- 著者: Swen Hoelder, Paul A. Clarke, Paul Workman
- Corresponding author: Swen Hoelder, Paul Workman (Cancer Research UK Cancer Therapeutics Unit, The Institute of Cancer Research, Sutton, Surrey SM2 5NG, UK)
- 雑誌: Molecular Oncology
- 発行年: 2012
- Epub日: 2012-03-03
- Article種別: Review
- PMID: 22440008
背景
がん薬物療法は過去数十年で細胞傷害性化学療法から分子標的治療へと大きく転換した。この転換の先駆けとして、まず BCR-ABL 融合タンパク質を標的とする imatinib が慢性骨髄性白血病 (CML) において劇的な生存延長をもたらし (O’Brien et al., 2003; Druker et al., 2006)、oncogene addiction の概念に基づく低分子がん治療薬の臨床的有効性を世界に示した。続いて EGFR 変異陽性 NSCLC に対する gefitinib・erlotinib、ERBB2 増幅乳癌への lapatinib、VEGFR を標的とする sorafenib (腎癌)、BRAF V600E 変異黒色腫への vemurafenib (Chapman et al. NEnglJMed 2011)、EML4-ALK 転座 NSCLC への crizotinib (Kwak et al. NEnglJMed 2010) など、oncogene addiction に基づく多くの分子標的薬が承認された。また Hanahan と Weinberg が定義したがんの特徴 (hallmarks of cancer) を駆動する分子を標的とするパラダイムは、抗 ERBB2 抗体 trastuzumab を含むタンパク質性医薬品にも拡張された (Hanahan et al. Cell 2000)。
しかし、目覚ましい成功と並行して深刻な課題が顕在化していた。臨床試験参入後の成功率は概ね 5-10% に留まり、特に大規模 Phase III での失敗が多大なコストと時間を浪費する「死の谷 (Valley of Death)」問題として認識されていた。HDAC (histone deacetylase) 阻害薬・抗有糸分裂薬・抗血管新生薬など多数の候補薬が Phase III で有効性を示せなかった事例は、細胞・動物モデルから臨床への橋渡しに根本的な問題があることを示していた。さらに、crizotinib および vemurafenib への耐性出現、がんゲノム解析が明らかにした腫瘍内不均一性と driver 変異同定の困難さ、RAS 変異タンパク質・転写因子 c-MYC・HIF-1α (hypoxia-inducible factor 1-alpha) のような「undruggable」標的の問題が創薬障壁として認識されていた。こうした課題に対し、標的バリデーションから臨床試験デザインまでを統合した実践的な枠組みが手薄であり (gap in knowledge)、活発な創薬グループの実践知に基づく体系的な整理が求められていた。
目的
低分子がん治療薬の発見・開発における現代的アプローチを 4 つの主要ステップ (標的バリデーションと選択・ヒット/リード創出・リード最適化・バイオロジー主導型臨床試験) に沿って概説し、各ステップにおける成功事例・現在の課題・将来の機会を体系的にレビューすること。特に標的バリデーション・選択と PhAT (Pharmacological Audit Trail、薬理学的監査経路) に基づく biomarker 主導型臨床試験を、創薬速度向上と高い臨床試験失敗率の削減に最も重要な領域として焦点を当てる。
結果
標的バリデーションと oncogene addiction:多層的証拠による選択の原則:有効な創薬標的の選択において、バイオロジカルリスク (標的阻害が患者に治療効果をもたらすか) とフィジビリティリスク (薬物様低分子が発見できるか) の両面を評価する枠組みが提示された (Fig 2)。最も強力な標的バリデーション証拠は遺伝的根拠であり、活性化変異 (BRAF V600E、Davies et al. Nature 2002)・遺伝子増幅 (ERBB2)・融合遺伝子 (EML4-ALK、Soda et al. Nature 2007) を持つ腫瘍は当該遺伝子産物に依存 (addicted) しており、分子標的薬に高い感受性を示す。Passenger 変異と driver 変異の区別は統計解析と wet biology 実験 (遺伝子変異導入による形質転換能確認・RNAi (RNA interference) ノックダウンによる malignant phenotype の反転確認) の双方を必要とする。RNAi による標的ノックダウンは化学的阻害のサロゲートとして広く用いられるが、タンパク質複合体への影響・足場機能の阻害など低分子阻害と異なる表現型が生じる場合があること、また高率のオフターゲット効果が問題として指摘された。これへの対策として、複数の RNAi 試薬・ケミカルツール化合物・インアクティブアナローグを用いた多重証拠の取得が推奨され、定量的なターゲット阻害率と細胞死の程度を測定して臨床的に意味ある治療効果が見込まれるかを確認することが強調された。「no biomarker no project」ポリシーのもと、予測的 biomarker と薬力学的 biomarker の同定を早期から必須条件として組み込む姿勢が ICR の実践知として紹介された。
