• 著者: Monte M. Winslow, Mohamed A. Ahmed, Christine D. Berg, Julian Downward, Ramaswamy Govindan, Roy S. Herbst, John V. Heymach, Elizabeth M. Jaffee, Norbert Kraut, Miriam Merad, Matthew Meyerson, Katerina Politi, Charles M. Rudin, Jean-Charles Soria, Kwok-Kin Wong, Timothy A. Yap, Charles Swanton
  • Corresponding author: Charles Swanton (Francis Crick Institute, London)
  • 雑誌: Cancer Discovery
  • 発行年: 2026
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Review
  • PMID: 42001483

背景

肺がんは世界中で年間約180万人が死亡する最大のがん死因であり、その死亡率は依然として高い (Bray et al. 2024)。EGFR、ALK、KRASなどの癌遺伝子を標的とした分子標的療法や免疫チェックポイント阻害薬 (ICI) の登場により、治療パラダイムは大きく変化し、一部の患者では生存期間の延長が達成された。しかし、進行期・転移期の患者では既存治療への耐性獲得が避けられず、全体的な生存率は依然として低い水準にある。特に、治療抵抗性のメカニズムは複雑であり、遺伝的多様化、非遺伝的細胞可塑性、系統転換、および癌細胞と微小環境・宿主との動的な相互作用によって形成されることが示されている (Facchinetti et al. 2018)。

近年、ADC (抗体薬物複合体)、二重特異性抗体、T細胞エンゲージャー (TCE)、細胞療法などの新たな治療モダリティが登場し、液体生検、ctDNA (循環腫瘍DNA)、多領域シーケンシングを用いた精密医療が進化している。例えば、TRACERxプロジェクトなどの縦断的多領域・多オミクスプロファイリング研究により、染色体不安定性 (CIN) が予後不良、転移促進、免疫回避と関連することが明確に示された (Al Bakir et al. 2023)。また、薬剤耐性細胞 (DTPC: drug-tolerant persister cells) の生物学や腫瘍微小環境 (TME) の再プログラミングなど、腫瘍進化の分子機構の解明も進んでいる (Russo et al. 2024)。

これらの進歩にもかかわらず、肺がんの診断、治療、予防における知識のギャップは依然として大きく、特に「undruggable」とされてきた標的の克服、非喫煙者や希少肺がんサブタイプにおける病態理解、および治療耐性メカニズムの包括的な解明が不足している。既存の治療戦略で活用できているがん駆動タンパク質は全体の10%未満と推定されており (Jiang et al. 2022)、未開拓の治療標的が多数存在することが課題である。また、臨床試験デザインの革新やAI駆動型解析の活用も、より効率的かつ包括的な研究推進のために不可欠である。これらの背景から、AACR (米国癌学会) の肺がんタスクフォースは、残る知識のギャップと今後の研究優先事項を明確にする必要性を認識し、本提言論文を作成した。

目的

AACR肺がんタスクフォースとして、肺がんの生物学的理解、新規治療開発、早期検出、予防、および臨床試験デザインにおける現状の課題を整理し、近中期の優先研究領域と実行可能なロードマップを提示することを目的とする。具体的には、腫瘍進化と不均一性の解明、薬剤耐性メカニズムの克服、新規治療モダリティの開発、未開拓の標的へのアプローチ、過小評価されている肺がんサブタイプへの注力、臨床試験デザインの革新、および早期検出・予防戦略の強化を優先課題として特定し、これらの領域における具体的な研究方向性を示すことを目指す。本提言は、肺がん患者の転帰を改善するための学際的かつ国際的な共同研究を促進することを意図している。

結果

腫瘍進化・不均一性・液体生検の最前線: TRACERxプロジェクトをはじめとする縦断的多領域・多オミクスプロファイリング研究により、染色体不安定性 (CIN) が予後不良、転移促進、免疫回避と関連することが明確に示された (Al Bakir et al. 2023)。CINはHLA喪失やクローナル新抗原の喪失を介したT細胞回避 (immunoediting) を引き起こし、CINと胸腔外転移リスクの正の相関がTRACERxデータで実証されている (Rosenthal et al. 2019)。ctDNAを用いた腫瘍情報に基づく第二世代超高感度MRD (minimal residual disease) 検出は、血漿濃度最低1〜5 parts per million (ppm) の検出感度に達し、NSCLC術後患者の80%以上 (腺癌では最大80%) でMRD評価が可能となった (Black et al. 2025a)。ctDNA検出レベルが80 ppm未満であっても無検出例より有意に予後不良であることが示されており (Black et al. 2025b)、低レベルctDNAが持つ臨床的意義も明確化されつつある。これにより補助療法の個別化 (ctDNA陽性例への強化・陰性例への減量) に向けた適応型試験デザインの基盤が整いつつある。一方、初期病変の時間的ダイナミクスや転移特異的ドライバー遺伝子変化は未解明な点が多く、warm autopsy programやsingle-cell/spatial multiomicsを活用した研究の拡充が優先される (Figure 1)。

