- 著者: Christopher C. Kloss, Maud Condomines, Marc Cartellieri, Michael Bachmann, Michel Sadelain
- Corresponding author: Michel Sadelain (Center for Cell Engineering, Memorial Sloan-Kettering Cancer Center, New York, NY, USA)
- 雑誌: Nature Biotechnology
- 発行年: 2013
- Epub日: 2012-12-16
- Article種別: Original Article
- PMID: 23242161
背景
キメラ抗原受容体 (chimeric antigen receptor: CAR) T細胞療法は、血液がん領域において劇的な臨床効果を示している。しかし、肺がんや胸部腫瘍を含む固形がんへの応用においては、真に腫瘍特異的な抗原が極めて少ないという生物学的制約が大きな障壁となっている。CD19を標的とするCAR-T療法では正常B細胞の消失が許容されるが、固形がんで標的とされるヒト上皮成長因子受容体2 (HER2) や炭酸脱水酵素IX (CAIX) などの抗原は正常組織にも発現している。このため、正常組織を傷害する「オンターゲット・オフ腫瘍毒性 (on-target off-tumor toxicity)」が深刻な問題となる。実際に、HER2標的CAR-T療法における重篤な肺毒性による死亡例が Morgan et al. MolTher 2010 により報告され、CAIX標的CAR-T療法における肝毒性が Lamers et al. JClinOncol 2006 で報告されている。
これまでの二重標的戦略 (タンデムCARなど) は、いずれか一方の抗原に反応する「OR-gate (いずれか一方の抗原存在下で活性化する論理回路)」型であり、単一抗原を発現する正常組織への毒性を回避できない。T細胞の完全な活性化には、CD3ζを介したシグナル1と、CD28や4-1BBを介したシグナル2 (共刺激シグナル) の両方が必要である。この生理学的原理に基づき、2つのシグナルを異なる受容体に分離してそれぞれ異なる抗原に依存させる「AND-gate (二つの抗原が共発現している場合のみ活性化する論理回路)」型の設計が理論的に提唱された。しかし、このAND-gate設計を実際に実装し、その腫瘍選択性をin vivoで厳密に検証した報告はこれまで不足していた。特に、単一抗原発現細胞へのオフターゲット毒性を完全に回避するためのシグナルバランス調整に関する知見は未解明であり、実用化に向けた具体的な戦略の確立が喫緊の課題であった。このように、単一抗原陽性の正常組織を保護しつつ、二重抗原陽性の腫瘍のみを特異的に排除するための「バランスの取れたシグナル伝達」の設計原則が確立されておらず、in vivoでの選択的腫瘍根絶を実証する研究データが決定的に不足しているという課題が残されていた。
目的
本研究の目的は、以下の2点である。(1) T細胞活性化シグナル1を伝達するCARと、シグナル2のみを伝達するキメラ共刺激受容体 (chimeric costimulatory receptor: CCR) をそれぞれ異なる腫瘍関連抗原に指向させることで、両抗原を共発現する腫瘍細胞のみを選択的に排除可能なAND-gate型腫瘍センシングT細胞を構築すること。(2) CAR側の単鎖可変領域フラグメント (single-chain variable fragment: scFv) の親和性を段階的に調整し、シグナル1を意図的に低減させることで、CCRによる共刺激が同時に提供される条件下でのみ完全なT細胞活性化が達成される「バランスの取れたシグナル伝達 (balanced signaling)」の設計原則を確立し、単一抗原発現細胞へのオフターゲット毒性を回避すること。
結果
19z1+P28BBによるAND-gate概念の初期検証: CD19特異的CAR (19z1) とPSMA特異的CCRであるP28BBを共発現するT細胞は、CD19+PSMA+腫瘍に対して強力な細胞傷害性、増殖能、およびサイトカイン産生を示した (Figure 1)。in vitroの細胞傷害性アッセイでは、19z1+P28BB T細胞はCD19+PSMA+標的細胞を50:1のエフェクター/ターゲット比で40%から47%特異的に溶解した。in vivo全身性腫瘍モデルにおいて n=6 mice で評価した結果、19z1+P28BB T細胞はCD19+PSMA+腫瘍を完全に根絶し、70日以上の長期にわたる腫瘍寛解を誘導した。しかし、単一個体内にCD19+PSMA+腫瘍とCD19+PSMA-腫瘍を同時に接種したモデルでは、19z1+P28BB T細胞はCD19+PSMA+腫瘍を根絶したものの、CD19+PSMA-腫瘍に対しても有意な抗腫瘍効果を示し、完全な選択性は達成されなかった (Figure 1)。CD19+PSMA-腫瘍の排除効率は、19z1単独T細胞と比較して19z1+P28BB T細胞で有意に高かった (p<0.05)。この結果は、19z1 CAR単独でもT細胞の完全活性化に近い強いシグナル1を伝達するため、CCRによる共刺激への依存性が不十分であることを示した。
