- 著者: William Zhao, Thinh T. Nguyen, Atharva Bhagwat, Akhil Kumar, Bruno Giotti, Benjamin Kepecs, Jason L. Weirather, Navin R. Mahadevan, Asa Segerstolpe, Komal Dolasia, Aviv Regev, Bruce E. Johnson, Alexander M. Tsankov 他
- Corresponding author: Alexander M. Tsankov (Icahn School of Medicine at Mount Sinai)
- 雑誌: Nature Cancer
- 発行年: 2025
- Epub日: 2025-10-07
- Article種別: Original Article / Resource
- PMID: 41057692
背景
TP53はNSCLC (non-small cell lung cancer) を含む多くのがん種で最も高頻度に変異する遺伝子であり、特に肺腺癌 (LUAD: lung adenocarcinoma) では約50%の症例に認められ、喫煙歴と強い相関を示す。EGFR・KRAS・ALK等のドライバー変異に対する分子標的治療や抗PD-1/PD-L1療法の進歩によりNSCLC予後は改善しつつあるが、TP53変異は変異の多様性と広域な制御パスウェイへの関与から直接の治療標的化が困難とされている。KRAS-G12D駆動のKP (Kras-mutant/Trp53-null lung cancer mouse model) を用いた研究では、p53喪失が高可塑性細胞状態 (HPCS: highly plastic cell state) への移行を促進してAT2 (alveolar type 2) 同一性喪失と腫瘍進展を加速することが示されており Marjanovic et al. CancerCell 2020、ヒトLUADでもTP53変異がPDL1発現増加や抗PD-1療法応答改善と関連することが複数コホートで示唆されてきた。scRNA-seqを用いたNSCLC単一細胞アトラス研究により、腫瘍関連マクロファージ (TAM: tumor-associated macrophage)・がん関連線維芽細胞 (CAF: cancer-associated fibroblast)・T細胞の多様なサブセットが同定されてきた Leader et al. CancerCell 2021。さらに肺腫瘍間質細胞のサブタイプと免疫細胞との相互作用も徐々に明らかになりつつあるが Lambrechts et al. NatMed 2018、治療未施行ヒトLUADにおけるTP53変異 vs. TP53 wild-type (TP53WT) の細胞構成・リガンド-受容体相互作用・空間的ニッチ構造の体系的比較は不足しており、免疫チェックポイント阻害療法 (ICI: immune checkpoint inhibitor) への応答性差異の細胞・空間的根拠は未解明のままであり、治療未施行ヒトLUADを対象とした多層オミクスによる体系的な細胞・空間的比較研究が不足していた。
目的
治療未施行NSCLC 23例の多層オミクスアトラス (WES / scRNA-seq / Visium空間トランスクリプトーム / mIF) を構築し、TP53変異 (TP53mut) vs. TP53WTにおける悪性細胞自律的プログラム・TME (tumor microenvironment) 細胞組成・リガンド-受容体相互作用・空間的ニッチの差異を定義すること。さらに大規模バルクコホート (TCGA / CPTAC [Clinical Proteomic Tumor Analysis Consortium])・マウスモデル・細胞株での再現性を系統的に検証し、ICI療法応答性と関わる治療標的を同定すること。
結果
悪性細胞でのAT2同一性喪失とプログラム二極化:全サンプルにわたりWES由来CNAプロファイルとscRNA-seq推定CNAプロファイルのSpearman r=0.82の高い一致が確認され (Fig. 1c、n=23例)、悪性細胞アノテーションの精度を裏付けた。CCAにより18の悪性細胞プログラムが同定され、Pearson相関解析でcell cycle / hypoxia / pEMT (partial epithelial-to-mesenchymal transition) / glycolysisプログラムから成る一群と、alveolar-like / antigen presentation / stress responseから成る一群の間に強い反相関が確認された (Fig. 2c)。TP53mut LUADではTP53標的遺伝子スコアが有意に低下 (scRNA-seq、p=4.6×10⁻⁵) し、AT2様スコアは扁平上皮型・神経内分泌型LUADと同程度まで低下した (Fig. 2g)。