• 著者: Rodrigo Romero, Volkan I Sayin, Shawn M Davidson, Matthew R Bauer, Simranjit X Singh, Sarah E LeBoeuf, Triantafyllia R Karakousi, Donald C Ellis, Arjun Bhutkar, Francisco J Sánchez-Rivera, Lakshmipriya Subbaraj, Britney Martinez, Roderick T Bronson, Justin R Prigge, Edward E Schmidt, Craig J Thomas, Chandra Goparaju, Angela Davies, Igor Dolgalev, Adriana Heguy, Viola Allaj, John T Poirier, Andre L Moreira, Charles M Rudin, Harvey I Pass, Matthew G Vander Heiden, Tyler Jacks, Thales Papagiannakopoulos
  • Corresponding author: Tyler Jacks (Koch Institute for Integrative Cancer Research, Massachusetts Institute of Technology, Cambridge, MA, USA), Thales Papagiannakopoulos (Department of Pathology, New York University School of Medicine, New York, NY, USA)
  • 雑誌: Nature Medicine
  • 発行年: 2017
  • Epub日: 2017-10-02
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 28967920

背景

KRAS変異は非小細胞肺がん (NSCLC) の約30%に認められる主要なドライバー遺伝子変異であるが、KRASタンパク質自体を直接標的とすることは困難であり、治療選択肢は極めて限られていた。そのため、KRAS変異と共存して腫瘍進展を促進する協調変異遺伝子の機能解析と、それに伴う治療脆弱性の同定が強く求められていた。KEAP1 (Kelch-like ECH-associated protein 1) は、抗酸化応答を制御する転写因子であるNRF2 (nuclear factor erythroid 2-like 2) の主要な負の制御因子であり、正常細胞ではNRF2をユビキチン化してプロテアソーム分解へと誘導する。先行研究である Itoh et al. (1999) は、KEAP1がNRF2の活性を抑制する分子機構を明らかにし、DuPage et al. (2009) や Sanchez-Rivera et al. (2014) は、遺伝子改変マウスモデル (GEMM: genetically engineered mouse model) や CRISPR (clustered regularly interspaced short palindromic repeats) 技術を用いた肺腺がん (LUAD: lung adenocarcinoma) モデルの構築法を確立した。また、がんゲノムアトラス (TCGA: The Cancer Genome Atlas) などの大規模ゲノム解析 Cancer et al. Nature 2014 により、LUADにおいてKEAP1の不活性化変異が約20%の高頻度で認められ、特にKRAS変異と高頻度で共存することが報告されていた。さらに、扁平上皮肺がんにおいてもKEAP1/NRF2経路の異常が多数報告されている TCGA et al. Nature 2012。しかしながら、KEAP1の喪失がKRAS駆動型の肺発がんに与える機能的な影響や、それに伴う代謝的な脆弱性については未解明な部分が多く、治療標的としての有用性は不明であった。従来の治療戦略ではKEAP1変異陽性腫瘍に対する有効なアプローチが不足しており、この遺伝子型特異的な脆弱性を標的とした精密医療の確立には、詳細な分子機序の解明と患者選択のためのバイオマーカー戦略が不可欠であった。このように、KEAP1欠損がもたらす代謝リプログラミングの全貌と治療標的としての可能性については依然として大きな knowledge gap が残されており、前臨床モデルを用いた実証研究が手薄であるという課題が残されていた。

目的

本研究の目的は、CRISPR-Cas9 (clustered regularly interspaced short palindromic repeats/CRISPR-associated protein 9) 技術を用いた GEMM を構築し、Kras駆動型肺腺がんにおけるKeap1喪失の機能的役割を明らかにすることである。さらに、KEAP1欠損細胞が示す代謝的特徴を網羅的に解析することで、治療標的となり得る代謝的脆弱性を同定する。具体的には、KEAP1/NRF2変異肺がん細胞におけるグルタミン分解 (glutaminolysis) への依存性を検証し、グルタミナーゼ (GLS: glutaminase) 阻害剤であるCB-839の治療有効性を in vitro および in vivo のモデルを用いて実証する。最終的には、ヒト肺腺がん患者におけるKEAP1変異シグネチャーと予後との関連を解析し、CB-839による治療が有効な患者群を層別化するためのバイオマーカー戦略を提示することを目的とする。

