- 著者: Hiroyuki Nishimura, Taku Okazaki, Yoshimasa Tanaka, Kazuki Nakatani, Masatake Hara, Akira Matsumori, Shigetake Sasayama, Akira Mizoguchi, Hiroshi Hiai, Nagahiro Minato, Tasuku Honjo
- Corresponding author: Tasuku Honjo (Department of Medical Chemistry, Graduate School of Medicine, Kyoto University)
- 雑誌: Science
- 発行年: 2001
- Epub日: 2001-01-12
- Article種別: Original Article
- PMID: 11209085
背景
拡張型心筋症 (DCM: dilated cardiomyopathy) は、心臓の収縮力低下と心室拡大を特徴とする慢性心筋疾患である。その病因は遺伝的、ウイルス性、免疫学的、環境的要因の複合的な関与が示唆されるものの、依然として十分に理解されていなかった。一部のDCM患者では心筋特異的自己抗体が検出されるが、自己免疫機構が病態にどの程度寄与しているかについては議論が続いていた。
PD-1 (Programmed Death-1) は、活性化T細胞およびB細胞に発現する免疫グロブリンスーパーファミリーに属する抑制性受容体である。そのリガンドであるPD-L1 (B7ファミリー) との結合は、活性化リンパ球の増殖抑制を媒介することが先行研究で示されていた (Freeman et al. JExpMed 2000)。PD-L1は専門的抗原提示細胞 (APC) だけでなく、心臓や腎臓などの末梢組織にも構成的に発現しており、これは末梢組織における自己反応性リンパ球の直接的な制御という役割を示唆していた。しかし、PD-1の生体内における自己免疫疾患予防における具体的な役割、特に臓器特異的な自己免疫疾患の発症抑制における役割は、本研究以前には未解明であった。
これまでの研究では、CTLA-4 (Cytotoxic T-Lymphocyte Antigen 4) 欠損マウスが汎発性のT細胞過増殖と多臓器自己免疫疾患を発症することが報告されていたが、PD-1欠損がどのような自己免疫疾患を引き起こすかは不明であった。特に、PD-1の欠損が臓器特異的な自己免疫疾患を引き起こすのか、あるいは全身性の自己免疫疾患を引き起こすのかという点は、免疫制御機構の理解において重要な知識ギャップとして残されていた。先行研究である Nishimura et al. Immunity 1999 では、C57BL/6背景のPD-1欠損マウスが関節炎様の自己免疫疾患を発症することが示されており、PD-1が自己免疫疾患の予防に重要であることが示唆された。しかし、BALB/c背景におけるPD-1欠損マウスの表現型、特に臓器特異的自己免疫疾患の病態やその分子メカニズムについては、詳細な解析が不足していた。本研究は、この知識の不足を補い、PD-1が末梢性免疫寛容の維持に果たす役割を明らかにすることを目的とした。
目的
本研究の目的は、PD-1遺伝子欠損マウス (BALB/c背景) の詳細な表現型解析を通じて、PD-1が生体内における自己免疫疾患、特に臓器特異的自己免疫の抑制に果たす役割を明らかにすることである。さらに、PD-1欠損によって誘発される自己免疫疾患において、自己抗体の標的となる抗原を同定し、その病態生理学的意義を解明することも目的とした。具体的には、PD-1欠損マウスの生存率、心臓の組織学的および機能的変化、自己抗体の有無とその特異性を評価し、PD-1が自己免疫疾患の予防においてどのようなメカニズムで機能しているかを明らかにすることを目指した。また、PD-1欠損による自己免疫疾患の遺伝的背景依存性を確認し、PD-1シグナルが末梢性免疫寛容の維持において果たす役割の多様性を理解することも重要な目的とした。
結果
BALB/c-PD-1-/- マウスにおける致死的心不全の高頻度発症と遺伝的背景特異性: BALB/cバックグラウンドに10世代以上バッククロスしたPD-1-/- マウスは、生後5週齢から死亡を開始し、30週齢までに約2/3が死亡した (Fig. 1A)。PD-1+/- ヘテロ接合体マウスでは約10%が死亡したが、野生型PD-1+/+ マウスは全例生存した。SPF環境での飼育にもかかわらず死亡が生じたことから、感染症の関与は否定され、内因性の免疫異常が示唆された。対照的に、T細胞およびB細胞を欠損するBALB/c-PD-1-/- RAG-2-/- マウス (n=5 mice)、およびC57BL/6-PD-1-/- マウス (n=8 mice) では、同観察期間内に早期死亡は認められなかった。死亡直前のPD-1-/- マウスは眼球突出や活動性低下を呈し、剖検では全罹患マウスに著明な心拡大と様々な程度の肝腫大が認められた (Fig. 1B)。これらの所見は重篤なうっ血性心不全の臨床像と一致した。
