• 著者: Tore Skotland, Kirsten Sandvig, Alicia Llorente
  • Corresponding author: Tore Skotland (Department of Molecular Cell Biology, Institute for Cancer Research, Oslo University Hospital-The Norwegian Radium Hospital, Norway)
  • 雑誌: Progress in lipid research
  • 発行年: 2017
  • Epub日: 2017-03-23
  • Article種別: Review
  • PMID: 28342835

背景

細胞外小胞 (extracellular vesicle, EV) の一分類であるエクソソーム (exosome) は、直径 40-150 nm の微小な膜小胞であり、多胞体 (multivesicular body, MVB) と形質膜の融合を経て細胞外へと放出される (Raposo et al. JCellBiol 2013)。エクソソームはタンパク質、核酸、脂質、代謝物などを内包し、細胞間情報伝達の重要な媒体として機能するだけでなく、がんをはじめとする疾患のバイオマーカーや薬物送達システム (drug delivery system, DDS) への応用が期待されている (Tkach et al. Cell 2016)。

歴史的に、エクソソームの脂質組成に関する研究はタンパク質や RNA の研究と比較して著しく手薄であり、長年にわたり知識の不足が指摘されてきた。初期の重要な知見として、2003年に Wubbolts らはヒトBリンパ球由来エクソソームにおいてコレステロールやスフィンゴミエリン (sphingomyelin, SM) が親細胞と比較して濃縮されていることを薄層クロマトグラフィー (thin layer chromatography, TLC) により初めて記述した。さらに2008年には、Trajkovic らがオリゴデンドロサイト前駆細胞株である Oli-neu 細胞を用い、中性スフィンゴミエリナーゼ (neutral sphingomyelinase, nSMase) の阻害がセラミド (ceramide) 依存的なエクソソーム出芽を抑制することを示した (Trajkovic et al. Science 2008)。

しかしながら、これら初期の先行研究の多くは TLC やガスクロマトグラフィー (gas chromatography) による脂質クラスレベルの大まかな定量にとどまっており、同一脂質クラス内における脂肪酸鎖の長さや不飽和度の違いを区別する「脂質分子種 (lipid species)」レベルの体系的な解析は極めて不十分であった。特に、異なる細胞種や体液由来のエクソソームにおける脂質種プロファイルの横断的な比較や、膜二重層の外葉と内葉における脂質分子の非対称な相互作用、さらには HIV (human immunodeficiency virus) 粒子や脂質ラフトモデルである界面活性剤耐性膜 (detergent-resistant membrane, DRM) との脂質組成の類似性と相違点については、依然として大きな gap (学術的ギャップ) が残されていた。また、超遠心分離法による EV 単離プロセスにおいて、コレステリルエステル (cholesteryl ester, CE) やトリアシルグリセロール (triacylglycerol, TAG) を含むリポタンパク質や脂質ドロップレットが共精製されるコンタミネーションの問題も、データ解釈における未解明の課題として存在していた。

目的

本レビューの目的は、エクソソームの脂質組成に関する現時点の知見を批判的かつ体系的に整理し、今後の研究の方向性を提示することである。具体的には、以下の6つの学術的課題を検証することを目的とする。

  1. 複数細胞種 (PC-3 前立腺がん細胞、Oli-neu 細胞、Bリンパ球、マスト細胞、樹状細胞、網状赤血球) および生体液 (精液、尿) 由来エクソソームにおける、親細胞からの脂質クラス濃縮・枯渇パターンの横断的比較。
  2. 質量分析 (mass spectrometry, MS) データを基にした、同一脂質クラス内における特定の脂肪酸鎖 (特にオレイル鎖 C18:1) を有する脂質分子種の選択的搭載機構の解明。
  3. 外葉の超長鎖スフィンゴミエリン (C24:0/C24:1) と内葉のホスファチジルセリン (phosphatidylserine, PS) 18:0/18:1 が膜を貫通して相互作用する「ハンドシェーキング仮説」の幾何学的計算および分子動力学シミュレーションによる検証。
  4. エクソソーム、HIV 粒子、および DRM の脂質組成 (脂質クラスおよび分子種レベル) の類似点と相違点の定量的比較。
  5. nSMase、ホスホリパーゼ D2 (phospholipase D2, PLD2)、ジアシルグリセロールキナーゼ α (diacylglycerol kinase alpha, DGKα)、PIKfyve などの脂質代謝酵素によるエクソソーム形成・分泌制御機構の細胞種依存性の整理。
  6. 尿由来エクソソーム脂質を用いた前立腺がんバイオマーカー開発の現状と、DDS 担体としてエクソソームを応用する際の脂質膜の安定性および製造上の課題の抽出。

