• 著者: Wen-Hua Wan, Pei-Lin Li, Wen-Jie Cao, et al.
  • Corresponding author: Dong-Ming Kuang (Guangdong Province Key Laboratory of Pharmaceutical Functional Genes, MOE Key Laboratory of Gene Function and Regulation, School of Life Sciences, Sun Yat-sen University, Guangzhou, China)
  • 雑誌: Nature Cell Biology
  • 発行年: 2026
  • Epub日: 2026-03-01
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 41680445

背景

がん幹細胞 (CSC: cancer stem cell) は、腫瘍の発生、治療抵抗性、および遠隔転移を駆動する中心的な細胞集団として確立されている。しかし、CSCの内部には機能的な不均一性が存在しており、すべてのCSCが等しく転移能を有するわけではない。従来のCSCマーカーは自己複製能を定義するには有用であるが、転移を選択的に開始する能力を持つ特定のCSCサブセットを同定するには至っておらず、この点ががん治療における大きな課題であった。また、CSCが転移を成功させるためには、腫瘍微小環境 (TME: tumor microenvironment) における免疫細胞との相互作用が不可欠であると考えられている。特に好中球は、腫瘍の進展や転移において多様な役割を果たすことが Jaillon et al. NatRevCancer 2020 などの先行研究によって示されている。さらに、肺がんなどの胸部腫瘍や他のがん種における微小環境の解析において、Lambrechts et al. NatMed 2018Zilionis et al. Immunity 2019Xue et al. Nature 2022 などの既報は、間質細胞や骨髄系細胞の多様性が腫瘍の進展に寄与することを示してきた。しかし、酸素に富む領域での転移機構は未解明であり、解明が不足していた。特に、好中球からCSCへとミトコンドリアが供給される具体的な分子機序や、それが転移能の獲得にどのように寄与しているのかは依然として未解明であった。従来の酸素濃度低下に依存する古典的な低酸素シグナルとは異なり、酸素が十分に存在する環境下で低酸素応答が活性化される「偽低酸素」状態の維持機構についても、詳細な機序は不明であり、学術的なギャップが存在していた。このように、転移を特異的に駆動するCSCサブセットの同定、および好中球との相互作用を介した偽低酸素状態の確立プロセスに関する知見は圧倒的に不足しており、治療介入のための標的同定を阻む大きな課題が残されている。

目的

本研究の目的は、複数のがん種にわたるマルチオミクス解析および pan-cancer 解析を統合的に用いることで、転移を選択的に駆動する特異的なCSCサブセットを同定し、その分子依存性と腫瘍微小環境における相互作用を解明することである。特に、好中球からCSCへのミトコンドリア転移の分子機序を明らかにし、酸素濃度に依存しない偽低酸素状態の確立プロセスを詳細に決定する。これにより、CSCによる遠隔転移を効果的に抑制するための新規な治療介入標的を提示することを目的とする。さらに、IL-6 (interleukin-6)–MYCシグナル、THY1 (Thy-1 cell surface antigen)–Mac1 (macrophage-1 antigen) 結合、あるいは下流の Src–Akt/Erk 経路を標的とした治療介入が、偽低酸素状態を介したがん転移を抑制する有効な戦略になり得るかを検証する。

結果

THY1陽性がん幹細胞の同定と高い転移能の証明: ヒトHCCの scRNA-seq データセット (n=125,683 cells) を用いた解析により、幹細胞性の高い集団の中に、転移関連遺伝子シグネチャーが高度に濃縮された特異的な集団として THY1+ CSCサブセットを同定した。この集団は、門脈腫瘍栓 (PVTT: portal vein tumor thrombus) サンプルにおいてCSC全体の 72% を占めており、一次腫瘍と比較して顕著に濃縮されていた (Fig. 1d)。臨床データ解析において、THY1+ CSCの浸潤密度が高い患者群は、低い群と比較して無再発生存期間が有意に短かった (p<0.0001, Fig. 1f)。さらに、マウス Hepa1-6 細胞を用いた in vivo 肺転移アッセイにおいて、THY1+ CSCを移植した C57BL/6 マウス (n=5 mice) は、THY1- CSCを移植したマウスと比較して、肺転移結節の数が約 5-10倍 有意に増加し、生存期間が著しく短縮した (p<0.0001, Fig. 1l)。また、メラノーマや乳がん、大腸がんのモデル (n=5 mice) においても同様に、THY1+ CSCが極めて高い転移能を示すことが確認された。これらの結果から、THY1が単なるマーカーではなく、転移能を規定する機能的ドライバーであることが示された。

