• 著者: Abigail Wong-Rolle, Qiang Dong, Yunhua Zhu, Prajan Divakar, Jyh Liang Hor, Noemi Kedei, Madeline Wong, Desiree Tillo, Elizabeth A. Conner, Arun Rajan, David S. Schrump, Chengcheng Jin, Ronald N. Germain, Chen Zhao
  • Corresponding author: Chen Zhao (National Cancer Institute, NIH)
  • 雑誌: Journal for ImmunoTherapy of Cancer
  • 発行年: 2022
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 35793869

背景

肺癌は依然として癌関連死の主要な原因であり、その複雑な腫瘍微小環境 (TME) の理解は新たな治療選択肢の探索において極めて重要である Thai et al. Lancet 2021。近年、腫瘍内マイクロバイオームが肺癌の発癌や治療反応に影響を及ぼす可能性が示唆されているものの、腫瘍内微生物の空間分布、宿主細胞との相互作用の詳細は未解明な点が多かった。従来の16S rRNAシーケンシングは微生物叢の同定に有用であったが、空間情報が得られず、宿主遺伝子とマイクロバイオームの同時解析が困難であったため、腫瘍内細菌が腫瘍細胞、免疫細胞、間質細胞のどの細胞集団に主に存在するのかという基本的な問いへの回答が不足していた。また、細菌の局在が宿主の発癌シグナルとどのように相関するのかも不明であり、これらの情報は腫瘍内マイクロバイオームが癌生物学においてどのような機能的役割を持つかを理解する上で不可欠な知識ギャップとなっていた。

特に、β-カテニン (CTNNB1) /Wnt経路は、大腸癌においてFusobacterium nucleatumが関与する発癌メカニズムにおいて重要な役割を果たすことが報告されており Rubinstein et al. Cell Host Microbe 2013、肺癌における腫瘍内細菌との関連性も注目されていた。しかし、肺癌におけるこの経路と腫瘍内細菌との直接的な空間的関連はこれまで報告されていなかった。さらに、喫煙歴や組織型といった臨床的要因が腫瘍内細菌の分布や量に与える影響についても、詳細な空間的解析は不足していた。本研究は、これらの知識ギャップを埋めることを目的とし、新たな空間メタトランスクリプトーム解析手法を開発することで、肺癌における腫瘍内細菌の局在と宿主発癌シグナルとの関連性を包括的に解析する必要があった。先行研究では、遺伝子改変マウスモデルを用いた研究で、腫瘍を持つマウスにおいて肺細菌負荷の増加が認められ、局所的な抗生物質投与により腫瘍負荷が減少することが示されている。また、腫瘍細胞内に細菌が存在することや、腫瘍細胞が細菌抗原をT細胞に提示することも報告されているが、これらの研究では腫瘍内マイクロバイオームの空間分布、これらの微生物と腫瘍細胞、免疫細胞、間質細胞との相互作用の程度や性質、およびこれらの微生物がTMEにどのように影響するかは未解明であった。これらの未解決の疑問に対処するためには、細菌と宿主の分子マーカーおよび転写産物を空間的に同時検出することが求められていた。しかし、従来の多重免疫組織化学やFISHなどのイメージング手法では、包括的かつ偏りのない方法で腫瘍を解析する能力に限界があり、現在のシーケンシング技術では細菌と宿主の転写情報を同時に取得することは不可能であった。本研究は、これらの課題を克服し、肺癌における局所的な細菌と腫瘍細胞の関連が発癌促進的であるというエビデンスを提供することを目的とした。

