- 著者: Yajing Wang, Fei Liu, Ling Chen, Chenxi Fang, Shuyue Li, Shengkai Yuan, Xiaoxiao Kang, Qing Chen, Xiaoqun Zhang, Chunyan Zeng, Youxin Jin
- Corresponding author: Youxin Jin (Shanghai Institute of Biochemistry and Cell Biology, Chinese Academy of Sciences); Chunyan Zeng (Department of Gastroenterology, Second Affiliated Hospital of Nanchang University, Nanchang, China)
- 雑誌: Frontiers in Immunology
- 発行年: 2022
- Epub日: 2022-05-13
- Article種別: Original Article
- PMID: 35707534
背景
好中球細胞外トラップ (NETs: Neutrophil Extracellular Traps) は、好中球が細胞死 (NETosis) と共に放出するDNA-ヒストン-顆粒タンパク質複合体であり、当初の抗菌防御機能に加え、近年癌の進展・転移促進作用が明らかにされてきた。非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者では血中および腫瘍内NETs濃度が上昇し、予後不良と相関することが報告されている。しかし、NETsがどのような細胞内分子経路を介して癌細胞の転移能を増幅するかについては、依然として未解明な点が多い。特に、長鎖非コードRNA (lncRNA) を介する制御機構は未探索であり、上皮間葉転換 (EMT: Epithelial-Mesenchymal Transition) やインフラマソーム活性化との接続点も不明であった。先行研究では、Brinkmann et al. Science 2004 がNETsの抗菌機能を初めて報告し、Fuchs et al. JCellBiol 2007 はNETs形成の新しい細胞死プログラムを提唱した。また、Cools-Lartigue et al. JClinInvest 2013 や Quail et al. NatMed 2013 は、NETsが循環腫瘍細胞を捕捉し転移を促進することを示している。これらの研究はNETsと癌転移の関連性を示唆するものの、NSCLCにおける詳細な分子メカニズム、特にlncRNAを介した経路の解明が不足していた。
目的
本研究の目的は、NETsがNSCLC転移を促進する分子機構を解剖し、その過程に介在するlncRNAと下流シグナル経路 (NF-κB/NLRP3インフラマソーム) を同定することである。さらに、治療標的としてlncRNA MIR503HGのrescue戦略の可能性をin vitroおよびin vivoで検証する。
結果
NETs刺激によるNSCLC細胞のEMT誘導と浸潤・移動能の促進: PMA誘導NETsをA549およびSK-MES-1細胞 (n=3 wells/group) に処理すると、E-cadherinの発現が低下し、N-cadherinおよびVimentinの発現が上昇するEMT表現型が誘導された (Fig 1H)。Transwell invasion assayでは、NETs処理により浸潤細胞数が有意に増加し、A549細胞で約2.5倍、SK-MES-1細胞で約2.8倍の増加が認められた (Fig 1F)。Wound-healing migration assayでも、NETsは両細胞株の移動能を顕著に促進した (Fig 1G)。これらの効果はDNase I処理によりほぼ完全に抑制されたことから、NETsがNSCLC細胞の転移能を直接増幅する細胞外トリガーとして機能することが示された。
lncRNA MIR503HGのNETs依存的抑制と臨床的意義: NETs刺激後のA549細胞のマイクロアレイ解析により、99の差次的に発現するlncRNAが同定され、そのうち40がダウンレギュレートされた (Fig 2A)。バイオインフォマティクス解析により、lncRNA MIR503HGがNETs刺激後に有意にダウンレギュレートされる上位候補として特定された (Fig 2B)。qRT-PCRにより、NETs刺激後12時間でA549およびSK-MES-1細胞の両方でMIR503HGの発現が対照群と比較して有意に低下することを確認した (P < 0.01) (Fig 2C)。さらに、TCGAデータベース解析および本研究の50例のNSCLC患者組織を用いたqRT-PCR解析により、NSCLC組織においてMIR503HGの発現が隣接正常組織と比較して有意に低く (P < 0.01)、低発現群で転移リスクが高いことがKaplan-Meier解析で示された (P = 0.045) (Fig 2D, E, F)。MIR503HGは主に細胞核に局在することが確認された (Fig 2G)。