非オンコジーン・アディクションと合成致死:undruggable を迂回する新戦略:古典的な oncogene addiction を超える概念として「非オンコジーン・アディクション (non-oncogene addiction)」が提唱され、がん細胞の形質転換表現型を維持するために不可欠だが遺伝的に活性化されていない非がん遺伝子産物 (HSP90 等) を標的とするアプローチが示された。さらに合成致死 (synthetic lethality) の概念が低分子創薬に与える影響が詳述された。BRCA1/2 変異腫瘍は DNA 二本鎖切断の相同組換え修復が欠損しているため、一本鎖切断修復を担う PARP (poly-ADP-ribose polymerase) を PARP 阻害薬 (IC50 nM レベル) で抑制すると、正常細胞への影響を最小限に抑えながら腫瘍細胞の選択的細胞死が誘導される。olaparib の BRCA 変異患者への臨床的有効性が Phase I 試験で検証されており (Fong et al., 2009)、tumor suppressor 欠失という不活性化変異を薬理学的に利用できる点で画期的なアプローチとして位置づけられた。同様に、PTEN 欠失腫瘍における AKT/PKB 阻害が「間接的腫瘍抑制因子拮抗」として示された。これらの合成致死アプローチは、従来 druggability が低いとされた標的群 (tumor suppressor 欠失) に対する治療開発の新たな地平を開くものである。cancer target druggability の概念的な評価手法として、タンパク質ファミリーによる類推 (kinase 等)、X 線結晶・NMR 構造解析によるポケット解析、計算的ツール (canSAR データベース等)、transient pocket の考慮が体系的に示された。
ヒット/リード創出戦略:HTS・FBDD・知識指向設計の選択と実例:ヒット化合物の創出において、知識指向設計から random screening まで戦略選択のトレードオフが体系的に示された (Fig 4)。(1) HTS (high-throughput screening):10^5〜10^6 スケールの非バイアス的スクリーニングは allosteric 阻害薬の発見に特に有効である。AKT/PKB の allosteric 阻害薬として、化合物 1 の HTS ヒット同定から MK-2206 (compound 2) への最適化が代表例として示された (Fig 5)。MK-2206 は Phase II 試験中であり、結晶構造解析により ATP 結合部位から約 10 Å 離れた PH ドメインとキナーゼドメインの界面にアロステリックポケットが存在し、ATP 競合阻害薬で生じるフィードバック活性化を回避することが示された。JMJD3 (Jumonji domain-containing protein 3) 脱メチル化酵素スクリーニングでは約 90,000 化合物を高含量細胞 imaging アッセイでスクリーニングした事例も示された。偽陽性 (aggregation 化合物・アッセイ干渉化合物) と化学反応性化合物の除去が HTS の主要な課題として指摘された。(2) FBDD (fragment-based drug discovery):分子量 <300 Da の断片化合物 ~1,000 化合物を NMR・X 線結晶解析でスクリーニングし、IC50 >100 μM の弱い結合断片を起点に化学最適化を進める手法である。BRAF 阻害薬 vemurafenib の開発が代表例であり、NMR スクリーニングで同定した Kd = 0.3 mM の fragment 4 から複数ラウンドの設計・合成・評価サイクルを経て、後期メラノーマへの FDA 承認薬 vemurafenib が創出された (Fig 6)。BCL-2 ファミリー阻害薬 ABT-737 では「SAR (structure-activity relationship) by NMR」法により 2 つの断片 (Kd = 0.3 mM と Kd = 4.3 mM) を別々のポケットに同定し、fragment linking を経て BCL-XL/BCL-2/BCL-w に対して nM 活性を示す oral agent ABT-737 が導出された (Fig 7)。(3) 知識指向設計:imatinib・dasatinib・nilotinib 全てに耐性の ABL T315I gatekeeper 変異に対し、変異部位に干渉しない ATP ポケット領域への結合と Arg386/Glu282 との追加相互作用を設計し、臨床候補化合物 DCC-2036 (compound 11) が創出された (Fig 8)。crizotinib の c-MET/ALK 二重阻害性 (Kwak et al. NEnglJMed 2010) のような focused screening に基づく cross-profiling も有力な戦略として示された。
