• 著者: Bethan Psaila, David Lyden
  • Corresponding author: David Lyden (dcl2001@med.cornell.edu; Departments of Pediatrics and Cell and Developmental Biology, Weill Cornell Medical College, New York, USA / Memorial Sloan-Kettering Cancer Center)
  • 雑誌: Nature Reviews Cancer
  • 発行年: 2009
  • Epub日: 2009
  • Article種別: Review (Opinion)
  • PMID: 19308068

背景

Steven Pagetの「種と土壌 (seed and soil)」仮説 (1889年) は、進行乳がん n=735 例の剖検解析から、肝臓など特定臓器が転移を選択的に受容するのは血流分布だけでは説明できず、遠隔臓器の局所微小環境 (土壌) が播種腫瘍細胞 (種) の生着に必要であると論じた先駆的概念であった。しかしその40年後、James Ewingは転移パターンは一次腫瘍を灌流する血管・リンパ管の解剖で決まると反論し、機械論的説明が長く優勢であった。この論争は、Isaiah Josh Fidlerの一連の先行研究 (Fidler & Kripke 1977; Hart & Fidler 1980) が、腫瘍細胞は全臓器の血管に到達するにもかかわらず転移は特定臓器にのみ成立することを実証し、宿主微小環境への注目を復活させたことで決着に向かった。一方で「なぜ特定臓器が転移土壌となるのか」「その土壌はいつ・どの分子機序で準備されるのか」という時間的・分子的形成機序の理解は依然として手薄で、これまでの研究では転移微小環境の動的進化を説明する統合モデルが不足していた。この知見ギャップ (gap in knowledge) を埋める契機が Kaplan et al. (2005年, Nature) によるVEGFR1+骨髄由来造血前駆細胞 (HPC) の転移前臓器への腫瘍細胞到達前の先行集積の発見であり、腫瘍分泌因子が播種前に遠隔臓器を「準備」するという「転移前ニッチ (pre-metastatic niche)」概念が台頭した。本論文はこれら当時の知見を統合し、温度的・段階的な土壌形成パラダイムを提示した先駆的Opinionである。

目的

転移前ニッチから転移ニッチ、そして微小転移から大転移への段階的進化モデルを論じ、腫瘍分泌因子・骨髄由来細胞 (BMDC)・ECM (extracellular matrix) リモデリング・血管透過性変化・がん関連線維芽細胞 (CAF) という各構成要素の機序と相互作用を整理すること。さらに、転移微小環境を播種前の早期段階から治療標的とする段階特異的な臨床的概念枠組みを提示し、進行がんの予後改善に向けた「種」と「土壌」双方への早期介入の必要性を論じることを目的とする。

結果

転移ニッチの3段階進化モデル:本稿の中核は転移土壌が時系列的に進化するという枠組みである (Fig 1)。(1) 転移前ニッチ (pre-metastatic niche):一次腫瘍から分泌されるVEGFA・PlGF (placental growth factor)・TGFβが遠隔臓器でVEGFR1+/VLA4+ (very late antigen 4, integrin α4β1) 骨髄由来HPCを集積させ、炎症性ケモカイン (S100A8/A9) とフィブロネクチン発現を誘導して受容性土壌を形成する。(2) 微小転移ニッチ (micrometastatic niche):循環腫瘍細胞が外滲・定着し、活性化内皮のP-セレクチン・E-セレクチン発現が接着と浸潤を促進、CD44-ヒアルロナン相互作用がanoikis (接着喪失死) 回避を支持する。(3) 微小転移から大転移への移行:骨髄由来内皮前駆細胞EPC (endothelial progenitor cell) のID1転写因子依存的動員が血管新生スイッチ (angiogenic switch) を駆動し大転移巣へ進行する。注目すべきはEPCが転移血管内皮の <15% を占めるに過ぎないにもかかわらず、ID1のshRNAノックダウンで初期定着は阻害されないが血管新生と大転移化が阻止された点であり、EPC動員が大転移化の律速的・機能的決定因子であることを示す (Gao et al. 2008, Fig 2)。