MIR503HG過剰発現によるNETs促進転移のin vitroおよびin vivoでの抑制: MIR503HGをA549およびSK-MES-1細胞 (n=3 wells/group) に過剰発現させると、NETsによって誘導された細胞の移動能および浸潤能が有意に抑制された (Fig 3B, C)。例えば、MIR503HG過剰発現群では、NETs刺激によるTranswell浸潤細胞数が対照群と比較して約50%減少した (Fig 3C)。また、MIR503HG過剰発現は、NETsによって誘導されたE-cadherinの低下とN-cadherin/Vimentinの上昇を逆転させ、EMTを抑制した (Fig 3D)。in vivoヌードマウス肺転移モデル (n=5 nude mice/group) では、NETs処理したA549細胞は肺転移結節数と腫瘍負荷を有意に増加させたが、MIR503HGを過剰発現させた細胞では肺転移数が顕著に減少し、結節数、腫瘍体積、最大サイズの全てが有意に低下した (Fig 3F, G, H)。IHC染色でも、MIR503HG過剰発現群ではE-cadherin陽性率が増加し、N-cadherinおよびVimentinの発現が減少した (Fig 3I)。これらの結果は、MIR503HGがNETsによるNSCLC転移促進効果をin vitroおよびin vivoで実質的に逆転させることを示している。
NF-κB/NLRP3インフラマソーム経路のNETs依存的活性化: KEGG (Kyoto Encyclopedia of Genes and Genomes) 経路解析により、NETs刺激後の差次発現遺伝子がNOD-like receptorシグナル経路およびNF-κBシグナル経路といった炎症関連経路に関与していることが示唆された (Fig 4A)。NETs刺激により、A549細胞においてNLRP3、Caspase1、IL-1β、IL-18のmRNA発現が時間依存的に上昇し、特に12時間刺激でNLRP3、Caspase1、IL-18が、24時間刺激でIL-1βが最大発現レベルに達した (P < 0.05) (Fig 4B)。Western blotでもNLRP3とcleaved Caspase1のタンパク質発現上昇が確認された (Fig 4C)。細胞内ROSレベルもNETs刺激後12時間で有意に上昇した (Fig 4D)。NLRP3インヒビターMCC950の前処理は、NETsによるNLRP3インフラマソーム関連遺伝子のmRNAおよびタンパク質発現上昇を抑制し (Fig 4E, F)、EMTマーカーの発現変化を逆転させ (Fig 4G)、Transwell浸潤およびwound-healing移動能を顕著に減少させた (Fig 4H, I)。これらのデータは、NLRP3インフラマソームがNETs媒介NSCLC転移促進に寄与することを示唆している。
MIR503HGによるNETs誘発転移抑制のNF-κB/NLRP3依存性: MIR503HGの過剰発現は、NETs刺激によるNLRP3およびCaspase1のタンパク質およびmRNA発現上昇を有意に抑制した (P < 0.05) (Fig 5A, B)。MIR503HG mRNA発現とNETs処理NSCLC細胞におけるNLRP3発現の間には負の相関が認められた (R²=0.49, P < 0.01) (Fig 5C)。NLRP3を過剰発現させると、MIR503HG過剰発現によるN-cadherinおよびVimentinの低下とE-cadherinの上昇が打ち消され (Fig 5D)、Transwell浸潤およびwound-healing移動能の抑制効果も回復した (Fig 5E, F)。さらに、NETs刺激はNF-κB p50およびp65のリン酸化と核移行を増加させたが、これはDNase I処理により抑制された (Fig 6A, B)。p50のsiRNAによるノックダウンは、NETsによるNLRP3インフラマソーム関連タンパク質の発現上昇とEMT誘導を抑制し (Fig 6C, D, E)、NSCLC細胞の浸潤・移動能も減少させた (Fig 6F, G)。MIR503HGの過剰発現は、NETs誘導性のNF-κB p50およびp65のリン酸化を減少させ (Fig 7A)、p50の過剰発現はMIR503HG過剰発現によるNLRP3インフラマソーム成分のダウンレギュレーションを打ち消し (Fig 7D)、転移抑制効果も回復させた (Fig 7E, F)。これらの結果は、MIR503HGがNF-κB/NLRP3経路を介してNETs誘発NSCLC転移を抑制することを示している。
考察/結論
本研究は、NETs駆動NSCLC転移のlncRNA媒介機構を本研究で初めて明らかにし、MIR503HGをNF-κB/NLRP3インフラマソーム経路のネガティブレギュレーターとして位置付けた。NETsは、物理的に腫瘍細胞を捕捉するのみならず、宿主lncRNAネットワークを再プログラミングし、インフラマソーム活性化を介してEMTを誘導するという新規な転写後RNA制御層を有することを示した。
先行研究との違い: これまでの研究では、NETsが癌転移を促進するメカニズムとして、循環腫瘍細胞の捕捉や血管新生促進などが報告されてきたが、lncRNAを介した細胞内シグナル伝達経路、特にNF-κB/NLRP3インフラマソームとの直接的な関連性はこれまで報告されていない。本研究は、NETsがlncRNA MIR503HGの発現を抑制することで、この炎症経路を活性化し、EMTを誘導するという、より詳細な分子メカニズムを解明した点で、Albrengues et al. Science 2018 や Yang et al. Nature 2020 の研究とは異なる視点を提供している。
新規性: 本研究は、NETsがlncRNA MIR503HGの発現を抑制し、その結果としてNF-κB/NLRP3インフラマソーム経路が活性化され、EMTが誘導されることでNSCLC転移が促進されるという、新規な分子カスケードを同定した。特に、MIR503HGがNETsによって制御される転移抑制因子として機能し、NF-κB/NLRP3経路の活性化を負に制御するという発見は、本研究で初めて示されたものである。