一方でcell cycle G2/M・hypoxia・pEMT・glycolysisスコアがTP53mutで有意に上昇し、TCGA LUAD バルクRNA-seq (n=510例) で再現された (cell cycle G2/M: p=5.5×10⁻²⁷、AT2-like: p=1.1×10⁻¹⁴、多変量t検定、Fig. 2e)。pEMT・hypoxia・cell cycle高発現は各々TCGA LUADにおける短いOSと独立して関連した (Cox比例ハザード回帰、病期・組織型補正後有意、Fig. 2d)。これらの変化はEGFR・KRAS・STK11共変異、腫瘍サイズ・病理病期・組織型を補正した多変量回帰後も残存し (Fig. 3b,c)、公共scRNA-seqコホート22例でも再現された。空間的には、cell cycle-glycolysis共発現 (p=0.036) およびhypoxia-pEMT共発現 (p=0.004) がTP53mut腫瘍断面で有意に高い空間相関を示した (Fig. 2f)。
シグナリングエントロピー増大とKPマウスHPCSとの対応:AT2同一性喪失に伴う細胞可塑性の増大を定量するため、シグナリングエントロピーをSCENTで算出した。TP53mut悪性細胞のエントロピーはTP53WT細胞より有意に高く (単一細胞レベル、p=4.6×10⁻⁵)、この増大はTCGA LUAD バルクRNA-seq (n=510例) およびCPTAC LUADプロテオーム (n=110例) でも一貫して認められた (Fig. 3h)。エントロピー上昇はTP53変異クラス別ではDNE変異・LOF変異・impactful II変異で最も顕著であり (Fig. 3k)、TP53-KRAS共変異でも確認されたがTP53-EGFR共変異では統計的有意差が縮小した (Fig. 3j)。A549細胞株 (TP53WT) へのTP53変異体Perturb-seq導入でも、impactful I・II変異でエントロピー有意上昇が認められた一方、KRAS変異では認められなかった (Fig. 3n)。KPマウス malignant cellのHPCSはcell cycleとpEMT高発現かつ最高エントロピーを示し (n=1,554細胞)、ヒトTP53mut LUAD悪性細胞と同様の転写状態を呈した (Fig. 3l,m)。この結果は、TP53活性喪失が特定の変異形式にかかわらず決定論的な細胞可塑性増大を引き起こすことを支持する。
血管新生抑制とSEMA3A-NRP1媒介の低酸素環境形成:TP53mut LUADでは内皮細胞・周皮細胞の割合が低下し (scRNA-seq Mann-Whitney-Wilcoxon p=0.068)、aerocyte (ガス交換特化型内皮、HPGD+EDNRB+) の減少が有意であった (p=0.011、Fig. 4b)。TCGA バルクRNA-seqデコンボリューションでも内皮・周皮細胞スコアの低下が確認された (内皮 p=8.1×10⁻⁵、周皮細胞 p=6.5×10⁻⁶、多変量t検定)。CellPhoneDB解析でSEMA3A-NRP1 (angiostatic因子-受容体) およびEPHB2-EFNB1の内皮細胞抑制的リガンド-受容体ペアがTP53mut腫瘍で富化されており (Fig. 4c)、VisiumSTでもSEMA3A-NRP1の空間共発現がTP53mut vs. TP53WT腫瘍断面で有意に高かった (p=0.002、Fig. 4d)。間質細胞解析 (13サブセット同定) ではCOL1A2/COL3A1高発現のCAF.COLs (TWIST1レギュロン活性) とmyofibroblastsの変化が確認され、TGFB2-TGFBR2の空間共発現もTP53mutで有意に増強した (p=0.002、Fig. 4i)。これらはTP53mut腫瘍で血管新生抑制→低酸素→TGFβ誘導pEMTという連鎖機序を空間的に裏付ける。
SPP1+マクロファージ-CAF.COLsニッチによるpro-metastatic環境:myeloid細胞 (16サブセット) 解析でTP53mut LUADにおいてTAM.FABP4 (肺胞マクロファージ様) が有意に減少し (p=0.012)、TAM.SPP1 (secreted phosphoprotein 1発現) が有意に増加した (p=0.0031、Fig. 5c)。SPP1発現はTCGA バルクRNA-seqで p=0.00032 (多変量t検定)、scRNA-seq myeloid偽バルクで p=0.0085 (Mann-Whitney-Wilcoxon) でTP53mutに有意に高く (Fig. 5d)、最も相関する遺伝子群はEMT・hypoxia・glycolysis経路を強く富化し、NRP1・FLT1等のVEGF受容体を含んでいた。空間NMFでFactor 7 (NMF7) がTAM.SPP1・CAF.COLs・myofibroblastsの3者共局在を示し (Fig. 8c,d)、腫瘍辺縁部 (悪性細胞≤50%スポット) でMSigDB (Liberzon et al. CellSyst 2015) のhallmark hypoxia (p=0.036) および hallmark EMT (p=0.004) スコアと有意に正相関した (Fig. 8e)。mIF検証 (62 ROI、10例) ではTP53mutでSPP1+CD68+マクロファージ近傍50μm以内のCD31+内皮細胞比率が有意に低く (p=0.0042、Fig. 8g)、無血管・低酸素性のpro-metastaticニッチを組織学的に確認した。SPP1-CD44の空間共発現もTP53mutで有意に高く (p=0.002、Fig. 5i)、VEGFA-FLT1・CXCL11-CXCR3等の相互作用もTP53mut myeloidで富化されており、単球のTAM分化促進とリンパ球動員の機序が示唆された (Fig. 5f)。