目的

本研究の目的は、NanoString GeoMx Digital Spatial Profiler (DSP) を基盤とした新規空間メタトランスクリプトーム法を開発し、早期肺癌患者の腫瘍組織における宿主遺伝子とマイクロバイオーム転写産物を同時に空間的に検出することである。具体的には、腫瘍内細菌の細胞型別分布を定量的に明らかにし、特に腫瘍細胞に存在する細菌が宿主の発癌シグナル、特にβ-カテニン経路とどのように関連するかを解明することを目指した。これにより、肺癌における腫瘍内細菌の機能的役割を理解し、新たな治療標的の可能性を探ることを目的とした。本研究は、従来の技術では困難であった腫瘍微小環境における細菌の局在と宿主細胞応答の空間的関連性を解明し、肺癌の病態生理における腫瘍内細菌の新たな役割を提示することを目指した。このアプローチにより、腫瘍内細菌が腫瘍増殖に寄与する可能性を支持する強力なエビデンスを提供し、将来的には局所的な細菌量減少が治療的介入となりうるかを評価するための基盤を築くことを意図している。

結果

新規空間メタトランスクリプトーム法の有効性と特異性の確認: 新規開発したNanoString GeoMx DSP基盤の空間メタトランスクリプトーム法は、肺癌FFPE組織において無菌KPマウスコントロール (n=12 mice) と比較して有意に高い細菌16S rRNAシグナルを検出した (p<0.001) (Figure 1C)。真菌 (28S rRNA) やCMV (UL83) シグナルは全ROIで検出されず、細菌特異的な検出の特異性が確認された。合計464 ROI (腫瘍n=384、隣接正常肺n=56、TLSn=20、気道n=4) 間での細菌量変動が精密に測定され、同一患者内でも腫瘍内部位によって細菌量が著明に異なることが確認された。患者12例全例で腫瘍ROIに細菌シグナルが検出され、肺癌における腫瘍内細菌の普遍的存在が示された。各AOIで宿主1,811遺伝子の転写産物と細菌量の同時測定が成功し、宿主-細菌相互作用の空間的解析を可能にする本手法の技術的可行性が確立された。

腫瘍細胞への細菌の優先的局在と空間的勾配: 腫瘍細胞 (panCK+; n=384 ROI) は、T細胞、マクロファージ、その他の免疫細胞、間質と比較して最も高い細菌量を示し、腫瘍上皮細胞への細菌の優先的内在化が初めて空間的に実証された (Figure 2B, C)。腫瘍ROIの細菌量は隣接正常肺ROIより平均2-fold以上高く (p=0.0034)、腫瘍微小環境が細菌蓄積に有利な環境を提供していることが示された (Figure 2A)。さらに、気道 > 腫瘍細胞 > 隣接正常肺・TLS という空間的勾配パターンが検出され、気道が腫瘍内細菌の供給源である可能性が示唆された (Figure 2E)。これは、従来の血液媒介性細菌の経路とは異なる、下気道からの細菌侵入経路の可能性を示唆する新規の知見である。

CTNNB1を中心とした発癌シグナルとの強い相関: 遺伝子発現と細菌量のSpearman相関解析では、CTNNB1 (β-カテニン; Wnt経路の中心因子) が最も強い正の相関を示した (R=0.79, p<2.2e-16) (Figure 3A, B)。次いでHIF1A (低酸素経路) やVEGFA (血管新生) も有意な正の相関を示し、複数の発癌シグナルが細菌量と連動することが示された。IPAパスウェイ解析では、細胞増殖や上皮間葉転換 (EMT) に関連する経路が細菌量と相関する遺伝子群に富化されており (Figure 3D)、細菌量の高いROIでは攻撃性の高い腫瘍表現型と一致する転写プログラムの活性化が認められた。β-カテニンタンパク質発現のIHC染色でも、高細菌量領域でβ-カテニン発現が高いことが確認された (Figure 3C)。これらの結果は、腫瘍内細菌がβ-カテニン経路を介して腫瘍増殖と免疫抵抗性TMEに関連する可能性を示唆する。

