- 著者: Wei W, Blaj C, Al-Radhawi MA, et al.
- Corresponding author: Jingjing Jiang, Elsa Quintana (Revolution Medicines, Inc.)
- 雑誌: Cancer Discov
- 発行年: 2026
- Epub日: 2026-05-15
- Article種別: Original Article
- PMID: 41670434
背景
KRAS(Kirsten rat sarcoma viral proto-oncogene)は固形がんにおいて極めて高頻度に変異するドライバー遺伝子であり、非小細胞肺がん(NSCLC; non-small cell lung cancer)の約30%に変異が認められ、米国で年間約20万例の新規がんに寄与している。NSCLCにおけるKRAS変異の約40%がG12C変異(12番目のグリシンからシステインへの置換)を占め、ソトラシブやアダグラシブなどの不活性型であるGDP結合型KRAS G12Cタンパク質を標的とするKRAS G12C(OFF)選択的共有結合型阻害薬が承認されている。しかし、これらの第一世代阻害薬に対する奏効持続は限られていることが OReilly et al. NEnglJMed 2026 などの先行研究で報告されている。腫瘍細胞におけるRAS経路の再活性化を伴う一次耐性および獲得耐性メカニズムが臨床的課題として認識されている。具体的には、KRAS G12C遺伝子の増幅、上流の受容体型チロシンキナーゼ(RTK; receptor tyrosine kinase)の活性化、またはKRAS G12CのスイッチII結合ポケットにおける二次変異などが耐性に関与することが Winslow et al. CancerDiscov 2026 で指摘されている。さらに、先行研究(Canon et al. Nature 2019, Hallin et al. Cancer Discov 2020)では、これらの薬剤が一時的な腫瘍退縮をもたらすものの、野生型(WT; wild-type)RASによる代償的な活性化やRTKのフィードバックループにより、治療効果が限定的であることが示されている。
さらに、変異型KRASは主要組織適合遺伝子複合体(MHC; major histocompatibility complex)クラスIの下方調節、PD-L1の発現上昇、免疫抑制性サイトカインの分泌、制御性T細胞(Treg; regulatory T cell)などの免疫抑制性細胞の浸潤などにより、免疫抑制性の腫瘍微小環境(TME; tumor microenvironment)を形成することが知られている。この免疫抑制的なTMEは、免疫チェックポイント阻害薬(ICB; immune checkpoint blockade)に対する腫瘍の不応性を引き起こす主要な要因の一つである。既存の研究では、KRAS阻害薬がTMEを部分的に改善し、適応免疫応答を増強する可能性が示唆されているが、活性型であるGTP結合型RASを標的とするRAS(ON)阻害薬クラス、特に二剤併用療法が免疫活性化に与える影響、およびICB不応性腫瘍を再感作する能力については、これまで十分に解明されておらず、詳細なメカニズムは不明であった。このように、免疫不応性腫瘍におけるRAS(ON)阻害薬の免疫調節作用に関する知見は著しく不足しており、治療抵抗性を克服するための併用戦略の確立において大きな gap が残されている。本研究は、KRAS G12C(OFF)阻害薬の限界を克服し、免疫不応性腫瘍に対する新たな治療戦略を確立するための、RAS(ON)阻害薬二剤併用療法の可能性を探るものである。
目的
本研究の目的は、G12C選択的RAS(ON)阻害薬であるエリロンラシブ(RMC-4998)と、多選択性(マルチ選択性)RAS(ON)阻害薬であるダラキソンラシブ(RMC-7977)の二剤併用が、KRAS G12C変異NSCLCの前臨床モデルにおいて、単剤療法では克服できない耐性メカニズム(KRAS増幅、STK11/KEAP1共変異、RTK活性化など)を克服し、単剤を超える抗腫瘍効果を発揮するかを検証することである。
