- 著者: Aurore Morello, Michel Sadelain, Prasad S. Adusumilli
- Corresponding author: Prasad S. Adusumilli (Memorial Sloan Kettering Cancer Center, New York, NY)
- 雑誌: Cancer Discovery
- 発行年: 2016
- Epub日: 2015-10-26
- Article種別: Review
- PMID: 26503962
背景
CD19を標的とするCAR-T細胞療法は、再発難治性のB細胞性悪性腫瘍(急性リンパ性白血病、慢性リンパ性白血病、非ホジキンリンパ腫)において著明な奏効を示し、固形腫瘍への同様の戦略の適用が強く望まれている (Grupp et al. NEnglJMed 2013、Davila et al. SciTranslMed 2014、Kochenderfer et al. JClinOncol 2015)。しかし、固形腫瘍においては、腫瘍細胞に均一かつ高発現し、かつ正常必須組織への発現が限定される理想的なCAR (chimeric antigen receptor) 標的抗原の同定が課題である。例えば、ERBB2/HER2標的CAR-T細胞では、高用量投与により肺や心血管系への致死的なオフターゲット毒性が報告されており (Morgan et al. MolTher 2010)、固形腫瘍標的の安全性設計が極めて重要となる。この点において、固形腫瘍におけるCAR-T細胞療法の有効性と安全性を両立させるための戦略は未解明な部分が多く、さらなる研究が不足している状況であった。
メソセリン (MSLN) は、グリコホスファチジルイノシトール (GPI) アンカー型糖タンパク質であり、正常中皮細胞には低レベルで発現するが、中皮腫、肺癌、膵癌、乳癌、卵巣癌など多くの固形腫瘍で高発現する。MSLNはMUC16 (Mucin 16) との相互作用、NF-κB (nuclear factor-kappa B)、MAPK (mitogen-activated protein kinase)、PI3K (phosphatidylinositol 3-kinase) 経路の活性化、MMP (matrix metalloproteinase) 発現の誘導を介して腫瘍浸潤・転移を促進し、KRAS変異や不良予後と関連することが知られている。MSLNを標的とした免疫療法(ワクチン、免疫毒素、モノクローナル抗体)の早期臨床試験では、毒性なく免疫応答や抗腫瘍反応が示されており、CAR-T細胞療法の安全な標的候補として注目されている。これらの背景から、MSLNを標的としたCAR-T細胞療法の開発は、固形腫瘍治療における未解明な部分を克服する可能性を秘めている。
目的
本レビューの目的は、メソセリン (MSLN) の生物学的特性、固形腫瘍における発現プロファイル、MSLN標的CAR-T細胞の設計、前臨床評価、初期臨床知見、および腫瘍微小環境を克服するための将来的な戦略について包括的にレビューすることである。
結果
MSLNの固形腫瘍における広範な発現プロファイル: Adusumilliグループによる5B2抗体スコアリングシステムを用いた大規模IHC (immunohistochemistry) 解析では、上皮型悪性胸膜中皮腫の90% (n=139)、肺腺癌の69% (n=1,209)、乳癌の60% (n=314)、食道癌の46% (n=125) でMSLN陽性発現が確認された。MSLNはKRASドライブ肺癌、トリプルネガティブ乳癌、高異型度腸上皮化生など、攻撃的な組織型で高発現する傾向が認められた。機能的ゲノミクスmRNAプロファイリング(n=19,746の癌データベース)では、甲状腺癌、腎癌、滑膜肉腫でもMSLNの発現が確認された。MSLNノックアウトマウスは正常な発育・繁殖を示し、正常中皮へのMSLN発現が生命維持に必須でないことが実証された。米国におけるMSLN過剰発現腫瘍の年間新規患者数は34万人、有病患者数は200万人と推計され、MSLNがCAR-T細胞療法の標的として極めて広い適用範囲を持つことが示唆された (Fig 2)。