臨床的要因と腫瘍内細菌量との関連: 非喫煙者 (n=7 patients) と喫煙者 (n=5 patients) では腫瘍細胞の細菌量分布が有意に異なり (p=8.8e-07)、非喫煙者の方が高い細菌量を示した (Figure 4C)。これは、喫煙が肺内マイクロバイオーム組成に大きく影響し、細菌にとって不適な環境を作り出す可能性を示唆する。また、腺癌 (n=8 patients) は扁平上皮癌 (n=3 patients) より有意に細菌量が多く (p=0.0039)、組織型特異的な細菌-腫瘍相互作用のパターンが初めて明らかになった (Figure 4B)。EGFR変異の有無と細菌量の間には有意な差は認められなかった (Figure 4D)。これらの結果は、患者背景や腫瘍の組織学的特徴が腫瘍内細菌の量に影響を与えることを示唆する。

腫瘍免疫微小環境への影響: 三次リンパ構造 (TLS; n=20 ROI) における細菌量は腫瘍ROIより低く、TLS内の免疫活性環境が細菌の蓄積を抑制している可能性が示された (Figure 2D)。腫瘍ROIにおける免疫チェックポイント関連遺伝子 (PD-L1/CD274、IDO1など) と細菌量の相関も解析されたが、高細菌量ROIと主要組織適合遺伝子複合体クラスI (MHC-I) 発現の低下との間に強い相関は認められず、腫瘍内細菌が腫瘍細胞の免疫原性を一概に増加させるとは限らないことが示唆された (オンライン補足図S4)。しかし、CD4 T細胞の特定のサブセット (ANXA1遺伝子発現を伴う非制御性αβ CD4 T細胞) の存在量と細菌量との間に相関が認められた (Figure 4A)。細菌量と正相関する上位遺伝子群のGene Ontology解析では、細胞周期、DNA複製、タンパク質翻訳に関連する用語が富化されており、腫瘍内細菌が細胞増殖を直接促進している可能性が示された。

考察/結論

本研究は、新規空間メタトランスクリプトーム法 (GeoMx DSP) を用いて、肺癌における腫瘍内細菌が免疫細胞よりも腫瘍細胞 (panCK+) に多く存在することを初めて空間的・定量的に実証した。この技術的革新により、従来のバルク16S解析では不可能だった細胞タイプ別・部位別の細菌量と宿主転写産物の同時測定が可能となった。

先行研究との違い: これまでの研究では、腫瘍内細菌の存在は示唆されていたものの、どの細胞型に優先的に局在するか、また宿主の発癌シグナルとどのように空間的に関連するかは不明であった。本研究は、腫瘍細胞への細菌の優先的な濃縮と、特にCTNNB1との強い正の相関 (R=0.79, p<2.2e-16) を初めて空間的に明らかにした点で、これまでの知見と大きく異なる。大腸癌におけるF. nucleatum-β-カテニン軸 (FadA-E-cadherin-CTNNB1) の機序的類似性 Rubinstein et al. Cell Host Microbe 2013 は、腸管外でのCTNNB1活性化-腫瘍内細菌軸の普遍性を示唆し、肺癌発生・進展における新規発癌促進機序として位置づけられる。

新規性: 本研究で初めて、気道から腫瘍細胞、隣接正常肺組織へと減少する細菌量の空間的勾配を検出し、気道が腫瘍内細菌の供給源である可能性を新規に示唆した。また、非喫煙者と喫煙者での細菌量差 (p=8.8e-07) や、腺癌と扁平上皮癌での細菌量差 (p=0.0039) は、喫煙や組織型が肺内細菌組成に大きく影響することを示し、これまで報告されていない臨床的要因と腫瘍内細菌の関連性を明らかにした。

臨床応用: 本知見は、肺癌における腫瘍内細菌が腫瘍増殖に寄与する可能性を強く支持し、局所的な細菌量減少が治療的介入となりうることを示唆する。特に、CTNNB1高発現は悪性度の高い腫瘍表現型や免疫逃避 Spranger et al. Nature 2015 と関連することが知られており、腫瘍内細菌がCTNNB1を介して免疫療法抵抗性にも寄与する可能性が考えられる。したがって、腫瘍内マイクロバイオームを制御する治療戦略 (抗菌薬、腸内細菌叢改変、プロバイオティクスなど) が肺癌治療に有益である可能性を示唆する。これらの知見は、新たな診断バイオマーカーや個別化治療戦略の開発に繋がる臨床的意義を持つ。