さらに、免疫不応性の腫瘍微小環境(TME)を有するモデルにおいて、RAS(ON)阻害薬二剤併用が腫瘍の免疫原性を高め、抗PD-1抗体との三剤併用により完全奏効(CR; complete response)および長期的な免疫記憶を誘導できるかを評価することも目的とした。具体的には、二剤併用がMHCクラスI発現、T細胞浸潤、抗原提示関連遺伝子の発現をどのように変化させるかを詳細に解析し、免疫チェックポイント阻害薬(ICB)に対する腫瘍の感受性を回復させるメカニズムを明らかにすることを目指した。これらの検証を通じて、KRAS G12C変異NSCLCにおけるRAS(ON)阻害薬二剤併用とICBの三剤併用療法の臨床的有用性に対する強力な科学的根拠を確立することを目的とした。
結果
単剤不応性モデルにおける二剤併用の劇的な抗腫瘍効果: 単剤不応性コホート(n=8 CDX models)において、RAS(ON)阻害薬二剤併用はエリロンラシブ単剤(ORR 38%、mPFS 23日)およびダラキソンラシブ単剤(ORR 38%、mPFS 86日)を大幅に上回る抗腫瘍効果を示した(Fig 1A)。二剤併用群では ORR 75% を達成し、mPFSは90日間の観察期間終了まで未到達であった(p<0.0001, log-rank検定;Fig 1B)。特にSTK11/KEAP1共変異を有するNCI-H2122およびNCI-H2030モデルでは、エリロンラシブ単剤では長期奏効が得られず、投与開始後約20日で腫瘍の再増殖が観察されたが、二剤併用により持続的な腫瘍退縮が観察された(Fig 2A, Fig 2B)。3種のPDXモデル(NBC-NSCLC-M17, NBC-NSCLC-KRAS3, NBC-NSCLC-KRAS1)においても、二剤併用は各単剤よりも優れた抗腫瘍活性を示し、治療中止後も腫瘍の再増殖を抑制した(Fig 1C)。
KRAS増幅およびRTK活性化による耐性の克服: KRAS G12C増幅を有するLUN055 PDXモデル(遺伝子コピー数 n=25)では、エリロンラシブ単剤は奏効せず(ORR 0%)、ダラキソンラシブ単剤では部分的な腫瘍抑制に留まったが、二剤併用により有意な腫瘍退縮が観察された(Fig 2E)。PK/TE/PDモデリングの結果、KRAS増幅例ではG12C選択的阻害単独では総KRAS(ON)タンパク質占有率が約40%から60%にとどまることが示されたが、ダラキソンラシブを追加することで、総占有率が90%以上に達することが定量的に予測された(Fig 4D)。また、HER2(human epidermal growth factor receptor 2)が高発現しているCTG-2536 PDXモデルにおいても、二剤併用は単剤を凌駕する持続的な腫瘍退縮を誘導した(Fig 2D)。
持続的なRAS経路抑制とアポトーシス誘導能の強化: NCI-H2122 CDXモデルにおいて、エリロンラシブ単剤はKRAS G12Cタンパク質の約99%の標的占用率を達成したが、DUSP6 mRNA発現の抑制は8時間後には減弱した(Fig 3A, Fig 3B)。ダラキソンラシブ単剤はより深く持続的なRAS経路抑制を示し、二剤併用は単剤よりも深く持続的なDUSP6 mRNA抑制(約99%抑制を48時間維持)およびpERK(phosphorylated extracellular signal-regulated kinase)、pS6(phosphorylated ribosomal protein S6)タンパク質レベルの持続的抑制を示した(Fig 3B, Fig 3C)。また、二剤併用は腫瘍細胞の増殖(Ki67陽性率)を有意に抑制し、アポトーシスマーカーであるCC3(cleaved caspase 3)レベルを対照群と比較して 2.0-fold から 4.0-fold 増加させた(Fig 3D)。