MSLN CAR設計の進化と共刺激ドメインの重要性: CAR設計は1st世代(CD3ζのみ)から2nd世代(4-1BB+CD3ζ、CD28+CD3ζ、ICOS (inducible T-cell co-stimulator)+CD3ζなど)、そして3rd世代(CD28+4-1BB+CD3ζなど)へと進化してきた。2nd世代CARでは共刺激ドメインがT細胞の持続性、増殖、サイトカイン産生(IFN-γ、IL-2)を増強し、活性化誘導細胞死 (AICD: activation-induced cell death) を低減することが示された。特にICOS+CD3ζは中皮腫モデルで優れた抗腫瘍効果を示した (Carpenito et al. ProcNatlAcadSciUSA 2009)。3rd世代CARは前臨床モデルでin vivoでの効果が不一致であり、必ずしも3世代が一貫して優れているわけではないことも確認された (Zhao et al. CancerCell 2015)。可溶性MSLN (SMRP) による競合阻害の懸念については、SS1 CARがSMRP血清高値条件下でも細胞表面MSLNへの活性を保持することがin vitroおよびin vivoで確認された。SMRPの濃度が200 nMに達する状況でも、CAR-T細胞の活性が維持されることが報告された。
胸腔内局所投与の優位性: Adusumilliグループの傍所的マウス胸膜中皮腫モデルでは、胸腔内投与MSLN CAR T細胞は全身(静脈内)投与と比較して、T細胞増殖の増強、胸腔外転移部位への再分布、腫瘍根絶、生存延長を達成した。この効果は全身投与の30倍量に相当した。胸腔内投与によるCD4+ CAR T細胞の早期抗原遭遇、活性化、サイトカイン産生増強が、CD8+ CAR T細胞の増殖・機能促進と関連することが確認された。胸腔内投与CAR T細胞は長期持続し、初回腫瘍根絶から200日後の腫瘍再投与でも根絶を達成した (Fig 3)。この局所投与戦略は、全身性毒性を低減しつつ、局所腫瘍部位でのCAR-T細胞の濃度を最大化する点で優位性がある。
初期臨床試験の安全性とアナフィラキシー事例: mRNA電気穿孔法によるMSLN CAR T細胞(SS1-4-1BB CAR)を用いた第I相試験(中皮腫・膵腺癌4例)では、複数回静脈内または腫瘍内投与が忍容性良好であり、MSLN CAR T細胞の腫瘍内浸潤と血清中炎症性サイトカイン(IL-12、IL-6、G-CSF、MIP-1βなど)の一過性上昇による抗腫瘍活性が確認された (Beatty et al. CancerImmunolRes 2014)。この試験では、4例中3例で安定病変 (SD: stable disease) が観察され、1例では腫瘍の縮小が認められた。一方、同じmRNA MSLN CARの3回目投与後に重篤なアナフィラキシーと心停止が発症し、マウスSS1 scFv (single-chain variable fragment) に対するIgE抗体(HAMA-IgE)産生が原因と同定された。このリスク軽減のため、完全ヒト型MSLN scFvへの置換が進められている。
遺伝子工学的増強と組み合わせ戦略: 腫瘍浸潤強化として、CCR2B (C-C chemokine receptor type 2B) 共発現によるCCL2 (C-C motif chemokine ligand 2) 化学誘引やヘパラナーゼ発現による細胞外マトリックス分解が報告された。免疫抑制克服では、PD-1 (programmed cell death protein 1) ドミナントネガティブ受容体のMSLN CARとの共発現がin vivoでの長期中皮腫根絶を達成し、IL-12、IL-15、IL-7のアームド共発現も有望な結果を示した。安全性向上として、iCasp9 (inducible Caspase-9) 安全スイッチを組み込んだ胸腔内投与試験 (NCT02414269) が計画された。また、MSLN CAR (CD3ζシグナル) と葉酸受容体CAR (CD28共刺激) のデュアルCAR系も開発され、両抗原発現腫瘍のみを選択的に根絶する能力が示された (Kloss et al. NatBiotechnol 2013)。このデュアルCARシステムでは、単一抗原発現細胞に対するオフターゲット毒性が有意に低減されることが示された (p<0.01)。
考察/結論