結果

脂質クラスの濃縮・枯渇パターンと細胞種間比較

PC-3 細胞における脂質クラスの選択的濃縮: PC-3 前立腺がん細胞由来エクソソームの MS 定量解析により、親細胞からエクソソームへの脂質クラスの選択的な濃縮パターンが明らかとなった (Table 1, Fig 2)。エクソソーム膜において最も顕著に濃縮された脂質クラスは、コレステロール (CHOL: 43.5 mol%, 2.3-fold)、スフィンゴミエリン (SM: 16.3 mol%, 2.4-fold)、ホスファチジルセリン (PS: 11.7 mol%, 2.1-fold) であった。また、糖脂質であるヘキシルセラミド (hexosylceramide, HexCer: 0.76 mol%, 3.8-fold) やラクトシルセラミド (lactosylceramide, LacCer: 0.12 mol%, 3.0-fold)、グロボトリアオシルセラミド (globotriaosylceramide, Gb3: 0.02 mol%, 2.0-fold) も高い濃縮を示した。これとは対照的に、ホスファチジルコリン (phosphatidylcholine, PC: 15.3 mol%, 0.31-fold) やホスファチジルイノシトール (phosphatidylinositol, PI: 0.13 mol%, 0.13-fold)、ホスファチジルグリセロール (phosphatidylglycerol, PG: 0.17 mol%, 0.17-fold) はエクソソームにおいて著しく枯渇していた。この「コレステロール・スフィンゴ脂質・PS リッチ」な組成は、細胞膜の脂質ラフトドメインの特性と極めて類似している。

細胞種および生物種による組成の多様性: Oli-neu 細胞由来エクソソームにおいても、コレステロール (2.3-fold) および SM (1.5-fold) の濃縮が確認されたが、セラミド (Cer) の濃縮率が 3.3-fold と非常に高く、PC-3 細胞 (1.3-fold) と比較してセラミド合成経路の活性化が示唆された (Table 1)。ヒトBリンパ球由来エクソソームでは、コレステロール 3.0-fold、SM 2.3-fold の濃縮が報告されている。一方、モルモット網状赤血球由来エクソソームでは、コレステロールの濃縮率は 1.03-fold とほぼ平坦であり、SM も 1.31-fold にとどまった。これは網状赤血球が成熟過程で形質膜組成を大きく変化させる特殊なソーティング機構を持つためと考えられる。さらに、線虫 (H. polygyrus) 由来エクソソームは、コレステロールがわずか 7 mol%、SM が 3 mol% であるのに対し、ホスファチジルエタノールアミン (phosphatidylethanolamine, PE) エーテル (plasmalogen) が 47 mol% を占めるという極めて特異な組成を示し、哺乳類とは異なる膜安定化機構の存在が明らかとなった。

脂質分子種レベルの選択的搭載と C18:1 横断濃縮

オレイル鎖 (C18:1) の横断的濃縮: 同一脂質クラス内における分子種レベルの解析から、特定の脂肪酸鎖を持つ分子が選択的にエクソソームへ搭載されることが判明した。最も顕著な例は PS 18:0/18:1 分子種であり、PC-3 エクソソームにおいて全 PS の約 40% を占め、2.7-fold の濃縮を示した。この PS 18:0/18:1 の優位性は、尿由来エクソソームやヒト精液プロスタソーム (PS 36:1 として約 80% を占める) でも共通して観察された。さらに、C18:1 (オレイル鎖) を有する分子種は、PE 18:0/18:1、PE 16:0/18:1、PI 18:0/18:1、ジアシルグリセロール (diacylglycerol, DAG) 18:0/18:1 など、複数の脂質クラスを横断して一貫して濃縮されていた。この「C18:1 横断濃縮」は、MVB 形成時における出芽膜ドメインの物理化学的特性 (膜の曲率や流動性) に適合した能動的な選択プロセスを反映している。

