- 著者: Lambrechts D, Wauters E, Boeckx B, Aibar S, Nittner D, Burton O, Bassez A, Decaluwé H, Pircher A, Van den Eynde K, Weynand B, Verbeken E, De Leyn P, Liston A, Vansteenkiste J, Carmeliet P, Aerts S, Thienpont B
- Corresponding author: Diether Lambrechts / Bernard Thienpont (KU Leuven / VIB)
- 雑誌: Nature Medicine
- 発行年: 2018
- Epub日: 2018-08-01
- Article種別: Original Article
- PMID: 29988129
背景
腫瘍微小環境 (TME) は、がん細胞とそれを取り囲む内皮細胞、線維芽細胞、免疫細胞などの多様な間質細胞によって構成される複雑な生態系である。非小細胞肺がん (NSCLC) においては、PD-1/PD-L1経路を標的とした免疫チェックポイント阻害療法や、血管新生阻害薬であるニンテダニブなどの治療法が臨床で成果を収めている。しかし、これらの治療薬が標的とする間質細胞の腫瘍内における in situ での表現型や不均一性は、従来のバルクRNAシーケンス (bulk RNA-seq) 解析では十分に解明されていなかった。Bulk RNA-seq は組織全体の平均的なシグナルを検出するため、少数の細胞種に固有の分子変化や稀少なサブポピュレーションを見落としてしまうという根本的な課題があった。このため、TMEにおける細胞多様性を高解像度で捉えるアプローチが不足していた。
先行研究である Tirosh et al. Science 2016 や Lavin et al. Cell 2017 は、単一細胞レベルでのがん微小環境の解析を試みたが、これらは主にがん細胞や一部の免疫細胞の解析に集中しており、内皮細胞や線維芽細胞を含む間質細胞全体の包括的な解析は不足していた。また、腫瘍組織と対応する同一患者の正常組織を大規模に対比した解析は行われておらず、腫瘍環境が間質細胞の表現型をどのように「彫刻 (mold)」するかという詳細なメカニズムは未解明のままであった。このように、ヒト肺がんにおける間質細胞の包括的なカタログ化と、腫瘍微小環境による表現型修飾の全体像には大きな knowledge gap が残されており、詳細な一細胞レベルのプロファイルデータが決定的に不足しているという課題があった。本研究は、この課題を解決するために計画された。
目的
本研究の目的は、未治療のNSCLC患者から得られた腫瘍組織および対応する正常肺組織を用いて、大規模なシングルセルRNAシーケンス (scRNA-seq) を実施し、肺がんTMEにおける間質細胞の包括的な単一細胞アトラスを構築することである。具体的には、(1) これまで均一と考えられていた間質細胞種における新規サブポピュレーションを含む、52種類の間質細胞サブタイプを同定・カタログ化すること、(2) 腫瘍環境が内皮細胞や線維芽細胞、免疫細胞の表現型をどのように修飾しているかを解明すること、(3) 同定された間質細胞サブタイプのマーカー遺伝子発現と、1,572人のバルクRNA-seqデータを用いた臨床的予後(生存期間)との相関を評価し、新規バイオマーカーや治療標的としての有用性を検証することである。
結果
52種の間質細胞サブタイプの同定と患者間共有性: scRNA-seq解析により、52個の間質細胞サブクラスターが同定された。がん細胞のサブクラスターが高度に患者特異的であったのとは対照的に、間質細胞サブクラスターの大部分は3例以上の患者で共有されていた (Fig 1d)。独立した検証コホート(3例、n=40250 cells)において、52サブクラスターのうち45クラスター(86%)が再現された。LUSCとLUADの両組織型において、46/52のサブクラスターで10細胞以上が回収され、間質細胞の不均一性が組織型を超えて共通していることが示された。
腫瘍内皮細胞における免疫回避表現型と転写活性化: 1,592個の内皮細胞を解析し、6つのクラスターに分類した (Fig 2a)。腫瘍由来内皮細胞(クラスター3:IGFBP3 (insulin-like growth factor binding protein 3)+、クラスター4:SPRY1 (sprouty RTK signaling antagonist 1)+)は、正常肺由来内皮細胞(クラスター1:MT2A+、クラスター5:EDNRB+)と比較して、総リードカウントが 2.0-fold to 4.0-fold increase(2〜4倍に増加)しており、高い転写活性を示した (Fig 2e)。GSEA解析により、腫瘍内皮細胞(n=618 cells)は正常内皮細胞(n=569 cells)と比較して、Myc標的遺伝子群の有意な濃縮が確認された (Fig 2d)。さらに、代謝経路解析ではヌクレオチド代謝や解糖系経路が亢進していた。一方で、最も有意に低下していたのは炎症応答経路であり、T細胞の接着や浸潤に必須な ICAM1、CCL2、CCL18 などの免疫細胞ホーミング関連遺伝子が特異的にダウンレギュレーションされていた (Fig 2f)。SCENIC解析により、転写因子 Fos/Jun の活性低下がこの免疫抑制的表現型を制御していることが示唆された (Fig 2g,h)。
