- 著者: José M. Adrover, Xiao Han, Lijuan Sun, Takeo Fujii, Nicole Sivetz 他, Mikala Egeblad
- Corresponding author: José M. Adrover (The Francis Crick Institute, London, UK) および Mikala Egeblad (Johns Hopkins University School of Medicine, Baltimore, USA)
- 雑誌: Nature
- 発行年: 2025
- Epub日: 2025-04-09
- Article種別: Original Article
- PMID: 40670787
背景
腫瘍内壊死は乳癌、肺癌、大腸癌をはじめとする多くの固形癌で観察され、その存在は患者の予後不良と広く相関することが報告されている Richards et al. Future Oncol. 2011。従来の壊死モデルは、腫瘍増殖が栄養供給を上回ることで生じる「受動的な壊死コア」という仮説に基づいていた。しかし、腫瘍内壊死の空間的構造が複雑で多形性を示すことは、この受動モデルだけでは説明できない点が未解明であった。好中球が放出するNETs (Neutrophil Extracellular Traps) が血管内で血栓形成に関与することは既に知られていたが Brinkmann et al. Science 2004、NETs産生による腫瘍内血管閉塞とそれに続く壊死を直接的に結びつけるメカニズムはこれまで報告されていなかった。また、壊死周囲の低酸素環境が癌細胞のEMT (上皮間葉転換) を誘発し、転移を促進するという仮説は示されていたものの Cooke et al. Cancer Cell 2012、好中球を起点とした一連の連鎖メカニズムを示す直接的な証拠は不足していた。特に、腫瘍がどのようにして好中球の表現型を変化させ、血管内でのNETs形成を促進するのか、その分子メカニズムについては知識ギャップが残されていた。本研究は、この腫瘍内壊死の発生メカニズムと転移促進における好中球の能動的な役割、特にNETsの関与について詳細な解析を行うことで、これらの未解明な点を明らかにすることを目的とした。さらに、腫瘍が造血系に及ぼす影響、特に好中球の分化と機能の変化が、腫瘍壊死の誘導にどのように寄与するのかという点も、先行研究では十分に解明されていなかった。例えば、骨髄における造血の偏向や、特定の好中球サブセットの出現が腫瘍微小環境においてどのような役割を果たすのか、その詳細なメカニズムは不明であった。本研究は、これらの疑問に答えることで、腫瘍壊死が単なる受動的な現象ではなく、能動的なプロセスであり、治療介入の標的となりうるという概念的転換を確立することを目指した。
目的
本研究の目的は、腫瘍内に出現するLy6G+Ly6C-Low血管限局型好中球 (vrPMN) がNETs産生を通じて腫瘍血管を閉塞し、多形性壊死とEMT介在性転移促進を引き起こすという新たなメカニズムを実証することである。具体的には、この好中球サブセットの特性を詳細に解析し、その血管内での挙動とNETs形成能を明らかにすることを目指した。さらに、NET形成阻害が腫瘍壊死の抑制と転移の防止に有効であることを遺伝的および薬理学的に証明し、臨床応用可能な治療標的を提示することを目的とした。最終的には、腫瘍壊死が単なる受動的な現象ではなく、能動的なプロセスであり、治療介入の標的となりうるという概念的転換を確立することを目指した。この目的を達成するため、好中球の表現型変化を誘導する腫瘍由来の分子メカニズム、特にCXCL1の役割を解明し、骨髄における造血の偏向とLy6C-Low好中球の出現との関連を明らかにすることも目指した。
結果
