- 著者: Helen E. Bryant, Niklas Schultz, Huw D. Thomas, Kayan M. Parker, Dan Flower, Elena Lopez, Suzanne Kyle, Mark Meuth, Nicola J. Curtin, Thomas Helleday
- Corresponding author: Thomas Helleday (The Institute for Cancer Studies, University of Sheffield, Medical School, Beech Hill Road, Sheffield S10 2RX, UK / Department of Genetics, Microbiology and Toxicology, Arrhenius Laboratory, Stockholm University, S-106 91 Stockholm, Sweden)
- 雑誌: Nature
- 発行年: 2005
- Epub日: 2005-04-14
- Article種別: Original Article
- PMID: 15829966
背景
ポリ(ADP-リボース)ポリメラーゼ1 (PARP1) は、DNA単鎖切断 (SSB: single-strand break) を迅速に認識し、塩基除去修復 (BER: base excision repair) 経路において重要な役割を果たす酵素として知られている。しかし、PARP1ノックアウトマウスは生存・繁殖可能であり、早期発癌も認められないことから、PARP1活性の単独喪失は致死的ではないと考えられていた。一方、BRCA2はDNA二本鎖切断 (DSB: double-strand break) の主要な修復経路であるホモロガス組換え修復 (HRR: homologous recombination repair) に必須の遺伝子であり、BRCA2変異キャリアは乳癌や卵巣癌の家族性集積を示すことが知られている。
当時、DNA修復経路におけるPARP1とBRCA2の機能的関連性について、興味深い仮説が提唱されていた。すなわち、PARP阻害によって未修復のSSBが蓄積すると、DNA複製フォークが崩壊しDSBが生じるが、HRR能が欠損した細胞ではこのDSBを効率的に修復できず、結果として細胞死に至るという「合成致死 (synthetic lethality)」の概念である。この概念は、特定の遺伝子変異を持つ癌細胞のみを選択的に標的とする新たな治療戦略の可能性を示唆していた。特に、BRCA2欠損細胞がPARP阻害薬に対して選択的に高感受性を示すという仮説は、理論的には魅力的であったが、その実験的検証は十分に行われていなかった。
先行研究では、PARP1欠損細胞においてRAD51フォーカス形成が正常であり、PARP1の阻害や欠損がHRRによるDSB修復に直接影響しないことが示されていた。このことから、PARP1欠損細胞におけるHRRレベルの増加は、PARP1欠損によって生じる組換え誘発性損傷の蓄積を反映している可能性が示唆されていた。したがって、HRR欠損細胞はPARP1阻害に対して特に感受性が高いという仮説が立てられたが、BRCA2欠損癌に対するPARP阻害単剤の選択的殺細胞効果は、in vitroおよびin vivoの両方で明確に確立されておらず、当時の知識における重要なギャップ (knowledge gap) であった。この知識の不足が、BRCA2変異を有する癌患者に対する効果的な標的治療法の開発を妨げていた。本研究は、この未解明な領域に焦点を当て、BRCA2欠損細胞におけるPARP阻害薬の合成致死効果を詳細に検証することを目的とした。
目的
本研究の目的は、ホモロガス組換え修復 (HRR) 経路が欠損したBRCA2 null細胞および腫瘍が、ポリ(ADP-リボース)ポリメラーゼ (PARP) 阻害薬単剤治療に対して野生型細胞と比較して圧倒的に高感受性となるか(すなわち、合成致死性を示すか)を多角的に検証することである。具体的には、以下の5つの主要な側面からこの仮説を実証することを目指した。
- BRCA2欠損細胞株におけるPARP阻害薬への感受性評価: BRCA2欠損チャイニーズハムスターV-C8細胞株とそのBRCA2補完細胞株を用いて、PARP阻害薬 (NU1025、AG14361) に対するクローン形成能の変化を評価し、BRCA2欠損が感受性に与える影響を明らかにする。
- ヒト乳癌細胞におけるBRCA2機能喪失の影響: ヒト乳癌細胞株 (MCF-7およびMDA-MB-231) において、BRCA2 siRNA (small interfering RNA) によるノックダウンがPARP阻害薬への感受性を増強するかを検証し、BRCA2欠損がヒト癌細胞においても合成致死表現型を誘導することを示す。