線維芽細胞の多様性と細胞外マトリクスレパートリー: 1,465個の線維芽細胞 (COL1A1+細胞) の再クラスタリングにより、7つのサブクラスターを同定した (Fig 3a)。腫瘍関連線維芽細胞 (CAF) であるクラスター1は COL10A1 を高発現し、上皮間葉移行 (EMT) シグナルやTGF-β関連遺伝子の亢微を示した。一方、活性化 myofibroblast 特徴を持つクラスター2は COL4A1 や ACTA2 (α-SMA) を高発現し、NOTCH経路や血管新生経路が活性化していた (Fig 3d,e)。正常肺に濃縮されるクラスター6は、高レベルのエストン (ELN) を発現し、コラーゲン発現は低かった。SCENIC解析により、クラスター1のECM表現型は HOXB2 および FOXO1 によって、クラスター2の筋原性表現型は MEF2C および ELK3 によって制御されていることが明らかになった (Fig 3f,g)。
B細胞の腫瘍内疲弊とマクロファージのM2極性化: 5,603個のB細胞系細胞の解析から、腫瘍内に濃縮された濾胞性B細胞(クラスター1、2)において、非悪性組織由来と比較して転写産物数が 37.9% decrease(37.9%減少)しており、酸化的リン酸化や細胞増殖経路の低下を伴う「疲弊」状態にあることが示された (Fig 4d)。また、9,756個の骨髄系細胞から12サブセットを同定した (Fig 4e)。腫瘍由来マクロファージ(n=4201 cells)は、非悪性肺組織由来マクロファージ(n=3873 cells)と比較して、炎症応答やTNF-αシグナル、活性酸素種 (ROS) 産生経路が著しく低下しており、プロ腫瘍的なM2様極性化を示した (Fig 4h)。SCENIC解析により、腫瘍マクロファージにおいて IRF2、IRF7、IRF9、STAT2 の活性上昇と、Fos/Jun および IRF8 の活性低下が同定された (Fig 4i,j)。
T細胞の機能的活性化と免疫チェックポイントの共発現: 24,911個のT細胞を解析し、9つのクラスターに分類した (Fig 5a)。CD8+ T細胞(クラスター2、4、5、8)および制御性T細胞(クラスター7:FOXP3+)は腫瘍内に有意に濃縮されていた。腫瘍特異的な高増殖性CD8+ T細胞(クラスター8)およびクラスター4は、高いIFN-γ/IFN-α応答、高い転写活性、およびグランザイム (GZMA, GZMB, GZMH) の高発現を示し、強い細胞傷害活性を有することが示唆された (Fig 5e,f)。しかし同時に、これらの活性化CD8+ T細胞(n=8915 cells)では PDCD1 (PD-1)、CTLA4、LAG3、TIGIT、HAVCR2 (TIM3) などの免疫チェックポイント分子の発現が極めて高く、細胞傷害活性(平均グランザイム発現)と正に相関していた (Spearman r=0.65, p<0.001, Fig 5g)。
間質細胞サブタイプと患者生存予後との相関: TCGAコホート(LUAD n=1027, LUSC n=545)を用いた解析により、間質細胞マーカーの発現パターンと患者予後との関連を評価した。LUSCにおいては、間質細胞マーカー遺伝子の高発現が生存期間の短縮と一貫して相関していたが、LUADではこの相関は見られなかった (Fig 6d)。多変量Cox比例ハザード解析において、LUSCでは扁平AT1細胞、呼吸上皮細胞、および交差提示樹状細胞のマーカー高発現が独立した予後不良因子であった。一方で、LUADにおいては、活性化CD8+ T細胞(クラスター8)のマーカー高発現が生存期間の延長と有意に相関していた (HR 0.67, 95% CI 0.51-0.88, p=0.0045, Fig 6e)。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、主にがん細胞の不均一性に焦点を当てていた従来のシングルセル研究や、間質細胞の包括的解析が不足していた Tirosh et al. Science 2016 などの先行研究と異なり、腫瘍組織と同一患者の対応正常組織を大規模に直接比較する paired デザインを採用した。これにより、腫瘍微小環境が間質細胞の表現型を能動的に再構築するプロセスを、正常対照を背景として極めて高い解像度で描き出すことに成功した。また、がん細胞のサブクラスターが患者特異的であるのに対し、間質細胞サブクラスターが患者間で高度に共有されているという発見は、個々の遺伝的背景を超えた共通の治療標的が存在することを示す重要な知見である。
新規性: 本研究で初めて、ヒト肺がんTMEにおいて52種類に及ぶ詳細な間質細胞サブタイプを新規に同定し、それらの分子的特徴を包括的にカタログ化した。特に、腫瘍内皮細胞が ICAM1 などの接着分子やケモカインをダウンレギュレーションすることで、免疫細胞の腫瘍内浸潤を阻害するという「内皮細胞を介した免疫回避機構」を初めて明らかにした。これは、Pardoll et al. NatRevCancer 2012 などで議論されてきたT細胞側のチェックポイント分子とは独立した、新しい免疫抑制機序である。さらに、線維芽細胞がそれぞれ異なるコラーゲンレパートリーを発現する機能的サブタイプに分化していることや、CD8+ T細胞における細胞傷害活性とチェックポイント分子発現の強固な共制御ネットワークを単一細胞レベルで初めて実証した。
