- 著者: Sebastien Jaillon, Andrea Ponzetta, Diletta Di Mitri, Angela Santoni, Raffaella Bonecchi, Alberto Mantovani
- Corresponding author: Sebastien Jaillon (Humanitas University, Pieve Emanuele (MI), Italy; sebastien.jaillon@humanitasresearch.it), Alberto Mantovani (Humanitas Clinical and Research Center IRCCS, Rozzano (MI), Italy; alberto.mantovani@humanitasresearch.it)
- 雑誌: Nature Reviews Cancer
- 発行年: 2020
- Epub日: 2020-06-24
- Article種別: Review
- PMID: 32694624
背景
腫瘍微小環境 (TME) はがんの発生、進展、転移を制御する極めて重要な構成要素であり、炎症細胞や自然免疫系因子が癌関連炎症 (cancer-related inflammation, CRI) を駆動する。従来の腫瘍免疫学研究はT細胞やNK細胞などのリンパ球系細胞に焦点を当てており、好中球は短命な終末分化細胞であるという偏見から、その腫瘍学的意義は過小評価されてきた。しかし、近年の研究により、好中球浸潤 (tumor-associated neutrophil, TAN) が癌予後の強力なバイオマーカーおよび治療抵抗性因子として再認識されている。先行研究である Fridlender et al. CancerCell 2009 は、TGF-βシグナルが抗腫瘍的な「N1」から腫瘍促進的な「N2」への極性化を制御することを提唱し、好中球の可塑性に光を当てた。また、Gentles et al. NatMed 2015 による大規模トランスクリプトーム解析は、好中球シグネチャーが多くの固形癌において最も強力な不良予後因子であることを示した。さらに、Coffelt et al. NatRevCancer 2016 は、好中球が単なる受動的な炎症細胞ではなく、がんの進行を能動的に制御する多面的なプレイヤーであることを明らかにした。
しかしながら、好中球の多次元的な多様性 (密度、分化段階、活性化状態、組織ニッチ、代謝プロファイル) を統合した体系的な整理は依然として未解明であり、研究者間での共通の命名体系が不足していることが大きな課題であった。特に、未熟好中球や免疫抑制性好中球である多形核骨髄由来免疫抑制細胞 (polymorphonuclear myeloid-derived suppressor cell, PMN-MDSC) の境界線、およびそれらを標的とした治療戦略の臨床的翻訳に関する知見が圧倒的に不足していた。この知識ギャップ (knowledge gap) を解消し、好中球の多様性と可塑性を治療標的として統合するための包括的なフレームワークが強く求められていた。
目的
本レビューの目的は、腫瘍微小環境における好中球の多様性と可塑性に関する概念的および臨床的枠組みを体系化することである。具体的には、以下の5つの学術的・臨床的課題の解決を目指す。
(1) 密度勾配や分化段階に基づく好中球サブセット (LDN/HDN、PMN-MDSC、NeP、N1/N2、N_I、N_M、N_A、N_ISG) の共通命名体系を整理し、分類マップを提示すること。 (2) 好中球が発揮する腫瘍促進作用 (血管新生、転移前ニッチ形成、T細胞抑制、NETs介在性転移) と抗腫瘍作用 (直接殺細胞効果、ADCC、抗原提示によるT細胞活性化) の相反する分子機構を詳細に解明すること。 (3) 39種類の固形癌における好中球浸潤の予後予測価値をメタアナリシスデータに基づき統合すること。 (4) CXCL8/CXCR1/CXCR2経路やCD47-SIRPα、LILRB2 (leukocyte immunoglobulin-like receptor B2) などのマイエロイドチェックポイントを標的とした治療戦略の臨床試験の現状を網羅的に評価すること。 (5) 次世代のがん免疫療法における好中球標的療法の開発フレームワークを提示することである。
結果
好中球の恒常性、動員、および緊急顆粒球形成: 好中球は骨髄内顆粒球形成 (健康なヒトでは1日あたり 1x10^11 から 2x10^11 個の細胞が生成される)、末梢循環 (半減期 8-24時間)、および組織移行 (CXCR2駆動、CXCL1/2/5/8勾配) の3段階のライフサイクルを持つ (Box 1)。腫瘍由来因子 (G-CSF、GM-CSF、IL-6、CXCL8、TGF-β、VEGF) は骨髄の緊急顆粒球形成を亢進させ、末梢血中で未熟好中球 (CD10-CD16^dim) を増加させる。造血幹細胞 (HSC) から共通骨髄系前駆細胞 (common myeloid progenitor, CMP)、顆粒球単球前駆細胞 (GMP) を経て、骨髄芽球、前骨髄球、骨髄球、後骨髄球、桿状核球、分葉核球へと分化する階層が、腫瘍分泌因子によって歪められる。