結果

Keap1喪失による肺腺がん進展促進とNRF2経路の活性化: KPマウスモデルにおいて、CRISPR-Cas9を用いたKeap1のノックアウト (sgKeap1.2群、n=7 mice) は、対照群 (sgTom群、n=3 mice) と比較して、感染21週間後において肺の腫瘍負荷を有意に増大させた (p<0.05) (Fig 1b)。組織学的解析により、sgKeap1.2群では高悪性度なグレード3の腫瘍の割合が著しく増加しており (p<0.0001)、sgKeap1.4群 (n=5 mice) でもグレード4の腫瘍が有意に増加していた (p<0.001) (Fig 1c)。pHH3染色による有糸分裂指数の定量では、sgKeap1.2群の腫瘍細胞において増殖活性の有意な上昇が確認された (p<0.05) (Fig 1d)。さらに、IHC解析により、sgKeap1.2群の腫瘍の60%においてNRF2の核内蓄積とNQO1の過剰発現が高度に相関して認められ (p<0.0001) (Fig 1e)、活性酸素種 (ROS: reactive oxygen species) によるDNA酸化損傷マーカーである8-oxo-dGの陽性率が有意に低下していた (p=0.0001) (Fig 1g)。ヒト肺腺がん生検組織 (n=12 patients) においても、KEAP1またはNRF2変異とNQO1の強染色との間に極めて有意な相関が認められた (p=0.0002) (Fig 1h)。また、リンパ節転移巣のゲノム解析から、Keap1の機能喪失型アレルがクローナルに濃縮していることが確認された。

TCGAデータ解析におけるKEAP1変異シグネチャーと予後不良の相関: ヒト肺腺がんにおける臨床的意義を明らかにするため、TCGAのLUADコホート (n=548 patients) を用いて生存解析を行った。NRF2のコアターゲット遺伝子 (108遺伝子) に基づくシグネチャーは、ステージ1 (n=251 patients) と比較して進行期であるステージ4 (n=24 patients) の腫瘍において有意に上昇していた (p=0.028) (Fig 2a)。NRF2コアシグネチャーとの相関が上位15%の患者群 (n=68 patients) は、それ以外の患者群 (n=390 patients) と比較して有意に生存期間が短縮していた (p=0.008) (Fig 2b)。さらに、KEAP1変異シグネチャーの上位20%に該当する高相関群 (n=91 patients) は、非相関群 (n=367 patients) と比較して予後が著しく不良であった (p=0.012) (Fig 2c)。コックス比例ハザードモデルを用いた多変量解析において、KEAP1変異シグネチャーは他の臨床共変量を調整した後も独立した予後不良因子であることが示された (HR 1.22, p=0.04)。また、マウスモデルから導出したKeap1変異シグネチャーをヒトコホートに適用した場合でも、上位50%の高相関群 (n=229 patients) において有意な生存期間の短縮が認められた (p=0.003) (Fig 2e)。

フォーカスCRISPRスクリーンによるグルタミン分解依存性の同定: KEAP1欠損に伴う治療標的を同定するため、抗酸化および代謝関連遺伝子を標的とするフォーカスCRISPRスクリーンを実施した (Fig 3a)。KPK細胞 (n=2 cells) およびKP細胞 (n=2 cells) において14回の細胞分裂を経た後のsgRNAの挙動を解析した結果、グルタミントランスポーターであるSlc1a5を標的とする4つのsgRNAのうち3つが、KPK細胞において選択的かつ有意に枯渇した (遺伝子スコア 0.3) (Fig 3a)。この結果を検証するため、sgSlc1a5を導入してSLC1A5を欠損させたところ、KPK細胞およびKEAP1変異を有するヒト肺がん細胞株 (A549、H2030) の増殖は著しく抑制されたが、KEAP1野生型の細胞株 (KP1、KP2、H2009) には影響を与えなかった (Fig 3c, d)。また、培地中のグルタミン濃度を2.0 mMから0.5 mMに低下させると、KPK細胞の増殖のみが選択的に抑制された (p<0.01) (Fig 3f)。細胞外フラックス解析において、KPK細胞はKP細胞と比較してグルタミン消費量が有意に多く (p<0.0001) (Fig 3g)、[U13C]グルタミントレーサー実験では、グルタミン由来の炭素がTCAサイクル中間体へ約2.5-fold多く取り込まれていることが示され、RNA-seq解析では抗酸化関連遺伝子の発現変動 (log2FC > 1.5) が確認された。さらに、KPK細胞はグルコース消費量や乳酸産生量も有意に高く、解糖系への依存度も増大していた。