免疫チェックポイント相互作用の集積と抗PD-1療法への応答:T/NK細胞 (13サブセット) 解析でTP53mut LUADにおいてT.Exhausted (疲弊型T細胞) が有意に増加し (p=0.021)、CD8.GZMK (GZMK発現CD8+) も増加した (p=0.016)、一方CD4.TRM (tissue-resident memory CD4+T細胞) は有意に減少した (p=0.043、Fig. 6c)。CXCL13発現がexhausted・TFH (T follicular helper) 細胞で最高値を示しTP53mutで増加した。PDCD1・CTLA4・HAVCR2・TIGITはTP53mut複数T細胞サブセットで有意に高発現し、PVR発現はTP53mut悪性細胞においてcell cycleスコアと強く相関した (Pearson、p=0.0021、Fig. 6f)。CD274 (PD-L1)-PDCD1 (PD-1) およびPVR-TIGIT相互作用がTP53mut vs. TP53WT腫瘍で有意に富化され (Fisher’s exact test、Fig. 6d)、PVR-TIGITの空間共発現はTP53mut腫瘍辺縁部で有意に高かった (p=0.036、Fig. 6g)。mIF検証 (4例・外部コホート28例 / 139 ROI) ではPDL1+サイトケラチン+ 細胞とPD1+CD8+細胞の空間共局在がTP53mutで著明に増加し (直接接触: p=1.7×10⁻⁶、隣接: p=8.6×10⁻⁷、50μm近傍: p=4.3×10⁻⁶、Fig. 7c)、外部コホートでも同様の富化が確認された (p=0.0011、Fig. 7d)。SU2C-MARKコホートの解析では、TP53mut LUADが抗PD-1療法後のPFS (progression-free survival) 延長と有意に関連し (univariate Cox回帰、Fig. 7e)、DNE・LOF・impactful II変異クラスで最も顕著であった一方、LUSC (lung squamous cell carcinoma、肺扁平上皮癌) では同様の関連は認めなかった。
考察/結論
本研究は治療未施行ヒトLUAD 23例を対象に、scRNA-seq / 空間トランスクリプトーム / WES / mIFを統合した多層オミクスアトラスを構築し、TP53変異が引き起こすTME再編として①悪性細胞のAT2同一性喪失と高エントロピー化 (細胞可塑性増大)、②血管新生抑制 (SEMA3A-NRP1) による低酸素性niche形成、③SPP1+マクロファージとCAF.COLsによるpro-metastaticニッチ形成、④PD-L1/PD-1・PVR/TIGITを介した免疫チェックポイント相互作用の集積という4つの一貫したパターンを示した。
これまでの研究ではTP53変異がPDL1発現増加や抗PD-1奏効改善と関連することが個別コホートや単一マーカーで報告されてきたが、その機序は断片的であった。これと異なり、本研究は6階層のオミクスデータを同一コホートで統合することにより、「TP53変異→血管新生抑制→低酸素→pEMT亢進」という悪性化経路と「TP53変異→免疫チェックポイント集積→ICI感受性向上」という免疫応答経路が同一腫瘍内に共存することを本研究で初めて空間的に示した。とりわけPVR-TIGIT相互作用およびCTLA4-CD86相互作用のTP53mutへの富化は新規の知見であり、TIGIT単剤療法が一般的なNSCLC集団では十分な生存益を示していない文脈で、TP53mut PVR陽性腫瘍を有効なサブグループとして同定しうる新規な示唆をもつ。また、AT2同一性喪失とHPCSへの移行はマウスKPモデルで既報の表現型とヒトTP53mut LUADで対応しており、マウス-ヒト間のモデル橋渡しの妥当性を支持する点で重要である。
臨床的意義として、TP53変異機能クラス (DNE / LOF / impactful II) が抗PD-1療法奏効を強く予測することを独立した大規模コホート (SU2C-MARK) で示した点は、単なるTP53変異の有無でなく機能的分類に基づく患者層別化の有効性を示唆し、将来の臨床試験デザインに活かせる。SPP1+マクロファージ/CAF.COLsニッチはTGFβシグナルと低酸素を介してpEMT・転移を促進するため、抗SPP1・抗TGFβ療法とICBの組み合わせが合理的な治療仮説となる。一方でEGFR共変異がhypoxia/pEMT亢進を相殺することから、EGFR変異コホートではTP53変異のICI予測的意義が異なる可能性も示唆されており、bench-to-bedsideの観点から注意を要する。
