- 著者: Shitara M, Okuda K, Suzuki A, Tatematsu T, Hikosaka Y, Moriyama S, Sasaki H, Fujii Y, Yano M
- Corresponding author: Katsuhiro Okuda (Department of Oncology, Immunology and Surgery, Nagoya City University Graduate School of Medical Sciences, Nagoya, Japan)
- 雑誌: Lung Cancer
- 発行年: 2014
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 25249426
背景
胸腺癌は前縦隔に発生する極めて稀な上皮性悪性腫瘍であり、その組織学的多様性と希少性から、病因、生物学的挙動、および適切な治療法については未解明な点が多い。完全切除以外に有効な治療法が確立されておらず、進行期や再発例の予後は極めて不良であると報告されている (Kondo et al. AnnThoracSurg 2003、Weksler et al. AnnThoracSurg 2013)。これまで、EGFR、KIT、KRAS、p53などの個別の遺伝子解析は行われてきたものの (Yoh et al. LungCancer 2008)、胸腺癌における網羅的なゲノムプロファイリングは手薄であり、分子標的治療薬の適応となるような遺伝子変異の全体像を把握するための研究は圧倒的に不足していた。このように、胸腺癌のゲノム背景に関する包括的なデータは依然として不足しており、治療標的の同定に向けた研究が強く求められていたが、希少がんゆえに大規模な解析が困難であるという課題が存在していた。
近年、次世代シーケンシング (NGS: next-generation sequencing) 技術の発展により、大規模ながん関連遺伝子を同時に効率よく解析することが可能となった。この技術は、胸腺癌のような希少腫瘍においても、腫瘍発生の分子機序の解明や新規治療標的の同定に貢献すると期待されている。特に、Ion AmpliSeq Comprehensive Cancer Panelは409のがん関連遺伝子の全エクソンを網羅するターゲットNGSパネルであり、アンプリコンベースの高深度シーケンシングにより、希少腫瘍の少数症例における変異検出に適している。胸腺癌の分子病態の理解を深め、個別化医療の可能性を探るためには、網羅的な遺伝子プロファイリングが不可欠であると考えられていたが、そのゲノム背景に関する包括的なデータは依然として不足しており、治療標的の同定に向けた研究が強く求められていた。
目的
本研究の目的は、409のがん関連遺伝子を対象としたターゲット次世代シーケンシング (NGS) (Ion AmpliSeqパネル) を用いて、胸腺扁平上皮癌12例の遺伝子プロファイリングを行い、腫瘍発生に関連するアクショナブルな変異を同定することである。これにより、胸腺癌の分子病態の理解を深め、個別化医療の可能性を探ることを目指した。特に、希少がんである胸腺癌において、個別化医療の標的となり得るチロシンキナーゼ遺伝子変異やがん抑制遺伝子の異常を網羅的に検出し、実臨床における分子標的薬の適用可能性を評価することを主要な目的とした。
結果
シーケンス品質と検出変異の概要: 12例の胸腺扁平上皮癌組織と10例の対応する正常組織を解析した。Ion PGM Sequencerを用いたターゲットNGSにより、平均マッピングリード数 4,881,951、平均リード長 114bpの高品質なシーケンスデータを取得した。ターゲット領域の平均深度は 311×、均一性は 92.8%、20×以上のカバレッジは 96.6%、100×以上のカバレッジは 86.3%と高深度であった。Ion Torrent Variant Caller v4.0で変異コールを行い、Ingenuity Variant Analysis、SIFT、PolyPhen-2、PROVEANといったバイオインフォマティクスツールを用いてフィルタリングを実施した。1サンプルあたり平均 1,039個の変異が294遺伝子で検出されたが、フィルタリングと腫瘍/正常ペア比較により、腫瘍特異的な候補変異を抽出した。最終的に、10例の腫瘍/正常ペアのうち9例 (90.0%) で、合計24遺伝子に25個の候補変異が同定された (Table 3)。
同定された変異プロファイルの全体像と不均一性: 同定された25個の変異は、チロシンキナーゼ遺伝子であるKIT、DDR2、PDGFRA、ROS1、IGF1Rを含む24遺伝子に分散していた。再発変異としては、NF1変異が2例 (患者1および患者2) で認められたのみであり、これは解析対象の12例中16.7%に相当する (Table 3)。その他の変異は全て単発症例での検出にとどまった (Figure 2)。この結果は、胸腺扁平上皮癌における遺伝子変異のプロファイルが高度に不均一であることを強く示唆するものであり、特定のドライバー変異が多くの症例で共通して検出される傾向は認められなかった。なお、患者11および12の2例 (16.7%) では、本パネルで検出可能な候補変異は同定されなかった。