PSCA CARの親和性スクリーニングとシグナル閾値の調整: CAR単独でのシグナル強度を低減させる必要性から、PSCAを標的とする3種類の異なる親和性 (Hz1:高、Mz1:中、Lz1:低) のscFvを組み込んだCARを作製した。ビスペシフィック抗体を用いた細胞傷害性アッセイでは、高親和性Hz1が低親和性Lz1よりも1000倍から10000倍高い効率で腫瘍細胞を溶解した (Figure 2)。CAR単独での評価において、Hz1およびMz1 CARはPSCA+標的細胞に対して中程度の溶解活性 (E:T比50:1で約20%の特異的溶解) を示したが、Lz1 CARはPSCA+標的細胞に対して低い溶解活性 (E:T比50:1で約10%の特異的溶解) しか示さず、サブオプティマルな活性化受容体であることが確認された (Figure 2)。このLz1 CARは、PSMA CCR (P28BB) と共発現させた場合にのみ、IL-2およびIL-13産生が顕著に増強され、完全な活性化に達する「シグナル1閾値下」の状態であることが示された。
Lz1+P28BBによるin vitroでのAND-gate選択性の達成: Lz1+P28BB T細胞は、PSCA+PSMA+ PC3 細胞に対して強力な細胞傷害性 (E:T比10:1で60%以上の特異的溶解)、高レベルのIL-2およびIL-13産生、および旺盛な増殖を示した。IL-2産生量はLz1単独T細胞と比較してLz1+P28BB T細胞で約10.0-fold-increaseに増加した (p<0.01)。これに対し、PSCA+PSMA- (PSCA単独)、PSCA-PSMA+ (PSMA単独)、および親株 PC3 (両抗原陰性) のいずれに対しても、Lz1+P28BB T細胞は最小限の活性しか示さず、完璧なAND-gate選択性をin vitroで達成した。
in vivoでのLz1+P28BBによる選択的腫瘍根絶の実証: NSG マウスの異なる部位にPSCA+PSMA+腫瘍とPSCA+PSMA-腫瘍を同時接種したモデルにおいて、Lz1+P28BB T細胞を静脈内投与すると、PSCA+PSMA+の二重陽性腫瘍は完全に根絶された (Figure 2)。一方、PSCA+PSMA-の単一陽性腫瘍は対照群と同様に増殖を継続し、70日以上にわたって選択性が維持された。PSCA+PSMA+腫瘍のルミネセンスは投与後35日で検出限界以下となり、PSCA+PSMA-腫瘍のルミネセンスは対照群と比較して有意差がなかった (p>0.05)。さらに、n=5 mice で評価したPSCA+PSMA+、PSCA-PSMA+、PSCA+PSMA-の3種類の PC3 腫瘍を同一マウスに接種した最終検証モデルでは、Lz1+P28BB T細胞はPSCA+PSMA+腫瘍のみを選択的に根絶し、他の2種類の単一陽性腫瘍は温存された (Figure 2)。これらの結果は、T細胞が全身循環中に両抗原発現部位を探索し、両抗原が共発現する部位でのみ活性化・増殖するという腫瘍センシング機能がin vivoで忠実に再現されることを明確に示した。
長期持続性と記憶T細胞形成の評価: Lz1+P28BB T細胞は、投与後長期にわたり末梢血および腫瘍部位に持続し、腫瘍再接種時にも再活性化する記憶機能を示した。治療後70日時点でも、Lz1+P28BB T細胞を投与された n=5 mice の末梢血中にCAR陽性T細胞が平均5%以上検出された。これは、4-1BBを含む第3世代様CCR共刺激 (P28BB) がT細胞の持続性と記憶形成を増強する効果を示唆している。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、従来の単一抗原標的CAR-T細胞療法が抱えるオンターゲット・オフ腫瘍毒性の問題に対し、T細胞活性化シグナルを分割し、異なる抗原に依存させる「AND-gate」型のロジックゲート制御を初めて実装し、その有効性をin vivoで厳密に検証した。従来の二重標的戦略がOR-gate型であったのに対し、本研究は選択性を目的としたAND-gate型デュアルターゲティングを確立した点で、これまでの研究と異なり極めてユニークである。