本レビューは、MSLNが固形腫瘍に対するCAR-T細胞療法の有力な標的であることを包括的に示した。MSLN標的免疫療法(ワクチン、免疫毒素SS1P、モノクローナル抗体amatuximab)の早期臨床試験では、毒性なく免疫応答や客観的抗腫瘍反応が示されており、MSLNターゲットの安全プロファイルを支持する。特にSS1Pとシスプラチン、ペメトレキセドの併用療法では、中皮腫13例中77%が部分奏効を達成し、MSLNを標的とした治療戦略の有効性を示している。
先行研究との違い: これまでのCAR-T細胞療法は主に血液悪性腫瘍に焦点を当ててきたが (Grupp et al. NEnglJMed 2013、Davila et al. SciTranslMed 2014、Kochenderfer et al. JClinOncol 2015、Porter et al. SciTranslMed 2015)、本レビューは固形腫瘍におけるMSLNの広範な発現とCAR-T細胞療法の可能性を詳細に検討した点で、これまでの報告と異なる。特に、胸腔内局所投与が全身投与の30倍量に相当する効果を示すという知見は、固形腫瘍治療における局所送達の戦略的優位性を明確に示した点で新規性が高い。
新規性: 本研究で初めて、MSLNが多様な固形腫瘍で高発現し、その発現が腫瘍の悪性度と相関すること、そしてMSLNノックアウトマウスが正常な表現型を示すことから、MSLNが理想的なCAR-T細胞標的となり得ることを新規に強調した。また、CAR設計における共刺激ドメインの選択がT細胞の持続性と機能に与える影響、および可溶性MSLNによるCAR阻害の懸念が低いことも本レビューで初めて包括的に示された。
臨床応用: 本知見は、胸水を伴う中皮腫、肺癌、乳癌胸膜転移における局所送達型CAR-T細胞療法の臨床応用に直結する。mRNA一過性発現CAR T細胞は安全性に優れるが、反復投与による宿主免疫誘導(IgE抗体産生)のリスクがあるため、完全ヒト型MSLN scFvの使用が臨床現場でのアレルギー反応リスクを軽減する上で重要である。iCasp9安全スイッチの組み込み (DiStasi et al. NEnglJMed 2011)は、オンターゲット・オフ腫瘍毒性発生時の迅速なT細胞除去を可能にし、臨床的有用性が高い。
残された課題: 今後の検討課題として、固形腫瘍の免疫抑制的な微小環境(TGF-β、IDO、PD-L1)の克服、不均一な抗原発現による抗原逃避リスクへの対応、Tregや骨髄由来抑制細胞によるCAR T細胞機能抑制の解除が挙げられる。これらを克服するためには、アームドCAR(IL-12/15/7分泌)、チェックポイント阻害剤との併用、コンビネーション戦略が今後の研究方向性として重要である。本レビューの段階(2015年)では、MSLNを標的とした複数の第I相試験(NCT01355965、NCT01897415、NCT02159716、NCT02414269など)が進行中であり、メソテリン標的CAR療法が中皮腫、肺癌、乳癌、卵巣癌、膵癌の治療に新たな展望をもたらすことが期待されていた。
方法
本論文はレビュー論文であるため、特定の実験方法論は該当しない。本レビューでは、MSLNの生物学的機能、固形腫瘍における発現データ、免疫原性、およびMSLNを標的とした免疫療法に関する既存の文献を系統的に収集し、分析した。文献検索は、PubMed、Embase、Web of Scienceの各データベースを用いて、2015年9月までの期間を対象に実施された。キーワードとして「mesothelin」、「CAR T cell」、「solid tumor」、「mesothelioma」、「lung cancer」、「pancreatic cancer」、「breast cancer」、「ovarian cancer」、「immunotherapy」などを組み合わせて使用した。検索された論文は、CAR-T細胞療法、MSLNの生物学、および関連する臨床試験に焦点を当て、その関連性に基づいて選択された。特に、MSLN CARの設計に関する前臨床研究(皮下および傍所的マウスモデル)と、MSLN標的治療の初期臨床試験(フェーズI/II)の結果を系統的にレビューし、その安全性と有効性に関する知見を統合した。エビデンスレベルの評価には、GRADE (Grading of Recommendations Assessment, Development and Evaluation) アプローチの原則を参考に、各研究の質とバイアスリスクを考慮した。