- 著者: Katsuya Y, Fujita Y, Horinouchi H, Ohe Y, Watanabe S, Tsuta K
- Corresponding author: Koji Tsuta (Division of Pathology and Clinical Laboratory, National Cancer Center Hospital, Tokyo, Japan)
- 雑誌: Lung Cancer
- 発行年: 2015
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 25799277
背景
胸腺上皮性腫瘍 (TET) は、米国における年間発生率が10万人あたり0.15人と報告される稀な縦隔悪性腫瘍である Engels et al. IntJCancer 2003。WHO分類では、胸腺腫 (A, AB, B1, B2, B3型) と胸腺癌 (C型) に分類され、悪性度が増すにつれて分類が進む。外科的切除が唯一の根治的治療法であり、早期の胸腺腫患者では完全切除が第一選択となる。しかし、局所進行性または遠隔転移を有する患者では、化学療法、手術、放射線療法を組み合わせた集学的治療が検討される。特に、プラチナ製剤とアントラサイクリン系薬剤を基盤とした全身化学療法が、局所進行性で切除不能な疾患や転移性疾患の患者に投与される。これまでに、c-Kit阻害剤や上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害剤などの分子標的療法も臨床試験で評価されてきたが、その結果は期待外れであったと報告されている。
近年、免疫チェックポイント分子であるPD-L1 (programmed cell death ligand 1) が、メラノーマ、卵巣癌、結腸癌、肺癌、乳癌、腎細胞癌など、様々な腫瘍で発現し、抗腫瘍免疫からの逃避を促進することが示されている Dong et al. NatMed 2002。PD-L1は腫瘍細胞上で発現し、腫瘍特異的T細胞のPD-1に結合することで、T細胞の細胞傷害活性を抑制する。これにより、PD-1/PD-L1シグナル経路は免疫抑制的な腫瘍微小環境を維持し、抗腫瘍免疫からの逃避を促進すると考えられている。新しく開発された抗PD-1/PD-L1抗体薬は、このPD-1/PD-L1相互作用を阻害することで、T細胞の疲弊を回復させ、抗原特異的T細胞応答を再活性化させることが期待されている Topalian et al. NEnglJMed 2012。PD-L1発現は、これらの抗体薬の治療効果予測バイオマーカーとして議論されており、他癌腫ではPD-L1高発現が予後不良と関連するとの報告も多い。
胸腺上皮細胞は、正常な胸腺においてもPD-L1を発現することが知られており、これは胸腺におけるT細胞のネガティブセレクションに関与していると考えられている Okazaki et al. NatImmunol 2013。TETにおけるPD-L1の過剰発現は、腫瘍の免疫逃避に寄与する可能性が示唆されていたが、当時としては最大規模の系統的な組織マイクロアレイ (TMA) 解析によるPD-L1発現の評価は未解明であった。特に、胸腺腫と胸腺癌におけるPD-L1発現の網羅的な比較検討や、その臨床病理学的因子および予後との関連性については、知識のギャップが残されていた。先行研究では、Paddaらが69例のTETでPD-L1発現を評価し、TETにおけるPD-L1陽性率が68.1%と正常胸腺の17.6%と比較して有意に高いことを報告しているが Padda et al. JThoracOncol 2015、この研究はサンプルサイズが限定的であり、PD-L1発現の予後的意義については十分な検討が不足していた。本研究は、この知識のギャップを埋めることを目的とする。
目的
本研究の目的は、胸腺腫および胸腺癌におけるPD-L1 (E1L3Nクローン) の免疫組織化学的発現を、大規模な組織マイクロアレイ (TMA) を用いて評価することである。具体的には、PD-L1発現とWHO組織型、その他の臨床病理学的因子との関連性を詳細に解析する。さらに、PD-L1発現が患者の全生存期間 (OS) に与える予後的意義を検討し、切除不能または再発性の胸腺腫および胸腺癌に対する抗PD-1/PD-L1抗体薬の潜在的な治療標的としてのPD-L1の有用性を評価することを目的とした。本研究は、当時としては最大規模のTMA解析を通じて、胸腺上皮性腫瘍におけるPD-L1発現の包括的なプロファイルを確立し、将来的な免疫療法開発のための基礎データを提供することを目指す。
結果
患者背景と解析対象: 本研究では、141例の胸腺腫および胸腺癌患者の検体が収集された。2例はTMA標本中の腫瘍細胞が少なすぎたため評価から除外され、最終的に139例が解析対象となった。患者の内訳は男性53例 (38%)、女性88例 (62%) で、平均年齢は58歳 (範囲25-84歳) であった。WHO分類の内訳は、A型9例 (6%)、AB型48例 (34%)、B1型17例 (12%)、B2型23例 (17%)、B3型6例 (4%)、C型38例 (27%) であった。Masaoka-Koga病期は、Stage I 34例 (24%)、Stage II 64例 (46%)、Stage III 27例 (19%)、Stage IVa 9例 (6%)、Stage IVb 6例 (4%) であった。R0切除は102例 (72%)、R1/R2切除は32例 (23%) であった (Table 1)。