多形性壊死の構造と好中球-NETsの共局在: 4T1、LLC、C3(1)-Tag腫瘍において、腫瘍辺縁部から血管沿いに不規則に分布する「多形性壊死 (pleomorphic necrosis)」が観察され、これは従来の受動的中央壊死とは異なる空間構造を示した。MMTV-PyMT腫瘍では多形性壊死は認められなかった。壊死領域および壊死周囲領域では、非壊死領域と比較して単位血管体積あたりの血管内NETs (MPO+/citH3+/DAPI+三重共局在) が有意に高かった (n=9 volumes from 5 tumours、p=0.0022)。IVMにより、壊死近傍の血管内には好中球凝集塊が存在し、その下流の血管が非灌流となることが全例で確認された (n=5 tumours)。血管内好中球凝集数と非灌流血管割合の間には有意な正の相関が認められた (n=12 volumes from 4 tumours、Pearson相関、p<0.0001)。ヒトTNBC針生検 (n=20 samples) のうち40% (8/20) に血管内NETsが、20% (4/20) に多形性壊死が認められた。乳癌患者MRI (n=200 patients) では、壊死を有する腫瘍は無再発生存期間および全生存期間が有意に短縮し、腋窩リンパ節転移頻度も増加していた (Extended Data Fig. 1a)。
Ly6C-Low血管限局型好中球 (vrPMN) の特性: 4T1およびLLC腫瘍担癌マウスの血液中にはLy6G+Ly6C-Low好中球サブセットが出現した (naiveマウスおよびMMTV-PyMTマウスには認められない)。癌細胞移植9日後には4,595±379 cells/mlのLy6C-Low好中球が検出された (Fig 4d)。Ly6C-Low好中球とLy6C-High好中球のRNA-seq解析では、Ly6C-Low好中球において細胞運動、血管外遊走、接着に関連する経路の有意な低下が示された。特に、Cyria (Rac1阻害)、Dok1 (インテグリン活性化抑制)、Icam1、Itgax (CD11c/fibrinogen受容体)、Itga4 (fibronectin受容体) の発現が上昇し、Ly6c1/Ly6c2の発現は低下していた。Ex vivo PMA刺激実験では、Ly6C-Low好中球はLy6C-High好中球と比較してNET形成能が有意に高く (Ly6C-Low PMA vs vehicle: p=0.0026、Ly6C-Low PMA vs Ly6C-High PMA: p<0.0001; n=24 fields/4 mice)、vehicle刺激時点ではほぼ同等であった (Fig 4e)。Zymosan誘発腹腔炎モデルでは、Ly6C-Low好中球は血液中に存在するものの腹腔には遊出しなかった (n=5 mice、4T1血液 vs 腹腔: p<0.0001)。Ly6C-Low好中球はLy6C-High好中球よりもfibrinへの接着能が高く (CD11c抗体により抑制)、fibrin接着時のNET形成と血小板凝集能も高かった。循環内半減期はLy6C-Low好中球が28.8時間、Ly6C-High好中球が14.6時間と、Ly6C-Low好中球で延長していた。CXCL1ノックアウト腫瘍担癌マウスでは、Ly6C-Low好中球の割合と数が有意に減少し、腫瘍壊死と肺転移も減少した。
PAD4 KO、ジスルフィラム、DNase Iによる壊死と転移の著明抑制: PAD4ΔNマウス (好中球特異的PAD4欠損、NETs形成不能) では、腫瘍内血管閉塞および多形性壊死が野生型と比較して劇的に減少し、自然発症および実験的肺転移がいずれも著明に抑制された (p=0.0095 for metastatic area, p=0.0144 for number of foci; n=19 mice/group) (Fig 5e-h)。ジスルフィラム全身投与でも壊死形成と肺転移が有意に減少した (Extended Data Fig. 12j-m)。DNase I投与でもNETs由来DNA分解を介して同様の壊死・転移抑制が確認された (Extended Data Fig. 11m-o)。これらの結果は、NETs形成が腫瘍壊死の能動的な誘導因子であることを強く示唆する。PAD4ΔNマウスでは、腫瘍内の血管損失も有意に抑制された (p=0.0042、Fig 5a)。