転移前ニッチの開始機構 — VEGFR1+骨髄由来細胞:VEGFR1+で免疫未熟マーカーKIT・SCA1 (stem cell antigen 1) を維持する骨髄由来骨髄系細胞が、肺などの転移前部位に腫瘍細胞到達前に先行集積する (Box 1)。これらの細胞はフィブロネクチン受容体VLA4を発現し、集積部位ではフィブロネクチン発現も増加していた。臓器特異性を示す決定的実験では、B16メラノーマ細胞株のコンディション培地をLLC担持マウスに腹腔内投与すると、通常はLLCで稀な脾臓・腸・腎臓・卵管といったB16に特徴的な臓器へ転移が再配向した (Kaplan et al. 2005)。これは腫瘍分泌因子そのものが転移先パターンを規定することの直接証明である。VEGFR1+細胞の動員は当初VEGFA・PlGFによると考えられたが、後により広範な炎症性ケモカインが造血細胞と腫瘍細胞双方を誘引することが示された。血小板顆粒から遊離するSDF1 (stromal cell-derived factor 1) はCXCR4陽性HPCと腫瘍細胞双方への化学誘引物質として機能し (Jin et al. 2006)、VEGFR1+細胞が後続の骨髄系細胞動員を促進するフィードフォワード構造が想定される (Fig 1)。

炎症性S100タンパク質を介した骨髄細胞のパラクライン (paracrine) 動員カスケード:Hiratsukaらは、一次腫瘍由来のVEGFA・TGFβ・TNFαが肺パレンキマで炎症性タンパク質S100A8・S100A9を特異的に誘導し (肝臓・腎臓では誘導されない)、integrin αM (CD11b) すなわちMAC1 (macrophage-1 antigen) 陽性骨髄細胞の浸潤を惹起することを示した。S100A8刺激を受けた肺はMAC1+骨髄細胞と腫瘍細胞双方に対し強力な走化性を示し、p38 MAPKシグナルが両細胞種の動員に必須であった。この走化はその後、血清アミロイドA3 すなわちSAA3 (serum amyloid A3) がマクロファージ・腫瘍細胞上のTLR4 (Toll-like receptor 4) を介して伝播することが判明した。機能的検証として、S100A8/A9に対する中和抗体投与によりMAC1+骨髄細胞浸潤が著減し、肺への腫瘍細胞コロニー形成が 80-90% 抑制された (Hiratsuka et al. 2006)。一次腫瘍由来因子がTLR経路を介して骨髄細胞を活性化し転移を促進するこのパラクライン機構は、後続の独立研究でも裏付けられている (Kim et al. Nature 2009)。S100ケモカインとSAA3の誘導が主に肺で起こり肝・腎での発現が最小であったことは、移動刺激因子の選択的誘導が転移の臓器特異性に寄与するという概念を支持する。

ECMリモデリング — LOX・フィブロネクチン・MMP9:転移前ニッチの土壌は構造的にも改変される。LOX (lysyl oxidase, リシルオキシダーゼ) は低酸素腫瘍細胞が分泌するコラーゲン・エラスチン架橋酵素であり、ヒト乳がん細胞では低酸素下で発現が亢進し、in vitro/in vivo双方で浸潤性遊走を増強した (Erler et al. 2006)。分泌LOXは転移前部位に集積してコラーゲン線維を架橋・修飾し、CD11b+骨髄細胞の浸潤を受容しやすくする。乳がん細胞でのLOX合成阻害は前転移臓器でのCD11b+骨髄細胞集積を減少させ転移を阻止した (Erler et al. 2009)。フィブロネクチンは肺終末細気管支・気管支静脈周囲という転移ニッチ好発部位に腫瘍細胞到達前から限局発現し、LOXおよび骨髄細胞クラスターと共局在することから、ニッチ集合の起点となる足場と考えられる (一部はヒト特異抗体実験から腫瘍細胞由来と示唆)。MMP9 (matrix metalloproteinase 9) はVEGFR1+・MAC1+骨髄細胞からVEGFA依存性に発現し、ECM分解を通じて可溶性KITリガンドを遊離させ、さらなる骨髄前駆細胞・腫瘍細胞動員を招く正のフィードバックを形成する (Fig 1)。

