- 著者: Inge Katrin Herrmann, Matthew John Andrew Wood, Gregor Fuhrmann
- Corresponding author: Inge Katrin Herrmann (ETH Zurich / Empa, St. Gallen, Switzerland) / Gregor Fuhrmann (Friedrich-Alexander-University Erlangen-Nuremberg, Germany)
- 雑誌: Nature Nanotechnology
- 発行年: 2021
- Epub日: 2021-07-01
- Article種別: Review
- PMID: 34211166
背景
脂質ベースナノキャリア (特にリポソーム) は臨床製剤として既に確立されたドラッグデリバリー技術であるが、細胞由来の extracellular vesicle (EV) が「自然の薬物輸送システム」として次世代プラットフォームへの期待を集めていた。EV はリン脂質二重膜を基盤とする点でリポソームと共通するが、複雑な脂質・表面タンパク質組成を持ち、親細胞固有の「バーコード」 (組織ホーミングシグネチャー) を内在する。MISEV2018 ガイドライン (382 名の EV 研究者によるコンセンサス) では EV の標準的特性解析の枠組みが提示されたが (Thery et al. JExtracellVesicles 2018 に相当)、リポソームに対する EV の実際の優位性については依然として議論があった。
EV の生物学的・治療的可能性は exosome による mRNA/miRNA 転送 (Valadi et al. NatCellBiol 2007 に相当) や標的化 exosome による脳への siRNA 送達 (Alvarez-Erviti et al. NatBiotechnol 2011 に相当) で示されてきた。しかし (1) 最適化リポソームに対する EV の有効性・安全性の頭対頭直接比較データが不足していること、(2) 大規模製造に伴う品質管理上の困難、(3) ウイルスコンタミネーション除去という技術的課題が未解決のまま臨床試験が進行しており、客観的なリスク・ベネフィット評価のための系統的レビューが不足していた。
目的
EV をドラッグデリバリービヒクルとして批判的に評価し、リポソームとの比較・薬物充填法・特性解析・製造スケールアップ・安全性・免疫原性・臨床試験現状を体系的に論じ、EV ベースドラッグデリバリー開発に携わる研究者・開発者・規制当局に向けた実践的ガイドラインを提示することを目的とした。
結果
親細胞バーコードを持つ EV の生物学的独自性と多様な取り込み機序:EV 分泌は全生命圏 (動物・植物・細菌) に保存された進化的に古い機構であり、サイズは概ね 30–1,000 nm にわたり、親細胞種によって固有の「バーコード」 (特異的タンパク質・脂質シグネチャー) を持つ。MISEV2018 では普遍的 EV マーカーは廃止され、CD63・CD9・CD81 等テトラスパニンは代表的マーカーとして広く使われるが、標準マーカーの強制は推奨されなくなった。親細胞種依存的なタンパク質凝集体・ウイルスとの識別が重要であることも規定された。EV の取り込み機序は受容体依存性エンドサイトーシス・脂質ラフト相互作用・クラスリン依存性・マクロピノサイトーシス・直接融合と多様で、細胞種依存的に大きく異なる (Mathieu et al. NatCellBiol 2019 に相当)。エンドソーム脱出はカーゴデリバリーの前提条件だが、リソソーム分解による機能喪失が主要課題として残る。腫瘍 EV はがん進展・免疫回避・転移伝播で重要な役割を果たすため (グリオブラストーマ EV による T 細胞活性化阻害・PD-L1 搭載 EV による免疫抑制)、がん由来 EV は安全面から担体への直接使用は推奨されない。
EV ドラッグキャリアの 4 分類と進行中の臨床試験:EV は構成成分の起源で (1) 自然 EV、(2) (遺伝子) 改変細胞由来 EV (MSC-EV・樹状細胞-EV・植物 EV 等)、(3) ポスト修飾ハイブリッド EV (薬物付加・リガンド結合)、(4) EV 模倣リポソームの 4 群に分類される (Fig. 2)。mesenchymal stem/stromal cell (MSC) 由来 EV (臍帯・脂肪・骨髄由来) は再生医療 (ドライアイ・網膜黄斑円孔・歯周炎・アルツハイマー病等) や COVID-19 肺炎 (相次ぐフェーズ I/II 試験) で臨床評価が進行中で、Table 1 には計 n=14 試験が掲載され、その大部分 (>70%) が MSC-EV を用いる。