- 著者: David A. Nathanson, Beatrice Gini, Jack Mottahedeh, Koppany Visnyei, Tomoyuki Koga, German Gomez, Ascia Eskin, Kiwook Hwang, Jun Wang, Kenta Masui, Andres Paucar, Huijun Yang, Minori Ohashi, Shaojun Zhu, Jill Wykosky, Rachel Reed, Stanley F. Nelson, Timothy F. Cloughesy, C. David James, P. Nagesh Rao, Harley I. Kornblum, James R. Heath, Webster K. Cavenee, Frank B. Furnari, Paul S. Mischel
- Corresponding author: Paul S. Mischel (Ludwig Institute for Cancer Research, University of California at San Diego, La Jolla, CA, USA)
- 雑誌: Science
- 発行年: 2014
- Epub日: 2013-12-05
- Article種別: Original Article
- PMID: 24310612
背景
膠芽腫 (GBM; glioblastoma) は、極めて予後不良な原発性脳腫瘍であり、その治療抵抗性の克服が喫緊の課題である。GBMにおいては、表皮成長因子受容体 (EGFR; epidermal growth factor receptor) 遺伝子の変異や増幅が高頻度に認められ、特にエクソン2から7のインフレーム欠失を伴う恒常的活性型変異体であるEGFRvIIIが、全GBM症例の約40%で検出される。EGFRvIIIは、PI3K-Akt-mTORシグナル伝達経路を強力に活性化し、腫瘍細胞の自律的増殖や周囲の微小環境を介した傍分泌的シグナルを促進することが知られている。がんゲノムの包括的解析を示した Vogelstein et al. Science 2013 などの先行研究において、EGFR変異はGBMの主要なドライバー遺伝子として位置づけられてきた。さらに、腫瘍内におけるEGFRvIIIの発現は高度な不均一性を示し、同一腫瘍内においてEGFRvIII高発現細胞と低発現細胞が共存していることが、Inda et al. (2010) などの研究によって報告されている。しかしながら、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (TKI; tyrosine kinase inhibitor) を用いた臨床試験では、期待されたほどの生存期間の延長効果が得られておらず、その耐性獲得メカニズムの解明が急務となっていた。この腫瘍内不均一性が治療抵抗性にどのように寄与しているのか、また、EGFRvIII遺伝子がダブルミニット染色体などの染色体外環状DNA (ecDNA; extrachromosomal DNA) 上に維持されていることの生物学的意義については、これまで多くの部分が未解明のままであった。Gupta et al. (2011) はがん細胞集団の確率論的な状態遷移を提唱したが、実際の治療介入に伴うecDNA上の遺伝子コピー数の動的な変化と薬剤耐性との直接的な因果関係を実証した研究は極めて不足しており、ゲノムの可塑性がもたらす適応的耐性メカニズムの解明には大きなgapが残されている。
目的
本研究の目的は、GBM細胞におけるEGFRvIIIの腫瘍内不均一性、特にEGFRvIII高発現細胞と低発現細胞の動的な平衡状態が、EGFR TKIに対する治療抵抗性に寄与する分子メカニズムを解明することである。具体的には、患者由来のGBMモデルを用いて、EGFR TKIであるerlotinibやlapatinibに対する耐性獲得プロセスにおいて、ecDNA上にコードされたEGFRvIII遺伝子のコピー数がどのように動的に制御されているかを検証する。さらに、薬剤の休薬(drug holiday)がecDNA上のEGFRvIIIの再出現および薬剤感受性の回復に及ぼす影響を明らかにし、治療抵抗性を回避するための新たな治療戦略(間欠的投与法など)の概念的基盤を確立することを目指す。
結果
EGFRvIII発現レベルによる生物学的特性とTKI感受性の乖離: FACSにより選別されたEGFRvIIIHigh細胞とEGFRvIIILow細胞の生物学的特性を比較したところ、EGFRvIIIHigh細胞はEGFRvIIILow細胞と比較して、Ki-67陽性率に基づく増殖能が4.0-fold高く、TUNEL陽性率に基づく基底アポトーシス率が15分の1と極めて低い生存優位性を示した (Fig. 1B, 1C)。さらに、放射性医薬品イメージングチップを用いた18F-FDG (fluorodeoxyglucose; フルオロデオキシグルコース) の取り込み測定により、EGFRvIIIHigh細胞ではグルコース代謝が著明に亢進していることが確認された (Fig. 1D)。しかし、この生存優位性にもかかわらず、EGFRvIIIHigh細胞はerlotinib(5 uM、24時間)に対して極めて高い感受性を示し、有意な細胞死が誘導された(p<0.05、n=3 replicates) (Fig. 1F)。これに対し、EGFRvIIILow細胞はerlotinibに対して抵抗性を示した。この結果は、EGFRvIIIの発現レベルがTKIに対する感受性と直接的に相関していることを示している。