グルタミナーゼ阻害剤CB-839に対する高い治療感受性とin vivoでの腫瘍抑制効果: グルタミン代謝への依存性を治療的に標的化するため、GLS阻害剤であるCB-839およびBPTES (bis-2-(5-phenylacetamido-1,3,4-thiadiazol-2yl)ethyl sulfide) の効果を検証した。KPK細胞は、CB-839に対してKP細胞と比較して著しく高い感受性を示した (p<0.005) (Fig 4b)。KEAP1またはNRF2変異を有するヒト肺がん細胞株パネル (A549、H1975など、n=4 cells) においても、CB-839 (500 nM) 投与により生存率が約50%以下に低下したのに対し、野生型細胞株は耐性を示した (Fig 4d)。CB-839による増殖抑制は、α-ケトグルタル酸やピルビン酸の添加によって救済されたが、抗酸化剤 (Trolox、NAC [N-acetyl cysteine]) では救済されず、この感受性がアナプレローシス (anaplerosis: 経路補充反応) の阻害に起因することが示された。in vivo において、KPK細胞由来の皮下移植腫瘍は、CB-839投与群 (n=6 tumors) でvehicle群と比較して腫瘍体積および最終腫瘍重量が有意に縮小した (p<0.05) (Fig 4e, f)。同所性肺移植モデル (n=4 mice) においても、ルシフェラーゼ発光による光子フラックス定量でCB-839群の有意な腫瘍増殖抑制が確認された (p<0.05) (Fig 4g)。さらに、5種類のKEAP1変異を有するPDXモデルのすべてにおいて、CB-839投与による顕著な腫瘍増殖抑制効果が実証された (Fig 4i)。

考察/結論

本研究は、CRISPR-Cas9を用いた in situ ゲノム編集技術を駆使し、Kras駆動型肺腺がんにおいてKeap1の喪失が腫瘍進展を著しく促進するという直接的な機能的証拠を初めて提示した。さらに、KEAP1欠損に伴う代謝リプログラミングの帰結として生じるグルタミン分解への依存性を、治療標的となり得る代謝的脆弱性として同定した極めて重要な報告である。

先行研究との違い: 本研究は、単に抗酸化作用の増強が腫瘍進展を助けるという従来の知見と異なり、KEAP1欠損細胞がグルタミントランスポーターSLC1A5を介したグルタミン取り込みと、それに続くグルタミナーゼによるグルタミン酸への変換に完全に依存していることを遺伝学的スクリーンおよび代謝流動解析によって明確に示した。これは、KRAS変異単独の腫瘍が示す代謝プロファイルとは対照的であり、共存するKEAP1変異が腫瘍の代謝依存性を劇的に変化させることを実証している。

新規性: 本研究で初めて、KEAP1欠損肺がん細胞におけるグルタミン分解への代謝シフトが、抗酸化物質の産生維持ではなく、TCAサイクルを維持するためのアナプレローシス経路の補充に必須であることを新規に解明した。この代謝的脆弱性を標的とすることで、KEAP1変異腫瘍に対してグルタミナーゼ阻害剤CB-839が極めて高い選択的治療効果を示すことを、細胞株、同所性移植モデル、および患者由来のPDXモデルを用いて包括的に実証した。

臨床応用: 本知見は、KEAP1またはNRF2変異を有する肺腺がん患者に対する精密医療の臨床応用に直結する。TCGA解析において、KEAP1変異シグネチャーが独立した予後不良因子であることが示されたことは、これらの患者群に対する新規治療戦略の必要性を裏付けている。臨床現場においては、NQO1の免疫組織化学染色が、遺伝子シーケンシングが困難な施設におけるサロゲートバイオマーカーとして臨床的有用性を有することが示唆された。現在臨床試験が進められているCB-839の患者選択バイオマーカーとして、KEAP1/NRF2変異ステータスが極めて有望であることが本研究によって科学的に裏付けられた。

残された課題: 今後の検討課題として、CB-839に対する長期曝露による耐性獲得メカズムの解明が残されている。また、本研究の limitation として、マウスモデルにおける腫瘍微小環境とヒト臨床における微小環境の差異が挙げられ、免疫チェックポイント阻害薬や他の代謝阻害薬との併用療法の有効性については今後の研究による検証が必要である。さらに、KEAP1変異を伴わないNRF2経路の後 epigenetic な活性化 (プロモーターメチル化など) を示す症例に対しても、同様のグルタミン代謝脆弱性が適用可能であるかについては、今後の方向性として重要な検討事項である。