残された課題: 今後の検討課題として、(1) 細菌-CTNNB1活性化の因果関係の証明 (in vitro / in vivo実験による検証が必要)、(2) 16S rRNAを超えた具体的な細菌種同定 (メタゲノム解析への拡張)、(3) 腫瘍内細菌と免疫療法応答の大規模前向き検討、(4) 他臓器癌での同手法の適用による普遍性の確認が挙げられる。本研究のlimitationとしては、ユニバーサルな16S rRNAシグナルのみを測定し、細菌種レベルの情報が不足している点、および主に早期肺癌患者を対象とした小規模コホートである点が挙げられる。GeoMx DSP技術のさらなる発展により、将来的には単一細胞レベルでの細菌-宿主相互作用の解析が期待される。

方法

本研究では、NanoString GeoMx Digital Spatial Profiler (DSP) を基盤とした新規空間メタトランスクリプトーム法を開発し、早期肺癌手術検体FFPE組織12例を解析した。この手法は、1,811個の宿主遺伝子と3種の微生物ターゲット(細菌16S rRNA、真菌28S rRNA、CMV UL83)を同時に空間的に検出することを可能にした。無菌KP (Kras LSL-G12D/+; p53 flox/flox) マウス組織をネガティブコントロールとして使用し、環境汚染の影響を厳密に排除した。無菌KPマウスは、胚移植により無菌条件下で維持され、培養および糞便PCRによる微生物学的モニタリングで無菌状態が確認された。

解析対象として、合計464箇所のRegion of Interest (ROI) を設定した。内訳は、腫瘍細胞 (panCK+) 384箇所、隣接正常肺組織56箇所、三次リンパ構造 (TLS) 20箇所、気道4箇所である。これらのROI内で、T細胞 (CD3+)、マクロファージ (CD68+CD3-)、その他の免疫細胞 (CD45+CD3-CD68-)、腫瘍細胞 (panCK+)、および間質 (autofluorescence+panCK-CD45-) といった細胞タイプ別にArea of Interest (AOI) を設定し、細菌量を定量化した。各AOIから得られたRNAプローブはUV光で切断され、DSPコレクションプレートに回収された後、Illuminaシーケンシング互換ライブラリが調製された。シーケンシングはNovaSeq 6000を用いて実施され、合計1.5Bリードの深度で解析された。

シーケンスリードはNanoString DnDパイプラインを用いてデマルチプレックスされ、デジタルカウント変換 (DCC) ファイルに変換された。宿主トランスクリプトームの解析では、各プローブプールにおけるターゲットカウントの75パーセンタイル (Q3) を算出し、各AOIタイプ全体の75パーセンタイルの幾何平均で正規化した。微生物ターゲットについては、カスタムプローブセットのネガティブプローブで正規化し、さらにスライド間の変動を制御するため、連続的に切断された無菌KPサンプルで正規化を行った。細菌16S rRNA、CMV UL83、真菌28S rRNAの発現比較には両側Wilcoxon検定を用いた。16S rRNAシグナルと宿主トランスクリプトームの相関解析にはSpearman順位相関係数を使用し、各宿主遺伝子と16S rRNAカウントの相関を評価した。免疫細胞の存在量は、既報の空間デコンボリューションアルゴリズム Lambrechts et al. NatMed 2018Zilionis et al. Immunity 2019Lavin et al. Cell 2017 を用いて算出した。パスウェイ解析はQIAGEN Ingenuity Pathway Analysis (IPA) で実施した。また、RNAscope共検出アッセイにより16S rRNAとパンサイトケラチンシグナルの空間分布を可視化し、β-カテニン免疫組織化学 (IHC) 染色によりタンパク質レベルでの発現を確認した。