PD-L1発現の主要結果: PD-L1は腫瘍上皮細胞に検出されたが、浸潤性または周囲のリンパ球には染色されなかった (Fig. 1)。カットオフスコア3 (1%) を用いた場合、胸腺癌の70% (26/37例) と胸腺腫の23% (22/102例) がPD-L1陽性であった (P < 0.001)。胸腺腫と胸腺癌の間では、陽性結果の尤度比は3.25、陰性結果の尤度比は0.38であった。PD-L1発現スコアの平均値は、胸腺腫で5.98 (標準偏差 [SD] 17.85)、胸腺癌で41.21 (SD 50.28) であり、胸腺癌で有意に高かった (P < 0.001)。WHO分類別のPD-L1陽性率は、A型22%、AB型8%、B1型35%、B2型36%、B3型33%、C型70%であり、C型で最も高かった (P < 0.001) (Table 2)。
PD-L1発現規定因子の多変量解析: PD-L1陽性発現と有意に相関した因子は、男性 (P = 0.044)、WHO C型 (P < 0.001)、およびMasaoka-Koga高病期 (P < 0.001) であった。年齢 (P = 0.214)、原発腫瘍サイズ (P = 0.584)、術前治療 (P = 0.182) とは相関が認められなかった。ロジスティック回帰多変量解析の結果、WHO C型がPD-L1発現の独立した規定因子であることが示された (オッズ比 [OR] 4.82, 95% CI 1.57-14.81, P = 0.006) (Table 3)。年齢、性別、Masaoka-Koga病期、原発腫瘍サイズ、術前治療はPD-L1発現の独立した規定因子ではなかった。
TILにおけるPD-1発現: 胸腺癌におけるPD-1発現は、腫瘍細胞ではなくTILに検出された (Fig. 2)。カットオフスコア3 (1%) を用いた場合、胸腺癌のTILにおけるPD-1陽性例は23例 (62%)、陰性例は14例 (38%) であった。胸腺癌検体におけるTILの平均PD-1発現スコアは18.78 (SD 31.07) であった。腫瘍細胞におけるPD-L1発現とTILにおけるPD-1発現の間には相関が認められなかった (Spearmanの相関係数 rs = 0.0045, 95% CI -0.32-0.32, P = 0.979)。
生存解析とPD-L1の予後的意義: 単変量解析では、WHO分類、Masaoka-Koga病期、術後再発、切除断端状態、術前治療、術後治療、PD-L1発現がOSと相関する可能性が示された。多変量解析の結果、WHO分類 (ハザード比 [HR] 8.10, 95% CI 2.04-32.14, P = 0.003)、Masaoka-Koga病期 (HR 4.49, 95% CI 1.19-16.92, P = 0.026)、および術前治療 (HR 4.48, 95% CI 1.02-19.60, P = 0.046) がOSに影響を与える独立した予後不良因子であることが示された (Fig. 3a)。しかし、PD-L1発現はOSに有意な影響を与えなかった (TET全体: HR 0.99, 95% CI 0.35-2.73, P = 0.987)。胸腺腫単独 (P = 0.408) および胸腺癌単独 (P = 0.836) のいずれにおいても、PD-L1発現とOSの間に有意な相関は認められなかった (Fig. 3b, c)。
考察/結論
本研究は、胸腺腫および胸腺癌におけるPD-L1発現を、当時としては最大規模のTMA解析を用いて評価した。最も重要な知見は、胸腺癌の70%でPD-L1が陽性であり、胸腺腫の23%と比較して有意に高いこと (P < 0.001) を示した点である。さらに、多変量解析によりWHO C型がPD-L1発現の独立した規定因子であることが明らかになった (OR 4.82, 95% CI 1.57-14.81, P = 0.006)。この高いPD-L1陽性率は、切除不能または再発性の胸腺腫および胸腺癌に対する抗PD-1/PD-L1抗体薬の潜在的有効性を支持する根拠データとなり、これらの疾患に対する免疫チェックポイント阻害剤 (ICI) の臨床応用への道を開くものである。
先行研究との違い: 多くの他癌腫ではPD-L1高発現が予後不良と関連すると報告されているが Ishii et al. JThoracOncol 2015、本研究ではPD-L1発現が独立した予後不良因子とは関連しなかった点 (HR 0.99, 95% CI 0.35-2.73, P = 0.987) は、これまでの報告と対照的であり、注目される。この乖離は、TETの独特な免疫微小環境、特に胸腺本来の免疫調節機能が関与している可能性を示唆する。また、PD-L1とPD-1 (TIL) の間に相関がなかった点 (rs = 0.0045, P = 0.979) も、TETの免疫微小環境が他癌腫と異なることを示唆する。
新規性: 本研究で初めて、PD-L1抗体クローンE1L3Nの特異性をA549細胞のsiRNAノックダウンモデルで検証し、その高い特異性を確認した。E1L3Nクローンは、リンパ球や樹状細胞などの他のPD-L1発現細胞ではなく、腫瘍細胞を特異的に染色できるという新規性も示した。これにより、腫瘍細胞におけるPD-L1発現をより正確に評価することが可能となった。また、E1L3Nクローンが弱から強までの染色強度を示し、膜上のPD-L1発現の定量的評価に適している可能性も示唆された。