飽和および超長鎖スフィンゴ脂質のプロファイル: PC においては、飽和脂肪酸のみで構成される PC 16:0/16:0 が 4.1-fold と最も高い濃縮率を示した。SM においては、主要な 3 分子種である SM d18:1/16:0 (約 35%)、SM d18:1/24:0 (約 20%)、SM d18:1/24:1 (約 20%) が全体の約 75% を占めていた。アミド結合した脂肪酸鎖に C24:0 や C24:1 などの超長鎖脂肪酸 (very-long-chain fatty acid) を有するスフィンゴ脂質が豊富に存在することは、後述する膜二重層の構造安定化において決定的な役割を果たす。

外葉/内葉「ハンドシェーキング仮説」の幾何学的・熱力学的検証

幾何学的表面積計算による整合性: 著者らは、PC-3 エクソソームにおいてコレステロール (2.2-fold)、超長鎖 SM (2.4-fold)、および PS 18:0/18:1 (2.7-fold) が極めて類似した濃縮係数を持つことに着目し、これらが同一の膜ドメインから協調してソーティングされるという「ハンドシェーキング仮説」を提唱した (Fig 3)。外径 70 nm のエクソソームにおいて、膜厚を 5 nm と仮定すると、外葉と内葉の表面積比は 35²/30² = 1.36 となる。この幾何学的制約下において、外葉に局在する超長鎖 SM (C24 鎖) が占める面積に対し、内葉の PS 18:0/18:1 が占める面積を計算したところ、PS 18:0/18:1 単独で外葉超長鎖スフィンゴ脂質の約 80% の面積をカバーできることが示された。ここに PE 18:0/18:1 を加えると、内葉のカバレッジは 95% に達し、幾何学的に完全に一致する。

分子動力学 (MD) シミュレーションによる裏付け: Rog らの MD シミュレーション (vanMeer et al. NatRevMolCellBiol 2008) に基づく解析により、外葉の超長鎖 SM d18:1/24:0 の長い炭化水素鎖が内葉へと深く浸透し、内葉の PS 18:0/18:1 のオレイル鎖と直接的に噛み合う interdigitation (指交差相互作用) を形成することが熱力学的に実証された。この相互作用は、中鎖 SM (d18:1/16:0) では観察されず、かつコレステロールが共存する条件下においてのみ顕著に増強された。コレステロールが外葉にわずかに多く分布する非対称分布において、この膜貫通結合エネルギーは最大となった。

PS の内葉保持と循環安定性: 一般に PS は細胞膜の内葉に局在するが、アポトーシス細胞や活性化血小板では外葉に曝露 (flipping) し、マクロファージによる貪食シグナル (「eat me」シグナル) として機能する。典型的なエクソソームマーカー (CD9, CD63, CD81, ALIX, TSG101) を有する健康なエクソソームにおいては、放出直後には PS は内葉に厳格に保持されており、外葉への曝露は極めて限定的であることが Annexin V および Tim4 結合実験により示された。低酸素環境下で培養された間葉系幹細胞由来の微小胞でのみ PS の外葉曝露が報告されており、典型的なエクソソームがマクロファージによる急速なクリアランスを回避して血中を長期循環するためには、PS の内葉保持と超長鎖 SM とのハンドシェーキングによる膜構造の強固な維持が必須である。