薬剤耐性・DTPC (drug-tolerant persister cells) の生物学と代謝脆弱性: EGFR・KRAS変異腫瘍が標的療法後に小細胞肺癌 (SCLC) や扁平上皮癌へ組織型転換することが確認されており (Sequist et al. 2011)、エピゲノムの可塑性とlineage plasticityが耐性の重要メカニズムとして認識されている。DTPCは標的療法後に深奏効状態でも残存し腫瘍再燃の起点となる集団であり、ミトコンドリア酸化的リン酸化 (OXPHOS) と脂肪酸酸化 (FAO) への依存性増大が特徴的な代謝表現型である (Guler et al. 2017)。前臨床試験において電子伝達系阻害薬 (mitochondrial respirationを標的) とFAO阻害薬がDTPCの適応を遅らせる有望な活性を示した。KRAS G12C阻害薬治療下でKRAS陽性肺腺癌がAT2細胞様表現型からAT1細胞様表現型へ移行することでpersister状態に至るメカニズムも解明されつつある (Li et al. 2024)。さらに、KRAS阻害薬はTME内の腫瘍関連骨髄系細胞を再プログラミングし抗原提示を増強することで免疫チェックポイント阻害薬との相乗効果を生む可能性が示唆されており (Mugarza et al. 2022)、ON状態KRAS (GTP結合型) を標的とする次世代阻害薬 (例: MRTX1133) や汎RAS阻害薬・SOS1阻害薬・SHP2阻害薬との組み合わせ戦略も開発段階にある (Riedl et al. 2026)。HDAC阻害薬はマウス・ヒトの乳癌・膵癌モデルで骨髄由来免疫抑制細胞 (MDSC) を再プログラミングし免疫チェックポイント阻害薬の効果を増強することが複数の前臨床研究で示された (Sidiropoulos et al. 2022) (Figure 2)。

未開拓標的への新規アプローチと新規治療モダリティ: PROTAC (プロテオリシス標的キメラ) や分子糊 (molecular glue degrader) などのタンパク質分解誘導戦略により、従来「undruggable」とされたKRAS、TP53、MYCなどへの展開が現実化しつつある (Hinterndorfer et al. 2025)。現在の治療戦略で活用できているがん駆動タンパク質は全体の10%未満と推定されており (Jiang et al. 2022)、未開拓の治療標的が多数存在する。合成致死を利用した標的療法として、SMARCA4欠損腫瘍へのSMARCA2阻害 (chromatin remodeling SWI/SNFコンプレックスのparalog synthetic lethal)、MTAP (methylthioadenosine phosphorylase) 欠損腫瘍へのMTA (methylthioadenosine)-cooperative PRMT5阻害が現在臨床試験中である (Belmontes et al. 2025)。 ADC分野ではTROP2、HER2、HER3、c-MET、B7H3、CEACAM5を標的とするADCがNSCLCで承認または試験中であり、有望な活性を示している (Zanchetta et al. 2024)。ADC開発の課題としてはdrug-to-antibody ratioの変動、リンカー不安定性による毒性、交差耐性 (類似ペイロード間) が挙げられ、lysosomal protease切断型リンカー等の技術改良が進んでいる。二重特異性T細胞エンゲージャー (TCE) ではDLL3×CD3 tarlatamabがSCLCで化学療法に対する優越性 (HR 0.60, 95% CI 0.45-0.79, p<0.001) を示しFDA承認を取得した (Mountzios et al. 2025)。SCLCでTCEが特に有効な理由として、DLL3の高発現・均一性、比較的低い間質障壁、SCLC固有の抗原提示経路抑制 (MHC-I非依存的にT細胞を招集できるTCEに有利) が挙げられる。さらに非PD-1チェックポイント (LAG-3、TIM-3、TIGIT)、制御性T細胞・腫瘍関連マクロファージを標的とするアプローチも評価中である (Figure 3)。

腫瘍サブタイプ別の課題と優先事項: 扁平上皮癌、SCLC、中皮腫、大細胞神経内分泌癌では有効な分子標的療法が依然として乏しく、肺がん患者全体の50%超を占めるにもかかわらず治療選択肢が限定される。SCLCではRB1/TP53不活化とMYC増幅が主要な異常であり、Aurora A阻害薬・ATR阻害薬との合成致死的アプローチ、ならびにADC・TCE療法が検討されている (Owonikoko et al. 2020)。中皮腫ではYAP/TEAD阻害薬がFDA orphan drug designationとfast track designationを取得しており、専用の前向き試験の充実が求められる (Yap et al. 2025)。アジア系非喫煙者における肺がんは韓国系、中国系、ベトナム系、日本系、フィリピン系 (Filipino女性の83%・Asian Indian女性の98%が非喫煙者) で高い頻度を示しており (Gomez et al. 2025)、EGFR変異濃縮以外の病因解明が課題である。