N-methyldopamine・norepinephrine は MSC-EV 産生を増加させつつ調節能を保つことが示された。薬物搭載 EV では KRAS G12D siRNA 搭載 MSC-EV (転移性膵臓癌、フェーズ I)・クルクミン搭載植物 EV (結腸癌)・腫瘍抗原搭載樹状細胞 EV (NSCLC、フェーズ II 完了) の 3 製剤が進行中または完了している。一方、米国 FDA は 2019 年に未承認エクソソーム製品で Nebraska の患者に重篤な有害事象が生じたと警告し、透明な製造・品質管理・前臨床安全性/有効性データの重要性を強調した。これらの臨床応用は MSC-EV が大半を占め、薬物搭載型は依然初期段階に留まる。
固有の組織ホーミング能と全身投与後の急速クリアランス:T 細胞→抗原提示細胞への一方向性 miRNA 転送や腫瘍 EV のインテグリン発現依存的臓器親和性 (Hoshino et al. Nature 2015 に相当) に代表されるように、EV は固有の組織ホーミング能を持ち、特定の親-標的細胞ペアで優れた組織指向性を示す (Fig. 1)。しかし全身投与後は PEG リポソームと同様に主に肝臓・脾臓・肺・消化管へ非特異的集積し、EV の循環中半減期は PEG 化リポソームより著明に短い (EV の末期半減期は最大でも約 60 分 vs リポソームの数時間で、数 fold〜十数 fold の差)。ただしこの比較は蛍光染料 (EV) vs 放射性核種 (リポソーム) の方法論的差異の影響を受けうるため、より厳密な頭対頭比較が必要である。腫瘍組織への集積も確認され、標的化リガンド付加でさらに増強可能であった。EV は細胞外マトリックスを模したハイドロゲル環境ではリポソームより優れた浸透能を示し、表面タンパク質の重要性が示唆された。半減期約 60 分という短さは反復投与・標的化修飾による克服が課題となる。投与後 1 時間以内に循環 EV の大半 (おおむね 90% 超) が排除臓器に取り込まれるため、標的組織への到達効率が制約される。
前臨床での安全性と免疫原性に関する個別評価の必要性:ウシ乳由来 EV 静脈内投与ではマウスで重篤な有害事象なし・中等度サイトカイン放出のみ。ヒト胎児腎臓細胞由来 EV の 3 週間静脈内・腹腔内投与でも毒性なし。非ヒト霊長類試験データも概して安全性を支持する。一方、血小板由来 EV は輸血関連急性肺傷害との関連が近年報告され注意が必要であり、MSC 由来 EV の血管新生活性が休眠腫瘍を活性化するリスクも重要な懸念として示された。各 EV 製剤の免疫原性・生体適合性は個別評価すべきで、リポソームや生物学的製剤と同等の評価プロセスが求められる。EV は親細胞由来の表面抗原 (MHC 分子等) を保持しうるため、同種・異種由来でレシピエントの免疫応答が異なる点も、リポソームのような完全合成キャリアと根本的に異なる安全性評価上の留意点である。これらの安全性プロファイルは EV 源・投与経路・投与量に強く依存し、汎用的な安全マージンの設定は現時点で困難である。
上流・下流製造工程のスケールアップとウイルス除去の難関:上流工程では多層フラスコ・バイオリアクター (ステンレス製 20,000 L まで)・ホローファイバーカートリッジ・ウェーブバッグ (500 L まで) での細胞培養スケールアップが評価されるが、継代数・細胞密度・EV 採取頻度が EV 収率・組成・生物活性に大きく影響する (Fig. 3, Fig. 4a)。下流工程では差次超遠心 (dUC)・密度勾配遠心 (DGC)・サイズ排除クロマトグラフィー (SEC)・接線フロー濾過 (TFF) が収率と純度の軸で評価され (Fig. 4b)、SEC 単独または SEC+限外濾過 (UF) が dUC より収率・純度の両面で優れうる。最大の難関はウイルスコンタミネーション除去であり、EV とウイルスのサイズ・コロイド特性の類似性により、既存のウイルス除去プロセス (多くがウイルス精製目的で開発されたもの) では完全除去が困難である。ウイルスリスク緩和は低リスク原料選択・工程内検査・不活化/除去の 3 原則に基づくが、EV の複雑性ゆえ各工程でトレードオフが発生する。上流は細胞治療の品質概念を、下流は生物製剤の概念を一部流用できるものの、EV 単離・精製はウイルス汚染に本質的に脆弱であり EV 固有の課題が残る。