免疫不応性モデルにおけるTMEの再プログラムとICB感作: ICB不応性3LL-ΔNRAS同系モデル(n=10 mice per group)において、RAS(ON)阻害薬二剤併用は腫瘍細胞のMHCクラスI(H2-Kb)発現を約2.5-fold増強し(p<0.001)、CD8+ T細胞およびCD4+ T細胞の浸潤を有意に促進し、腫瘍浸潤リンパ球(TIL; tumor-infiltrating lymphocyte)の増加をもたらした(Fig 6D, Fig 6E)。さらに、エリロンラシブ、ダラキソンラシブ、抗PD-1抗体の三剤併用により、10/10例(ORR 100%)が完全奏効(CR)を達成した(Fig 7E)。完全奏効を達成したマウスに対する腫瘍再チャレンジ試験(day 100)では、全例で腫瘍拒絶が観察され、T細胞依存性の長期的な免疫記憶形成が確認された(Fig 7F)。CD8+ T細胞、CD4+ T細胞、およびNK細胞の枯渇実験では、三剤併用効果が完全に消失し(ORR 0%)、適応免疫応答への完全な依存性が立証された(Fig 5D)。
抗原提示機構の最大化とTCRクローンの収束: 3LL-ΔNRAS腫瘍のRNA-seq解析では、エリロンラシブまたはダラキソンラシブ単剤でも抗原提示関連遺伝子(B2m, Tap1, Tap2など)の発現が増加したが、二剤併用で最も強い上方制御が認められた(Fig 7A)。TCR(T-cell receptor)シーケンス解析では、T細胞の豊富さが増加し、特に二剤併用群で顕著であった(Fig 7B)。TCRクローン多様性は維持されたものの、共通抗原特異性を持つTCRである収束クローンの総頻度が全治療群で有意に増加し、二剤併用群で最も高かった(Fig 7C)。また、二剤併用群では、各腫瘍間で共有されるTCRクローン数も単剤群と比較して著しく増加しており、n=10 tumors per group の解析において、腫瘍抗原に対する広範で集中的なT細胞応答が示唆された(Fig 7D)。
考察/結論
先行研究との違い: 従来のKRAS G12C(OFF)阻害薬を用いた先行研究(Canon et al. Nature 2019, Hallin et al. Cancer Discov 2020)と異なり、本研究の二剤併用療法は、KRAS増幅やSTK11/KEAP1共変異などの耐性機序を同時に封じ込めることが可能であることを示した。従来の治療法では、これらの変異が存在する場合に奏効率が著しく低下していたが、多選択型ダラキソンラシブが野生型RASの代償的活性化も抑制する機序により、この限界を克服した。これは、単一の変異タンパク質のみを標的とするアプローチとは対照的であり、RAS経路全体の活性を相補的に制御する新しい治療概念を提示している。
新規性: 本研究で初めて、共有結合型G12C選択性エリロンラシブと非共有結合型多選択性ダラキソンラシブの二剤併用が、相補的にRAS(ON)タンパク質全体を抑制し、単剤不応性モデルで顕著な抗腫瘍効果を発揮することを新規に同定した。さらに、RAS(ON)二剤併用が腫瘍細胞のMHCクラスI発現を上昇させてICB感作をもたらし、完全奏効と長期的な免疫記憶を誘導するという新しい作用パラダイムを本研究で初めて明らかにした。
臨床応用: 本知見は、KRAS G12C変異NSCLC患者における治療戦略の臨床応用に直結する。臨床的意義として、免疫不応性(T細胞除外型)の腫瘍微小環境を再プログラムし、抗PD-1抗体などの免疫チェックポイント阻害薬に対する感受性を回復させることが挙げられる。現在、NCT06162221(Phase I/II)試験において、この二剤併用療法とペムブロリズマブの併用効果の評価が進んでおり、臨床現場における新たな標準治療となる可能性を秘めている。
残された課題: 今後の検討課題として、三剤レジメンの最適用量および投与スケジュール(特にICBを追加する最適なタイミング)の決定が挙げられる。また、本研究における limitation(限界)として、前臨床モデル(マウスおよび異種移植モデル)における検証が中心であり、ヒトの複雑な免疫系における再現性や長期的な毒性プロファイルについては、今後の臨床試験での検証が必要である。さらに、ICB感作を予測するためのバイオマーカー(TMB; tumor mutational burden やMHCクラスIの基礎発現レベルなど)の同定も、残された課題として挙げられる。
方法