残された課題として、本研究はLUAD 18例 (TP53mut 8例)・空間解析4例という少数コホートに基づいており、TP53変異クラス別の細胞・空間プロファイルの差異を大規模前向きコホートで検証することが必要である。SPP1+マクロファージ/CAF.COLsニッチを直接標的とする介入 (抗SPP1・抗TGFβ療法) の有効性を前向き試験で評価することも今後の重要な検討として残る。さらにPVR-TIGIT・CTLA4-CD86相互作用がTP53mut LUADの治療標的として有効かどうかの検証、ならびにEGFR共変異がTP53変異の影響を相殺する分子機序の更なる解明も今後の研究に委ねられている。
方法
治療未施行NSCLC 23例 (うちLUAD 18例:TP53WT 10例 / TP53mut 8例;喫煙歴あり 21例、中央値40箱・年;女性52%) を対象とした。WES (whole-exome sequencing) では腫瘍-血液対合を用い、Mutect2アルゴリズム (Terra cloud platform) でTP53 / EGFR / KRAS / STK11 / KEAP1 / RBM10 / PTRDの変異・CNA (copy-number alteration) を同定し、scRNA-seqの推定CNAプロファイルとSpearman相関での高い一致を確認した。scRNA-seqは10X Chromiumプラットフォーム (3’ライブラリ v2/v3、CellRanger v3.1、GRCh38参照) で166,821細胞の高品質プロファイルを取得した。空間トランスクリプトーム (ST: spatial transcriptomics) はVisium (10X Genomics) 14切片 (6腫瘍) で実施し、Tangram (deep learning spatial deconvolution framework) でscRNA-seqプロファイルを空間スポットにマッピングして細胞組成を確率的に推定した。mIF (multiplex immunofluorescence) はFFPE (formalin-fixed paraffin-embedded) 切片に対して8抗体パネル (CD8・PDL1・PD1・サイトケラチン・α-SMA・CD68・SPP1・CD31) でInformソフトウェア解析した。
悪性細胞プログラム同定にはCCA (canonical correlation analysis) でサンプル統合後にLouvainクラスタリングを行い18プログラムを定義し (Stuart et al. Cell 2019 の統合フレームワークに準じて)、cNMF (consensus non-negative matrix factorization、k=30) で独立検証した。転写因子レギュロン解析にはpySCENIC (Python-based single-cell regulatory network inference framework, v0.11.2、GRNBoost2 [gradient-boosting gene regulatory network inference algorithm]) を適用した。シグナリングエントロピーはSCENT (single-cell entropy analysis) パッケージ (v1.0.3、‘net17Jan2016.m’ネットワーク) で算出した。細胞間リガンド-受容体相互作用差異はCellPhoneDB (v2.1.7) で推定し、two-sided two-proportion Z検定またはFisher’s exact testで有意性を評価した。空間多細胞ニッチ同定にはNMF (non-negative matrix factorization) をST細胞組成比率に適用し (k=15因子)、空間相関はPearson相関で評価した。
検証コホートとして、TCGA LUADコホート (Cancer et al. Nature 2014、バルクRNA-seq 510例、TP53mut 263 / TP53WT 247)、CPTAC (Clinical Proteomic Tumor Analysis Consortium) LUADプロテオーム (n=110例)、公共scRNA-seqコホート5研究22例 (TP53mut 7 / TP53WT 15) を用いた。モデルシステムではKP (KRAS-G12D; Trp53欠失) / K (KRAS-G12D) マウスのscRNA-seq (GSE152607)、およびA549細胞株 (TP53WT LUAD細胞株) への各種TP53変異体導入Perturb-seqデータ (GSE161824) を使用した。TP53変異機能分類はDNE (dominant negative effect) / LOF (loss of function) / impactful I-II変異カテゴリーに従った。生存解析はlog-rank検定およびCox比例ハザード回帰 (共変量:組織型・病期・腫瘍径・変異) で実施した。