好中球多様性の体系的フレームワークと命名法: 好中球の多様性を分類するための命名ガイドマップが提案された (Box 2)。これには、密度勾配分離に基づく低比重好中球 (low-density neutrophil, LDN) と高比重好中球 (high-density neutrophil, HDN)、免疫抑制活性を持つ多形核骨髄由来免疫抑制細胞 (PMN-MDSC)、および機能分類に基づくN1 (抗腫瘍)、N2 (腫瘍促進)、N_I (未熟好中球)、N_M (成熟好中球)、N_A (老化好中球、CXCR4+CD62L^low)、N_ISG (インターフェロン刺激遺伝子発現好中球) が含まれる。Bronte et al. NatCommun 2016 の推奨基準に準拠し、ヒト PMN-MDSC は CD11b+CD15+ (または CD66b+) CD14-CD33+ HLA-DR^low/- で定義され、LOX1 (lectin-type oxidized LDL receptor-1) の発現によって成熟好中球と区別される。Condamine et al. SciImmunol 2016 は、LOX1+好中球が強力な T細胞抑制能を有することを示した。また、scRNA-seq解析により、ヒトおよびマウスの肺癌組織において保存された好中球サブセットが同定されている (Zilionis et al. Immunity 2019)。未熟好中球前駆細胞 (NeP) は、メラノーマ患者の循環血液中で 3-9% に増加することが報告されている。
腫瘍促進作用と免疫抑制の分子機構: 好中球は、VEGF-AやMMP9の放出を介して血管新生を促進し、S100A8/A9を介して転移前ニッチを形成する (Fig 1)。また、アルギナーゼ1 (ARG1) や iNOS による L-アルギニンの枯渇、ROS (活性酸素種) の産生、および PD-L1 や VISTA などの免疫チェックポイント分子の発現を介して T細胞活性化を強力に抑制する。Veglia et al. Nature 2019 は、GM-CSF刺激によって好中球の FATP2 (fatty acid transport protein 2) が過剰発現し、脂質代謝リプログラミング (アラキドン酸取り込みと PGE2 産生) が亢進して T細胞抑制を駆動することを示した (n=12 mice, 2.5-fold 増加)。さらに、好中球細胞外トラップ (NETs) は、循環腫瘍細胞 (CTC) を物理的に捕捉して転移を促進する (Cools-Lartigue et al. JClinInvest 2013, Park et al. SciTranslMed 2016)。NETsに結合した NE (好中球エラスターゼ) や MMP9 は、ラミニン111を分解してインテグリンα3β1シグナルを活性化し、休眠状態のがん細胞を再活性化させる (Albrengues et al. Science 2018)。Szczerba et al. Nature 2019 は、好中球が CTC と直接結合して細胞周期の進行を助け、転移効率を著しく高めることを示した。
抗腫瘍作用と免疫活性化の分子機構: 一方で、好中球は抗腫瘍効果を発揮する二面性も持つ (Fig 2)。H2O2 や HOCl (次亜塩素酸) などの ROS 産生を介して直接がん細胞を傷害する。この殺細胞効果は、がん細胞側の TRPM2 (transient receptor potential cation channel, subfamily M, member 2) チャネルを介した致死的な Ca2+ 流入によって引き起こされる。また、GM-CSF や IFN-γ の局所刺激により、TAN は HLA-DR や CD86、OX40L、4-1BBL を発現する抗原提示細胞 (APC) 様表現型へと分化し、T細胞応答を増幅する (Eruslanov et al. JClinInvest 2014)。さらに、好中球はマクロファージや unconventional T細胞 (UTCαβ) との tripartite 相互作用を介して、IL-12 産生を促進し、抗腫瘍免疫を活性化する。
臨床的予後因子としてのエビデンス: 39種類の固形癌を対象とした大規模メタアナリシスにおいて、高密度の TAN 浸潤は、非小細胞肺癌 (NSCLC)、頭頸部扁平上皮癌 (HNSCC)、乳癌、大腸癌 (CRC)、膵癌、メラノーマ、膠芽腫などの大多数の癌種において、生存期間の短縮と相関することが示された (Table 1)。全生存期間 (OS) におけるハザード比 (HR) は 1.4-2.5 の範囲であった。末梢血中の好中球対リンパ球比 (NLR) は、広範な癌種において予後不良因子であり、かつ免疫チェックポイント阻害剤 (ICI) に対する治療抵抗性の予測バイオマーカーとして機能する。例えば、転移性メラノーマ患者におけるイピリムマブ治療において、高NLR群は低NLR群と比較して有意に OS が短縮した (HR 1.85, 95% CI 1.30-2.65, p<0.001)。一方で、CRC や胃癌、卵巣癌などの一部のコホートにおいては、高密度の TAN 浸潤が良好な無病生存期間 (DFS) や化学療法への良好な応答と相関するという逆の現象も報告されている (Table 1)。
好中球を標的とした治療戦略: 好中球の動員を阻害するため、CXCL8-CXCR1/2 経路を標的とした治療開発が進んでいる (Fig 3, Table 2)。抗IL-8抗体 (BMS-986253) や CXCR2アンタゴニスト (AZD5069)、CXCR1/2二重阻害剤 (レパリキシン、SX-682) が、膵癌、NSCLC、メラノーマなどで臨床試験中である。例えば、AZD5069 は転移性去勢抵抗性前立腺癌患者を対象に、エンザルタミドとの併用療法として臨床評価が進められている (NCT03177187)。また、CD47-SIRPα 経路の阻害 (マグロリマブなど) は、好中球によるがん細胞の貪食作用 (トロゴサイトーシス) を活性化する。LILRB2 (ILT4) 阻害薬 (JTX-8064) や、ACKR2ケモカインデコイ受容体の調節、IgA-FcαRI を介した ADCC (抗体依存性細胞傷害) の誘導も、次世代のマイエロイドチェックポイント阻害療法として期待されている。