本研究では、KRAS G12C変異NSCLCの前臨床モデルとして、8種類の細胞株由来異種移植(CDX; cell line-derived xenograft)モデルおよび3種類の患者由来異種移植(PDX; patient-derived xenograft)モデルを使用した。CDXモデルには、TP53、STK11、KEAP1、SMARCA4、CDKN2Aなどの共変異を有する株やKRAS増幅を有する株が含まれた。PDXモデルは、英国のマンチェスターがん研究センター(MCRC; Manchester Cancer Research Centre)バイオバンクのプロトコルに基づき、治療歴のない患者(モデル名: NBC-NSCLC-M17、ここでNBCはNational Biomarker Centreを示す)、ICB耐性患者(モデル名: NBC-NSCLC-KRAS3)、およびソトラシブとICBの両方に耐性を示す患者(モデル名: NBC-NSCLC-KRAS1)から樹立された。
薬剤投与群は、エリロンラシブ(30 mg/kg, 100 mg/kg, または 200 mg/kg 経口1日1回)、ダラキソンラシブ(25 mg/kg 経口1日1回)、二剤併用、および三剤併用(二剤併用 + 抗PD-1抗体 10 mg/kg 腹腔内投与週2回)の各群で構成された。治療期間は最長90日間とし、各群の動物数は n=46 to n=55 animals であった。主要評価項目はmRECIST(modified Response Evaluation Criteria in Solid Tumors)修正基準による客観的奏効率(ORR; objective response rate)およびKaplan-Meier法による中央値無増悪生存期間(mPFS; median progression-free survival)であり、群間比較にはlog-rank検定を用いた。
免疫学的評価には、フローサイトメトリーによる免疫細胞プロファイリング(CD8+ T細胞、CD4+ T細胞、MHCクラスI、PD-L1発現)およびRNAシーケンス(RNA-seq)を用いた。特に、ICB不応性の免疫適格3LL-ΔNRAS(NRASをCRISPR/Cas9でノックアウトしたLewis肺がん細胞株)同系モデル(n=8 to n=12 mice per group)では、三剤併用効果と免疫依存性を検証するため、CD8+ T細胞、CD4+ T細胞、およびナチュラルキラー(NK; natural killer)細胞の枯渇実験、ならびに腫瘍再チャレンジ試験を実施した。免疫細胞の枯渇は、特異的抗体投与により行った。また、免疫原性細胞死(ICD; immunogenic cell death)の誘導能を評価するため、HMGB-1(high mobility group box 1)放出およびカルレティキュリン(CalR; calreticulin)外表化を測定した。細胞株の培養には10%胎児ウシ血清(FBS; fetal bovine serum)を添加した培地を用い、薬物調製にはジメチルスルホキシド(DMSO; dimethyl sulfoxide)等を含む溶媒を使用した。マウスの系統としては、免疫不全マウスであるNSG(NOD.Cg-Prkdc^scid Il2rg^tm1Wjl/SzJ)および免疫適格マウスであるC57BL/6を用いた。
薬物動態(PK; pharmacokinetics)、標的占有(TE; target engagement)、薬力学(PD; pharmacodynamics)モデリングにより、KRAS増幅モデルにおける二剤併用の優位性を定量的に予測した。このモデルは、エリロンラシブの共有結合性KRAS G12C結合とダラキソンラシブの非共有結合性KRAS G12C結合の相補的なメカズムを組み込んだ。統計解析には、log-rank検定、ANOVA(分散分析)、およびマン・ホイットニー(Mann-Whitney)検定を使用し、有意水準は p<0.05 とした。細胞株の認証はIDEXX BioAnalyticsのCellCheck 16 Plusプラットフォームで行われ、マイコプラズマ汚染のスクリーニングも実施された。動物実験は各施設のIACUC(Institutional Animal Care and Use Committee)の承認を得て実施された。また、臨床試験NCT06162221との関連性についても検証した。