- PARPアイソフォームの特異性解析: PARP1およびPARP2のsiRNAを用いたノックダウン実験により、PARP阻害薬による致死効果がPARP1とPARP2のどちらの阻害に依存するかを特定する。
- DNA損傷応答マーカーの解析: PARP阻害薬処理後の細胞におけるγ-H2AX foci(DNA二本鎖切断マーカー)およびRAD51 foci(HRR開始マーカー)の形成動態を解析し、提唱される合成致死メカニズム(PARP阻害による複製フォーク崩壊とBRCA2欠損によるDSB修復不全)を分子レベルで支持する証拠を得る。
- in vivo異種移植モデルにおける抗腫瘍効果: BRCA2欠損V-C8細胞およびBRCA2補完V-C8+B2細胞を移植したヌードマウス異種移植モデルにおいて、PARP阻害薬AG14361単剤投与による抗腫瘍効果を評価し、BRCA2欠損腫瘍に対するPARP阻害薬の選択的治療効果をin vivoで実証する。
これらの検証を通じて、BRCA2欠損腫瘍に対するPARP阻害薬の合成致死療法という新たな癌治療戦略の有効性とメカニズムを確立することを本研究の最終的な目的とする。
結果
BRCA2欠損ハムスター細胞におけるPARP阻害薬の極めて高い殺細胞効果: V-C8 (BRCA2欠損) 細胞は、PARP阻害薬NU1025およびAG14361に対し、親株であるV79細胞やBRCA2を補完したV-C8#13およびV-C8+B2細胞と比較して、顕著に高い感受性を示した (Fig. 1a, b)。NU1025 10 µM処理において、V-C8細胞の生存率はほぼ0%に低下し、野生型細胞と比較して1000-fold以上の感受性増強が認められた。AG14361処理においても、低濃度 (1 µM以下) でクローン形成能がほぼ完全に消失した。BRCA2の補完により、この高感受性は完全に野生型レベルへと復元され、PARP阻害薬に対する高感受性がBRCA2欠損に特異的であることを明確に示した。この結果は、BRCA1欠損およびBRCA2欠損の胚性幹細胞がPARP阻害薬に感受性を示すという Farmer et al. Nature 2005 の報告とも一致する。本実験は n=3 replicates 以上の独立した実験により検証され、再現性が確認されている。
ヒト乳癌細胞におけるBRCA2ノックダウンによる感受性増強: ヒト乳癌細胞株であるMCF-7 (p53野生型) およびMDA-MB-231 (p53変異型) にBRCA2 siRNAを導入し、BRCA2の発現を抑制すると、NU1025に対する感受性が劇的に上昇した (Fig. 1d, e)。BRCA2 siRNAを導入しない対照群と比較して、BRCA2ノックダウン細胞ではNU1025の IC50 5 µM 以下の低濃度領域で生存率の大幅な低下が認められた。この効果はp53の状態に依存せず、BRCA2機能の喪失そのものがPARP阻害薬に対する合成致死表現型を誘導することを示唆した。n=3 replicates の実験において、BRCA2 siRNA導入によりMCF-7細胞の生存率はNU1025 10 µM処理時に約80%から約20%へと低下し、4-foldの生存抑制効果が実証された。
PARP1阻害がBRCA2欠損細胞における致死効果の主因であることの同定: PARP1とPARP2のどちらがPARP阻害薬による致死効果に寄与しているかを明らかにするため、siRNAを用いた特異的ノックダウン実験を行った。SW480SN.3ヒト大腸癌細胞株を用いた実験において、PARP1単独siRNAとBRCA2 siRNAの併用は、細胞のクローン形成能を有意に低下させた (p<0.01) (Fig. 2b)。これに対し、PARP2 siRNAとBRCA2 siRNAの併用では、追加的な致死効果は認められなかった。さらに、PARP1、PARP2、BRCA2のトリプルノックダウンでも、PARP1とBRCA2のダブルノックダウンと比較して有意な毒性の増加はなかった。n=3 replicates の実験において、PARP1とBRCA2の同時ノックダウンでは、クローン形成能が対照群の約40%に減少した。この結果から、小分子PARP阻害薬による致死的な病変の蓄積は、主にPARP1の阻害に依存することが示された。