IL-6-MYCシグナルを介したTHY1+ CSCの自己複製維持: THY1+ CSCは培養下で時間経過とともに徐々に分化し、THY1の発現を失う傾向があるが、腫瘍内での定常状態の維持機構を解析した。scTour を用いた擬時間解析により、THY1+ CSCは EpCAM+ CSCなどの上流前駆細胞から分化して生じることが示された (Fig. 2a)。プロモーター解析および ChIP-qPCR (chromatin immunoprecipitation-quantitative PCR) アッセイにより、転写因子 c-Myc が THY1 プロモーター領域に直接結合し、その転写を活性化していることを突き止めた (Fig. 2e)。さらに、空間トランスクリプトミクス解析により、腫瘍組織内で MYC の発現が IL-6 シグナル強度と強く相関していることが確認された (p=0.004, Fig. 2j)。in vivo において、Hepa1-6 細胞 of Il6ra をノックダウン (shIl6ra) すると、THY1+ CSCの再生が阻害され、肺転移結節の数が shNC コントロール群の 25個 から 0.1個 へと劇的に減少した (p=0.0004, n=5 mice)。これにより、IL-6-MYCシグナル軸がTHY1+ CSCのプール維持に必須であることが明らかとなった。

好中球とのTHY1-Mac1結合を介した損傷ミトコンドリアの放出: THY1+ CSCが転移能を獲得する微小環境因子を探索するため、空間トランスクリプトミクス解析を行ったところ、THY1+ CSCが局在する領域は好中球の浸潤シグネチャーと高度に共局在していることが判明した (Fig. 3j)。共培養実験において、THY1+ CSCは好中球表面の Mac1 と直接結合し、好中球内の Src、Akt、および Erk のリン酸化を誘導した。この活性化は下流の Rac1 活性化を引き起こし、好中球からのマイグラソーム放出を促進した (Fig. 5f)。透過型電子顕微鏡 (TEM: transmission electron microscopy) 観察により、このマイグラソーム内には、クリステが崩壊し活性酸素種 (ROS: reactive oxygen species) を豊富に含む損傷したミトコンドリアが多数蓄積していることが確認された (Fig. 5e)。MitoTEMPO によるミトコンドリアROSの阻害は、マイグラソームへの損傷ミトコンドリアの選択的ローディングを阻害し、2.5-fold 抑制効果を示した (p<0.001, n=5 replicates)。さらに、腫瘍浸潤好中球は末梢血好中球と比較してミトコンドリア含量が有意に減少しており、これは腫瘍局所でミトコンドリアを能動的に放出していることを裏付けている。

マクロピノサイトーシスによるミトコンドリア取り込みと偽低酸素状態の確立: 放出された好中球由来のミトコンドリアは、THY1+ CSCによってマクロピノサイトーシスを介して効率的に取り込まれる。THY1+ CSCは顕著な膜ラッフルと巨大な空胞を形成しており、マクロピノサイトーシス阻害剤である EIPA (IC50 20 uM) 処理によってミトコンドリアの取り込みが完全に消失した (Fig. 6b)。取り込まれたROS豊富な損傷ミトコンドリアは、CSC細胞内のROSレベルを上昇させ、通常酸素濃度下であってもプロリルヒドロキシラーゼ (PHD: prolyl hydroxylase) による水酸化を阻害することで、HIF1α を特異的に安定化させた (Fig. 4e)。in vivo において、マクロピノサイトーシス欠損変異体 (Carmil1-AA) を導入した Hepa1-6 腫瘍では、好中球からのミトコンドリア転移効率が野生型 (Carmil1-WT) の約 20% から著しく低下し、肺転移が有意に抑制された (p<0.0001, Fig. 6g)。さらに、ヒトHCCサンプルにおける MERCI (mitochondrial-enabled reconstruction of cellular interactions) アルゴリズムを用いた解析により、好中球からCSCへのミトコンドリア転移 (NMT: neutrophil-to-CSC mitochondrial transfer) が実際に生じており、これが患者の予後不良と強く相関していることが示された (n=49 patients, 11 patients with NMT)。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究は、がん細胞自身が低酸素環境に適応して転移能を獲得するという古典的なモデルと異なり、酸素が十分に存在する微小環境下において、免疫細胞である好中球からオルガネラ(ミトコンドリア)を直接獲得することで「偽低酸素」状態を能動的に作り出すという、全く新しい転移駆動モデルを提示した。これまでのミトコンドリア転移研究は、主に間葉系幹細胞からがん細胞への生存支援や、がん細胞間での呼吸機能回復に焦点を当てていたが、本研究は好中球という自然免疫細胞がCSCに対して損傷ミトコンドリアを供給し、それがシグナル伝達物質として機能して転移を促進することを示した。この点で、本研究は従来の知見と大きく異なる。

