• 著者: Huafu Li, Linxiang Lan, Hengxing Chen, May Zaw Thin, Hari Ps, Jessica K. Nelson, Ian M. Evans, E. Josue Ruiz, Rongjie Cheng, Li Tran, Allen M, Ma J, Yi T, Wang C, He Y, Guppy N, Sadanandam A, Lin SZ, Zhang C, Behrens A
  • Corresponding author: Changhua Zhang (zhchangh@mail.sysu.edu.cn, Sun Yat-sen University, Shenzhen, China); Axel Behrens (Axel.Behrens@icr.ac.uk, The Institute of Cancer Research, London, UK)
  • 雑誌: Nature
  • 発行年: 2025
  • Epub日: 2025-09-24
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 40993391

背景

膵管腺がん (Pancreatic ductal adenocarcinoma, PDAC) は、世界的に見ても予後が極めて不良ながんの一つであり、その5年生存率は約13%と報告されている (Siegel CACancerJClin 2024)。PDACの高い浸潤能、転移能、そして治療抵抗性の根底には、腫瘍内の細胞不均一性 (Intratumoral heterogeneity, ITH) が深く関与していると考えられている。先行研究では、PDACの転写サブタイプ分類 (Bailey Nature 2016) や、古典型と基底細胞様サブタイプが予後および化学療法応答を規定すること (Moffitt NatGenet 2015) が確立されてきた。また、単一細胞解析により、PDACが上皮型がん細胞 (Epithelial pancreatic cancer cell, EPC; KRT19+/VIM-) と間葉型がん細胞 (Mesenchymal pancreatic cancer cell, MPC; KRT19-/VIM+) という2種類のサブポピュレーションを共存させることが示され、特にMPCが転移、化学療法抵抗性、および不良な予後の主要因であることが実証されている (Aiello et al)。本研究グループの先行研究であるLan et al. Nature 2022は、GREM1 (Gremlin 1、BMP拮抗因子) がEPCの細胞アイデンティティ維持に必須であり、Grem1欠失がEPCからMPCへの転換を誘導することを示した。また、Pothula et alはPDACにおけるEMT (Epithelial-Mesenchymal Transition) 経路の主要なドライバーをまとめている。

しかし、これらの先行研究にはいくつかの重要な未解明な点が残されていた。具体的には、(i) MPCの細胞アイデンティティを能動的に維持する分子ドライバーの特定、(ii) EPCとMPC間の双方向的なパラクリン制御ループの存在、(iii) MPC維持因子の阻害による転移の完全な消失の可能性、といった知識ギャップが残されていた。これらの未解明な領域は、PDACの病態生理の理解と新たな治療戦略の開発において、依然として重要な課題として認識されている。特に、MPCの運命を積極的に維持する分子メカニズムはこれまで十分に解明されておらず、この細胞集団を標的とした治療戦略の開発は手薄であると言える。本研究は、これらのギャップを埋めることを目的とし、PDAC患者の血漿プロテオミクス解析から出発する非バイアスなアプローチを用いて、MPCの運命維持に関わるシグナルを同定し、その分子機構と治療標的としての可能性をマウスモデルで包括的に検証した。

目的

本研究の目的は、PDACにおける間葉型がん細胞 (MPC) の間葉型細胞アイデンティティを能動的に維持する分子ドライバーをプロテオミクス解析により同定することである。さらに、その分子ドライバーの受容体、下流シグナル経路、および上皮型がん細胞 (EPC) とMPC間のパラクリン制御ループの存在をin vitroおよびin vivoモデルを用いて詳細に解明する。具体的には、EPCが分泌するSPP1 (Secreted Phosphoprotein 1、オステオポンチン) がMPCのCD61受容体に結合し、NF-κB-BMP2-GREM1経路を活性化することでMPCの運命を維持するという仮説を検証する。最終的には、この同定されたSPP1の阻害がPDACの腫瘍形成および転移に与える治療効果を評価し、血液採取可能なバイオマーカー候補としての臨床応用可能性を検証することを目的とする。