内因性・外因性の薬物充填法とその効率/コストのトレードオフ:内因性ローディング (産生細胞の遺伝子工学的改変による細胞内搭載) は目的分子を直接 EV に搭載できる利点があるが、核酸・タンパク質系薬物に適用が限られ製造スケールアップが複雑化する (OBrien et al. NatRevMolCellBiol 2020 に相当)。外因性ローディングとして (1) パッシブインキュベーション (疎水性化合物・クルクミン等に有効、簡便だが効率は低い)、(2) サポニン処理 (大型タンパク質の充填効率向上、精製が必要)、(3) 超音波処理・電気穿孔 (小分子・高分子の両方に使用可能、生体分子への影響を要確認) が、充填効率と大規模生産コストの軸で比較評価された (Fig. 4c)。光遺伝学的エクソソームシステム (青色光応答型タンパク質間相互作用モジュール) による大量搭載や、リポソームと EV の融合によるハイブリッドアプローチも大型分子充填の新選択肢として浮上している。いずれの方法も充填効率・スケーラビリティ・生体分子保全のいずれかでトレードオフを抱え、汎用的に最適な方法は確立されていない。さらに最終製品の製剤化・保存 (凍結・凍結乾燥・室温) も EV の品質・活性に影響し (Fig. 4e)、除去すべき夾雑物 (HDL・LDL 等のリポタンパク質) のサイズ・密度分布も定量的に管理する必要がある (Fig. 4d)。
全開発工程のエビデンス成熟度のカラーコード化と未到達領域の可視化:EV ベースドラッグデリバリー開発の各工程 (単離・特性解析・免疫原性評価・生体内分布・薬物充填・製剤化・バッチ間変動評価) の科学的エビデンス成熟度を「高・中・低」でカラーコード化した (Fig. 4f)。全工程で「高」レベルには達しておらず、製剤化・バッチ間変動評価・生体内分布の系統的比較データが特に不足していることが示された。これは研究者・規制当局・開発者が優先課題を一目で把握するための実践ツールとして提示された。
考察/結論
本レビューは EV をドラッグデリバリープラットフォームとして実用化するための技術的・規制的ロードマップを提示した点で価値が高い。EV がリポソームに対して実際に優れているかについての直接比較エビデンスは依然として不足しており、これまでの多くの楽観的論調とは異なり、最適化リポソーム対照との頭対頭比較実験が最優先課題であると率直に指摘した点が本総説の novel な貢献である。EV の臨床成功には (1) コスト効率の良い大規模製造技術、(2) バッチ間変動の高感度評価法、(3) 汎用的な薬物充填法という 3 要件の同時充足が必要である。
臨床応用の観点では、現在 EV は一品一様のバッチ試験が行われているが、バイオシミラーに類似したコンセプトの導入や標準化ポテンシー試験の策定が急務であり、FDA・EMA を含む規制当局の明確なガイダンスが臨床開発加速の鍵となる。ISEV 等の国際学会と協調した透明性ある製造・品質管理データの集積が今後の科学的・規制的基盤となる、という bench-to-bedside 橋渡しの具体的提言を行った。
残された課題として、EV とリポソームを融合したハイブリッド製剤、体内植込み細胞による in vivo 産生エンジニアード EV といった革新的アプローチの検証、ウイルス完全除去技術の確立、長期安全性 (休眠腫瘍活性化リスク等) の評価が今後の方向性として挙げられる。本総説は EV の生物学的魅力と製造実現性の間のギャップを率直に示し、分野全体のリアリティチェックとしての意義を持つ。
方法
該当なし (Review)。本総説は narrative review の形式をとり、原著の一次データ収集や定量的メタ解析は行わない。レビューの構成軸として、(1) EV の生物学的独自性と取り込み機序、(2) EV ベースドラッグキャリアの分類 (自然 EV / 遺伝子改変細胞由来 EV / ポスト修飾 EV / EV 模倣リポソームの 4 群) と進行中臨床試験 (Table 1 に 14 試験を掲載)、(3) ターゲティング・生体内分布・クリアランス、(4) 安全性・免疫原性、(5) 上流・下流製造工程とウイルス除去 (Fig. 3, 4)、(6) 薬物充填法の比較 (内因性 vs 外因性)、(7) 開発全工程のエビデンス成熟度のカラーコード化 (Fig. 4f) を横断的に整理する。EV 特性評価の枠組みとしては MISEV2018 コンセンサス (差次超遠心・密度勾配遠心・SEC・TFF 等の単離法と、テトラスパニン CD9/CD63/CD81・NTA・DLS・WB による特性評価) を基準として参照し、各工程における科学的エビデンスの成熟度を「高・中・低」の 3 段階で相対評価する。リポソームを比較対照 (benchmark) として一貫して用い、EV の実際の優位性を批判的に検証する点を方法論的特徴とする。なお本 review は一次臨床試験ではないため NCT 番号や統計手法は持たない。