臨床応用: 本研究で示された胸腺癌におけるPD-L1の高発現は、切除不能または再発性の胸腺癌患者に対する抗PD-1/PD-L1抗体薬の臨床応用における重要な根拠となる。このデータは、その後のavelumab (Rajan et al. JCO 2019) やpembrolizumab (Girard et al. JCO 2021) などのICI臨床試験設計の基盤となり、胸腺腫瘍に対するICIアプローチを正当化する重要な先行文献として位置づけられている。ただし、胸腺腫へのICIは重篤な免疫関連有害事象 (筋炎、心筋炎、重症筋無力症悪化など) のリスクが高いことが後に示され、現在では胸腺腫と胸腺癌のICIへの適応は分けて考えられている。
残された課題: 本研究の限界として、外科的切除症例のみを対象としているため、非手術例を代表しない可能性がある点が挙げられる。また、E1L3Nクローンと他のPD-L1抗体クローン (例: 5H1) との染色パターンの乖離が報告されており、どのクローンが抗PD-1/PD-L1薬の治療効果を最もよく予測するかは今後の検討課題である。さらに、TMAを用いた解析では腫瘍内不均一性の評価に限界があるため、将来の研究では生検検体などを用いたより詳細な解析が必要とされる。PD-L1発現が治療効果に与える影響については本研究では直接評価されていないため、今後、抗PD-1/PD-L1薬による治療効果とPD-L1発現の関連を直接検証する臨床試験が求められる。
方法
患者とサンプル: 国立がん研究センター病院にて1973年から2009年の間に外科的切除を受けた、免疫組織化学的に確定診断された原発性胸腺腫または胸腺癌の連続患者を対象とした。合計141例の患者が登録され、関連する臨床データは患者カルテの後方視的レビューにより収集された。本研究は施設倫理委員会の承認を得て実施された (承認番号: 2010-0077)。TMA標本中の腫瘍細胞が少なすぎるため評価不能であった2例 (B2型29歳女性、C型56歳女性) は解析から除外され、最終的に139例が解析対象となった。
PD-L1抗体の検証: PD-L1抗体 (クローンE1L3N) の特異性を検証するため、ヒト肺癌細胞株A549細胞およびPD-L1-siRNAによりPD-L1をノックダウンしたA549細胞のセルブロックを用いた。PD-L1ノックダウン細胞ではPD-L1発現が認められず、A549-NC細胞では強いPD-L1陽性が確認され、E1L3Nクローンが高い特異性を持つことが保証された (Supplementary Fig. A1)。
免疫組織化学 (IHC): 既存のTMAブロック (各検体から2コア採取) を使用した。胸腺腫における腫瘍内不均一性を考慮し、各検体から2つのランダムなサンプルを採取した。TMAブロックは4 µm厚に切断され、脱パラフィン処理された。抗原賦活化のため、10 mMクエン酸ナトリウム緩衝液中で121℃、10分間煮沸した。一次抗体としてPD-L1 (E1L3N, 1:800, Cell Signaling Technology) およびPD-1 (NAT105, 1:100, Abcam) を使用し、二次抗体にはペルオキシダーゼ標識二次抗体 (EnVision/HRPシステム, DAKO) を用いた。DAB染色により抗原を可視化した。
評価とスコアリング: 2名の独立した観察者 (Y.K.とK.T.) が、盲検下で染色スライドを評価した。形態学的特徴を持つ胸腺上皮細胞を評価し、特にB1型およびB2型の胸腺腫で上皮成分の区別が困難な場合は、免疫組織化学的に上皮マーカー発現を確認した。半定量的H-score法を採用し、腫瘍細胞におけるPD-L1の染色面積 (0-100%) と染色強度 (0:陰性, 1:非常に弱い, 2:中程度, 3:強い) の積 (スコア0-300) を算出した。PD-L1発現スコアのカットオフ値は3 (1%) と設定した。腫瘍浸潤リンパ球 (TIL) におけるPD-1発現も同様に評価した。
統計解析: PD-L1発現と患者特性 (性別、年齢、WHO分類、Masaoka-Koga病期、原発腫瘍サイズ、術前治療) との相関は、Fisher’s exact testおよびロジスティック回帰モデルを用いて解析した。全生存期間 (OS) のリスク因子評価には、既知の変数を用いて解析した。生存期間は手術日から死亡日または最終追跡日までと定義した。各変数 (性別、年齢、WHO分類、Masaoka-Koga病期、原発腫瘍サイズ、術後再発、切除断端状態 [R0またはR1, R2]、術前治療、術後治療、PD-L1発現 [陽性または陰性]) を単変量解析で評価した。P値が0.10以下の変数は、Spearmanの相関係数 (<0.7) により独立性を評価した後、Cox比例ハザードモデルを用いた多変量解析で評価した。OSはKaplan-Meier法により推定し、ログランク検定を用いて2群間で比較した。両側P値が0.05以下を統計的に有意とみなした。すべての統計解析はStataバージョン13.0 (College Station, Texas) を用いて実施された。