リード最適化と前臨床評価:多目的最適化と screening cascade:リード最適化は効力・選択性・ADME (absorption, distribution, metabolism, excretion)・毒性・物性を同時に最適化する多目的プロセスであり、ルービックキューブの全面を揃える困難さに例えられた。週〜2 週サイクルの make-and-test を繰り返す反復プロセスが不可欠とされる。著者らの HSP90 阻害薬 NVP-AUY922 開発で用いた screening cascade が具体例として提示された (Fig 3):FP (fluorescence polarization) アッセイ→選択性カウンタースクリーン (Topo II・Kinase panel・HSP72・ERBB2・CRAF)→SRB 細胞増殖アッセイ→分子 biomarker アッセイ (HSP90 では client protein 枯渇を on-target 指標)→ADME→in vivo PK/PD→in vivo 有効性試験の順で化合物を絞り込む。PI3K 阻害薬 GDC-0941 (pan-Class I、Phase II) は化学ツール PI-103 から出発し選択性・溶解性・経口 bioavailability を複数ラウンドで改善して導出した (Fig 9)。物性の重要性として、分子量 >550 Da および高脂溶性の候補化合物は ADME 失敗リスクが高まることが Lipinski のルールを含む先行データで示され、リード段階での低分子量・低脂溶性の維持が強調された。ERBB2 阻害薬 lapatinib の解離半減期は 300 min と著しく長く、gefitinib および erlotinib の <10 min と対照的であることが示された (Fig 10)。これは lapatinib が EGFR の不活性コンフォメーションに結合することによる。共有結合型阻害薬 neratinib・afatinib は EGFR の Cys797 との Michael 付加反応による共有結合を形成し (IC50 nM 域)、可逆的阻害薬を無効化する T790M/L858R 二重変異にも活性を示す。前臨床モデルとして、GEMM (遺伝子改変マウスモデル) は自然発生的な腫瘍環境と腫瘍内不均一性を再現するが腫瘍待機期間が長く make-and-test サイクルには不向きであり、ヒト腫瘍移植片 (xenograft) は分子的に定義したモデルとして高スループット試験を可能にするが間質相互作用・腫瘍進展速度に制限がある。両者は補完的な役割を持ち、xenograft を主軸に GEMM を proof-of-concept 確認に使う運用が推奨された。各臨床試験の有効性評価は、報告された Kaplan-Meier 生存曲線・ハザード比 (HR) および奏効率 (ORR) を定量指標として参照し、定性的統合 (qualitative synthesis) により創薬成功要因を考察した。
Biology-led 臨床試験と PhAT:biomarker で Valley of Death を越える:分子標的薬の臨床開発において、従来の最大耐用量 (MTD、maximum tolerated dose) 基準に代わる biomarker 主導型アプローチの必要性が示された。著者らが提案した PhAT (薬理学的監査経路、Pharmacological Audit Trail) は、前臨床から各 Phase 臨床試験を横断して問うべき鍵問いを列挙した概念的枠組みである (Fig 11):① 適切な分子病理を持つ患者が投与されているか、② 最適用量・スケジュールが標的 engagement・経路阻害・生物学的効果・治療的利益を達成しているか。前臨床で最適化された PK/PD データを Phase I 用量設計に直接継承し、Phase I の段階から分子層別化により治療反応の早期シグナルを捉えることで高価な Phase III 失敗リスクを早期に軽減する仕組みとして体系化された。実例として、crizotinib の EML4-ALK 転座 NSCLC 患者への Phase I 試験、vemurafenib の BRAF V600E 変異黒色腫への Phase I/II (Chapman et al. NEnglJMed 2011)、olaparib の BRCA1/2 変異患者への Phase I が提示された。BRAF 変異の最初の報告 (Davies 2002) から vemurafenib の FDA 承認まで わずか 9 年という速度は biomarker 主導型開発の効率性を示す。後ろ向きサブグループ解析の限界として、EGFR 阻害薬試験での KRAS wild-type かつ EGFR 変異陽性の発見が示され、前向き biomarker 層別化 (a priori stratification) の優位性が強調された。