結果

SPP1がPDAC後期患者血漿で著明に上昇する: PDAC患者26例の血漿LC-MS/MSプロテオミクス解析 (label-free quantitative analysis、約2,500タンパク質同定) の結果、後期 (ステージIII/IV、n=14) と早期 (ステージI/II、n=12) を比較すると、SPP1 (Secreted Phosphoprotein 1、オステオポンチン) が最も有意に上昇する候補として同定された (fold change約4.2倍、p<0.001)。KPCYマウスの血漿においても、野生型と比較してSPP1がELISAで約3.5倍高値であった (n=3 mice、p<0.001)。Kaplan-Meier解析では、高SPP1血漿濃度のPDAC患者は低SPP1群と比較して中央生存期間が18ヶ月から9ヶ月に短縮した (HR 2.3、95% CI 1.4-3.8、log-rank p=0.002)。これらの結果は、SPP1がPDACの予後マーカーおよび治療標的の両方の候補となり得ることを示唆している。

EPCがSPP1を産生しMPCに供給するパラクリン関係: KPCY腫瘍の二重免疫蛍光染色により、SPP1はYFP+ EPC (KRT19+) に優先的に発現し、VIM+ MPCではSPP1発現が低いことが示された (Pearson r=-0.78、n=20切片)。KPFV (Vim-GFP) オルガノイドにおいてSpp1 CRISPR KO (sgRNAを2種類使用) を実施すると、VIM-GFP+ MPC集団がフローサイトメトリーで対照の45%からKOの5%に有意に減少した (p<0.001、n=5 independent experiments)。RT-qPCR解析では、間葉型マーカー (Vim、Fn1、S100a4) が約5倍低下し、上皮型マーカー (Krt19、Cdh1、Epcam) が約3倍上昇した。皮下アログラフト実験では、Spp1 KO KPFオルガノイド由来腫瘍はほぼEPCのみで構成され、腫瘍数 (3.2±0.8 vs. 1.1±0.3、p<0.001) およびサイズ (500 mm³ vs. 120 mm³、p=0.01) も有意に縮小した (n=10 mice/群)。

CD61 (Itgb3) がSPP1の受容体でMPC維持に必須: KPCY腫瘍において、SPP1とCD61 (Integrin β3、Itgb3遺伝子産物) の発現はほぼ相互排他的であり (Pearson r=-0.85)、CD61はMPCに優先的に発現していた。Itgb3 (CD61) CRISPR KO KPFVオルガノイドにおいても、Spp1 KOと同様にVIM-GFP+細胞が消失し (対照45%からKOの8%へ、p<0.001、n=5 independent experiments)、皮下移植モデルでMPC比率が減少した。これらの表現型の一致と相互排他的な発現パターンは、SPP1からCD61への機能的なシグナル伝達軸の存在を強く支持する。Itgb3 KOオルガノイドにリコンビナントSPP1を添加してもMPCの回復は見られず (n=3 independent experiments)、SPP1のMPC維持効果がCD61受容体特異的であることが確認された。

SPP1-CD61-NF-κB-BMP2-GREM1シグナル軸の解明: Spp1 KOとWTオルガノイドのRNA-seq解析 (n=4 biological replicates) により、Spp1 KOおよびItgb3 KOオルガノイドでBmp2とGrem1の発現が特異的に低下することが判明した (fold change約-4.5倍、FDR=0.001未満)。Itgb3 KOはNF-κBターゲット遺伝子 (Ccl2、Tnf、Nfkbia) の発現を約4倍低下させ、ChIP-seq解析によりRelA (NF-κB p65) がBmp2プロモーター上の2箇所のκB結合部位 (位置-1,200 bpと-450 bp) に結合することが確認された (n=3 biological replicates)。TAK1阻害剤5Z-7-oxozeaenol (IC50=80 nM、NF-κB上流キナーゼ) 処理によりBmp2発現が前処理比で約-70%低下し (p<0.001)、BMP2リコンビナントタンパク質添加 (50 ng/mL × 24時間) はGrem1発現を約3倍誘導するとともに、Spp1発現を約-60%低下させた。これは、BMP2がSPP1発現を抑制するフィードバックループの存在を示唆している。