新規性: 本研究で初めて、好中球がマイグラソーム依存的にROS豊富な損傷ミトコンドリアを細胞外に放出し、それをCSCがTHY1シグナル依存的なマクロピノサイトーシスによって取り込むという一連の細胞間オルガネラ輸送プロセスを新規に明らかにした。特に、THY1-Mac1結合を起点とする Src-Akt/Erk-Rac1 経路が好中球のマイグラソーム形成を誘導する機序、および取り込まれた外来性ミトコンドリアがPHD活性を阻害してHIF1αを安定化させる偽低酸素の確立プロセスは、これまで報告されていない新規の発見である。

臨床応用: 本研究の知見は、がん転移を標的とした新たな治療戦略の臨床応用に直結する。具体的には、IL-6-MYC経路、THY1-Mac1結合、あるいは好中球の下流シグナルである Src-Akt/Erk 経路を阻害することが、偽低酸素依存的な転移を抑制するための極めて有望なアプローチとなる。例えば、抗IL-6R抗体であるトシリズマブや、Src阻害剤であるダサチニブなどの既存薬の repositioning は、臨床現場におけるがん転移予防薬としての開発早期化を可能にする。また、THY1を標的とした抗体薬物複合体や CAR-T 療法は、転移開始能を持つ最上位のCSCサブセットを選択的に排除する強力な手段となり得るため、臨床的意義が極めて高い。

残された課題: 今後の検討課題として、臨床患者の生検組織において、好中球からCSCへのマイグラソームを介したミトコンドリア転移プロセスをリアルタイムかつ高解像度で可視化・定量化する病理学的評価系の確立が求められる。また、本研究では主に肺転移モデルを用いて検証を行ったが、肝臓や骨など他の遠隔臓器への転移における偽低酸素状態の寄与度についてはさらなる検討が必要である。さらに、ヒト好中球における Mac1 の結合キネティクスやマイグラソーム放出能が、マウスモデルとどのように異なるかについても詳細な検証が残された課題である。

方法

本研究は、包括的なマルチオミクス解析、空間トランスクリプトミクス、および in vivo 機能検証実験を組み合わせた試験デザインを採用した。がん種としては、肝細胞がん (HCC: hepatocellular carcinoma)、メラノーマ、乳がん、大腸がんの4種類を対象とし、クロスバリデーションを行った。解析プラットフォームとして、シングルセルRNAシーケンシング (scRNA-seq: single-cell RNA sequencing)、空間トランスクリプトミクス、バルクRNA-seq、ATAC-seq、定量プロテオミクス、およびメタボロミクスを用いた。scRNA-seqデータの解析には、Ritchie et al. NucleicAcidsRes 2015 で開発された limma や、Hanzelmann et al. BMCBioinformatics 2013 の GSVA (gene set variation analysis) アルゴリズムを適用し、幹細胞性の高い細胞集団をサブクラス分類した。細胞株としては、ヒト肝がん細胞株である Huh-7、HepG2、SNU449、およびマウス肝がん細胞株である Hepa1-6 を使用した。また、マウスモデルとして C57BL/6 および BALB/c マウス株を用いた。具体的な実験手技として、FACS (fluorescence-activated cell sorting) による THY1 陽性および EpCAM (epithelial cell adhesion molecule) 陽性 CSCサブセットの単離、腫瘍球形成能の測定、および尾静脈注入による肺転移アッセイを実施した。好中球とCSCの相互作用を評価するため、共培養系を構築し、MitoTracker を用いたライブイメージングおよび共焦点顕微鏡観察によりミトコンドリアの移動キネティクスを追跡した。THY1と好中球表面の Mac1 との結合を阻害するため、中和抗体や shRNA によるノックダウン、さらには下流の Src、Akt、Erk シグナル阻害剤 (dasatinib、MK-2206、trametinib) を用いた。好中球からのマイグラソーム放出は、マーカーである TSPAN4 (tetraspanin 4) のイメージングにより評価した。CSCによるミトコンドリアの取り込み機構として、マクロピノサイトーシス阻害剤である EIPA (ethylisopropyl amiloride) を用いた介入実験を行った。偽低酸素状態の評価には、HIF1α (hypoxia-inducible factor 1-alpha) の安定化をウエスタンブロッティングおよび免疫蛍光染色で確認し、統計解析には Kaplan-Meier 法による生存分析やログランク (log-rank) 検定、Cox 比例ハザード回帰モデル (Cox regression) を用いた。