TKI治療による腫瘍内集団のシフトと確率論的状態遷移による平衡維持: GBM39異種移植マウス(n=4 mice per group)にerlotinibを連日投与したところ、初期には約80%の劇的な腫瘍体積縮小(奏効期)が観察された (Fig. 1G)。この奏効期において、腫瘍内の細胞構成はEGFRvIIIHigh主体からEGFRvIIILow主体へと劇的にシフトした (Fig. 1H)。erlotinibに対する耐性を獲得した後の腫瘍においても、このEGFRvIIILow優位のパターンが維持されていた。驚くべきことに、FACSで純化したEGFRvIIIHigh細胞またはEGFRvIIILow細胞(n=200, 2000, 20000 cells)をそれぞれマウスに移植したところ、いずれの集団から形成された腫瘍も、2週間以内に元の腫瘍と同様のEGFRvIIIHigh/Low比率(約60%対40%)を再構成した (Fig. 2B, 2C)。単一細胞コロニーアッセイ(n=1 cell per well)でも同様の比率の再構成が確認され、これはEGFRvIIIの発現状態が確率論的状態遷移モデルに従って自律的に平衡状態を維持していることを示している。
erlotinib耐性獲得に伴う染色体外EGFRvIII DNAの特異的消失: GBM39細胞のNaive、erlotinib耐性(ER)、および薬剤除去であるDR (drug-removed) の3条件において、FISH解析を実施した。NaiveおよびDR細胞の中期分裂像(n=15 metaphases)では、多数 of EGFR陽性シグナルを伴うecDNA(ダブルミニット様構造)が豊富に観察されたが、ER細胞ではこれらのEGFR陽性ecDNA要素が完全に消失していた (Fig. 3D)。一方で、第7染色体上のEGFR遺伝子コピー数(CEP7シグナルで評価、1〜2コピー)には3条件間で変化が認められなかった。このecDNAの消失はEGFR遺伝子に特異的であり、ER細胞においてMDM2遺伝子をコードする他のecDNAは維持されており、むしろerlotinib治療下でそのコピー数は上昇していた。また、ER細胞のすべての分裂像において、第7染色体セントロメアを欠くEGFR陽性の均質染色領域であるHSR (homogeneously staining region) 様マーカー染色体が1本検出され、これが薬剤耐性下におけるEGFRvIII遺伝子の潜在的リザーバーとして機能している可能性が示唆された (Fig. 3D)。
薬剤除去後の迅速なecDNA再出現とTKI感受性の回復: サザンブロット法およびPCR解析により、低分子量DNA画分におけるEGFRvIII特異的な4.1 kbのBamH1断片が、NaiveおよびDR細胞では検出されたが、ER細胞では完全に消失していることが確認された (Fig. 3F, 3G)。シーケンシング解析により、27,785 bpの欠失を伴うEGFRvIII固有のブレークポイント配列を同定した (Fig. 3H)。GBM6 (glioblastoma 6; 膠芽腫6) およびHK296の2つの独立した患者由来モデルにおいても同様の解析を行い、erlotinibの持続投与(1 uM、30日間)によりecDNA上のEGFRvIII DNAコピー数がほぼ完全に消失することを確認した (Fig. 4A)。極めて重要な知見として、これらの耐性細胞からerlotinibを除去すると、わずか72時間の休薬期間(DR)でecDNA上のEGFRvIII DNAコピー数が著明に再増加し、erlotinib誘導性の細胞死に対する感受性が完全に回復した(p<0.0001、n=9 replicates) (Fig. 4A)。この耐性期間中、細胞はZEB-1 (zinc finger E-box binding homeobox 1) のアップレギュレーションを伴う上皮間葉転換様変化を示していた。
臨床検体におけるEGFR TKI治療後のecDNA消失の実証: 臨床的関連性を検証するため、EGFR/HER2阻害薬であるlapatinibによる治療(7〜10日間)を受けたGBM患者の治療前後のペア組織(n=2 patients)を用いてFISH解析を実施した。その結果、lapatinib治療後の腫瘍組織において、EGFR FISH陽性シグナル(ecDNA)が約80%減少していることが実証された(p<0.005) (Fig. 4B)。これに対し、temozolomide(テモゾロミド)と放射線療法による標準治療を受けた対照群の患者ペア組織(n=4 patients)では、治療前後でecDNA上のEGFRコピー数に有意な変化は認められなかった (Fig. 4C)。この結果は、TKIによる強力な選択圧が、臨床現場においてもecDNA上のがん遺伝子コピー数の特異的な消失を誘導する主要な要因であることを証明している。
考察/結論
先行研究との違い: 従来の薬剤耐性研究の多くは、遺伝子増幅の亢進や二次変異の獲得によって治療抵抗性が生じるというモデルに基づいていた。これに対し、本研究の知見は、ecDNA上にコードされたがん遺伝子(EGFRvIII)の「可逆的な消失と再出現」という動的かつ適応的なゲノム可塑性が耐性を駆動するという、これまでの常識とは全く異なる逆説的なメカニズムを提示している。これは、がん治療における耐性獲得が必ずしも不可逆的なゲノム変化のみによって規定されるのではないことを示している。