拡張型心筋症の組織学的および機能的確認: 組織学的検査 (HE染色) では、罹患PD-1-/- マウスの右室自由壁の菲薄化、両心室の直径が野生型の約2倍に拡張した所見を認めた (Fig. 1C)。また、間質全体に散在性の線維化 (瘢痕形成) が確認された。透過型電子顕微鏡検査では、心筋細胞の散在性変性として、筋原線維の配列異常・断裂および不整形ミトコンドリアが心室壁全体に分布していた (Fig. 1D)。心エコー検査では、左室の2DおよびM-mode像において心室腔が著明に拡張し、壁厚が有意に低下した (Fig. 2A)。左室短縮率 (%FS) は、PD-1+/+ マウス (n=5 mice) の71.9 ± 4.0%から、PD-1-/- マウス (n=4 mice) では14.9 ± 4.0%へと著明に低下した (p < 0.005、Student t検定)。LVDdおよびLVDs (左室拡張末期・収縮末期径) もともに著明な拡大を示し、収縮機能の低下パターンがヒトの特発性DCMと一致した。
自己免疫機序の証拠:心筋特異的IgG沈着と自己抗体の同定: 免疫蛍光染色により、罹患PD-1-/- マウスの心筋細胞周囲にIgG (主としてIgG1サブクラス) とC3補体のびまん性線形沈着が確認された (Fig. 3A)。IgM沈着は少量であり、腎臓糸球体などの他臓器への沈着は検出されなかった。免疫電子顕微鏡 (pre-embedding silver-enhancement法) では、心筋細胞の表面形質膜および細胞外基質に多数のIgG特異的免疫金粒子が局在し、野生型心筋細胞では検出されなかった (Fig. 3B)。血清自己抗体解析では、罹患PD-1-/- マウス全例 (17/17) の血清が、心臓抽出液中の33kDaタンパク質に対する高力価IgGを示した (1:300希釈で全例陽性) (Fig. 4A)。PD-1+/+ マウス血清では検出されなかった (0/7)。罹患心臓から回収したIgGも同一の33kDa抗原を認識し、循環自己抗体と沈着IgGの同一性が証明された (Fig. 4D)。この33kDa抗原は心臓組織に特異的に発現しており、肝臓、腎臓、骨格筋などの他の組織抽出液では検出されなかった (Fig. 4B)。
適応免疫系依存性と病態移入の実証: BALB/c-PD-1-/- RAG-2-/- マウス (T細胞、B細胞、NKT細胞欠損) ではPD-1欠損にもかかわらず心筋症を来さなかったことから、病態がT細胞またはB細胞に依存することが確認された (Fig. 1A)。養子移入実験では、罹患PD-1-/- マウスの脾臓または骨髄細胞 (2 × 10^7個/匹) をRAG-2-/- マウスへ移入した結果、移入後16〜18週で受容者の一部 (2/5 mice) がDCMを発症し、同等特異性の高力価33kDa抗原特異的自己抗体を産生した。これらのマウスの血清は1:1000希釈でも33kDaタンパク質に対するIgG自己抗体を示した。この実験により、自己反応性リンパ球がPD-1欠損マウスの体内に存在し、病態誘導に十分なエフェクター機能を持つことが直接証明された。
遺伝的背景依存性:PD-1欠損による臓器特異性の規定: BALB/cバックグラウンドではDCMが高頻度に発症したが、C57BL/6 (B6) バックグラウンドのPD-1-/- マウスでは心筋症ではなく、関節炎様の異なる自己免疫症状を呈した (Nishimura et al. Immunity 1999)。このことは、PD-1欠損に伴う自己免疫の標的臓器が宿主の遺伝的背景因子 (MHC類型や自己抗原レパートリーなど) によって規定されることを示しており、ヒトにおける免疫関連有害事象 (irAE) の感受性や標的臓器の個体差を理解する上で重要な知見である。各遺伝的背景における自己免疫標的の多様性は、PD-1シグナルが体全体でリンパ球の自己反応性を抑制していることを示唆する。
考察/結論
本研究は、PD-1受容体が末梢性免疫寛容の維持において不可欠な役割を果たすことをin vivoで初めて実証した画期的な論文である。PD-1欠損という単一の遺伝的変化が、適応免疫系依存的な心臓特異的自己免疫 (33kDa心筋細胞表面抗原に対するIgG自己抗体産生と、それに伴う心機能の著明な低下: %FS 71.9% → 14.9%、p<0.005) を引き起こしうることは、PD-1が末梢性自己寛容の「最終安全弁」として機能することを示唆する。
先行研究との違い: 先行研究で報告されたCTLA-4欠損マウスが汎発性のT細胞過増殖と多臓器自己免疫疾患を示したのに対し、本研究のPD-1欠損マウスは臓器特異的な拡張型心筋症を発症する点で、質的に異なる表現型を呈することが示された。このことは、PD-1とCTLA-4が異なるメカニズムで自己免疫を制御していることを示唆するものであり、これまでの免疫チェックポイント分子の理解を深めるものである。