臨床試験デザインの革新とAI活用: Lung-MAPマスタープロトコルは単一ゲノムスクリーニングプラットフォームによる複数バイオマーカー主導コホートへの効率的な割り付けを実現し、バイオマーカー主導試験のモデルを提示した (Herbst et al. 2015)。Pragmatica-Lung試験は簡略化デザインで多様な患者集団を迅速に登録し、CTONG1702のpyrotinib試験は客観的奏効率 (ORR) 35.7%・中央値PFS 7.3ヶ月を示し、real-worldコホートと慈悲的使用アームを統合した現代的適応型試験デザインの価値を実証した (Liu et al. 2023)。FDA Project Optimusによる用量最適化の義務化は最大耐容量ではなく生物学的至適用量の探索を促進する。ctDNA動態に基づく治療強化・de-escalationの組み込みが次世代試験の必須要素として提唱されており、MRD陽性例への早期介入・MRD陰性例への減量を可能にする適応型試験デザインが重要視される (Herbst et al. 2025)。AI駆動型のゲノム・画像・臨床データ統合プラットフォームの構築により、バイオマーカー発見・患者マッチング・耐性機構の解明が加速されることが期待されている。

早期検出・スクリーニング・予防戦略: LDCTスクリーニングにより米国では2013〜2019年に遠隔転移を初発とする症例の年間減少率4.6%・局所限局期の年間増加率3.6%が達成された (Kratzer et al. 2024)。台湾のTALENT試験では非喫煙者を主体にn=12,000人以上をスクリーニングし、発見された癌の75%以上がstage I (大多数が腺癌) であった (Chang et al. 2024)。これはアジア系非喫煙者における肺がんスクリーニングの大きな可能性を示し、現行の喫煙歴ベーススクリーニング基準が非喫煙者には不十分であることを示唆する。 化学的予防としてIL-1β阻害 (canakinumab) がCANTOS試験データに基づき注目されており、CHIP (clonal hematopoiesis of indeterminate potential) 由来のmonocyteがIL-1α/βを分泌して肺腫瘍の促進に関与するメカニズムが示唆されている (Ridker et al. 2017)。CHIPは英国Biobankデータで肺がん発症との関連が確認されており (Tian et al. 2023)、UK CHIP浸潤NSCLC (TI-CH: tumor-infiltrating clonal hematopoiesis) は再発・死亡リスク増大と関連する (Pich et al. 2025)。LungVaxなどKRAS/EGFR変異由来の新抗原を標的とした予防ワクチンも開発段階にあり、HPV・HBVワクチンの成功を参考に高リスク喫煙者を対象とした試験が設計されている (Pazoki et al. 2025)。AI駆動型胸部CT画像解析・血漿プロテオミクス (UK Biobankを活用) による肺がんリスク予測精度の向上もスクリーニングプログラムへの統合が進んでいる (El-Khoury et al. 2020) (Figure 4)。

考察/結論

本提言論文は、AACR肺がんタスクフォースによる17名の専門家コンセンサスとして、肺がん研究における近中期の優先研究課題を5つのドメインに整理した。

先行研究との違い: 従来の肺がん治療ガイドラインや単一領域に特化したレビューと異なり、本論文は腫瘍生物学、耐性機構、新規モダリティ、早期検出、予防、臨床試験デザインを単一の包括的フレームワーク内に統合したロードマップである点が独自性を持つ。特に、薬剤耐性パーシスター細胞 (DTPC) の概念を治療耐性の中心軸に据えつつ、液体生検によるMRD監視、AIの活用、および過小代表集団への配慮を横断的に記述した点で革新的である。

新規性: 本研究で初めて、肺がんの転帰を改善するための多角的なアプローチを体系的に提示し、特に以下の点を強調した。(1) 腫瘍進化・エピゲノム・プロテオームの統合解析: 染色体不安定性 (CIN) ドライバーや転移関連遺伝子変化の解明と液体生検によるMRD監視の精緻化。TRACERxが示したように、縦断的多領域解析が腫瘍進化の実時間モニタリングを可能にしつつある。(2) DTPCを標的とした代謝・エピゲノム療法の開発: OXPHOS・FAO依存性を利用した耐性細胞の排除と、DTPC形成前の予防的介入。臨床プロトコルへのon-treatment biopsy組み込みが研究の加速に必要とされる。(3) 新規治療モダリティの拡充: PROTAC・molecular glue・ADC・T細胞エンゲージャー (TCE)・細胞療法の固形腫瘍での最適化と組み合わせ戦略の確立。tarlatamabがSCLCで実証したHR 0.60 (95% CI 0.45-0.79, p<0.001) という優越性は、次世代モダリティの可能性を示す具体的な実績である。(4) 過小代表集団への研究拡充: 非喫煙者・若年者・アジア系集団を対象とした専用コホートの構築と、女性・マイノリティの臨床試験への包括的参加。Filipino女性の83%・Asian Indian女性の98%が非喫煙肺がん患者であるという事実は、喫煙以外の病因解明の緊急性を示す。(5) AI駆動型データ集約プラットフォームの構築: マルチオミクス・画像・臨床データの統合解析基盤と、適応型バイオマーカー主導試験の加速。AACR Project GENIEのような大規模データ共有をgenomic profile × 臨床outcomeで統合することが求められる。