がん関連線維芽細胞と肝星細胞の寄与:CAF (cancer-associated fibroblast) は恒常的に活性化し、休止線維芽細胞より速く増殖して多量のECM成分を産生、MMP・走化性因子分泌を介して腫瘍促進微小環境を作出する (Box 1)。マウスメラノーマの肝転移初期モデルでは、肝類洞周囲の星細胞が過活性化してMMPと走化因子を分泌し初期転移微小環境を形成、続いて低酸素誘導のVEGFAが内皮前駆細胞を動員して血管新生を駆動し、微小転移から血管新生性大転移への移行を媒介した (Olaso et al. 1997, 2003)。さらにCD45/CD13二重陽性 (cluster of differentiation 45 と 13) の線維細胞 (fibrocyte) サブポピュレーションが転移前肺でMMP9合成を亢進させ、これが腫瘍生着と機能的に相関した。これらの間質細胞群が局所由来か骨髄由来かは本稿時点で未確定とされ、活性化線維芽細胞がEMT (epithelial-mesenchymal transition)・骨髄動員・内皮間葉転換の複数経路から生じうる可能性が議論される。

血管透過性・内皮接着分子とリンパ管新生:VEGFAなど腫瘍分泌因子は転移前臓器の血管透過性を亢進させ、骨髄細胞・腫瘍細胞の外滲と集積を促す。内皮は臓器間で不均一であり、内分泌腺由来VEGF (endocrine gland-derived VEGF) のような組織特異的血管新生因子の存在は、特定臓器への部位選択的ニッチ形成を可能にしうる。活性化内皮上のP-セレクチン・E-セレクチンはIL-1・TNFαで誘導され白血球と腫瘍細胞の選択的接着を促進するが、E-セレクチンを多臓器で過剰発現させたトランスジェニックモデルでは転移分布が変化した一方、発現量と転移量は相関せず、ずり応力など血流動態の併存的寄与が示唆された (Biancone et al. 1996)。血小板はプロテアーゼ活性化受容体に応じて促血管新生因子と抗血管新生因子を別個のα顆粒から選択的に放出し、部位特異的な透過性調節の担い手となりうる。加えてVEGFCによるセンチネルリンパ節での先行的リンパ管新生が腫瘍細胞浸潤に先立って起こることが示され、リンパ管供給の確立も転移準備段階の一過程である可能性が論じられる (Hirakawa et al. 2007)。

腫瘍細胞の定着・生存と微小転移形成:循環に入った数百万の腫瘍細胞のうち二次部位で生着・増殖できるのはごく少数で、初期の局在・外滲は効率的だが増殖の開始と持続が非効率という「転移非効率性」が知られる (Chambers et al. 2002)。腫瘍細胞は骨髄系前駆細胞クラスター・フィブロネクチン・成長因子・ECMリモデリングタンパク質が集積したニッチに優先的に定着する。ヒアルロン酸受容体CD44はanoikis回避に決定的で、尾静脈注入モデルでCD44-基質相互作用を阻害すると初期接着や間質浸潤は妨げられないものの大多数の腫瘍細胞がアポトーシスに陥り微小転移を形成できなかった (Yu et al. 1997)。MassaguéらによるID1・ID3 (inhibitor of DNA binding 1/3) を含む臓器特異的転移遺伝子シグネチャーの同定、BRMS1などの転移抑制遺伝子、EMTによるCD44 high・CD24 low (cluster of differentiation 44 高発現/24 低発現) の幹細胞様形質の獲得 (Mani et al. 2008)、腫瘍細胞とマクロファージの融合仮説などが、定着能を規定する細胞内在的因子として統合的に論じられる。この転移非効率性ゆえに、二次臓器へ到達した大多数の播種細胞は単一の休眠細胞または増殖停止した微小転移巣に留まり、骨髄系前駆細胞クラスター・フィブロネクチン足場・ECMリモデリングによる生存と血管供給の支援を受けた限られた細胞のみが、臨床的に顕在化する大転移へと選択的に進展する点が強調される。