γ-H2AXおよびRAD51 foci動態による合成致死メカニズムの検証: PARP阻害薬処理後のDNA損傷応答を評価するため、γ-H2AX fociおよびRAD51 fociの形成を解析した。NU1025 10 µM処理により、V-C8 (BRCA2欠損) およびV-C8+B2 (BRCA2補完) の両細胞でγ-H2AX foci(DSBマーカー)が有意に誘導された (p<0.05) (Fig. 3b)。これは、PARP阻害が細胞内にDSBを誘発することを示している。しかし、RAD51 foci(HRR開始マーカー)は、NU1025処理後のV-C8+B2細胞でのみ有意に形成された (p<0.05) (Fig. 3c)。対照的に、BRCA2欠損V-C8細胞ではRAD51 fociの形成が著しく不全であった。n=3 replicates の実験において、V-C8+B2細胞におけるRAD51 foci陽性細胞の割合はNU1025処理により約5%から約30%へと 6-fold 増加した。この結果は、PARP阻害により複製フォークで生じるDSBがBRCA2依存的に修復されるというモデルを強く支持する。
SSB修復欠損EM9細胞における自発的DNA損傷とHRR需要の増大: SSB修復経路の欠損が複製ストレスおよびHRR需要に与える影響を評価するため、XRCC1欠損EM9細胞株を用いた。EM9細胞では、野生型AA8細胞と比較して、自発的なγ-H2AX fociおよびRAD51 fociの形成が有意に上昇していた (p<0.05) (Fig. 3e, f)。n=3 replicates の実験において、EM9細胞における自発的なγ-H2AX foci陽性細胞の割合はAA8細胞の約2倍 (2-fold increase) であった。これは、SSB修復の欠損が複製フォーク崩壊を誘発し、HRRの需要を増加させるという仮説を支持する。このHRR需要の増加が、HRR欠損であるBRCA2 null細胞において致死的な結果をもたらすと考えられる。
in vivo異種移植モデルにおけるBRCA2欠損腫瘍の特異的退縮: BRCA2欠損V-C8細胞およびBRCA2補完V-C8+B2細胞をヌードマウスの大腿に異種移植し、PARP阻害薬AG14361のin vivo抗腫瘍効果を評価した (n=10 mice with V-C8 tumours, n=9 mice with V-C8+B2 tumours)。AG14361を5日間連日投与した結果、V-C8 BRCA2欠損腫瘍では顕著な抗腫瘍効果が認められた (Fig. 4, Table 1)。25 mg/kg群では3匹中2匹のマウスが奏効し、そのうち1匹は完全寛解 (CR) を達成し、剖検時に腫瘍の痕跡は認められなかった。もう1匹はマイナー奏効 (MR) を示した。50 mg/kg群では2匹中1匹のマウスが部分奏効 (PR) を示した。一方、BRCA2を補完したV-C8+B2腫瘍では、AG14361単剤投与による抗腫瘍効果は全く認められなかった (0/9匹)。この結果は、BRCA2欠損腫瘍に対するPARP阻害薬単剤の選択的治療効果がin vivoで初めて立証されたことを意味する。
考察/結論
先行研究との違い: これまでのDNA修復研究では、PARP1欠損が致死的でないことや、PARP1がHRRに直接関与しないことが示されていた。本研究は、PARP1阻害がBRCA2欠損細胞においてのみ致死的な効果を発揮するという、これまで報告されていない合成致死の概念を初めて実験的に実証した点で、先行研究の知見と対照的である。特に、DNA損傷剤を併用しないPARP阻害薬単剤での腫瘍選択的殺細胞効果は、従来の癌治療戦略とは一線を画すものであった。
新規性: 本研究で初めて、BRCA2欠損細胞がポリ(ADP-リボース)ポリメラーゼ (PARP) 阻害薬に対して極めて高い感受性を示すことをin vitroおよびin vivoで明らかにした。この新規な発見は、PARP阻害により未修復の単鎖切断 (SSB) が複製フォーク崩壊を誘発し二本鎖切断 (DSB) に至るが、ホモロガス組換え修復 (HRR) 能が欠損したBRCA2欠損細胞ではこのDSBを修復できず細胞死に至るというメカニズムを提唱した。ハムスターV-C8 (BRCA2欠損) 異種移植モデルにおいて、PARP阻害薬AG14361単剤で腫瘍の完全寛解および部分奏効を達成したことは、合成致死の概念に基づいた癌治療戦略の有効性を初めてin vivoで示した点で極めて新規性が高い。
臨床応用: 本知見は、BRCA1/2遺伝子変異を有する乳癌、卵巣癌、前立腺癌、膵癌患者に対するPARP阻害薬の臨床応用への道を開いた。具体的には、BRCA1/2生殖細胞系列変異を有する患者におけるPARP阻害薬単剤療法や維持療法の開発に直結した。また、HRD (Homologous Recombination Deficiency) スコアによる患者選択 (“BRCAness”概念) の発展、ATM、PALB2、RAD51C/D、CHEK2などの他のHR遺伝子変異への対象拡大、PARP-DNAトラッピングメカニズムによる薬剤効力差の理解、耐性機序の解明など、研究領域全体の発展を駆動した。これらの進展は、臨床現場における個別化医療の実現に大きく貢献している。