新規性: 本研究で初めて、PD-1欠損が心臓特異的な自己免疫疾患を引き起こすこと、およびその病態が心筋細胞表面の33kDaタンパク質に対する高力価IgG自己抗体によって媒介されることを新規に同定した。罹患全17/17例で1:300希釈での血清陽性を示すIgG自己抗体が検出された点は特筆に値する。PD-L1が心臓や腎臓に構成的に発現することを考慮すると、末梢組織内でのPD-L1-PD-1シグナルが自己反応性リンパ球を直接制御するという機序が示唆される。
臨床応用: 本論文の最も重要な臨床的含意は、後の抗PD-1免疫療法 (ニボルマブ、ペムブロリズマブなど) における免疫関連有害事象 (irAE) の理論的基盤を提供したことである。抗PD-1療法で観察される心筋炎や心筋症はまれながら致死的なirAEであり (全患者の<1%だが致死率は27-46%と報告)、本マウスモデルがその病態を予示していた。養子移入実験では、2 × 10^7個/匹の脾臓細胞移入後16-18週で受容者RAG-2-/- マウスにDCMが再現されており、病態移入可能な自己反応性リンパ球の存在を直接証明した。さらに、遺伝的背景依存性 (BALB/cではDCM、C57BL/6では関節炎様症状) は、ヒトのirAE感受性における遺伝的多様性の可能性を示唆し、将来的なirAEのリスク層別化や個別化医療への応用が期待される。
残された課題: 今後の検討課題として、33kDa抗原の実体の同定、PD-1欠損で異なる臓器特異性をもたらす遺伝的修飾因子の解明、およびヒト特発性DCMにおけるPD-1シグナル異常の関与解析が挙げられる。本研究は、遺伝子工学的アプローチにより免疫受容体の生理的機能を臓器特異的自己免疫との関連で初めて明示した点で、免疫チェックポイント生物学の根幹を形成する先駆的研究であり、その後の臨床応用における副作用マネジメントおよびリスク層別化の理論的枠組みを提供した。なお、本研究で確立したBALB/c PD-1-/- モデルは、SPF施設での飼育条件下 (10世代以上のバッククロス) で生後5週から死亡開始、30週までに約2/3が死亡するという再現性の高い定量的特性を持ち、irAEモデルとして現在も活用されている。
方法
本研究では、まずB6-PD-1-/- マウスをBALB/c系統に10世代以上バッククロスすることで、BALB/c-PD-1-/- マウスを樹立した。これらのマウスは特定病原体除去施設 (SPF: specific pathogen-free) 環境で飼育された。
生存曲線解析を実施し、PD-1+/+、PD-1+/-、PD-1-/-、PD-1-/- RAG-2-/-、およびB6-PD-1-/- マウスの生存率を比較した。罹患マウスの心臓については、肉眼解剖、ヘマトキシリン・エオシン (HE) 染色による組織学的検査、および透過型電子顕微鏡検査を実施し、心筋の形態学的変化を詳細に評価した。
心機能の評価には、経胸壁心エコー検査を用いた。7.5 MHzトランスデューサーを備えた心臓超音波装置 (Toshiba Power Vision) を使用し、ケタミン/キシラジン麻酔下で2DおよびM-mode解析を実施した。左室拡張末期径 (LVDd: left ventricular end-diastolic dimension) および収縮末期径 (LVDs: left ventricular end-systolic dimension) を測定し、左室短縮率 (%FS: percent fractional shortening) を算出した。測定はAmerican Society of Echocardiographyの基準に準拠した。
自己免疫反応の評価として、免疫蛍光染色によりIgG、IgM、およびC3補体の心筋細胞への沈着を評価した。さらに、免疫電子顕微鏡 (pre-embedding silver-enhancement法) を用いて、IgGの心筋細胞表面における局在を確認した。
血清中の自己抗体の検出には、ウェスタンブロット解析を用いた。心臓、肝臓、腎臓、骨格筋の各抽出液をSDS-PAGE (12%および7.5%) で分離後、ニトロセルロース膜に転写し、血清 (1:30〜1:3000の系列希釈) と反応させた。これにより、自己抗体の標的抗原を同定した。罹患心臓からIgGをプロテインGビーズ免疫沈降法と酸溶出 (pH 3.0クエン酸) により回収し、その特異性を確認した。さらに、33kDa抗原に対する抗体を精製し、単離カルジオミオサイトの表面染色に用いた。
病態の適応免疫系依存性を確認するため、養子移入実験を実施した。罹患PD-1-/- マウスの脾臓または骨髄細胞 (2 × 10^7個/匹) をRAG-2-/- マウスに静脈内移入し、受容マウスにおける病態の再現性を評価した。統計解析にはStudent’s t検定が用いられた。