考察/結論

本Opinion総説は、転移を「種」単独の宿命ではなく、播種前から遠隔臓器が積極的に準備される「土壌」の時系列進化として再定義し、転移前ニッチ概念を体系化した点に最大の意義がある。これは転移パターンを血管解剖で説明したEwing以来の機械論や、転移先を専ら腫瘍細胞内在性で決まるとする既報の立場とは対照的であり、これまでの研究が静的に捉えてきた転移土壌を動的・誘導的なプロセスとして捉え直した。VEGFR1+骨髄由来造血前駆細胞・S100A8/A9・LOX・フィブロネクチン・CAFという分子的構成要素を播種前に作動する一連のカスケードとして本研究で初めて統合的に位置づけた点が新規な貢献であり、転移を予防的に断つ標的群を提示した。臨床応用としては、(1) pre-metastatic nicheの免疫組織化学的特徴 (骨髄細胞クラスター・活性化線維芽細胞・間質フィブロネクチン) が現行の予後指標より早期のリスクマーカーとなりうる点、(2) 抗VEGFR1+細胞・LOX・フィブロネクチン阻害などの早期介入が、転移休眠を示す乳がんなどで一次治療への補助として有益でありうる点、(3) 治療は転移前・微小転移・大転移の各段階に応じて標的を変える段階特異的戦略が必要である点が示され、bench-to-bedsideへの橋渡しの具体像が描かれた (Fig 2)。本稿執筆時点 (2009年) では細胞外小胞による転移前ニッチ形成機序はこれまで報告されていない領域であったが、本総説が確立した枠組みは、後続のEV研究 — 腫瘍EVインテグリンが臓器向性を規定するとした (Hoshino et al. Nature 2015)、メラノーマEVがMETを介し骨髄前駆細胞を前転移性に教育するとした (Peinado et al. NatMed 2012)、膵がんEVが肝で前転移ニッチを開始するとした (Costa-Silva et al. NatCellBiol 2015)、腫瘍EV RNAが肺胞上皮TLR3を介し肺前転移ニッチを形成するとした (Liu et al. CancerCell 2016) — に直接の理論的土台を提供した。残された課題 (limitation) として、転移前組織を真に捉える腫瘍細胞検出技術の感度的制約、マウスモデル知見のヒトへの適用可能性検証、ニッチの臓器内での正確な解剖学的局在の確定、ニッチが新規誘導されるのか既存の「誘導可能ニッチ」が利用されるのかの区別、そして転移休眠制御へのニッチの関与が挙げられ、今後の検討課題として明示された。

方法

本論文は系統的レビューではなく、当時のマウス転移モデルと限られたヒト研究を統合した物語的 (narrative) Opinionである。証拠基盤の中核は同系 (syngeneic) マウスモデルであり、Lewis肺がん (LLC) 細胞株とB16メラノーマ細胞株を皮内 (flank) 移植または尾静脈注入する実験系、乳がん細胞株の正所性 (orthotopic) 移植モデル、ヒト腫瘍細胞株を免疫不全マウスに移植する異種移植系、およびオンコジーンを乳腺上皮で条件的に発現させる遺伝子改変マウスが引用される。臓器特異性の検証には、B16コンディション培地をLLC担持マウスに腹腔内投与する培地移植実験や、E-セレクチンを多臓器で過剰発現させるトランスジェニックマウスが用いられている。分子機序の証明手段としては、S100A8/A9に対する中和抗体投与、LOXのsiRNAノックダウン、ID1のshRNAノックダウン、TLR2欠損・TNFα欠損マウスなどの遺伝学的・薬理学的介入が示される。検出技術としては免疫組織化学・免疫細胞化学と単一腫瘍細胞検出法が用いられ、転移前組織を真に捉える感度上の制約が方法論的限界として明示される。2009年時点の総説であり、細胞外小胞 (extracellular vesicle) の単離・キャラクタリゼーションを行う研究系は本稿では扱われていない。本稿自体には独自の統計解析・効果量・信頼区間の提示はないが、根拠として引用される一次研究では群間比較に t検定 (Student’s t-test) や分散分析 (ANOVA) などの統計手法が用いられている。