Spp1 KOによるPDAC発達遅延・転移完全消失: 条件付きSpp1 fl/fl KPFCT (ホモ欠失) マウスでは、対照と比較して生存期間中央値が180日から320日に有意に延長した (HR 0.35、log-rank p<0.001、n=15 mice/群)。腫瘍内では癌関連線維芽細胞 (CAF) の顕著な減少 (約-65%、p<0.001) が観察されたが、免疫浸潤 (CD8+ T細胞、CD11b+骨髄細胞) に変化は認められなかった。転移モデル (KP het FCT、Trp53ヘテロKO、より長潜伏で転移検出可能) において、WTコントロールマウスは肝転移が23% (7/30 mice)、肺転移が30% (9/30 mice) であったのに対し、Spp1 fl/fl KP het FCTマウスでは肝転移および肺転移が0% (0/25 mice、p<0.001、Fisher exact test) と完全に消失した。SPP1阻害中和抗体 (10 mg/kg腹腔内週3回4週間) のin vivo投与でも、転移が約-85%抑制されることが確認された (n=10 mice/群、p<0.001)。Grem1 KOとSpp1 KOの二重KO実験 (n=8 mice) では、Spp1 KOによる上皮型表現型がGrem1 KOの併用により完全に間葉型に戻り、両因子が直接拮抗的な機能を持つことが実証された。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究は、これまで報告されていないPDACにおけるEPC-MPC間の双方向パラクリン制御ループの分子基盤を初めて解明した。このループは、「EPC由来のSPP1がMPCのCD61-NF-κB-BMP2-GREM1軸を活性化してMPCの運命を維持する一方、GREM1がBMP2シグナルを阻害することでEPCのSPP1発現を維持する」という義務的細胞不均一性 (obligatory ITH) のメカニズムを構築している。Lan et al. Nature 2022で示されたGREM1によるEPC維持機構に対し、本研究はそのカウンターパートとなるSPP1によるMPC維持経路を発見し、両機構が補完的なループを形成するという新規パラダイムを提示した点で新規性がある。Aiello et alが報告したEPC/MPCの共存に対し、本研究はそれらの維持機構を分子レベルで解明した。また、Pothula et alのEMT静的モデルとは対照的に、動的な双方向制御モデルを提示した点も新規性として挙げられる。これまでの「MPCがEMTにより一方向的にEPCから生成される」というモデルと異なり、本研究はSPP1-CD61軸がMPCの定常状態を能動的に維持することを示した。

新規性: 本研究で初めて、SPP1がPDACにおける間葉型細胞の運命を維持する主要な分子ドライバーであることを同定し、その詳細なシグナル経路(SPP1-CD61-NF-κB-BMP2-GREM1軸)を解明した。特に、EPCとMPC間でSPP1とGREM1が互いに拮抗的に作用し、細胞のアイデンティティを維持するという相互依存的なパラクリン制御ループはこれまで報告されていない新規な発見である。

臨床応用: Spp1 KOによる肝転移の完全消失 (WT 23%からKO 0%) は、SPP1阻害が外科的切除不能なPDACや転移予防の新規標的となり得ることを示唆する (HR 2.3 for survival)。SPP1中和抗体による転移の約-85%抑制は、前臨床段階における治療効果の直接的な実証であり、臨床第I相試験への展開可能性を提示するbench-to-bedside translational応用である。血漿SPP1濃度 (HR 2.3、95% CI 1.4-3.8) は、予後バイオマーカーおよび治療応答予測の両方として臨床的有用性を持つ。また、Madissoon et al. NatGenet 2023 (Madissoon et al. NatGenet 2023) と比較して、他臓器の組織常在線維芽細胞サブセットとの汎用性検証への基盤を提供する。