考察/結論
本総説は、腫瘍微小環境における好中球の多様性と可塑性を包括的に体系化し、がん治療における好中球標的療法の概念的基盤を確立した。好中球は単なる均一な炎症細胞ではなく、局所の微小環境シグナル (TGF-β、IFN-β、GM-CSFなど) に応じて、腫瘍促進的な免疫抑制状態から抗腫瘍的な活性化状態へとダイナミックに極性化する可塑性を有している。
先行研究との違い: 本研究は、従来の N1/N2 という単純な二分法モデルの限界を指摘し、シングルセル解析データに基づき、N_I、N_M、N_A、N_ISG などの多角的な好中球サブセットの命名ガイドマップを提示した点で、これまでの好中球研究と大きく異なる。また、Coffelt et al. NatRevCancer 2016 などの先行レビューと比較して、39種類の固形癌における好中球浸潤の予後予測価値を大規模メタアナリシスデータに基づいて統合し、さらに CXCR1/2 阻害剤やマイエロイドチェックポイント阻害剤の臨床開発状況を網羅的に整理した点で、極めて高い網羅性を有している。
新規性: 本研究で初めて、好中球の多様性を整理するための共通の命名体系を新規に提案した。また、LOX1 や FATP2 を介した好中球の代謝再プログラミングが T細胞抑制を駆動する分子機構を明確に位置づけたこと、および CD47-SIRPα や LILRB2 などの貪食チェックポイント (phagocytosis checkpoints) における好中球の役割を整理し、次世代のがん免疫療法における標的としての妥当性を示したことは、これまで報告されていない新規の概念的統合である。
臨床応用: 本知見は、がん治療における好中球標的療法の臨床応用に直結する。特に、末梢血 NLR や特定の好中球サブタイプ (LOX1+好中球など) は、ICI や化学療法の治療効果予測バイオマーカーとして臨床現場での活用が期待される。また、CXCR1/2 阻害剤 (SX-682、AZD5069など) と ICI (pembrolizumab、nivolumab) の併用療法は、腫瘍内への免疫抑制性好中球の浸潤を阻止し、T細胞の抗腫瘍活性を回復させる革新的な治療戦略として、現在複数の臨床試験で検証が進められている。さらに、抗CD47抗体を用いた治療において、好中球が trogoptosis を介して腫瘍細胞を直接排除するエフェクター細胞として機能することが示されており、臨床的有用性が高い。
残された課題: 今後の検討課題として、第一に、scRNA-seq や空間トランスクリプトーム解析による好中球サブセットのより詳細な分類と、それらのヒト固形癌における臨床的翻訳が挙げられる。第二に、CXCR1/2 阻害剤と ICI の併用療法における最適な投与スケジュールと、第III相臨床試験による生存ベネフィットの証明が必要である。第三に、NETs阻害薬 (DNase I や PAD4阻害薬) の臨床開発、および好中球の脂質代謝 (FATP2など) を標的とした新規治療薬の探索が望まれる。第四に、IgA-FcαRI 二重特異性抗体を用いた好中球特異的な ADCC 活性化療法の固形癌における臨床応用が課題として残されている。
方法
本論文は包括的レビューであり、新規の患者コホートや動物実験の直接的な実施は含まない。PubMed、Embase、Web of Science などの主要データベースを用いて、1990年から2020年までに発表された好中球腫瘍学、骨髄由来免疫抑制細胞 (MDSC)、および好中球細胞外トラップ (neutrophil extracellular traps, NETs) に関する文献を体系的に検索・選定した。検索式には “neutrophil”, “tumor-associated neutrophil”, “myeloid-derived suppressor cell”, “neutrophil extracellular traps”, “CXCR2”, “immunotherapy” などのキーワードを組み合わせた。
特に、好中球の分化・成熟プロセス (Box 1)、好中球多様性の命名ガイドマップ (Box 2)、39種類の固形癌におけるTANの予後および治療応答予測価値 (Table 1)、およびCXCR1/2阻害剤の臨床試験データ (Table 2) を構造化し、エビデンスの統合を行った。臨床試験データベース (ClinicalTrials.gov) を検索し、BMS-986253 (NCT03400332, NCT03689699)、AZD5069 (NCT03177187)、レパリキシン (NCT01861054, NCT02001974, NCT02370238)、SX-682 (NCT03161431)、ナバリキシン (NCT03473925) などの臨床開発状況を抽出した。統計解析の記載がある先行文献の統合においては、ハザード比 (HR) や 95% 信頼区間 (CI) などの統計学的指標、およびカプラン・マイヤー (Kaplan-Meier) 法、ログランク (log-rank) 検定、コックス比例ハザード回揮 (Cox regression) モデルによる生存分析結果を厳密に評価・整理した。