臨床応用: 本知見は、NSCLC転移治療における新たな臨床応用戦略の可能性を示唆する。具体的には、(i) DNase IやPAD4 (peptidylarginine deiminase 4) 阻害薬 (例: GSK484) によるNETs形成の標的化、(ii) NLRP3インヒビター (例: MCC950, OLT1177) の転移抑制併用、(iii) MIR503HGミメティックやmodRNAを用いたlncRNA治療化、(iv) NETs負荷とMIR503HG発現を組み合わせた複合バイオマーカーによるNSCLC再発・転移リスク層別化などが考えられる。これらのアプローチは、臨床現場でのNSCLC患者の予後改善に貢献する可能性を秘めている。
残された課題: 今後の検討課題として、(i) MIR503HGとNF-κB/NLRP3シグナル分子 (p65, NLRP3 mRNA, ASCなど) の直接的な相互作用機構 (例: RIP, pulldownアッセイ) の詳細な解明が残されている。 (ii) NETsのDNA成分とタンパク質成分のどちらがMIR503HG制御の主要なドライバーであるか、その寄与の解明も必要である。 (iii) ヌードマウスモデルはT細胞免疫を欠くため、免疫微小環境におけるNETs-MIR503HG-NF-κB/NLRP3軸の寄与を完全に評価することはできない。 (iv) 患者臨床検体におけるMIR503HG-NETs-NLRP3軸の相関的検証をさらに大規模なコホートで実施し、その臨床的有用性を確立する必要がある。これらのlimitationを克服することで、本研究の知見の頑健性がさらに高まるだろう。
方法
試験デザイン: PMA (phorbol-12-myristate-13-acetate) 刺激好中球から単離したNETsとNSCLC細胞株 (A549, SK-MES-1) の共培養実験、およびヌードマウス尾静脈注入肺転移モデルを用いたin vivo検証を実施した。 主要手技:
- NETsの単離と特性評価: 健康ドナーおよびNSCLC患者の末梢血から好中球を単離し、PMA (100 nM) 刺激によりNETsを誘導した。NETsの形成は免疫蛍光染色 (MPO: myeloperoxidase, cit-H3: citrullinated histone H3, Ly6g) およびDAPI (4′,6-diamidino-2-phenylindole) 染色で確認し、DNase I処理による破壊効果も検証した。
- NSCLC細胞株の培養と処理: ヒトNSCLC細胞株A549およびSK-MES-1をNETs、DNase I、または両者の組み合わせで処理し、その後の細胞挙動を評価した。
- 転移能評価: Transwell invasion assayおよびwound-healing migration assayにより、NETsがNSCLC細胞の浸潤・移動能に与える影響を定量的に評価した。
- EMTマーカーの評価: Western blot法により、上皮マーカー (E-cadherin) および間葉マーカー (N-cadherin, Vimentin) の発現レベルを測定し、EMT誘導の有無を評価した。
- lncRNA/mRNA発現プロファイリング: NETs刺激後のA549細胞におけるlncRNAおよびmRNAの発現プロファイルをマイクロアレイ解析で実施した。有意に発現変動したlncRNA (log2(fold change) ≥ 2, P < 0.01) を同定した。
- MIR503HGの検証と機能解析: qRT-PCRによりNETs刺激後のMIR503HG発現低下を確認し、TCGA (The Cancer Genome Atlas) データベースおよび50例のNSCLC患者組織におけるMIR503HG発現と転移リスクの相関を解析した。MIR503HGの細胞内局在は細胞分画およびqRT-PCRで決定した。
- MIR503HGの過剰発現・ノックダウン: pcDNA3.1-MIR503HGベクターを用いたMIR503HGの過剰発現、およびsiRNAを用いたノックダウンを行い、NETsによる転移促進効果への影響を評価した。
- NF-κB/NLRP3インフラマソーム経路の評価: NETs刺激後のNF-κB (nuclear factor-kappa B) (p-p50, p-p65) リン酸化および核移行、NLRP3 (NOD-like receptor pyrin domain-containing 3)、pro-caspase-1、cleaved caspase-1、IL-1β、IL-18の発現レベルをWestern blot、免疫蛍光、qRT-PCR、ELISA (Enzyme-Linked Immunosorbent Assay) で測定した。ROS (Reactive Oxygen Species) レベルもDCFH-DA (2’,7’-dichlorodihydrofluorescein diacetate) アッセイで評価した。
- 薬理学的阻害剤の適用: NLRP3インヒビターMCC950をNETs処理前に細胞に適用し、その効果を評価した。
- NF-κBの操作: p50-siRNAによるNF-κB p50のノックダウン、およびp50-pcDNA3.1による過剰発現を行い、MIR503HGとNF-κB/NLRP3経路の相互作用を解析した。
- In vivo肺転移モデル: NETs処理したMIR503HG過剰発現A549細胞またはコントロール細胞 (n=5 nude mice/group) をBALB/cヌードマウスの尾静脈に注入し、8週間後に肺転移結節数、腫瘍体積、最大サイズをH&E (Hematoxylin and Eosin) 染色および免疫組織化学染色 (N-cadherin, E-cadherin, Vimentin) で評価した。 統計解析: データは平均±標準偏差 (SD) で示し、Student’s t検定または一元配置分散分析 (ANOVA) を用いて群間比較を行った。P < 0.05を有意差ありとした。