新規性: 本研究は、GBM細胞がEGFR TKIの選択圧に直面した際、ecDNA上の変異EGFRコピー数を迅速に排除することで生存を図り、選択圧が解除されるとわずか72時間以内にこれを再獲得するという、極めて動的な適応プロセスを本研究で初めて明らかにした。この「かくれんぼ(hide and seek)」のようなゲノムの動態は、ecDNAの不均等分配とエピジェネティックな状態遷移(確率論的状態遷移)によって精緻に制御されているという新規の概念を提唱している。
臨床応用: 本研究の発見は、GBM治療におけるEGFR TKIの投与設計に極めて重要な臨床的意義をもたらす。連日投与による持続的な選択圧は、EGFRvIIILowの耐性細胞集団を維持してしまうため、効果的ではない。これに対し、高用量での間欠的投与(パルス療法)や、適切な「薬物休暇(drug holiday)」を挟む治療スケジュールを採用することで、休薬期間中にecDNA上のEGFRvIIIを再出現させ、腫瘍を再びTKI感受性状態へと戻した上で叩くという、新たな臨床応用への道が開かれる。これは、感染症治療における多剤併用や間欠投与の原則をがん治療に応用する Glickman et al. Cell 2012 の概念とも合致する。
残された課題: 今後の課題として、ecDNA上のEGFRvIIIが消失している耐性期間中に、GBM細胞がどのようにして増殖シグナルを維持しているのか、その代償的経路の全貌を解明する必要がある。本研究では、MDM2遺伝子のecDNAコピー数上昇や、ZEB-1 (zinc finger E-box binding homeobox 1) のアップレギュレーションを伴う上皮間葉転換様変化の関与が示唆されているが、これらの詳細な分子機構の解明は今後の研究に委ねられている。また、本研究における臨床ペア検体の解析はn=2例と小規模であるため、より大規模な臨床コホートでの検証が望まれる。さらに、GBM以外のecDNA依存性がん種における同様の耐性機構の有無を検証することも、重要な今後の方向性である。
結論: GBM細胞は、ecDNA上のEGFRvIIIコピー数を動的かつ可逆的に排除・再獲得することで、EGFR TKIに対する迅速な適応的耐性を獲得する。この発見は、がんゲノムの可塑性がもたらす新たな治療抵抗性パラダイムを提示し、間欠的投与法などの革新的な治療戦略の確立に寄与するものである。
方法
本研究では、患者由来異種移植であるPDX (patient-derived xenograft) モデルに由来するGBM39細胞(ホタルルシフェラーゼであるffLuc [firefly luciferase] で安定標識)を用いて、in vivoおよびin vitroでの解析を実施した。
動物実験および耐性モデルの構築: ffLuc標識GBM39細胞を、免疫不全マウスであるNSG (NOD scid gamma) マウスおよびathymic nude mice(ヌードマウス)の皮下に移植し、erlotinib 150 mg/kgを連日経口投与(n=4 mice per group)することで、in vivoでのerlotinib耐性腫瘍モデルを構築した。また、erlotinibを継続投与して耐性を獲得させた後、薬剤を除去したモデルであるDR (drug-removed) 細胞も作製した。
単細胞レベルでの発現解析: マイクロフルイディクス画像サイトメトリー技術であるMIC (microfluidic image cytometry) を用いて、単一細胞レベルでのEGFRvIIIタンパク質の発現量を定量的に評価した。蛍光活性化細胞選別であるFACS (fluorescence-activated cell sorting) を用いて、EGFRvIII高発現 (EGFRvIIIHigh) 細胞とEGFRvIII低発現 (EGFRvIIILow) 細胞を分離し、それぞれの細胞増殖能(Ki-67染色)、アポトーシス率(TUNEL染色)、およびin vivoでの腫瘍形成能を比較検証した。
ゲノムおよび分子生物学的解析: 治療感受性(Naive)、erlotinib耐性(ER)、および薬剤除去(DR)の各条件におけるGBM39細胞、GBM6 (glioblastoma 6; 膠芽腫6) 細胞、およびHK296細胞から、低分子量DNAを抽出し、サザンブロット(Southern blot)法、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法、およびDNAシーケンシングによりecDNA上のEGFRvIII遺伝子を解析した。蛍光in situハイブリダイゼーションであるFISH (fluorescence in situ hybridization) 解析では、EGFR遺伝子特異的プローブと第7染色体セントロメア特異的プローブであるCEP7 (chromosome 7 centromere) を用いて、中期分裂像(n=15 metaphases per group)および100個以上の間期核におけるecDNAの動態を可視化した。
統計解析: 2群間の比較には、対応のない Student t-test (Student’s t-test) や one-way ANOVA (一元配置分散分析) を用いて統計学的有意差を判定した。