臨床応用: 本提言で示された研究優先事項の推進は、診断から治療・予防まで一貫した精密医療体制の確立に直結する。特に、超高感度ctDNA検出によるMRD監視は、補助療法の個別化を可能にし、患者の治療強化や減量といった適応型治療戦略の臨床応用を加速させる。また、AI駆動型プラットフォームは、バイオマーカー発見、患者マッチング、耐性機構の解明を加速し、臨床現場での意思決定を支援する。予防ワクチンや化学的予防の進展は、高リスク集団における肺がん発症率の低下に大きく貢献する臨床的意義を持つ。

残された課題: 今後の検討課題として、(1) 臨床試験でのon-treatment biopsy採取体制の整備 (DTPCの直接研究が限定的な主因)、(2) 予防ワクチン・化学予防試験の商業モデル構築 (短期的収益性の低さから企業投資が乏しい)、(3) 非喫煙者・アジア系の肺がんリスク因子同定のための大規模コホートの構築、(4) 欧米中心のゲノムデータベースにおける多様な人種の過小代表が挙げられる。これらの課題を克服するためには、国際的な共同研究体制の強化と研究資金の最適配分が強く求められる。肺がん研究の科学的進歩は、免疫療法、液体生検、AI支援診断、臨床試験デザインを通じてがん医療全体への波及効果をもたらすと考えられ、長期的な疾患コントロールと治癒に向けた取り組みが継続されるべきである。

方法

本論文は、AACR肺がんタスクフォースのメンバー17名による専門家コンセンサス提言論文であり、特定の実験や臨床試験を実施したものではない。タスクフォースメンバーは、肺がんの生物学、治療革新、早期検出、予防、および介入に関する最新の科学的知見を包括的にレビューした。このレビューは、主要な学術データベース (PubMed, Embase) を用いた文献検索と、各専門分野におけるメンバーの深い専門知識に基づいて行われた。

レビュープロセスでは、以下の主要な研究領域に焦点を当てた。

  1. 腫瘍進化と不均一性: 癌のクローン進化、染色体不安定性 (CIN)、腫瘍微小環境 (TME) との相互作用、および液体生検によるMRD (微小残存病変) 検出の進展に関する研究。
  2. 治療耐性メカニズム: 薬剤耐性パーシスター細胞 (DTPC) の生物学、代謝再プログラミング、非遺伝的耐性メカニズム、およびこれらの克服戦略に関する研究。
  3. 新規治療モダリティ: PROTAC (プロテオリシス標的キメラ)、分子糊 (molecular glue degrader)、ADC (抗体薬物複合体)、二重特異性T細胞エンゲージャー (TCE)、および細胞療法などの開発状況と将来性に関する研究。
  4. 未開拓標的と希少サブタイプ: 従来「undruggable」とされてきた標的 (例: KRAS、TP53、MYC) へのアプローチ、合成致死戦略、および扁平上皮癌、小細胞肺癌 (SCLC)、中皮腫などの希少肺がんサブタイプにおける治療選択肢の不足に関する研究。
  5. 臨床試験デザインとAI活用: 適応型臨床試験、バイオマーカー主導型試験、用量最適化、データ共有、およびAI駆動型解析の統合に関する研究。
  6. 早期検出と予防: 低線量CT (LDCT) スクリーニングの最適化、非喫煙者におけるリスク因子、化学的予防 (例: IL-1β阻害)、および予防ワクチンに関する研究。

これらの領域における現状の課題、知識ギャップ、および将来の有望な研究機会について、タスクフォースメンバー間で議論と合意形成が行われた。本提言は、これらの議論の結果を統合し、肺がんの転帰を改善するための優先研究課題とロードマップとして提示されたものである。統計手法の適用は本レビューの性質上行われていないが、引用された研究の多くは、生存解析にKaplan-Meier曲線とlog-rank検定、多変量解析にCox回帰モデルなどの統計手法を使用している。また、臨床試験のデータは、客観的奏効率 (ORR) や無増悪生存期間 (PFS) など、標準的な臨床エンドポイントに基づいて評価された。