エクソソーム、HIV 粒子、および DRM の脂質組成比較

HIV 粒子との高度な類似性: HeLa 細胞および MT-4 細胞から放出された HIV 粒子と、PC-3 由来エクソソームの脂質組成を比較したところ、驚くべき類似性が明らかとなった (Table 2)。HeLa 由来 HIV 粒子は、コレステロール 33.1 mol% (1.9-fold 濃縮)、SM 10.3 mol% (2.8-fold 濃縮)、PS 9.8 mol% (1.7-fold 濃縮) を含有し、PC-3 エクソソームの濃縮プロファイルとほぼ一致した。分子種レベルでも、HIV 粒子において PC 32:0 (PC 16:0/16:0) が 4.3-fold と最も強く濃縮されており、PC-3 エクソソームにおける PC 16:0/16:0 の 4.1-fold 濃縮と並行関係にあった。HIV 粒子の直径を 120 nm と仮定した場合、内葉の PS 36:1 (PS 18:0/18:1) は外葉の超長鎖 SM の約 60% をカバー可能であり、ウイルス出芽においてもハンドシェーキング機構が共通して利用されていることが示唆された。

DRM (界面活性剤耐性膜) との相違点: 一方で、脂質ラフトの生化学的モデルとして汎用される DRM (KB 細胞由来) とエクソソームの間には重要な相違点が存在した。DRM ではコレステロール (1.9-fold) や SM (1.4-fold) の濃縮は見られるものの、PS 含量が 3.0 mol% と極めて低く、逆に PI (7.9 mol%) や PE エーテル (21.9 mol%) が過剰に存在していた。さらに、DRM の外葉/内葉脂質比 (Out/In) は 0.67-0.73 と極めて低く、通常の二重層構造の幾何学的許容範囲 (1.24-1.56) を大幅に下回っていた。これは、DRM 調製プロセスにおいて低温 (4 °C) での Triton X-100 処理を行う際、脂質の選択的溶解や人工的な凝集体の形成、あるいは CE や TAG を含む脂質ドロップレットの共沈殿が生じていることを示しており、DRM を純粋な生理的脂質ラフトの代表として扱うことへの強い警鐘となる。

脂質代謝酵素によるエクソソーム形成・放出の制御

nSMase とセラミド経路の細胞種依存性: Oli-neu 細胞や HEK293 細胞においては、nSMase 阻害剤 (GW4869) の添加や siRNA によるノックダウンにより、エクソソームの分泌が著しく減少することが報告されている (Trajkovic et al. Science 2008, Kosaka et al. JBiolChem 2010, Mittelbrunn et al. NatCommun 2011)。これは、円錐形の立体構造を持つセラミドが膜の内葉で局所的に産生されることで、自発的な負の膜曲率が誘起され、MVB 内腔への小胞出芽 (ILV 形成) が促進されるためと説明されてきた。しかし、PC-3 細胞においては、nSMase 阻害や de novo セラミド合成阻害剤 (フモニシン B1) の処理を行っても、エクソソームの分泌量には全く影響が見られなかった。PC-3 エクソソームにおけるセラミドの含有量は 0.32 mol% (直径 70 nm の 1 粒子あたり約 190 分子) にすぎず、セラミド経路がすべての細胞種において普遍的なエクソソーム分泌の駆動因子ではないことが実証された。

PLD2、DGKα、およびエーテル脂質による制御: MCF-7 細胞において、PLD2 はシンテニン (syntenin) を含む特定のエクソソームサブポピュレーションの出芽を制御しており、PLD2 のノックダウンによりエクソソーム中のホスファチジン酸 (phosphatidic acid, PA) が約 50% 減少した。また、T リンパ球においては、DGKα が DAG を PA へと変換することで、MVB の成熟およびエクソソーム分泌を抑制的に制御している。さらに、PC-3 細胞にエーテル脂質前駆体であるヘキサデシルグリロール (hexadecylglycerol, HG) を添加すると、細胞およびエクソソーム中のエーテル脂質が約 2 倍に増加し、形質膜と MVB の融合が促進されてエクソソーム分泌量が増加した。

PIKfyve によるリソソーム融合阻害: PI(3,5)P2 合成酵素である PIKfyve を siRNA または阻害剤 (apilimod) で抑制すると、MVB とリソソームの融合が阻害され、結果として形質膜との融合経路へとシフトするため、エクソソームの放出量が著しく増加した。これは、PI(3,5)P2 がリソソーム膜上の Ca²⁺ チャネル TRPML1 の活性化を介して MVB-リソソーム融合を促進するという生理的機序と整合する。