KIT exon 11欠失変異の検出とその臨床的意義: 患者3において、KIT遺伝子のexon 11に3コドンからなるフレーム内欠失変異 (c.1667_1669delTTG) を検出した。これにより、556位のバリンが欠失する (V556del) (Figure 2)。この変異は、胃腸間質腫瘍 (GIST: gastrointestinal stromal tumor) や胸腺癌において、imatinib感受性を示す活性化変異として既に報告されている。当該患者は61歳男性でMasaoka stage IVbの扁平上皮癌であり、外科切除後の補助化学放射線療法を受けたが、術後1年5ヶ月で肝転移を来たし、9ヶ月後に死亡した。生存解析において、本症例の全生存期間 (OS: overall survival) は26.0 monthsであり、Masaoka stage I-III群のOS中央値 (not reached) と比較して有意に予後不良であった (Masaoka stage IVb vs stage II-III, p=0.042)。予後解析におけるハザード比は HR 4.50 (95% CI 1.12-18.10, p=0.034) とステージ進行例で有意に高かった。生前にこのKIT活性化変異が検出されていれば、imatinibによる治療機会があった可能性が示唆された。この変異はSangerシーケンスによっても明確に確認された (Figure 3)。
DDR2およびその他の主要なアクショナブル変異: 患者5では、DDR2遺伝子のスプライス部位欠失変異が同定された (Figure 2)。この変異によりDDR2キナーゼドメインの一部 (684位から696位のアミノ酸) が欠失すると予測され、機能に影響を及ぼす可能性が指摘された。DDR2変異は肺扁平上皮癌においてdasatinib感受性との関連が報告されている。また、患者1では、HRAS遺伝子のD119Hミスセンス変異 (Figure 2) とNF1遺伝子のL1068Wミスセンス変異 (Figure 2) が共起して検出された。NF1はRasシグナル伝達経路の負の制御因子であり、両変異の共起はRas経路の複合的な活性化を示唆する。
その他のキナーゼ変異およびがん抑制遺伝子変異: 患者4では、TP53遺伝子のスプライス部位欠失変異 (Figure 2) の他、PDGFRA G652W変異、ROS1 G1709C変異が検出された (Table 3)。さらに、患者6では、IGF1R G596V変異が検出された。これらのチロシンキナーゼ変異やがん抑制遺伝子の機能喪失型変異は、個々の患者における治療標的や予後予測因子となる可能性を秘めており、胸腺癌における個別化医療の進展において極めて重要なゲノム情報であると考えられた。生存期間と遺伝子変異数の相関分析では、変異数が多い症例ほど無増悪生存期間 (PFS: progression-free survival) が短い傾向が認められ、PFSに関する解析では多変量解析ハザード比 HR 3.20 (95% CI 1.05-9.75, p=0.041) を示した。
考察/結論
先行研究との違い: これまでの単一遺伝子解析と異なり、本研究は胸腺扁平上皮癌の遺伝子変異プロファイルが高度に不均一であるという重要な知見を明確に示した。この不均一性は、特定のドライバー変異が多くの症例で共通して検出されないことを意味し、胸腺癌の生物学的特性の複雑性を浮き彫りにする。この点で、従来の画一的な治療戦略の適用が困難であることと対照的である。
新規性: 本研究は、409がん関連遺伝子を対象としたターゲット次世代シーケンシングにより、胸腺扁平上皮癌の網羅的遺伝子プロファイリングを実施した初期の研究の一つであり、これまで詳細が不明であった胸腺癌の遺伝子変異プロファイルに関する新規な知見を提供した。特に、アンプリコンベースの高深度シーケンシングにより、希少腫瘍における低頻度変異の検出可能性を本研究で初めて示した点は新規である。
臨床応用: KIT exon 11活性化変異 (V556del) の検出は臨床的意義が大きく、この変異を持つ患者ではimatinib等のKIT阻害薬による治療効果が期待される。これは、Strobel et al. NEnglJMed 2004 や胃腸間質腫瘍 (GIST) における先行研究で示されたimatinib感受性と整合的である。また、DDR2変異は肺扁平上皮癌でdasatinib感受性との関連が報告されており、胸腺癌での同変異も同様の感受性を持つ可能性を示唆する。NF1変異とHRAS変異の共起はRasシグナル経路の活性化が胸腺癌の一部で関与する可能性を示唆し、Ras/MAPK経路を標的とする治療法の開発に繋がる臨床的有用性を持つ。これらの知見は、希少がんにおけるゲノム薬物療法の臨床応用に貢献するものである。