方法

本研究では、LSL-KrasG12D/+; Trp53fl/fl (KP) マウスモデルを用い、pSECCレンチウイルス発現系を介してCas9およびKeap1に対する単一ガイドRNA (sgRNA: single guide RNA) であるsgKeap1.2またはsgKeap1.4を気管内投与することにより、in situ でのCRISPR編集によるKeap1欠損腫瘍を誘導した。対照群にはtdTomatoを標的とするsgTomを用いた。腫瘍の進展はmicro-CT (マイクロCT) を用いて縦断的に測定し、感染後4ヶ月および5ヶ月時点で腫瘍体積を定量した。組織学的解析として、感染 21 週間後の肺組織を回収し、H&E (hematoxylin and eosin) 染色による腫瘍負荷および組織学的グレード (グレード1-4) の評価を行った。増殖能の指標として、リン酸化ヒストンH3 (pHH3: phosphorylated histone H3) の免疫組織化学 (IHC: immunohistochemistry) 染色を行い、有糸分裂指数を算出した。また、NRF2、NQO1 (NAD(P)H quinone dehydrogenase 1)、およびDNA酸化損傷マーカーである8-oxo-dGのIHC解析を実施した。

マウス腫瘍および細胞株のゲノムDNAを抽出し、ターゲットシーケンシングによりKeap1遺伝子のフレームシフト変異を確認した。KPマウス腫瘍からisogenicな細胞株 (KP、KPK [Keap1欠損]、KPN [Nrf2欠損]) を樹立し、RNA-seq解析を行った。RNA-seqデータのリードトリミングにはTrimmomatic Bolger et al. Bioinformatics 2014 を使用し、リードマッピングにはBWA-MEMアルゴリズム Li et al. Bioinformatics 2009 を用い、発現定量にはRSEM Li et al. BMCBioinformatics 2011 を使用した。また、発現変動遺伝子の同定にはlimmaパッケージ Ritchie et al. NucleicAcidsRes 2015 を用いた。体細胞変異の検出にはMuTect2 Cibulskis et al. NatBiotechnol 2013 およびGATK DePristo et al. NatGenet 2011 を用い、変異アノテーションにはANNOVAR Wang et al. NucleicAcidsRes 2010 を用いた。

代謝的脆弱性を探索するため、抗酸化応答および代謝関連遺伝子17遺伝子を標的とする65種類のsgRNAを含むフォーカスCRISPRライブラリーを構築し、14回の細胞分裂後のsgRNA of 枯渇度を評価する遺伝学的スクリーンを実施した。細胞外 flux 解析により、YSI生化学分析計を用いてグルコースおよびグルタミンの消費量、ならびに乳酸産生量を測定した。さらに、[U13C]グルタミントレーサーを用いたガスクロマトグラフィー質量分析 (GC-MS: gas chromatography-mass spectrometry) により、TCA (tricarboxylic acid) サイクルへの炭素寄与率を解析した。

グルタミナーゼ阻害剤としてCB-839およびBPTES (bis-2-(5-phenylacetamido-1,3,4-thiadiazol-2yl)ethyl sulfide) を用い、in vitro での細胞生存率 (CellTiter-Glo) および増殖能を評価した。in vivo での治療効果検証のため、KPK細胞を免疫不全マウスであるNSG (NOD.Cg-Prkdcscid Il2rgtm1Wjl/SzJ) マウスに皮下または同所性 (肺) に移植し、CB-839 (200 mg/kg、1日2回) を経口投与して腫瘍増殖抑制効果を評価した。さらに、5種類のKEAP1変異を有する患者由来異種移植 (PDX: patient-derived xenograft) モデルを用いてCB-839の治療効果を検証した。ヒト肺腺がんにおける臨床的意義を検証するため、TCGAのLUADコホート (n=548) のデータを用い、ssGSEA (single-sample gene set enrichment analysis) Subramanian et al. ProcNatlAcadSciUSA 2005 によりNRF2コアシグネチャーおよびKEAP1変異シグネチャーを算出し、カプラン・マイヤー (Kaplan-Meier) 法およびログランク (log-rank) 検定、ならびにコックス比例ハザード (Cox proportional hazards) モデルによる生存解析を行った。