壊死周囲低酸素→TGFβ→EMT→転移の連鎖: 4T1腫瘍の空間トランスクリプトミクス (n=4 tumours) では、壊死、壊死周囲、非壊死の各クラスターが明確に分離された。壊死周囲クラスターではVim (vimentin)、Twist1などのEMTマーカー遺伝子が有意に上昇し、低酸素、遊走、TGFβ経路に関連するGOタームがエンリッチメントされた (Fig 3f)。4T1腫瘍のIHCでは、壊死周囲細胞 (n=426非壊死周囲 vs 291壊死周囲 cells/3 mice) でE-cadherinが有意に低下 (p<0.0001) し、vimentinが有意に増加した (p=0.0001) (Fig 2c-d)。LLC腫瘍 (n=2,186 vs 1,739 cells/3 mice) およびヒトTNBC (n=1,136 vs 1,646 cells/3 samples) でも同様のEMT変化が壊死周囲に限局して認められた (いずれもp<0.0001)。dnTGFβR2発現4T1細胞では、好中球数、NETs、壊死量に差がないまま肺転移が有意に減少した (n=9 mice/群、p=0.0018) (Fig 3i)。壊死周囲のTGFβ産生はマクロファージが主要細胞であることがCITE-seqで示された。
CXCL1による造血偏向: 4T1およびLLC腫瘍担癌マウスでは、骨髄中のLSK (lineage-, Sca1+, Kit+ cells) およびGMP (granulocyte-monocyte progenitors) が有意に増加し、MEP (megakaryocyte-erythrocyte progenitors) が減少していたが、MMTV-PyMT担癌マウスでは変化がなかった。2独立CXCL1 KO株での腫瘍では、骨髄のGMP増加と末梢血骨髄系細胞 (好中球含む) の拡大が有意に抑制された。In vitroで精製HSPC (造血幹前駆細胞) にCXCL1を添加すると、GMP数と成熟好中球数が増加し、CXCL1が骨髄造血の骨髄系偏向を直接駆動することが示された。
考察/結論
本研究は、腫瘍内Ly6G+Ly6C-Low血管限局型好中球 (vrPMN) がNETsと血小板を介して腫瘍血管を閉塞し、多形性壊死、壊死周囲低酸素、TGFβシグナル、EMT、そして転移という新たな連鎖を形成することを初めて実証した。この発見は、「壊死が転移の結果ではなく、むしろその誘因として機能する」という因果関係の逆転を示しており、腫瘍壊死を治療介入可能な標的として再定義する概念的転換をもたらす。
先行研究との違い: これまでの研究では、腫瘍壊死は主に腫瘍増殖が栄養供給を上回る受動的な現象と考えられてきたが、本研究の結果はこれと異なり、好中球が能動的に血管閉塞と壊死を誘導することを示した。また、NETsが転移を促進することは報告されていたが Park et al. SciTranslMed 2016、そのメカニズムとして血管閉塞とそれに続く壊死、そして壊死周囲のEMTを介するという具体的な連鎖を本研究で初めて明らかにした。さらに、Engblom et al. Science 2017 や Ng et al. Science 2024 などの先行研究は好中球の腫瘍微小環境における多様な役割を示唆していたが、本研究はLy6C-Low vrPMNという特定のサブセットが血管閉塞と壊死を直接的に引き起こすという、これまで報告されていない新規メカニズムを解明した。
新規性: 本研究で初めて、Ly6C-Low好中球という特殊なサブセットが腫瘍によって誘導され、その血管限局性、NETs形成亢進能、fibrin親和性、遊走能低下、半減期延長といった独自の特性が、腫瘍血管閉塞と多形性壊死の形成に不可欠であることを新規に同定した。このvrPMNの存在は、免疫機能における血管外遊走の回避と血管内での局所作用という、好中球の新たなニッチを示唆する。また、腫瘍由来のCXCL1が骨髄造血を骨髄系に偏向させ、このvrPMNの出現を促進するという分子メカニズムも新規の発見である。