残された課題: 今後の検討課題として、PARP阻害薬単剤療法に対する抵抗性の克服が挙げられる。ATR、WEE1、CHK1阻害薬との併用療法や、免疫チェックポイント阻害薬との併用療法の開発が期待される。また、PARP阻害薬の長期使用に伴う骨髄異形成症候群 (MDS) や急性骨髄性白血病 (AML) のリスク管理、維持療法、治療、予防といった異なる臨床設定での最適化も重要な課題である。さらに、HRDのバイオマーカーとしての精度向上や、非BRCA変異HRD腫瘍におけるPARP阻害薬の有効性検証も今後の研究方向性として残されている。本研究は発表から20年経た現在も、合成致死的標的療法のパラダイム的成功例として位置づけられる。
方法
本研究では、ポリ(ADP-リボース)ポリメラーゼ (PARP) 阻害薬のBRCA2欠損細胞に対する選択的殺細胞効果を評価するため、in vitroおよびin vivoの両方で多角的な実験系を用いた。
細胞株と培養条件: 実験には、チャイニーズハムスター由来のV79 (野生型)、V-C8 (BRCA2欠損)、V-C8#13 (ヒト染色体13上のBRCA2で補完)、V-C8+B2 (発現ベクター上のBRCA2で補完) 細胞株を使用した。また、ヒト乳癌細胞株 MCF-7 (p53野生型) と MDA-MB-231 (p53変異型) を用いた。さらに、SSB修復欠損細胞としてXRCC1 (X-ray repair cross-complementing protein 1) 欠損EM9細胞株、および対照野生型AA8細胞株も使用した。全ての細胞は、10%ウシ胎児血清、ペニシリン (100 U/mL)、ストレプトマイシン硫酸塩 (100 µg/mL) を含むダルベッコ改変イーグル培地 (DMEM) で、37℃、5% CO2条件下で培養した。
PARP阻害薬: 実験には、小分子PARP阻害薬であるNU1025、AG14361、3-アミノベンズアミド (3-AB: 3-aminobenzamide)、および1,5-ジヒドロキシイソキノリン (ISQ: 1,5-dihydroxyisoquinoline) を使用した。NU1025とAG14361は特に強力な阻害剤として用いられた。
評価系:
- クローン形成能アッセイ (Clonogenic survival assay): 細胞を低密度で播種し、PARP阻害薬を24時間処理または連続処理した後、7~12日間培養して形成されたコロニー数(50細胞以上)をカウントした。これにより、細胞の増殖阻害および致死効果を定量的に評価した。
- 免疫蛍光染色: DNA損傷マーカーであるγ-H2AX foci(DSBの指標)およびHRR開始マーカーであるRAD51 fociの形成を評価した。細胞をカバーグラスに播種し、PARP阻害薬処理後、抗γ-H2AX抗体および抗RAD51抗体を用いて免疫染色を行った。Alexa 555標識二次抗体で可視化し、共焦点顕微鏡で画像を撮影した。各スライドで300以上の核をカウントし、5個以上のγ-H2AX fociまたは10個以上のRAD51 fociを持つ核を陽性と判定した。
- siRNAによる遺伝子ノックダウン: BRCA2、PARP1、PARP2に対するsiRNAを導入した。48時間後に細胞を回収し、クローン形成能アッセイまたはウェスタンブロット、RT-PCR (reverse transcription polymerase chain reaction) により遺伝子発現抑制を確認した。PARP1およびPARP2の特異的ノックダウンにより、PARPアイソフォームの役割を区別した。
- 統計解析: 統計解析には Student t-test が用いられ、p値が0.05未満の場合を有意差ありと判断した。
in vivo異種移植モデル: V-C8 (BRCA2欠損) およびV-C8+B2 (BRCA2補完) 細胞を、CD-1ヌードマウスの大腿筋肉内に移植した。腫瘍が測定可能なサイズ (大腿直径約11 mm) に達した後、AG14361 (25 mg/kgまたは50 mg/kg) または生理食塩水を5日間連日腹腔内投与した。腫瘍増殖は、移植した大腿の直径と非移植側の大腿の直径の相対差として毎日測定した。治療後の腫瘍の完全寛解 (CR: complete response)、部分奏効 (PR: partial response)、マイナー奏効 (MR: minor response) を評価した。