新規性: 本研究で初めて、CARのscFv親和性を段階的に調整することで、シグナル1を意図的に閾値以下に低減させ、共刺激受容体 (CCR) によるシグナル2が同時に提供される条件下でのみT細胞が完全に活性化される「バランスの取れたシグナル伝達」という新規の設計原則を確立した。また、CD3ζドメインを含まない純粋なシグナル2伝達CCRを設計し、in vivoの単一個体内複数腫瘍モデルを用いて、このAND-gate機能が全身レベルで忠実に機能することを実証した。
臨床応用: 本知見は、真の腫瘍特異的抗原が不足している固形がん (例:前立腺がん、乳がん、卵巣がん、膵がんなど) に対するCAR-T細胞療法の安全性と適用範囲を大幅に拡大する臨床的意義を持つ。PSCAとPSMAの組み合わせは前立腺がん治療の有望な標的であり、本研究で示されたAND-gate戦略は、正常組織への毒性を最小限に抑えつつ、腫瘍特異的な治療効果を発揮する可能性を示唆する。この概念は、HER2とMUC1を組み合わせた乳がん、メソテリンと葉酸受容体αを組み合わせた卵巣がんなど、他の固形がんの臨床応用にも直結する。
残された課題: 今後の検討課題として、(1) ヒト組織における抗原発現密度とCAR/CCRの活性化閾値の精密な設計、(2) 腫瘍内での抗原発現不均一性 (一部の腫瘍細胞が単一抗原陽性である場合) への対応、(3) 腫瘍細胞による抗原ダウンレギュレーションによる免疫回避、(4) CCR単独刺激による微小な周辺組織反応の評価、(5) 臨床スケールでのbicistronicベクターの安定発現とT細胞の製造プロセス最適化が挙げられる。しかし、本研究の筆頭著者であるKlossらが、後続研究で前立腺がんAND-gate CARを臨床パイプラインに進めていることから、本概念のtranslational potentialの高さは裏付けられている。
方法
受容体設計とT細胞作製: まず、概念実証のために、CD19特異的CAR (19z1) と前立腺特異的膜抗原 (prostate-specific membrane antigen: PSMA) 特異的キメラ共刺激受容体 (CCR) であるP28BBを作製した。P28BBは、PSMA特異的scFv (J591) にCD8ヒンジ、CD28および4-1BBの細胞内ドメインを連結したもので、CD3ζドメインは含まない。次に、前立腺幹細胞抗原 (prostate stem cell antigen: PSCA) を標的とするCARを、異なる3種類のscFv親和性 (Hz1: high affinity、Mz1: medium affinity、Lz1: low affinity) で設計した。これらのCARおよびCCRは、bicistronicレンチウイルスベクターを用いてヒト末梢血T細胞に共発現させた。ウイルス導入効率は通常45%から70%であった。
in vitro評価: 作製したT細胞の機能は、以下の方法で評価した。
- 細胞傷害性アッセイ: 51Cr放出アッセイを用いて、CD19および/またはPSMAを発現するマウスリンパ腫細胞株 EL4、またはPSCAおよび/またはPSMAを発現するヒト前立腺がん細胞株 PC3 に対する特異的細胞傷害性を評価した。
- 増殖アッセイ: 標的抗原を発現する PC3 腫瘍細胞または人工抗原提示細胞 (artificial antigen-presenting cell: AAPC) と共培養し、T細胞の増殖能を評価した。外因性サイトカインは添加しなかった。
- サイトカイン産生アッセイ: 腫瘍細胞刺激後の培養上清中のIL-2、IL-13、IFN-γなどのサイトカインレベルを定量した。
- Bcl-XL発現解析: 抗アポトーシス分子Bcl-XLの発現レベルをウェスタンブロットで解析した。
in vivo評価: 免疫不全 NSG (NOD.SCID Il2rg-/-) マウスを用いた異種移植腫瘍モデルで、T細胞の抗腫瘍効果と選択性を評価した。
- 全身性腫瘍モデル: CD19+PSMA+ PC3 細胞を静脈内投与し、確立された全身性腫瘍に対する19z1+P28BB T細胞の治療効果を、bioluminescence imaging (BLI) で経時的に評価した。
- 単一個体内複数腫瘍モデル: NSG マウスの異なる部位にPSCA+PSMA+、PSCA+PSMA-、PSCA-PSMA+の3種類の PC3 腫瘍を同一マウスの異なる部位に皮下接種し、Lz1+P28BB T細胞投与後の各腫瘍に対する選択性と抗腫瘍効果をBLIと腫瘍体積測定で評価した。 統計解析には、2-tailed Student t-test を用いて群間の比較を行った。