残された課題: 残された課題として、(i) SPP1阻害抗体やCD61阻害剤の臨床応用における最適化 (ヒト免疫系での副作用評価を含むlimitation)、(ii) 他のMPC誘導因子 (例えばGPC1やCosta-Silva et al. NatCellBiol 2015 Costa-Silva et al. NatCellBiol 2015など) との相互作用解析 (今後の検討課題)、(iii) 本ループがKRAS変異以外のPDACサブタイプ (BRCA変異など) でも機能するかの検証 (今後の研究)、(iv) Keklikoglou et al. NatCellBiol 2019 (Keklikoglou et al. NatCellBiol 2019) との連携で、術前補助化学療法 (NAC) 設定下でのSPP1動態解析、という4つのlimitationが残る。本研究はPDAC治療開発の新たなパラダイムを提示し、PDAC領域における近年最も重要な機構解明研究の一つとして位置づけられる。

方法

患者血漿プロテオミクス: PDAC早期 (ステージI/II、n=12) および後期 (ステージIII/IV、n=14) 患者の血漿サンプルに対し、LC-MS/MS (label-free quantitative proteomics) を用いて差次的に発現するタンパク質を同定した。Volcano plot解析により、FDR 0.05未満かつfold change 2倍以上のタンパク質を有意な候補として抽出した。

マウスモデル: KPCY (Kras G12D; Trp53 fl/fl; Pdx1-Cre; Rosa-YFP) 自然発症PDACマウス、KPFV (Vim-GFP標識KPC) オルガノイド、Spp1 fl/fl KPFCT (ホモ欠失) およびSpp1 fl/fl KP het FCT (Trp53ヘテロ欠失による長潜伏転移モデル) 条件付き欠失マウスを樹立した。これらのマウスはC57BL/6Jバックグラウンドであり、タモキシフェン誘導によるCre-loxPシステムを用いて遺伝子欠失を誘導した。

オルガノイド遺伝子操作: CRISPR-Cas9技術を用いて、Spp1、Itgb3 (CD61)、およびGrem1の各遺伝子を独立にノックアウト (KO) した (sgRNAを2種類使用し、Western blotとPCRで欠失を確認)。また、Spp1過剰発現株をCMVプロモーターを用いて樹立した。MPC比率はVIM-GFP+細胞のフローサイトメトリーにより定量した。

転移評価: 皮下アログラフトモデルおよび原位 (orthotopic) 接種モデルを用いた。超音波腫瘍モニタリング (週1回、Vevo3100) により腫瘍サイズを評価し、肝臓および肺転移は肉眼観察、H&E染色、およびBankhead et al. SciRep 2017により評価した。Kaplan-Meier生存解析 (log-rank test、n=15-20/群) を実施した。

シグナル経路解析: RNA-seq (STAR aligner、Dobin et al. Bioinformatics 2013、DESeq2、FDR 0.05未満) を行い、RT-qPCR (2-ΔΔCT method) によりBmp2、Grem1、Ccl2、およびNF-κBターゲット遺伝子の発現を定量した。ChIP-seqによりRelA (NF-κB p65) とBmp2プロモーターの結合を解析した (n=3 biological replicates)。TAK1阻害剤5Z-7-oxozeaenol (IC50=80 nM) を用いた阻害実験、およびBMP2リコンビナントタンパク質 (50 ng/mL × 24時間) 添加による影響を評価した。

救済実験: Spp1 KOとGrem1 KOの二重KO実験、Spp1過剰発現とItgb3 KOの組み合わせによる救済不能確認、およびBMP2過剰発現によるSpp1抑制効果の確認を行った。

臨床応用: SPP1阻害中和抗体 (10 mg/kg腹腔内週3回、4週間) をin vivo投与し、ヒトPDACオルガノイド (n=5 patient-derived) およびPDXマウスモデルでの治療効果を検証した。

統計解析: Student t-test (2群比較)、ANOVA (多群比較)、Wilcoxon rank-sum test、log-rank test (生存解析)、Pearson/Spearman correlationを用いた。p値0.05未満を有意差ありと判断した。