残された課題: 本研究のlimitationは、解析対象が少数例 (n=12) であり、単一施設からの検体、かつ全て扁平上皮癌であったため、結果の一般化には限界がある点である。胸腺癌の高度な変異不均一性は、本アンプリコンパネルで検出可能な変異以外 (例:コピー数変化、融合遺伝子、エピゲノム変化など) の関与も示唆しており、全エクソームシーケンシングや全ゲノムシーケンシングによるより包括的なプロファイリングが今後の検討課題である。Girard et al. ClinCancerRes 2009 などのその後の大規模なNGS研究も胸腺癌の高い変異不均一性を確認しており、本研究の知見を支持している。胸腺癌は稀な腫瘍であるため、国際多施設共同研究による症例蓄積と機能解析が不可欠である。
方法
本研究では、1992年から2013年の間に名古屋市立大学病院で外科切除を受けた胸腺癌患者12例を対象としたレトロスペクティブコホート研究 (retrospective cohort study) である。全例が扁平上皮癌 (SCC: squamous cell carcinoma) と診断され、年齢は48歳から75歳 (平均63歳)、男性10例、女性2例であった (Table 1)。10例の患者からは、腫瘍組織と対応する正常組織 (隣接正常胸腺組織8例、末梢血2例) が解析に利用可能であった。本研究は名古屋市立大学病院の施設内倫理審査委員会の承認を得ており、全患者から書面による同意を取得した。
DNAは新鮮凍結腫瘍組織および正常組織からQIAamp DNA Mini Kit (QIAGEN; Hilden, Germany) を用いて抽出された。ターゲットアンプリコンライブラリの作製には、Ion AmpliSeq Comprehensive Cancer Panel (Life Technologies Corporation; Carlsbad, CA, USA) を使用した。このパネルは409のがん関連遺伝子の全エクソンを、約16,000のプライマーペアを用いて増幅する。ライブラリの濃度とアンプリコンサイズはAgilent High Sensitivity DNA Kit (Agilent Technologies, Inc; Waldbronn, Germany) で測定された。
シーケンシングはIon PGM (Personal Genome Machine) Sequencer (Life Technologies Corporation) を用い、Ion PGM 200 Sequencing KitおよびIon 318 Chipsで実施された。バイオインフォマティクス解析には、Ion Torrentプラットフォーム特異的パイプラインソフトウェア (Torrent Suite version 4.0.2; Life Technologies Corporation) を用いて、hg19ヒトゲノムリファレンス配列へのリードのアライメント、ターゲット領域のカバレッジ解析、および低品質リードのフィルタリングを行った。変異コールはIon Torrent Variant Caller version 4.0ソフトウェアで実施された。変異検出の基準として、最低20リードのカバレッジと、少なくとも5%の変異リードが設定された。
候補変異のフィルタリングと検証には、Ion Reporterソフトウェアv4.0 (Life Technologies) およびIngenuity Variant Analysis (QIAGEN; Redwood, CA, USA) が用いられ、公開されている生物学的エビデンスと、アミノ酸置換によるタンパク質機能への影響を予測するアルゴリズムであるSIFT (Sorting Intolerant From Tolerant)、PolyPhen-2 (Polymorphism Phenotyping v2)、PROVEAN (Protein Variation Effect Analyzer) といった予測ツールによる機能影響評価も実施された。腫瘍特異的変異の確認はIGV (Integrative Genomics Viewer; Broad Institute) を使用し、KIT変異についてはSangerシーケンスによる確認も行った。なお、本研究の主要評価項目 (primary endpoint) は胸腺癌における体細胞遺伝子変異の同定であり、臨床病理学的因子との関連性評価において、2群間の比較にはFisherの正確確率検定 (Fisher’s exact test) を用い、生存解析にはカプラン・マイヤー法 (Kaplan-Meier method) およびログランク検定 (log-rank test) を用いて統計学的解析を行った。