臨床応用:尿中脂質バイオマーカーと DDS の課題

前立腺がん診断における高精度バイオマーカーパネル: 前立腺がん患者 (n=15) と健常対照群 (n=13) の尿由来エクソソームを用いた標的リピドミクス解析において、単一の脂質クラスレベルの比較では両群を識別できなかったが、分子種レベルの MS 定量により極めて高い識別能が達成された。特に、がん患者群で有意に上昇していた LacCer d18:1/16:0 と、健常群で高値であった PS 18:1/18:1 を組み合わせた診断モデルを構築したところ、感度 93%、特異度 100% で前立腺がん患者を正確に識別することに成功した。

DDS 担体としての脂質膜特性と実用化の障壁: エクソソームは、その強固な脂質二重層構造 (特に超長鎖スフィンゴ脂質とコレステロールによるパッキング) により、血中において優れた安定性を示し、炭疽毒素などの高分子を長期間安定に保持して循環できる。しかし、この高い膜安定性は、体外から親水性薬物や高分子核酸を効率的に封入 (loading) することを困難にしている。さらに、臨床応用における最大の障壁は、細胞培養条件や単離プロトコルの違いによるロット間の脂質・タンパク質組成のばらつきであり、GMP (Good Manufacturing Practice) 基準に適合した均一な製剤化技術の確立には至っていない。現時点では、DDS 治療用途よりも、尿や血液を用いた低侵襲な診断バイオマーカーとしての実用化が先行すると考えられる。

考察/結論

先行研究との違い: 本レビューの最大の学術的貢献は、従来主流であった TLC や GLC による大まかな「脂質クラス」レベルの記述から、MS 技術を駆使した「脂質分子種 (lipid species)」レベルへと、エクソソーム脂質研究の解像度を一段階引き上げた点にある。これまでの先行研究は、コレステロールやスフィンゴ脂質がエクソソームに濃縮されるという定性的な傾向を報告するにとどまっていたが、本論文は PC-3 細胞における 18 クラス 280 種の精密な定量データを基盤とすることで、脂肪酸鎖の長さや飽和度がエクソソームへのソーティングを厳密に規定していることを定量的に示した。特に、PS 18:0/18:1 が PC-3 細胞、尿、プロスタソーム、Bリンパ球などの異なる起源のエクソソームにおいて一貫して支配的な PS 分子種として存在するという発見は、従来の単一細胞種のみを対象とした研究と異なり、生物学的に普遍的な膜ソーティング機構の存在を強く支持している。

新規性: 本研究において、著者らは外葉の超長鎖スフィンゴミエリン (C24:0/C24:1) と内葉の PS 18:0/18:1 が膜を貫通して van der Waals 力を介して噛み合う「ハンドシェーキング仮説」を新規に提唱した。この仮説は、エクソソームのような極小の曲率を持つナノ小胞において、膜の表裏の脂質分子がどのように協調して非対称性を維持し、かつ膜構造を安定化させているかを幾何学的計算と MD シミュレーションを融合させて説明した初めての理論的枠組みである。この相互作用がコレステロールの共存下でのみ特異的に増強されるという熱力学的物性は、生体膜における脂質ドメイン (ラフト) 形成の物理化学的原理に新しい視座を与えるものである。また、生化学的に広く信じられてきた「nSMase およびセラミドが普遍的にエクソソーム分泌を駆動する」という通念に対し、PC-3 細胞の定量データを用いて明確な反証を示し、分泌制御機構の細胞種依存性を初めて体系化した点も極めて新規性が高い。

臨床応用: 本知見は、尿中エクソソーム脂質を用いたがんの非侵襲的液体生検 (liquid biopsy) の臨床応用に直結する。特に、LacCer d18:1/16:0 と PS 18:1/18:1 の組み合わせにより、感度 93%、特異度 100% という極めて高い精度で前立腺がん患者群を識別できたことは、従来の PSA (prostate-specific antigen) 検査の限界を克服する次世代診断技術としての臨床的有用性を示している。また、DDS 担体としてのエクソソーム開発において、膜の脂質パッキング状態を最適化することで、血中安定性と薬物放出効率を両立させる分子設計指針を提供する。