臨床応用: ジスルフィラム (アルコール依存症治療薬として長年臨床使用され、FDA承認済み) が壊死と転移を抑制するという知見は、即時的なドラッグ・リパーパシングの可能性を示す。ヒトTNBC患者の20%に多形性壊死、40%に血管内NETsが認められること、およびPAD4阻害、DNase I、ジスルフィラムによる治療効果は、早期TNBC患者を対象とした転移予防戦略の開発に直結する臨床的意義を持つ。先行するNETs研究 (T細胞抑制、pre-metastatic niche形成など) と組み合わせると Adrover et al. CancerCell 2023、NETsが転移の複数ステップを多様なメカニズムで促進することが明らかとなり、NETs標的治療の包括的有効性が示唆される。
残された課題: 今後の検討課題として、(1) vrPMNのLy6C-Low表現型の分子的決定機序と可逆性、(2) 膵臓癌や大腸癌など他癌種での多形性壊死メカニズムの一般化、(3) ジスルフィラムの臨床試験における最適投与量、スケジュール、バイオマーカー選択基準の確立、(4) 壊死周囲TGFβの産生源としてのマクロファージと好中球の相対的寄与、が挙げられる。Limitationとして、本研究は主にマウスモデルと限られたヒト生検サンプルに基づいているため、より大規模なヒトコホートでの検証が必要である。また、NETs形成のPAD4非依存性経路についてもさらなる詳細な解析が求められる Tsourouktsoglou et al. CellRep 2020。これらの課題を解決することで、本研究で示されたメカニズムの普遍性と、NETsを標的とした治療戦略のさらなる発展が期待される。
方法
マウス皮下・同所性腫瘍モデル (4T1乳癌、LLC肺癌、C3(1)-Tag自然発症乳癌、MMTV-PyMT乳癌) を使用し、腫瘍内壊死と転移のメカニズムを解析した。Whole-mount tissue clearingおよびintravital microscopy (IVM) を用いて、腫瘍内血管閉塞をリアルタイムで可視化し、intravenous lectin (rhodamine標識) を用いて灌流を定量した。Ly6C-Low好中球とLy6C-High好中球をFACSでソーティングし、RNA-seqを実施して示差発現遺伝子のGene Ontology解析を行った (n=3/群)。PMA刺激によるex vivo NET形成を定量し (n=24 fields from 4 mice/群)、Zymosan誘発腹腔炎モデルでLy6C-Low好中球の血管外遊走能を評価した (n=5 mice/群)。また、fibrinへの接着実験も実施した。
NETs形成に必須であるPAD4 (protein-arginine deiminase 4) の好中球特異的欠損マウス (MRP8Cre;Padi4fl/fl = PAD4ΔN) を作製し、腫瘍壊死と転移への影響を評価した。MRP8Creは骨髄系細胞特異的にCreリコンビナーゼを発現し、Padi4fl/flはPAD4遺伝子のfloxedアレルを持つマウスである。さらに、FDA承認薬であるジスルフィラム (disulfiram、PAD4阻害作用を持つ銅キレート剤) およびDNase Iを全身投与し、壊死と転移への効果を測定した。TGFβシグナル阻害のため、dominant-negative TGFβR2 (dnTGFβR2) を発現する4T1細胞を使用し、肺転移への影響を評価した (n=9 mice/群)。CXCL1ノックアウト (2独立株) 腫瘍モデルを用いて、骨髄造血の偏向とLy6C-Low好中球の出現への影響を評価した。
4T1腫瘍の空間トランスクリプトミクス (Visium) を実施し、壊死、壊死周囲、非壊死クラスターを同定した (n=4 tumours)。ヒトTNBC (トリプルネガティブ乳癌) の治療前針生検組織 (n=20 samples) を用いて、PAD4+好中球、NETs、壊死の共局在を免疫組織化学で確認した。最後に、MRIデータを用いた乳癌患者コホート (n=200 patients) において、壊死の有無と再発、全生存期間、リンパ節転移の関連を後ろ向きに評価した。統計解析には、Prism v8, v9, v10 (GraphPad) を使用し、P<0.05を有意差ありと判断した。生存曲線にはlog-rank (Mantel-Cox) 解析を使用した。