例 (50%超) が回復または改善していた。ILDの発生は予測困難であったが、プロトコルで規定されたグルココルチコイド治療 (T-DXd投与中断とステロイド投与) による積極的な管理が重要であることが示唆された。
その他の安全性プロファイル: 薬物関連有害事象は97% (88/91例) の患者に発生し、Grade 3以上の薬物関連有害事象は46% (42/91例) に認められた (Grade 3が41%、Grade 4が4%、Grade 5が1%) (Table 3)。最も一般的な薬物関連有害事象 (全Grade) は、悪心73%、倦怠感53%、脱毛46%、嘔吐40%、好中球減少35%、貧血33%、下痢32%、食欲低下30%、白血球減少23%、便秘22%であった。最も頻度の高いGrade 3以上の薬物関連有害事象は好中球減少19% (Grade 3が15%、Grade 4が3%) であった。薬物関連有害事象による治療中止は25% (23例) の患者で発生し、そのうち12例 (13%) は肺臓炎、5例 (5%) はILDによるものであった。用量減量は34% (31例)、休薬は32% (29例) の患者で実施された。
考察/結論
DESTINY-Lung01試験の結果は、トラスツズマブ デルクステカン (T-DXd) 6.4 mg/kg Q3Wが、既治療HER2変異非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者に対して、ORR 55% (95% CI 44-65%)、DoR中央値9.3ヶ月 (95% CI 5.7-14.7)、PFS中央値8.2ヶ月 (95% CI 6.0-11.9)、OS中央値17.8ヶ月 (95% CI 13.8-22.1) という、臨床的に明確に意義のある持続的な抗腫瘍活性を示すことを実証した。これらの成績は、同集団における他のHER2標的薬 (HER2 TKIのORR 0-30%、トラスツズマブ エムタンシン (T-DM1) のバスケット試験でのORR 44%) や免疫チェックポイント阻害薬 (ORR 7-27%) を大きく上回るものであった。
先行研究との違い: これまでのHER2標的療法では、HER2タンパク過剰発現や遺伝子増幅が患者選択の基準とされることが多かったが、本研究ではHER2 IHC 0やHER2増幅陰性例でも奏効が確認された点が、先行研究と対照的である。この所見は、HER2変異そのものがADCのエンドサイトーシス効率を選択的に高める機序を示唆しており、T-DM1試験 (Li et al. J Clin Oncol 2018) でIHC 3+でもORR 20%と限定的であったのと大きく異なる結果である。
新規性: 本研究で初めて、HER2変異NSCLCに対するT-DXdの優れた有効性が、大規模な国際共同第II相試験で明確に示された。T-DXdの高い薬物抗体比 (DAR約8)、強力なトポイソメラーゼI阻害ペイロード (DXd)、切断可能リンカーによるバイスタンダー殺細胞効果、およびHER2変異による選択的なADC内在化促進が、その優れた有効性のメカニズムであると考えられる。この結果に基づき、FDAはHER2変異NSCLCに対するT-DXdの迅速承認 (2022年8月) を承認し、世界初のHER2変異NSCLC標的治療薬となったことは、本研究の新規性と臨床的意義を裏付けるものである。
臨床応用: 本研究の知見は、既治療HER2変異NSCLC患者に対する新たな標準治療の確立に直結する。これまで治療選択肢が限られていたこの患者集団に対し、T-DXdは持続的な奏効と生存期間の延長をもたらすことが示され、臨床現場での大きな進歩を意味する。特に、脳転移を有する患者においても奏効が認められたことは、この予後不良なサブグループにとって重要な臨床的有用性を持つ。
残された課題: 一方で、薬物関連間質性肺疾患 (ILD) が26%の患者に発生し、2例で死亡に至ったことは重要な安全性上の懸念である。これは、既報の乳癌試験 (約10-15%) を上回る発生率であり、NSCLC患者では既存の肺疾患、放射線治療歴、喫煙歴などの背景因子がILDリスクを高める可能性が示唆される。今後の検討課題として、ILDの予測バイオマーマーの開発、リスク層別化、およびより効果的な管理戦略の確立が残されている。また、本研究は比較対照群のない単群試験であるため、さらなる臨床研究が必要である。低用量 (5.4 mg/kg) との比較を行う第II相試験 (DESTINY-Lung02、NCT04644237) が進行中であり、DESTINY-Lung02ではその後5.4 mg/kgのORR 49%・ILD 6%という改善された安全性プロファイルが報告されている。さらに、腫瘍横断的開発 (DESTINY-PanTumor01、NCT04639219) や、1次治療におけるT-DXdの位置付け確立、脳転移に対する有効性の詳細な評価も今後の研究方向性として挙げられる。
方法
本研究は、多施設共同、国際、非盲検、2コホートの第II相試験 (DESTINY-Lung01、ClinicalTrials.gov識別子:NCT03505710) として実施された。北米、日本、欧州の21施設が参加した。
患者選択基準: 対象患者は、切除不能または転移性の非扁平上皮NSCLCで、標準治療に不応または再発した成人患者であった。腫瘍組織検体においてHER2活性化変異 (主にキナーゼドメイン) が確認され、ECOGパフォーマンスステータスが0または1の患者が登録された。HER2抗体または抗体薬物複合体 (ADC) による前治療歴がある患者は除外されたが、HER2チロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) であるアファチニブ、ピロチニブ、ポジオチニブなどの既往歴がある患者は許容された。非感染性間質性肺疾患 (ILD) の既往歴がある患者、またはスクリーニング時の画像診断でILDが疑われる患者は除外された。
治療プロトコル: トラスツズマブ デルクステカン (T-DXd) は、6.4 mg/kgの用量で3週毎に静脈内投与された。治療は、病勢進行、忍容不能な毒性、または患者の同意撤回まで継続された。
評価項目: 主要評価項目は、独立中央判定 (BICR) によるRECIST v1.1に基づく確定客観的奏効率 (ORR) であった。副次評価項目には、奏効期間 (DoR)、病勢制御率 (DCR)、無増悪生存期間 (PFS)、全生存期間 (OS)、および安全性 (CTCAE v5.0に基づく) が含まれた。薬物関連ILD/肺臓炎の症例は、独立判定委員会によって評価された。
バイオマーカー解析: HER2変異の確認にはOncomine Dx Target Testが用いられた。HER2遺伝子増幅状態は、次世代シーケンシング (NGS) によるコピー数下限95% CI > 4を陽性と定義して評価された。HER2タンパク発現は、免疫組織化学 (IHC) 法 (PATHWAY anti-HER2 (4B5) assay、ASCO-CAP胃癌スコアリング) により、0/1+/2+/3+のスコアで中央で後方視的に評価された。
統計解析: 有効性および安全性は、T-DXdを少なくとも1回投与された全登録患者において評価された。当初、HER2変異コホートには40例の患者を登録する計画であったが、プロトコル改訂によりさらに50例を追加し、合計90例の患者を目標とした。これは、30%のORRを仮定した場合に、95%信頼区間の幅が約9%ポイントとなることを保証するためであった。この30%という閾値は、標準治療であるドセタキセルのORRの上限推定値20%をベンチマークとし、データ不足を考慮してさらに10%ポイントを加算して設定された。カテゴリカル変数は頻度とパーセンテージで要約され、時間-イベント解析にはカプラン・マイヤー法が用いられた。