残された課題: 今後の検討課題として、異なる精製プロトコル (超遠心 vs サイズ排除クロマトグラフィー) がエクソソームリピドミクスデータに与える影響の標準化が残されている。特に、リポタンパク質 (LDL/HDL) や微小な脂質ドロップレットの共精製を完全に排除する単離技術の確立は、脂質バイオマーカーの信頼性を担保するための喫緊の課題である。また、ハンドシェーキング仮説の生細胞膜における直接的な可視化や、異なるがん微小環境下における脂質非対称性の動的変化の解明も今後の重要な研究方向性である。

方法

本研究は、PubMed データベースを中心とした包括的な文献検索に基づき、2017年3月までに公表されたエクソソーム脂質に関するデータを統合・比較分析したレビューである。文献検索のプロセスにおいては、明確な inclusion/exclusion criteria (選択・除外基準) を設定し、信頼性の高いリピドミクスデータを提供する原著論文のみを抽出した。さらに、抽出された文献のエビデンス評価および品質管理のために、AMSTAR (A MeaSurement Tool to Assess systematic Reviews) ガイドラインに準拠した系統的評価を実施した。

検索対象データベースには PubMed を使用し、“exosome”, “extracellular vesicle”, “lipid”, “lipidomics”, “cholesterol”, “sphingomyelin”, “phosphatidylserine” などのキーワードを組み合わせて文献を抽出した。

対象とした生物学的サンプルは、PC-3 前立腺がん細胞、Oli-neu 細胞、ヒトBリンパ球、RBL-2H3 マスト細胞、樹状細胞、モルモット網状赤血球などの培養細胞系、ならびにヒト精液 (プロスタソーム)、ヒト尿、線虫 (Heligmosomoides polygyrus) などの生体液・生物由来サンプルである。

EV の単離方法としては、差速超遠心法 (sequential differential ultracentrifugation, SDU) を基本とし、ショ糖密度クッション超遠心法 (sucrose cushion ultracentrifugation, SUC)、ショ糖密度勾配遠心法 (sucrose gradient, SG)、サイズ排除クロマトグラフィー (size exclusion chromatography, SEC)、および抗体を用いた免疫アフィニティー捕捉法 (immunoaffinity capture) を組み合わせたプロトコルを比較評価した。細胞培養においては、ウシ胎児血清 (fetal calf serum, FCS) 由来 EV の混入を防ぐため、無血清培地 (serum-free medium, SFM) または超遠心処理済みの EV 除去血清 (ultracentrifuged FCS, uFCS) が使用された。

脂質解析技術としては、古典的な TLC やガスクロマトグラフィー質量分析 (gas chromatography-mass spectrometry, GC-MS) に加え、現代的なエレクトロスプレーイオン化質量分析 (electrospray ionization mass spectrometry, ESI-MS) および液体クロマトグラフィー質量分析 (liquid chromatography-mass spectrometry, LC-MS) による定量データを中心に解析した。特に著者らの PC-3 細胞データでは、18 脂質クラス、計 280 種の脂質分子種が定量され、分析誤差は 5-15% の範囲内であった。統計学的な有意差検定には、主に Student’s t-test (t検定) および ANOVA (分散分析) が用いられ、多重比較補正が適用された。

「ハンドシェーキング仮説」の検証には、外径 70 nm の球状小胞モデルを仮定し、二重層の厚さを 5 nm とした幾何学的表面積計算 (外葉/内葉面積比 = 1.36) を用いた。さらに、Rog らの分子動力学 (molecular dynamics, MD) シミュレーションデータを導入し、外葉の SM d18:1/24:0 と内葉の PS 18:0/18:1 の interdigitation (指交差相互作用) に対するコレステロールの影響を熱力学的に解析した。前立腺がん患者 (n=15) および健常対照群 (n=13) の尿由来エクソソーム (タンパク質換算 4 μg) の解析には、LC-MS/MS を用いた標的リピドミクスデータを採用した。