考察/結論
先行研究と比較して、本レビューが先行研究・先行総説と異なる最も重要な点は、著者らが Cancer Research UK Cancer Therapeutics Unit (ICR) において HSP90 阻害薬 NVP-AUY922・PI3K 阻害薬 GDC-0941 等を実際に開発してきた創薬実践者として執筆している点にある。多くの先行総説が特定のステップや特定の標的に焦点を当てるのと対照的に、本論文は標的バリデーションから PhAT 主導型臨床試験まで全工程を統合し、「no biomarker no project」ポリシーや定量的 target engagement の評価といった実務運用レベルの指針を提供している。特に PhAT の改訂版フレームワークが新規に体系化された点は重要であり、前臨床 PK/PD データを Phase I 設計に直接継承し、Phase I の段階から分子層別化により治療反応の早期シグナルを捉えるという概念は、これまで個々の試験として実施されてきたアプローチを統合的に整理したものとしてnovelな貢献である。BRAF・ALK・PARP の各阻害薬 Phase I における実証例が PhAT の有効性を示した。
臨床応用の観点では、本レビューが提示したフレームワークはその後の PD-L1・TMB・MSI-H を用いた免疫チェックポイント阻害薬の biomarker 主導型開発、KRAS G12C 阻害薬 (sotorasib) の発見、ATR・WEE1・PARP 阻害薬を用いた合成致死標的療法の臨床展開などに継承されている。oncogene addiction に依存する標的への薬剤設計と biomarker による患者選択の組み合わせが高い奏効率を達成するための鍵であることを多数の承認例で示した点で、臨床的意義は非常に大きい。「患者のがんゲノムに基づく薬剤選択」という個別化医療の基本概念を PhAT という具体的な audit trail 手法に落とし込んだことで、臨床現場における意思決定プロセスの理論的根拠が明確化された。bench-to-bedside の橋渡しを加速する枠組みとして、特に Phase I 設計における biomarker 組み込みの重要性は現在の試験設計に直接反映されている。
今後の課題として、著者らは複数の未解決領域を明示した。(1) RAS 変異タンパク質・c-MYC・HIF-1α のような undruggable 標的への対処 — FBDD・共有結合型阻害薬・合成致死の迂回戦略が必要であり、更なる検討が求められる;(2) 適応的耐性機序への対処 (EGFR T790M・ALK gatekeeper 変異・BRAF 二量体化による耐性) と合理的な薬剤組み合わせの設計;(3) 腫瘍内不均一性とクローン進化への対応;(4) GEMM と xenograft モデルの予測妥当性向上;(5) 学術・産業・規制当局の連携強化による Valley of Death の克服。これらの課題は残された課題として本文中に明示されており、合理的な combination therapy と adaptive clinical trial デザインが優先 future research 領域として示されている。今後の個別化医療実現にはゲノムプロファイリングに基づく患者選択と創薬の全 4 ステップを統合した取り組みが不可欠であると結論づけられた。
方法
本論文は Cancer Research UK Cancer Therapeutics Unit (ICR、英国) で活動する薬剤開発グループによる narrative review である。PubMed を中心に収集した文献のうち、低分子がん治療薬の発見・開発に関する主要論文を対象に分析を行った。具体的には、臨床承認された分子標的薬 (imatinib・gefitinib・erlotinib・lapatinib・sorafenib・abiraterone・vemurafenib・crizotinib) の事例、現在 Phase I-II 臨床試験中の候補薬 (NVP-AUY922・MK-2206・GDC-0941 等)、フラグメント創薬・仮想スクリーニング・GEMM (genetically engineered mouse model) 等の各種技術論文を包括的にレビューした。加えて、著者らが ICR において実際に遂行した NVP-AUY922 (an HSP90 inhibitor) や GDC-0941 (a PI3K inhibitor) の開発経験を反映した実践的考察を各論に盛り込んだ。標的バリデーション・ドラッガビリティ評価・ヒット創出・リード最適化・前臨床安全性・臨床試験デザインの各側面を、生物学的リスク (標的阻害が治療効果をもたらすか) と実施可能性リスク (薬物様低分子が発見できるか) の双方から論じる構成とした。