臨床応用: 本研究の知見は、がん治療の臨床応用に直結する。腫瘍内皮細胞における免疫細胞ホーミング分子の低下は、T細胞が腫瘍内に浸潤できない “cold tumor” の形成に関与しており、血管新生阻害薬(ニンテダニブなど:Reck et al. LancetOncol 2014)による「血管正常化」と免疫チェックポイント阻害薬(ペムブロリズマブやアテゾリズマブなど:Reck et al. NEnglJMed 2016、Rittmeyer et al. Lancet 2017)の併用療法の合理性を強く支持する。また、SCENIC解析で同定されたマクロファージ極性化を制御する転写因子(IRF9やFos/Junなど)を標的とすることで、プロ腫瘍性M2マクロファージを抗腫瘍性M1マクロファージへ再プログラム化する新規治療戦略が期待される。さらに、LUSCとLUADで間質細胞マーカーの予後への影響が真逆であるという知見は、組織型に応じた個別化医療や予後予測バイオマーカーとしての臨床的有用性を示している。
残された課題: 今後の検討課題として、同定された間質細胞サブタイプが、一時的な細胞状態 (cell state) の変化を反映しているのか、あるいは不可逆的に分化した異なる細胞系統 (cell lineage) なのかを、in vivo での系統追跡 (lineage tracing) モデル等を用いて検証する必要がある。また、本研究の発見は5例の初期探索コホートに基づいているため、より大規模かつ多様な人種・背景を持つ患者コホートでの再現性検証が求められる。さらに、これらの間質細胞表現型が、肺がんの他臓器転移巣においてどのように変化するのか、また治療介入(化学療法や免疫療法)によってどのように再修飾されるのかを明らかにすることが、今後の重要な研究方向性である。
方法
患者およびサンプル収集: 未治療かつ非転移性のNSCLC患者5例(肺扁平上皮がん (LUSC) 2例、肺腺がん (LUAD) 2例、NSCLC 1例)から、肺葉切除術時に腫瘍組織(1患者あたり3領域:コア、中間、エッジ)および同一肺葉の遠位領域から対応する非悪性正常肺組織(1領域)を採取した。組織は迅速に酵素消化、すなわち DNAse I (deoxyribonuclease I) およびコラゲナーゼI/II、ディスパーゼを含む酵素液を用いて消化され、1時間以内に単細胞懸濁液へと調製された。細胞解離に伴う人工的な遺伝子発現変化を評価するため、解離シグネチャー遺伝子群を用いて検証し、陽性シグナルが2%未満の細胞に限定されていることを確認した。独立した検証コホートとして、さらに3例のNSCLC患者から40,250個の細胞を追加取得した。
scRNA-seqおよびデータ処理: 10x Genomics Chromiumプラットフォームを用い、ユニーク分子識別子 (UMI) バーコードを利用したシングルチューブプロトコルでscRNA-seqライブラリを調製した。品質管理基準として、UMI数200未満、検出遺伝子数100未満または6,000超、ミトコンドリア由来UMI割合が10%超の細胞を除外した。フィルタリング後、52,698個の高品質な単一細胞(腫瘍由来39,323細胞、正常由来13,375細胞)を得た。
クラスタリングとバイオインフォマティクス解析: Seuratパッケージを用い、2,192個の可変発現遺伝子に基づく主成分分析 (PCA) とグラフベースのクラスタリングにより、主要な細胞系統を同定した。さらに各系統内で再クラスタリングを行い、52の間質細胞サブクラスターを同定した。クラスタリングの堅牢性は、Seurat、SCENIC (Single-Cell Regulatory Network Inference and Clustering)、SC3 (Single-Cell Consensus Clustering)、Cidr、RCA (Reference Component Analysis) の5つの手法で検証した。一細胞制御ネットワーク解析にはSCENICを用い、転写因子と標的遺伝子の共発現を評価した。経路活性のスコア化には、Hanzelmann et al. BMCBioinformatics 2013 のGSVA (Gene Set Variation Analysis) 法および Subramanian et al. ProcNatlAcadSciUSA 2005 のGSEA (Gene Set Enrichment Analysis) 法を適用した。
臨床データとの統合および検証: The Cancer Genome Atlas (TCGA) の1,572例(正常108例、LUSC 501例、LUAD 513例)のバルクRNA-seqデータを用い、Cox比例ハザード回帰分析 (Cox regression) を実施して、間質細胞サブタイプマーカーと患者生存期間との相関を解析した(年齢、性別、病期で補正)。細胞株として A549 や H1299 などの肺がんモデルの知見を参照しつつ、独立した肺がん組織切片を用いて、ACKR1 (atypical chemokine receptor 1) や EDNRB (endothelin receptor type B) などのマーカーに対する多重免疫蛍光染色を行い、同定された細胞サブタイプの実在性を検証した。